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第20話 闇光の腹に棲まう顧菟

 祀ろわぬ神の降臨……。

 

 赤黒くも闇を染める光が、僕たちを染め上げていく。

 だけど……。


 僕も麻緋も、この色には染まる気はない。


 半壊した社殿に祭祀などない。

 降臨させるとはいえ、降り立つ(よりまし)もない。

 唯一、降り立つ事が出来るとすれば……。


 麻緋が乱雑にも面を放り投げた。


 あれか。


 僕がちらりと面を見る仕草に、麻緋がニヤリと笑みを見せる。

「それで? どうする? 来。結界が破られる前に、逃げるっていう選択が今の俺たちにはある。まあ……それは(よりまし)に降り立つまでの一瞬の隙をつくってだけだがな。俺たちなら、それは出来ない事はないだろう?」

「ふん……よく言うよ。逃げる選択なんて初めからないだろ」

「はは。それはどうかな?」

「は。正直に言えよ、麻緋。この間の任務でここに来た時には、今夜の事は頭に浮かんでいた事だろ。計画済みって訳だ」

「勘がいいねえ? 来。成介のいたこの神社だけ、孤立したようにも荒廃している。数キロ先の町並みは何の影響もないっていうのにな。ここで何が起きようと、近隣であっても気に掛ける者もいないどころか、周囲の禍いがここに集中しているようにも感じた。ここに禍いを落とす事で、周囲は禍いから逃れられる……だが、その意図が何処にあるのか……その意味は……分かるだろ」

 麻緋の声色が少し低く落ちた。

「……まあ……な」

 その思いを察する僕は、小さく頷く。


 その意図……か。

 嫌な感覚だ。


 祀ろわぬ神。

 それは悪神であり、言わば鬼。禍いを齎す忌み嫌われる存在だ。


「今ならよく分かるんじゃないか? 伏見が回避手段を捨てたのが、この地だからこその話だってな」

「まあね……」

 確かに、禍い回避は自分の身を守る為だ。

 何かの犠牲の上で成り立たせているとするなら……。

 麻緋が言っている事はそういう事だ。


 

 僕は、次第に赤く染まっていく月を見つめながら、口を開く。

「人が神を探すとなれば神社へ行くしか手立てはないだろう。だが、祀ろわぬ神であるなら探しようもないよな、禍いが起きるまでは……な。だからこそ、禍いが起きた場所なら分かり易いってもんだろ……爪痕を残されたんだからな、それは印をつけられたのと同じ事だ」

 僕は、深い溜息をつくと言葉を続けた。


「回避手段を捨てた(すべ)は攻撃だけだろ……回避手段を選ぶなら、回避する為に条件をつけるという事だ。追い払うにしても、ただ追い払うだけじゃない。これを与えるから向こうへ行ってくれってな。それは供物であり、供犠だ。そして鬼は四方に追い遣られる……だが、結局のところ、全ては西だ。だから……なんだろうな」

「月が……か?」

「……ああ」

 次第に色を増し、赤く染まっていく月の中に見える黒い影。


 僕は、その月の影を見つめながら呟くように言葉を続けた。


「月の陰翳(いんえい)蟾蜍(せんじょ)……つまりは蛙だという。月には菟よりも蛙が棲んでいるというのが先に伝えられた話だった……どっちにしても、菟と蛙は地上にいる事を選ばなかったのか、選べなかったのか……追われる身ならば恰好の隠れ場所になる事だろうな。月の満ち欠けは不死を思わせる。何の徳があって死んでは生まれ変わる、何の利益(りやく)があって腹に菟を棲まわせている……ってな」

「はは。それには確答を得ないな」

「ああ……そうだな」

 僕は、苦笑する。それは僕も分かっていた事だ。

「ふ……来、お前だって()うに気づいていたじゃねえか」

「まあな……」

「ふ……そろそろ決断といこうか、来。どうする? 是非、お前の口から聞きたいねえ?」

「分かっているくせによく言うよ」

 試すような麻緋の目線を軽く(あし)らうように、僕は、ふっと笑みを返すと言った。


「回避手段など()うに捨てている」

「そうか」

「僕の答えはどう思う? 麻緋」

 ニヤリと笑みを見せる僕に釣られるように、麻緋も笑う。

「そうだな……」


 轟き始める雷鳴。嵐を呼ぶような黒い雲が広がりながらも、真っ赤に染まった赤い月は顔を見せたままだ。

 地上にいる僕たちが来降を待ち望んでいる意図は、値しない事であると知っているならば、その禍いは。


「確答だ」


 真っ先に僕たちに降り掛かる事だろう。


 スウッと吹き抜ける風が、僕たちが纏う身丈の長い黒の上着をバサリと揺らした。


「行くぞ、来」

 麻緋がザッと横に足を地に滑らせると、影蛇が地を削るように僕たちを中心にぐるりと回った。


 回り続ける影蛇が風を強め、小石を空へと飛ばすように巻き上げる。

 攻撃するかのように飛び散る小石が、弾けてバチバチと音を立てた。


 ……何かに当たっている。

 まだ目には捉えられないが、影蛇がそこに存在がある事を知らせている。



『では……鬼ごっこでもしましょうか……?』


 ……鬼ごっこ……。

 頭に響いた言葉は、今、耳にした声なのだろうか。

 それとも、この現状に結びついたから感じただけなのだろうか。


「ふん……」

 鼻で笑う麻緋。

 続けられた麻緋の言葉に、共に耳にした言葉であったのだと気づいた。



「鬼から逃げるだけじゃなく、鬼を倒す事が可能……それでいいだろう?」

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