第17話 天の枢
僕の話を聞いているのか聞いていないのか、成介さんと九重の任務の話が優先される。
核心に入る前に麻緋が口を開いた。
「まあ……成介、お前と塔夜との任務ってだけで、大体は予想がついているけどな」
それは確かに。
昨日の今日でこの二人が任務となれば、尚の事だ。
「天の枢……つまりは軸だ。九重の天を守る立場の塔夜がいなけりゃ、遂行出来ない任務だろ。そして成介……お前もな。なあ……成介」
笑みを見せていた麻緋の表情が真顔になる。
なんだか少し緊迫したような雰囲気だ。
「なんでしょうか」
成介さんを真っ直ぐに目線を向けながら、麻緋ははっきりと言う。
「渾沌を封じている場所を教えろ」
麻緋……。
正直、それは僕も気になっている事ではあるが、訊く事は避けなくてはならない事のように思えていた。
「それは出来ません。お断りします」
即答する成介さんだったが、麻緋は黙らない。
「なら、場所はいい。どうやって封じている? 封じ続けているんだよな?」
「……どういう意味ですか」
成介さんの表情が冷ややかにも変わる。
麻緋の言いたい事は分かっているのだろう。
「僕が殺した……とでも?」
その心配は……僕にもあった。
『渾沌……あの男を目の前にしたら成介は、自分を抑えられない』
だけど……渾沌を前にしても、あの時の成介さんは感情を抑えられていた。
でもそれが桜を取り戻す為だったとしたら、桜を取り戻した後であれば……などと考えてしまう。
成介さんに限ってそんな事は、とも思ってはいるが……。
緊張感を伴った沈黙が続く中、麻緋と成介さんは、互いに目線を外さなかった。
沈黙を割くように麻緋がふっと笑みを漏らす。
「……いや。そうは言っていない」
麻緋は、そう言って首を横に振ったが、その後にこう言った。
「だが……渾沌自らが死を望んだなら……?」
大きく意味を含めたその言葉には、複数の答えが隠れている。
それは、問われる側の心さえ揺さぶる事だろう。
成介さんは、少し困った顔を見せたが、ふっと穏やかな笑みを漏らす。焦りなど微塵もなく、余裕がある事の証明だ。
「余談はそのくらいでいいですか、麻緋。僕と塔夜の任務の報告をしに来たのは、麻緋と来に任務を引き継いで貰う為ですよ」
「ああ、分かっている。続けてくれ」
……麻緋……何を考えているのだろう。
成介さんに不審を感じている訳ではなさそうだが、麻緋の誘導尋問にも似た様子に僕は眉を顰めた。
「僕たちが向かったのは中央。麻緋が言ったように天の枢を確認しに行きました。渾沌が光と闇が重なり合う瞬間の隙間を、塔夜を通じて見ていたと君たちの任務報告にあったものですから、気掛かりでしてね」
「まあ……白間が、渾沌が仕掛けた禁忌の発動がなんであるかを見破ったからな。繋がりは断ち切れたが、奴が触れた痕跡は残る。再び、九重の天の境界を見る方法を得たら、天の枢に繋がりを持つのは難しい事じゃない。そうは言っても、他に方法があるとは思えないけどな」
「ですが、念には念を、といったところです。例え方法を得たとしても、痕跡は消したので繋げる事は難しいでしょう」
適当と細かい……想像出来たな、二人の行動。
「それで次の任務ですが、麻緋と来は東南に向かって下さい。塔夜のお父上が亡くなられた経緯……塔夜のお父上とは一度繋がりを持ったと言っていたのですよね、それでは力が望めないと……僕からすればそれが少々不可解でしてね……」
「東南ね……成介、向かうのは今夜でいいのか?」
「ええ。お願いします」
僕と麻緋は、分かったと頷いた。
「来……任務に向かう前に寄りたいところがあるんだが、いいか」
麻緋が運転する車で任務に向かう中、静かな口調で言った。
「寄りたいところって……」
「直ぐに済む。おそらくな……」
おそらく……か。そう口にするのも、麻緋には確信があるのだろう。
「……うん。分かった」
僕が同意すると、麻緋はハンドルを切り、方向を変える。
進む方向、見える景色で何処に向かっているかは直ぐに分かった。
……南……成介さんがいた地だ。
車を降りると麻緋は、足早に歩を進めて行く。
ここに来るのは二度目だが……。
既に廃社となっている神社。
あの時は神獣の力が圧迫を感じさせたが、今は静かなものだ。
朽ち果てた鳥居。
微かな跡を残す参道。
半壊した社殿。
この状態は、三年の時を経ての自然崩壊とは考えにくい。
当然、衝撃を受けたからこうなった。
社殿の中へと入って行く麻緋を追う。
瓦礫を避けながら奥へと進んだ麻緋が、ピタリと足を止める。
麻緋は一点をじっと見つめ、後を追った僕もその方向へと目を向けた。
これは……いつから……。あの時も既にあったのだろうか。
「麻緋……」
僕の不穏を伝える声に麻緋は頷く。
「……ああ」
一点に目線を落としたまま、僕と麻緋は暫く佇んでいた。
何故、こんなところに……。
僕と麻緋が見ているのは。
……顔のない面だ。