第3話 不合理の懐疑
「その鬼こそが……僕たちなんだよ」
そう気づいた事に、気づかされた事に、感情が乱れる事はなかった。
納得を促すのは、過去の肯定だ。
定められた中央の守るべきもの。それを守る為に排除しなければならない邪魔な存在。
それが僕たちだったなら。
『何故』の理由は単純なもので、不都合を都合よく変える。ただそれだけの事だ。
力の強さは正義に比例しない……成介さんが言っていたその言葉が身に沁みて分かる。
僕は扨措き、成介さんと麻緋。そして、伏見司令官の呪力の大きさは誰が見ても明らかだろう。
力の強大さは、畏れとなる。
それがどっち側かと、二つに分かれたならば尚の事だ。
渾沌が力を得る為に人の命を奪い続けたのも、成介さんや麻緋のように強大な力を得たいが為だ。
……同じに染まる。
奴が望む染まるとは、統一を意味していたというのだろうか。守るものが違う事なく、たった一つである事……それが渾沌と僕たちとでは違っていた。
だとしたら……まるで僕たちは反逆者だ。
だけど。
僕が見るべきものが任務に繋がるというのなら、僕が見定める両儀は……。
「白間さん……」
悠緋が僕の腕を掴む手が強くなる。既に水に浸かった状態では、その不安は大きい事だろう。
悠緋の抱えた不安を無視する訳ではないが、僕は僕の話を優先した。
「光を光とし、闇を闇として区別したとすれば、それは誰が区別したという。陰と陽と天の三つが会合して生じたならば、何が根源で何が変化だという」
「白間さん……?」
不思議がる悠緋に、僕は構わず言葉を並べていく。
「闇と光が入り混じって見分けられないとしたら、誰がその区別を極め得るという。東の空が明けるまで、陽は何処にあるという」
「白間さんっ!」
悠緋は、引き寄せるように僕の腕をグッと引く。
「大丈夫、僕は冷静だ」
「じゃあ……どうするの……? どうなるの……? このままじゃ……」
「……そうだな」
溢れる水はとめどなく、体が浮き上がる事で息は出来るが、地から足が離れていく。
元々、地などなかったかのように……。
僕は、ふっと小さく息をつく。
……成程。
僕へと目線を向ける麻緋に、僕は頷いた。
任せておけ、麻緋。
「白間さんっ……!」
「悠緋……地につける足場がない事が、そんなに不安か?」
「それは……だけど今はそんな事よりも……」
「お前、麻緋と離れて忘れちまったのか? それとも……麻緋の邪魔になるから忘れたフリか?」
「……っ……!」
……図星か。
それも九重と行動を共にする決意となった一つ……か。
それなら……。
「悠緋……天の斡維は何処に繋がれ、柱は何処に立てられている」
「それって……」
「ああ。天問だ。不合理の懐疑に対する合理的理由を問うもの。地につく足場がある事に、何の疑問も持たなくなったのは、その答えを得られてのもの……光も闇も同じ事だ」
僕の腕を掴む悠緋の手に力が籠った。
「やっぱり……忘れようとしても忘れる事なんか出来ないよね……離れようとしても離れる事なんか出来ないよね……」
「ああ、勿論だ」
僕は、はっきりと強い口調で悠緋に答えた。
「うん……分かった。覚悟する」
「それでいい」
水面に浮かぶ紋様に重なるように配置する呪符に、僕は翳すように手を伸ばす。
カッと弾ける光が八方に広がり、麻緋の紋様が呪符を空へと押し上げた。
「なあ……悠緋」
空へと舞い上がった呪符が光を帯びて、柱のように伸びていく。
僕は、その光を見上げながら訊いた。
「伏見司令官が両親を殺した……今もそう思っているか?」
俯く悠緋は小さくも首を振るが、刻み込まれた疑念に答える明確なものが見つからないのだろう。
「じゃあ……そっちの覚悟も決めて貰わないとな」
「……それって……僕もって事……?」
やはり、察しはいいようだ。
僕は悠緋を振り向くと、ふっと笑みを見せる。
「僕たちと同じに染まる覚悟をね……だからその為にも、その問いには答えなければならない」
「その問い……?」
「ああ……」
僕は光の柱へと目線を戻すと、言葉を続けた。
「見えるか、悠緋。天地を繋ぐ八つ柱の均衡が崩れているのを」
「うん、見えてるよ」
「伏見司令官の管轄であったこの地は西北だ……麻緋の力がなかったら見えなかっただろうな……」
「……うん」
「これでもお前は疑念を払う事が出来ないか?」
「これが……父さんと母さんが……命を落とした本当の理由……」
僕は、パチンと指を弾いた。
ザアッと勢いよく水が動き、排水されるように流れていく。
「ああ……西北の柱は天に合わず、溜まった水も流れ出していく。対角線である……東南にな。そういった位置を示せるようになったのも、頂点とされる位置があるからだ。そもそも頂点とは中央……それは軸であり、光と闇が回転する円の重なりが幾重かあるという……それが」
水嵩が減るにつれ、足が地に近づく。
地に足がつくと、僕は一点を見つめて言った。
「『九重』」