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第22話 トリックスター

 巻き起こった風で跳ね上がった面が僕へと飛んでくる。

 僕はそれを手に取ると、片目を隠すように顔を半分覆った。


「よく見えるだろ……? 僕が名代……最後まで相手になってやる」


 クスリと余裕にも笑みを漏らす僕へと、龍蛇が向かって降りて来た。

 角の生えた四つ目の龍蛇。鋭い爪が獲物を狙うかのようにギラリと光る。

 僕は、その姿を視界に収めた後、面を空高く放り投げた。


 どうせ結界は破られる。

 阻止で力を削るくらいなら、覚悟を決めた通りに立ち向かってやる。


 再び、耳を貫くような雷鳴が、龍蛇の口から吐き出される。

 降下してきた龍蛇だったが、身を捻り、面を追うように上昇し始めた。

 龍蛇が面を捕えようと口を開けた瞬間、麻緋の影蛇が地から飛び出し、先に面を咥え取ると龍蛇が影蛇に噛み付いた。影蛇は身をくねらせ、龍蛇に巻き付くが、龍蛇の方が体が大きく、影蛇は動きを抑えきれない。


 龍蛇の体が膨らむようにも更に大きくなり、影蛇がバラバラに引き裂かれた。

 面が宙を舞い、龍蛇は奪うようにそれを咥え取った。


 その瞬間。


 背後でバリバリと割れるような音が響いたが、僕は振り向きもしなかった。


 ……結界が破れたな。


 同時に、麻緋が張った結界も破れたが、渾沌に張られた結界が破れる事は麻緋が言っていた事だ。動じる事もない。

 もう龍蛇の姿は見えない。

 それは、(よりまし)に降り立った事を意味する。

 そしてそれは……。


「お前の名を教えろ……」


 そう言うと僕は、肩越しに後方へと目を動かした。


『明確に出来ず、区別がつかない。だから渾沌……あの男はそう呼ばれている』


 声は返って来なかったが、僕は構わず言葉を続ける。


「麻緋はお前の名など興味はないと言っていたが、僕には興味がある。力を求めるあまりに禁忌を犯し、力あるものから全てを奪う……だがそれは、序列を狂わせる為の目的だ。その切っ掛けがなんだったか……僕が答えようか」

 僕は、体を後方へと向き直し、渾沌を真っ直ぐに見る。



「藤堂家の後継の代飛び……麻緋が当主になった事だ」



『自身の存在が原因であったと、思わずにいられないのでしょうから』


 成介さんが口にした言葉の意味が、ここで、こんなにも重く繋がるなんてな……。

 決して麻緋の所為ではないのに……。



「答えろ……『渾沌』その名はお前が自ら名乗った名でもない。そう呼ばれるようになったからそう名乗るようになった……そうだろう?」


 深くフードを被り、頭を垂れたまま無言で立っている渾沌の手には、面が握られている。

 爪が食い込む程の力で面を掴む指から血が流れ、面に模様を描き始めた。


 九重の時は一つ目だったが……やはり。

 四つ目が浮かんだか。

 渾沌は四つ目の浮かんだ面を被ると、片手を横に振り上げた。

 ビュッと風を切る音と共に、渾沌の手に握られたのは。


 ……矛かよ。


「ふん……相容れないのは、僕も同じだ。だったらいい加減、はっきりさせようじゃねえか……」

 両刃の穂先。完全に攻撃態勢だな……。突く事よりも斬るのが目的だ。

 一気に留めを刺すよりも、追い詰めて来るって訳か。執拗に纏わりついて来るのも頷けるが、僕たちがこいつから恨みを買う覚えはない。

 僕は、渾沌をじっと見据えながら言葉を続ける。

「どっちが降参するかってな……?」

 僕の言葉に渾沌は、ふふっと静かに笑う。


 四つ目の面に黒の衣。

 そして……手には武器となる矛、か。

 鬼を追い払う役目である方相氏を思わせる。


「僕が鬼という訳か」

 言って僕は、呆れた声でははっと笑った。


「いいだろう。だが……」


 矛先を僕に向ける渾沌に、僕は一歩、足を進めた。


「お前が追い遣りたい鬼は、本当に僕たちか?」

 饒舌な程であった渾沌が一向に言葉を返さない。だが、向ける矛先が僅かにも動いた。

 僕は、その反応に確信を得る。


「元より鬼を追い遣る方相氏は、葬送の先導に立ち、墓の四隅の鬼をも祓う。お前にとって鬼に見えるのは、お前が奪った命だ。特にこの地はそれを強く感じる事だろう。成介さんがお前をこの地に封じたのも、その為だったんだろうな……それもそうだが、もう一つ……」


 矛が僕に向かって振り下ろされる。

 瞬時に避けるが、振り下ろされた矛は地面を割り、震動が土埃を舞わせた。

 僕は、地響きを抑えるように地に手を翳す。

 広がる紋様が地割れを戻し、矛に地が噛み付いた。

 地に挟まれ、抜けなくなった矛を僕は踏んだ。


「九重が麻緋を敵視したあの態度も、お前の執念が影響したんだろうな……そう言った方が、お前にとってはお前自身の慰めにでもなったんだろう。だが……お前が思っている程、あいつはそんなに甘くねえよ。あいつが言っていたのも全て、僕たちにとっての情報に過ぎない。まるで……お前のやってきた事を見せていたようにな。あいつの目は……そういう事だよ」


 四つ目の面が僕を睨むが、それに恐怖を感じる事はない。

 僕は、面に描かれた目へと手を伸ばしながら言った。



「両義の転換……発動だ」

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