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第13話 九重の天

「九重の天の境界はお前にはもう見えない」


 九重の手が渾沌の手首をグッと掴み、もう片方の手で顔を覆うように強く押さえ込んだ。

 パタリと渾沌の動きが止まる。

 やはり……他に力を求めなければ、こいつ自身の力は然程でもない、か……。



「……それにしても麻緋……耳元で大声出すな。今度はお前が俺の耳を潰す気か」

「はは。一気に目が覚めただろ? それに例え潰れたとしても、タダで潰れる気なんかねえだろ、なあ、塔夜?」

「はっ。だったら、あの時の言葉は聞き捨てならねえ言葉だったな? 誰が上座に挑む気がないだって? 頭なんか下げる気がねえからグダグダ言ってんだよ、知っとけ」

「ふん……ああでも言わなきゃ、奮い立たねえだろ。無茶しやがって。馬鹿が」

「それにしたって少しは言葉を選べ。何処ら辺が格式だ? 屈辱極まりねえ」

「お前がそれを言うかねえ? 塔夜。表も裏もマジ入り過ぎて逆に分かりづらいんだよ。混沌極まりねえ」

「ははっ。マジ入りだから当然だろーが。だから弁明なんかしねえし、する気なんか更々ねえぞ」

「それがお前の覚悟だって?」

 揶揄うようにもニヤリと笑みを見せる麻緋に、九重は苦笑を漏らす。

「……さあどうだかな。お前にだけは絶対に教えねえ」

「あ、そ。まあ興味ねえけどな?」

 クスリと笑って言った麻緋に、ニヤリと笑みを返す九重は、位置を入れ替わった僕を振り向く。


「助かったよ……白間センセ?」

 クスリと笑みを漏らす九重に、僕は淡々とした口調で告げる。

「僕に賭けたなんて言うなよ。言っておくが、僕は博打は好きじゃない。賭ける対象が僕なんて真っ平ゴメンだ。だが……そんな不確実な運試しに身を委ねる程、自分を見失ってはいないけどな」

「はは……そう言うなら、それは確実って事だ。たいした自信じゃねえか。そもそも俺は、勝ちの見えない奴に賭けはしない」

「買い被り過ぎだ」

「別に……買い被っている訳じゃねえよ。俺はお前の父親を知っている。俺の親父は特にだったよ……。その息子に才がない訳がないだろ。勝ちが見えるのは当然だ」

「だったら……お前が信じたのは僕じゃない」

「……卑屈だな。まあ……そうさせたのは俺だろうが。お前の父親の事は……」

 僕は、言葉を止めるように、ちらりと九重に強い目線を向けると立ち上がった。


「卑屈だって? そうさせたのはお前だと? はは。勘違いしないで貰いたいね……? 別にお前の言葉を否定して言っている訳じゃない。お前が信じたのは自分自身の中にあるもの……それはお前の信念だろ。僕はそれを見せて貰っただけだ。だから……分かったんだよ。何が本当で何が偽りなのかが、な……。ああ……そうだ。そもそも、回避の術は与える攻めるの両儀の上に成り立つ。だが……」


『……留まり隠らば大儺、小儺、追い走り滅する』


 僕の口から自然に流れたあの呪文を、思い浮かべながら言葉を続けた。


「回避手段を捨てた術は、攻撃だけだ」


 そう言って僕は、麻緋へと目を向けた。

 麻緋は、満足そうな笑みを見せて僕を見ている。

 僕は、その笑みを受けて、小さく二度頷く。

「それが今回の僕たちの任務でね……鬼のような強面(こわもて)の上官直々の指令だったんで、尚更失敗する訳にいかないんだよ。だから……甘い事など言ってられない。与える事など以ての外だ。まあ……少し時間掛かっちまったがな……」


「白間……」

「渾沌がお前から奪ったものだ。受け取れ」

 渾沌の中に潜り込んだ指に与えられた感触は、それを掴めと言わんばかりに僕に与え続けた。

 それは形としては見えない、感触だけのものだ。

 僕の手から九重の手にそれが渡る。

 ふわりと緩やかな風が舞い、その感覚を噛み締めるように九重は目を閉じた。

「……親父……」


 何を失っても理解してくれ……か。

 九重の中で見た、奴の過去。

 僕は溜息をつくと、空を見上げた。


「え……?」

 ……これは……。

 空を見上げたまま驚く僕に、麻緋が声を投げ掛ける。

「お前にも見えるようになったか、来」

「見えるようになったって、一体どういう……」

 麻緋に問おうと口を開く僕から、呪符が引き寄せられるようにするりと抜け出した。

「あっ……」

 驚く瞬間にも、次々と変わる光景に目を奪われる。

 幾つもの円の重なりに見えるのは、光と闇だ。


 舞い上がった呪符は、幾重にも描かれた円に同調するように重なり合い、パッと弾けて円に溶け込むように消えた。

 だけど僕は、呪符が消えた事に、不思議と焦りはなかった。


 体が……自然にそれを感じさせた。


「来」

「麻緋……僕は」

 掌に感触を残していたのは、あの時からだった。


『来……五象を補佐する五佐を顕せ』


 父の手ごと握り締めた呪符。

 あの時のあの呪符は、込められた思いを僕に託したと、使った後には消えてしまった。

 ……そっか。

 思わず笑みが漏れる。


 五象を補佐する五佐……か。成程な。

 これで揃ったって訳だ。

 僕は、渾沌を押さえ続ける九重をちらりと見ると、再び空を仰ぎ、麻緋に言った。



「これで僕は、呪符が無くても術が使える」

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