第14話 覚悟の在処
「嘘でしょ……」
成介さんを前に僕は、呆気に取られていた。
僕の隣で麻緋はケラケラと笑い続けている。
まるで仕返しとばかりに、だ。それも成介さんに対してだ。
「おい、麻緋」
僕は黙れと麻緋を睨むが、麻緋の笑いは止まらない。
「仕方ねえだろ、来。悠緋は戦闘に向かないからな、任務に出す訳にいかない。そうなったら、こうなるしかねえだろ。それともなにか? 俺とペア解消して、お前があっちに立つか?」
「いや……それはちょっと……」
「来、それ、成介に言ってんのか? だったらお前の方が黙った方がいいぞ」
「馬鹿麻緋っ! 妙な言い方すんな! 別に僕は」
「僕は構いませんよ。歓迎です」
成介さんは、にっこりと笑ってそう言い、僕の言葉を遮った。
……あ……なんかマズイ。
目、全っ然、笑ってないし。
「君もそう思ってますよね……? 元は同じ神職者ですしね、ねえ? 塔夜」
あ……圧が……ヤバイ。
「あ、え、あ? ……ああ、まあな、当然だろ」
はは。マジかよ。しどろもどろじゃねえか。
あの九重が成介さんの圧に負けてる……まあ……無理だよな。
成介さんの後ろには桜花が控えている。
それだけでも成介さんの力の大きさは、そのまま圧を掛けているだろう。僕もそうだったな……はは。笑えねえけど。
成介さんにも怯まないのは麻緋くらいのもんか。怖いもの知らずっていうのはある意味、武器だな。まあ、実際、麻緋の力は成介さんに並ぶが。
あの後、僕たちは拠点へと戻った。九重と悠緋、そして拘束した渾沌も連れてだ。
渾沌は成介さんが、拠点であるこの敷地の何処かで封じている。その場所は、成介さん以外、知る者はいない。
麻緋にとっては知りたい事かと僕は思っていたが、麻緋に気にしている様子はなく、その事に関して何も問わなかった。
そして。
僕たちがこうしている理由だが。
任務続行にあたり、九重は成介さんと組む事になった。
それは伏見司令官の指示でもあった。
それでペア同士の対面となった訳だ。
だけど、渾沌を拘束してもまだ任務が続くというのは、やはり穏やかじゃない。
確かに、僕たちがこの拠点にしか戻る場所がないというのは、解決したとは言えないと分かるが……。
況してや、九重までこっち側だ。
僕にしたってこれで揃ったと、あの時、そう思ったのも本能的に察しているものがあるからだろう。
それと……。
僕は、ちらりと麻緋を見る。
麻緋は、なんだと小首を傾げたが、僕が思っている事は察しているだろう。
悠緋が戦闘に向かないのはここにいる誰もが分かっているが、成介さんは別として、悠緋に与えられた部屋は僕たちの部屋には並ばず、伏見司令官と成介さんの部屋の間の部屋だった。そして、悠緋の自室からの出入りは制限されている。だから今はこの場にもいない。
伏見司令官と成介さんの近くで悠緋を守らなければならないという事は、それだけに大きな不穏が待ち構えていると考えられる。
渾沌と行動を共にしていた悠緋が、スケープゴートであった事に大きな理由はある事だろう。
顔合わせを終えて、疲れを癒そうとシャワーを浴びた後、僕は自室に戻った。
「……なんでお前が僕の部屋にいるんだよ?」
なんだ、これは。
なにかの因縁か。ある意味、既視感だぞ。
似たような光景を以前、麻緋で経験済みだ。
ベッドに寝そべる九重に、僕は不満を漏らす。
「つーか、風呂入れよ。着替えたとはいえ、そのまま人のベッドに寝るな。お前にはお前の部屋が用意されているだろうが」
「いや、なんかさ、俺の部屋、お前たちの部屋の並びとはいえ、結構離れてんだよな。ここ、どんだけ広いんだよ」
「知るか。離れてんのは距離感保てって事だろ。さっさと戻れ。僕はもう寝るんだよ」
九重は、半身を起こすと僕に向き合う。
「なあ……白間。お前にまだ言ってない事があるんだが、それを伝えようかと思ってね」
「なんだよ? 別にお前の事なんか興味ねえよ」
「いいから聞いとけって」
「そう言われると余計に聞きたくなくなる」
そう答えながら僕は、椅子に腰掛けた。
「お前な……」
九重の呆れた顔を横目に、僕は言う。
「父の呪符の事だろ」
そう言った僕に、九重の目が動く。
「気づいてたのか」
「まあね……そもそも、僕が麻緋から受けたあの呪符は、元は僕の家にあったものだと聞いた。まあ……なんとなくは感じてたけど。やけに手に馴染むし、呪文が自然に口をつく。九重……今になって思うが、僕があの呪符を手にした時……いや、手にさせる切っ掛けを作る為に麻緋の家の結界に干渉したんだろ」
「それはなんとも言えないな。正直、あの呪符が何処にあるかなんて、俺は知らなかったし。それはあくまで結果だ」
「そうか」
「ただ……」
「ただ、なんだよ?」
「お前の父親……白間先生が持ってた呪符が役に立たなかった……そうお前に言っただろ?」
「ああ」
「だからかな……そう分かった時……」
……そっか……。
九重の言葉を聞きながら、漏れる笑みが隠せなかった。
「仕掛けるしかねえって思ったんだ」