第25話 アンチテーゼ
幾重にも張り巡らせた網に絡む鬼獣。
掴み取るようにも向けた麻緋の手が大きく動いた。
鬼獣を絡め取った網が、僕と麻緋を中心に円を描いたように地面に叩きつけられる。
地に張り付く網は鬼獣を逃す事はなく、その場に押さえ込んでいた。
絡む網に踠く渾沌に麻緋が近づき、前に屈む。
……両目も口も戻っている。
力を落としたという事か。
「懲りねえな。何度向かって来ても同じ事だ」
麻緋の言葉に、渾沌はふっと笑みを漏らす。
「藤堂さん……ですが貴方は、その度に封印を解いていく……解かざるを得ない状況に追い込まれていると……お気づきになられているのでは? これもまた……その一つでしょう?」
僕は、渾沌の言葉に眉を顰める。
封印を解かざるを得ない状況……? これもまた一つ? どういう事だ……?
麻緋は、ゆっくりと立ち上がった。
「ふん……だからそれがどうした?」
「全ての封印を解いた時……その格式も本当に……跡を無くす事でしょうね……?」
「はは。お前……」
言いながら麻緋は地へと手を翳す。
「その意味がお前の思っている事に合っているかどうか、頭を冷やして考えろ」
鬼獣と共に渾沌は地に吸い込まれるように沈んでいく。
地に沈んで行きながらも渾沌は、その表情に笑みを浮かべていた。
「麻緋……」
「成介の張った結界を元に戻しただけだ」
「いや……そうじゃなくて……」
麻緋……まだ僕に隠している事が……。
「そんな顔をするな」
「だって……麻緋……」
「行動を共にしていれば分かるだろ、来」
それでも不安を隠せない僕に、麻緋が笑みを見せる。
そして、続けられた麻緋の言葉に、僕にも笑みが浮かんだ。
「相棒なら相棒らしく、足りない部分は補えんだろ? お前が俺を補ってくれよ」
「それにしても……やっちまったよな……麻緋……半壊どころかもう全壊しちまったじゃねえか。どうすんだよ」
「どうするったって、他に方法あったかよ?」
僕は、うーんと唸りながらも考えたが……。
「……思い浮かばねえ」
グシャグシャと髪を掻く僕は、疲れも相俟って大きな溜息をついた。
「だろ? そもそも、隠れる場所など無ければ、正面切るしかねえからな。なんにしたって破壊は免れないだろ」
麻緋は開き直ったようにも、ははっと笑った。
「なあ……麻緋」
「なんだよ?」
「結局、任務放り出してこっちに来た訳だろ……直ぐに済むって済まなかったし」
「仕方ねえだろ。なんだかんだ梃子摺っちまったんだから。あっちこっちに逃げ隠れしてんの、見つけなけりゃ捕まえられねえし、お前が龍蛇と対峙している間、俺がどんだけ走り回ったと思ってんだよ?」
「まあ……僕たちにとってはそうだけどさ……帰って報告出来んの、これ……? 流石にまずくねえ? 任務放棄して、任務以外の事やってました、なんてさ……それに派手にやり過ぎたし」
半壊していた社殿が周囲の木々もろとも吹き飛ばされ、その残骸が広い範囲で地を覆っていた。
「うーん……流石にまずいか。どうすっかな……」
そう言うと麻緋は、その場に座り込んだ。
言い訳でも考えているのか……?
麻緋にしては珍しいな。
「それにしても……流石に疲れたな」
麻緋は、腕を上げて背伸びをすると、仰向けに寝転んだ。
夜が明け始める空を見上げ、麻緋は大きな溜息をつく。
まあ確かに……任務放棄は本気でヤバイよなあ……。
麻緋の隣に僕も座り、言い訳を考え始めた。
考えても言い訳は言い訳だ、この現状は変わらない。言うだけシラける。
だけど……。
僕は、瓦礫だらけの辺りを再度、見回す。
「どう考えたって、帰りづらい……よな、麻緋?」
「うーん……正直に言うしかねえだろ。やっちまったもんはやっちまったんだし」
「任務の方はどうすんの? 今から向かったって夜が明けちまうし、間に合わねえだろ」
「つーか、俺が思うに、そっちの任務こそスケープゴートだと思うけどな。向かったところで、結局はここだ」
「なんだよ、それ、どういう事だよ?」
「それはな……」
麻緋が話を始めようとした瞬間、瓦礫を踏む足音がゆっくりと近づいて来る。
……誰か来る。
麻緋の目がピクリと動く。
僕たちへと向かって来る人の姿に目線が外せなくなった。
麻緋はその足音で、誰が来たのか察したのだろう。
以前程ではないが、それでも少し苛立った顔を見せたが、それでもゆっくりと身を起こした。
地を踏み締める足取りはしっかりと強く、堂々とした雰囲気が威厳を見せる。
「帰りにくいだろうから、私が迎えに来てやった」
僕たちの前に現れたのは、伏見司令官だった。
威厳を見せるその姿に目を向けながら、麻緋が苦笑する。
「はは。あんたには全て見えていたって訳か。怖いねえ……?」
「ふふ……お前たちが何を考えてまでここまでやったかは見えないがな? さて……麻緋、来」
伏見司令官は辺りを見回すと、その目が交互に僕たちを見た。
ジロリと強い目を僕たちに向け、彼は言う。
流石にヤバイと本気で感じ、背筋が伸びた。
「どういう事なのか、整然説明して貰おうか?」