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第51話 庚申の尸鬼

 体を切り付ける鋭い風が止み、神獣が走り回る音も止んだ。

 僕たちは、再び天地に描かれた正邪の紋様の中心へと歩を踏み出す。


 拘束を解こうともせず、顔を伏せる渾沌。その背後に成介さんが立った。

「……佐伯さん。私を捕らえたところで、失ったものは戻ってはきませんよ」

「そもそも、今はそういった話ではないでしょう」

 成介さんは、顔を隠す渾沌のフードを剥ぎ取った。


 ……両目がない。やはり本体か。

 だが、逃げも隠れもしない、堂々としたこの様子……。

 幻影を使わず拘束されたまま、神獣の力を頼りにしていたとはいえ、麻緋や成介さんの力でその神獣も抑え込まれている。

 誰が見ても渾沌は劣勢だ。

 それでも少しも怯む事のない態度……。

 まだ他に何か理由があるというのか。

 そう思考を巡らせる中、成介さんが続けた言葉で疑問が弾け飛ぶ。


「桜と悠緋を天秤に掛け、僕に禁忌呪術を使わせる気でしたか?」


 それを確信させるように、渾沌の口元に笑みが浮かんだ。


「残念ですが……」

 そう呟きながら成介さんがクスリと笑みを漏らす。そして、彼の目線がちらりと僕に向いた。


 それが合図だと僕は、呪符を渾沌へと向けて放つ。

 成介さんは直ぐに後方に下がった。

 呪符が渾沌の周りを巡ると、僕は呪文を口遊む。


五色(ごしき)を象り、五象を(あらわ)せ。(しん)()(かん)()(こん)


 稲光が空を這い、バチバチと弾けるような音の後、渾沌の叫び声が苦痛を訴えて大きく(こだま)する。

 渾沌の周りを巡る呪符が分散し、奴の足と目、耳と口、そして腹に張り付いた。


 成介さんは、冷ややかな目を向けて言う。

「禁忌など犯さなくとも、取り戻す事は出来るんですよ……その分、あなたは与えられていく。あなたにとって煩わしいものを、ね……?」


 自分の叫び声さえ閉ざすように、呪符の上から耳を塞ぐ渾沌。足に張り付いた呪符が足を掬い、地に(ひざまづ)かせた。口と首に張り付く呪符が叫び声を抑える。腹に張り付いた呪符はドンッと鈍い衝撃を与え、全ての呪符が僕の手元に戻ると同時に、渾沌が何かを吐き出した。


 成介さんはそれをちらりと見ると、渾沌へと目線を戻す。

「そうですね……折角ですから僕の気が変わった理由をお教えしましょうか」

 ゆっくりと渾沌に近づきながら言う成介さんの言葉が、地に倒れたまま肩で息を切る渾沌に降り落ちる。

 その言葉を聞く麻緋は、ふっと笑みを漏らすとこう呟いた。


「……三流相手に梃子摺ってる訳じゃねえんだよ」

 麻緋の呟きに僕は納得する。

 奴を捕まえるには、時を待っているだけ……麻緋はそう言っていたからだ。


 成介さんが言葉を続ける。

「六十日に一度巡ってくる、その五十七番目の日……庚申(こうしん)だったからです。庚申の日には禁忌を行う事を中心とする……そんな話も耳にしますが、それはどうでしょうか。庚申とは、人の体内にいるという尸鬼(しき)が抜け出し、その者の罪悪を告げる……そういった日です。ですから……」

 成介さんは、渾沌の目元にそっと手を触れる。

「罪悪を告げられたくなければ、眠ってはならない日なんですよ。その分、命を縮めますからね……?」

 成介さんが手を離すと、渾沌の目が現れていたが、その目は眠るように閉じていた。



 悠緋を背負ったままの九重は、驚いているのだろう、渾沌のその様を見て硬直している。

 そんな様子の九重に麻緋が近づく。


「塔夜……もう一度言う。敵う敵わないは別として、同じに染まるか、闘うかはお前次第だ」

「……っ……」

 真っ直ぐに向けられた麻緋の目に、九重は声を詰まらせた。

 素直に吐き出す事が出来ないのは、曲折してしまった思いが邪魔をしているのだろう。

「……麻緋……俺は……」

 それでも絞り出すように言葉を吐き出したが、やはり続かない。

 そのまま黙ると、九重は俯いた。


 微妙な間が開く中、悠緋の声が流れる。

「……塔夜さん……もう……本当の事を兄さんに……」

 意識を取り戻した悠緋が、九重に背負われたままそう口にした。

「……黙れよ……悠緋。そもそも、本当の事ばかりだろーが」

 そう言いながら九重は、気まずそうな顔を見せる。

「僕も……言うから……だから……塔夜さんも……」

「俺に……言い訳などない。麻緋が受けたもの全てが真実だ。俺がやった事も全てな……」

「そうだね……だけど……必要な真実だったよ」

「……知らねえよ。起きてんなら、自分で立てよ」

 九重は、悠緋を背中から下ろす。

「兄さん……」

 悠緋が思いを伝えようと、麻緋の前に立った。

 それを見つめる九重の表情に、安堵が見えたのは……見間違いではないだろう。


 悠緋と九重……この二人……。

 どうやら、互いに繋がりを持つ思惑があったようだ。


「来」

 成介さんがにっこりと笑み見せると、僕に言う。


「よく出来ました」


 その言葉に、僕は苦笑した。

「はは……なんだよ、それ……まるで子供扱いじゃないか」


 不機嫌な顔を見せる僕だったが、成介さんは穏やかな笑みを向けていた。

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