表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/108

第20話 裏切りの酷薄

 体の中から、全身に回るように怒りが込み上げた。

 その怒りは大きく、体を震えさせた。


「供犠だと……? お前……麻緋の弟をどうするつもりだ……?」

 抑えきれない怒りに、ギリッと歯を噛み締める。

 僕の腕にそっと触れられた麻緋の手が、落ち着けと言っているのが伝わった。


『心を顔に出すな。相手の術に嵌り易くなる』

 ……分かってる。だけど……。

 男は、僕をちらりと見たが、僕に興味はないのだろう、直ぐに麻緋へと目線を戻した。

 そして、ふうっと長く息をつくと、また口を開く。


「ああ……久し振りの再会で堅苦しくなってしまったな……やっぱり以前のように話そうか」

 男の口調が変わったことに、僕は眉を顰める。

 以前のように話す……?

「苦しむところは見たくないんでね、そろそろ終わりにと思ってさ……これはお前に対しての優しさだよ。流石に堪えるのも、限界に近づいているだろう? 生き続けるのも苦しいだけじゃないのか? いっその事、捧げてしまえば楽になれるだろう?」

 男は、麻緋の胸元をなぞるように、スウッと指を向けた。

「俺はこれでも心配しているんだよ、()()()()として……ね?」

 そう言って男は、にっこりと笑みを見せた。


 男の言葉に、僕は耳を疑った。

 何を言っているんだ、こいつは。

 優しさ……? 友人……? この男が麻緋の友人だと? よくも……そんな事が平然と言えるものだ。

 言っている事の全てがおかしいだろ。

 もしも本当に友人だったなら、お前は麻緋を裏切ったって事だろう!

 ふざけるな……そこまでしておいて、友人などと言える訳がないだろう!!


 麻緋が身を呈しても守ろうとしている弟の悠緋を、友人ヅラして連れ去ったんだ、こいつは……!!


 こんな残酷な事があるかよ……。

 きっと……麻緋はこの男を信用していたのだろう。友人だと……疑う事もなく、信じていたんだ。

 敵意をもって悠緋を連れ去ろうとしたならば、麻緋なら容易に阻止出来たはずだ。

 自身が呪いを受ける事もなかっただろう。

 ……悔しい。悔しくて、怒りが治まらない。

 こんな男に……全てを奪われるなんて、我慢ならない。

 その時の絶望がどれ程のものだったかを思うと、胸が苦しくなる。

 麻緋を心配する僕は、麻緋の表情を窺った。

 麻緋は、じっと男を見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「俺とお前が……友人……?」

 ……麻緋……。

 麻緋は冷静だった。

 感情を抑えているのは目を見ても分かる。

 だけどその冷静さが、麻緋の怒りの大きさの表れだ。

「俺は再会を喜んでいるよ、麻緋。忠告出来るのも、友人だから出来る事だしね?」

 そう言って男は、また笑みを見せる。


 麻緋は、冷ややかな目を向けたまま、男に言った。



「だったら……俺の前で笑うなよ」


 麻緋は、空に広がる紋様へと手を翳した。

 紋様の色が緋色に変わると、男目掛けて光を落としたが、男は光を避け、僕たちと距離を置いた。

 光を避けた事に、高慢にも見下したような目を向けて、男は言う。

「麻緋……由緒正しき家柄、元より与えられた能力を持つお前が王者なら、俺は実力で伸し上がった覇者だ。その能力も実力に伴わなければ、何にもならない」

 嘲笑うかのようにそう言った男に、僕はもう黙っていられなかった。


「おい……さっきから黙って聞いていれば、お前……実力を発揮出来ないようにと、麻緋の家族を奪ったのか? それは、そうでもしなきゃ、麻緋に勝てないと思ったって事だろ? 悠緋に向けて放った呪いも、麻緋が庇って受けると分かってやったんだな? その呪いが、麻緋の力を抑え込めると思ったんだろう? だが……それはお前の大きな誤算だ。お前は、麻緋に勝てねえよ……絶対にな」

「なんだ……お前? 俺と麻緋の話だ、お前には関係ないだろう」

 挑発的な僕の態度に、男が僕を睨み見る。

「関係は……大いにあるんだよ」

 僕は、呪符を構える。

 この呪符は、放てば多数に広がる。それは、この一枚に全てが収められているからだ。

 どう組み合わせるかで、その広がり方で呪力も変わる事だろう。それは、呪符の配置によるものだ。


 ……目的は定まった。


 四方に立てられた白羽の矢。

 僕たちから全てを奪い、代わりに与えたのは絶望だ。

 だけど……。


『共に闘ってくれませんか』


 抗う準備は出来ている。



 僕は、男が立つ位置に向けて呪符を放ち、多数に広がっていく呪符に配置を命ずる。


両儀四象八爻りょうぎししょうはっこう(けん)()()(しん)(そん)(かん)(ごん)(こん)


 呪符は、男の足元をぐるりと回って地に張り付き、男を中心に円を描いた。

 この呪符がどういったものかを理解した僕には、既にこの呪符に慣れていた。

 それに気づく麻緋は、僕に目線を向け、ふっと笑みを見せる。

 言葉を返す代わりに、僕は頷いた。


 男に目線を戻し、見据えながら、誓うようにも僕は言った。



「闇に染まり、闇に生きる『闇犬』は、この目で見たものを(たが)わない……麻緋と共にお前を狩る」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ