第11話 自分につける嘘
『力が必要なんだよね……? 正真正銘の巫女を知っている。その子なら……塔夜さんの力になれる』
……悠緋……!
その後、どうなるかを知っているだけに、早まるなと声をあげる僕がいる。
そう声をあげたところで、過去を改変出来きはしないのは分かっているが。
悠緋は、麻緋が不在である事が余計に不安を感じるのだろう。
『……悠緋、それは……』
『塔夜さん……もう迷っている時間はないんじゃないの……? そのくらい僕にだって分かる。塔夜さんのその目だって、父さんも母さんも……兄さんまでいない。僕、知ってるんだ……本当は。代替わり……だけど父さんは当主にはなれなかった。お祖父様は厳格な人で、お祖父様が言った事は絶対……父さんとお祖父様が言い合っているのを何度も見たけど、次の当主が兄さんである事に、父さんに不満はなかったんだ。父さんも母さんも兄さんが当主になる事はいい事だと認めていたし、お祖父様が兄さんを認めた事を凄く喜んでいたんだよ。だって……お祖父様が生きている内は、当主を譲る事などないって……お祖父様が認めない限り、お祖父様が亡くなっても、当主は不在で構わないって……そう言っていたんだから……』
悠緋の話を聞くと、九重は深い溜息を漏らした。
『悠緋……確かに俺は、力を借りたくてここに来た。だが……それは間違っていた』
『塔夜さん! なんでそんな事……兄さんは塔夜さんの力になってくれる……』
『だからだよっ!』
声を荒げ、悠緋の言葉を遮る九重に、悠緋は口を噤んだ。
『だから……ダメなんだ。俺は、麻緋とは同等でいたい……確かにあいつは強い。麻緋……両親を助けに一人で向かっているんだろ。誰にも頼らず、一人でさ……麻緋より強い奴なんかいねえだろ……だからあいつは俺にも頼らなかった。頼る必要なんかなかったんだよ』
『塔夜さん、それは違う……! 兄さんは』
『強いってさ……』
『塔夜さん……』
九重は、ふうっと息をつくと雨空を仰ぎ、ゆっくりと歩を進めながらこう言った。
『誰も巻き込まねえんだよ……誰も……な』
『……だったら……僕はどうなるの……?』
泣き出しそうな悠緋の声に、九重は肩越しに振り向く。
『悠緋……』
九重が足を止めた事に、悠緋は思いを吐き出した。
『巻き込まないって……僕は蚊帳の外なの……? 何も知らずに待ってるなんて……僕は嫌だ。いくら兄さんが強くても、一人でなんて……兄さんを心配するのはおかしな事なの? 兄さんの力になりたいって思うのはおかしな事なの? 兄さんが父さんと母さんを助けに向かっているなら、僕だって同じに助けに行きたい。僕だって力になりたいって思う……だから僕は塔夜さんに頼りたいっ……! 塔夜さん……名代なんでしょ……名代になったんでしょ? だったら……名代が中心になるには舞人がいないと……』
『……悠緋』
悠緋の言葉に、九重は少し驚いた顔を見せる。
『僕は……弱いから……一人じゃ何も出来ない。だから……今日だって僕だけ何も知らされていなかったんだ。あの日も……』
『あの日?』
即座に反応する九重は、眉を顰める。
九重の中で結びついたものがあるんだ。それは僕も察していた。
『継承の儀の事か?』
その言葉に悠緋は頷く。
『変だと思わない? 塔夜さん。お祖父様は、父さんを当主にする気はなかったんだよ。なのに継承の儀だって……それは周りが勝手に騒いだ事なんだ。継承の儀なんて行われていない。父さんが紋様を継げないのは、父さんに力がなかった訳じゃない。父さんがお祖父様に言ったんだ。紋様は継がないって……』
『拒んだのか……? 紋様は藤堂家には絶対のものだろ……なんで……』
『絶対なんかじゃないよ……そもそも紋様は、藤堂家だからじゃない。紋様を使う事が出来たから認められただけ……紋様ってね……呪符なんだよ。正しく言えば、呪符を守っているから使えるって事』
……呪符。僕が譲り受ける事になった呪符の事か。
『呪符を守っている……? だから紋様が使える……? それじゃあ……』
『うん……塔夜さんは分かるよね。言い換えれば、呪符が無くなったらなんにもないって事だよ。だから兄さんは特別なんだ。藤堂家にとっての悲願そのもの……だから……誰にも奪えない』
『誰にも……奪えない……』
九重は、そっと左目に触れる。
『そっか……そうだよな……』
『塔夜さん……?』
『悪い……悠緋……やっぱり俺、帰るよ……』
九重は、足早に歩を進め出した。
『塔夜さんっ……! 待って……』
悠緋の声にも、九重はもう足を止める事はなかった。
そして悠緋もこれ以上はと、九重を追う事はなかった。
きっと、九重の心情を察しているのだろう。
麻緋の紋様に干渉してしまうのも、悠緋の感受性の高さにある。
だけど……。
この擦れ違いが、九重にとっても悠緋にとっても、最大の後悔になった。
もしもあの時、自分が悠緋の力になっていたなら。
自分が強くいる事が出来たなら。
誰にも……何も奪われる事はなかった……と。