第18話 溢れる疑惑
僕と麻緋は、顔のない面を見つめていた。
何故、こんなところにと思う部分もあったが……それよりも頭に浮かぶのは、九重の中で見た九重の過去だ。顔のない面を手にしていたのは渾沌で、その事に九重は驚いていた。
あの経緯からみれば、顔のない面を所有していたのは九重家であって、その所有もいつしか曖昧なものになっていたようだ。
消えた、もしくは盗まれた……いや、使う事がなくなったと考えた方がいいのかもしれない。
僕たちが見ているこの面は、あの時九重が手にした面なのだろうか。
それとも……。
九重が手にした面と同じものであるなら、確か血が……その痕は残っていないだろうか。
だけどあの面には、一つ目が浮かんでいたな……九重の力が加えられたからではあるのだろうが。
渾沌から逃げるように麻緋の家に向かった時には、面は九重が持っていた。
その後に面がどうなったかは見る事がなかったし、九重にも聞かなかった。
面自体に曰くがあるのは分かってはいたが、そこまで深く考えなかったな……聞いておけばよかったと、今更だが後悔だ。
暗くて手元で見ないと分らないな……。
気になる僕は、面へと手を伸ばす。
「触れるなっ! 来!!」
咄嗟の麻緋の叫び声に、ビクッとする僕は手を止める。
同時にカタカタと、風も地揺れもないのに面が激しく揺れ始めた。
麻緋の片足がドンッと地を強く踏む。
バリッと地が割れ、中から蛇のような影が飛び出すと、面を咥えたかのように捕える。
麻緋の使い魔か。
「麻緋……」
「やっぱり……思った通りだな」
「思った通りって、麻緋はこの面がここにあると分かってたのか? いつ分かったんだよ? あの時には何も言ってなかっただろ」
「任務の時はなかったよ、多分な」
「多分って……」
「顔のない面がどういうものかは知ってるだろ?」
「ああ。それにしたって、この面がここにあるってなんで分かったんだよ?」
「成介の様子で、だな」
「成介さんの……? どっちかっていうと、僕は麻緋の態度の方が気になったけど。突っ掛かっているような感じだったしさ……」
「突っ掛かりたくもなるだろ。あいつ……自分の事は何も話さない。だが……成介が秘め事をする時は、大抵こんなもんだ」
「こんなもんって……成介さんをどんなふうに見てんだよ」
苦笑する僕を横目に麻緋の手が面を咥えた影蛇に向くと、命じるように指を下に動かした。
その動きに従い、影蛇が割れた地に潜り込んでいく。
ゴゴゴと地響きが震動を伝えたかと思うと、地が扉のように開き始めた。
「来、覗いてみろ」
麻緋に言われるまま覗き込むと、空洞に何重にも張り巡らされた網の中には……。
渾沌がいた。
「封じている場所って……ここだったのかよ……拠点の敷地内っていう話じゃなかったのか?」
「考えてもみろよ、来。いくら広いとはいえ、拠点の敷地内なら、俺たちが分らない訳がないだろ。大体の察しはつくしな。秘密にする意味がない」
「それもそうだな……だけどいいのかよ?」
「なにが?」
「ここを開いた事だよ」
「開いたって、結界破った訳じゃねえし」
麻緋は、あっさりと答える。
「そういう事じゃなくてさ……成介さん、僕たちに隠しておきたかったんだろ。教えられないって……言ってたんだからさ」
あの時の成介さんの目……冷ややかな目だった。
僕は、渾沌へと目線を落としながら、呟くように言う。
「憎いはずだよね……成介さん。恨んでも恨みきれないよ。大切な妹を殺した相手だ。なのに……」
「社殿に……か?」
「……ああ、元とはいえ、社殿に……だ」
「元、だからだろ」
「なにを言ってる? 元も今もないだろ」
眉を顰めながら僕は麻緋を振り向く。麻緋は、気にする様子もなく指を動かし、影蛇に地を閉めさせた。
そして、影蛇が咥える面を手に取る。
「おい、麻緋!」
僕には触れるなと言ったのに……あんな平然と……。
麻緋は、面を表、裏と返しながら何か調べているようだ。
そんな麻緋の様子を、僕は観察するように見つめていた。
麻緋がうーんと小さく唸る。
「麻緋、なにか分かったのか?」
「これは困ったな。手にしなけりゃよかった」
「あ? お前っ! 触れるなと言ったのは麻緋だろ! あーっ!! もう貸せ!」
僕は、麻緋から面を奪い取る。
強引にも奪い取った僕ではあったが、大声で触れるなと言った麻緋にしてはあっさりと手放したな……。
不思議にも思いながらも、麻緋と同じように面を調べる。
……これ……。
「やっぱり勘がいいな、来」
クスリと笑みを漏らすと、今度は麻緋が僕の手から面を奪った。
そして、麻緋は面で顔を半分隠しながら言う。
そうなんだ。それは僕も思った事だ。
「新しいんだよ。まるで最近作ったかのようだ」
という事は、三年前に九重が手にしていた面ではないという事だ。
麻緋が口にした言葉も、引っ掛かり続けている。
社殿に封じられた渾沌……。
元、だから……。
『悪神であるはずの渾沌が、力を得られていた理由……渾沌を神として崇拝していた地がある。それは……南』