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第47話 差別の境界者

「弟……ね……」


 蒼夜は、笑みを交えた声で呟いた。

 鈍い咳と浅い呼吸を繰り返す蒼夜。

 苦しみから逃れるならば、その呪いを解放すれば自分は助かるだろう。

 躊躇があるのか、他に考えがあるのか分からないが、蒼夜は呪いを受け止めたままだった。


(にい)……」

 苦痛に顔を歪める蒼夜を見る塔夜も、精神的に大きな苦痛を感じている事だろう。それでも塔夜には覚悟が出来ている。蒼夜が呪いを解放して自分に返ろうとも、それは受け止めるべき答えであると……。


「ねえ……白間……お前、僕の名に意味が込められているって言っただろ……そうじゃなければこの身を保つ事も出来なかったって……」

「ああ」

「じゃあ……なんで僕たちの名に『夜』があると思う?」

「左目……だろ」

「あはは……やっぱり白間先生の息子だけあるね」

 蒼夜は、力なく笑うと深い溜息をつき、僕に言葉の続きを委ねるように目線を投げる。

 自身は知っているだろう事を、敢えて他者に語らせる。まるで、今ある理由を理解させる、語り継がれる物語のように。

 それが……。


 彼が納得出来るのは、神話としての物語だ。


 ああ……そうか。父さんが彼に答えたのは、それだ。


 僕は、静かな口調で語るように口を開いた。



「混沌の中に神が生まれた。神が生まれると天は日毎に高さを増し、地は厚くなった。やがてその神が死を迎えると、頭は山になり、血は海に、髪は草木に、涙は川に、呼気は風に、声は雷に、右目は月に、左目は太陽になった」


 これは塔夜が渾沌の前で神舞を舞った際に、塔夜自身が口にしていた話だ。

 天地は神が創ったという天地創造の話で、自然物は神の体であるという考えからきたものだ。

 そして、神の体である右目が開かれると夜になり、左目が開かれると昼になるという。

 だから……。


「右目が閉じられると昼、左目が閉じられると夜になる。だからその左目は」


 僕が語る話に、蒼夜の顔に笑みが浮かぶ。

 満足そうな笑顔だ。


「その左目は神の体の一部となっている。それは……闇を晴らす為に必要な『自然』だ」


 蒼夜は、動きを鈍らせながらも、自身の左手を目元へと持っていく。

「……ものは言い様……そんな事は承知の上だ。僕はただ……何故というものの理由を高貴に求めた。ただ……納得出来る理由を求めた……僕の体の一部が欠けている理由を……それが名代である証明だってね……失わせる事で成り立つ訳じゃなく、初めから無い事でだって……」


 やっぱり……兄弟だな。

「僕がどうするかなんて分かっているでしょ……だから……封じるなら……今しかないよ……? ねえ……」

 クスリと笑みを漏らし、揶揄うようにも皮肉を交えた言い方は、本当にそっくりだ。



「白間……センセ……?」


 蒼夜が投げ掛ける笑みを、僕は無表情で受け止めた。

 横目に映る、縋るような塔夜の目線にも気づいていないフリをしている。


 僕は、困ったようにも長い息をついた。


 混ざり合った幻影は、禁忌の発動を促すものだった。

 全てを見てしまったら発動してしまうと手を引いた。

 それは(まさ)しく、それでよかった事だが。

 蒼夜と渾沌が繋がるにも、塔夜を媒介にしなければ発動出来ない禁忌だ。


『封じてくれよ……白間……センセ?』



 遣る瀬ないなと、再び深く息をつく僕は、蒼夜に答える。

「その呪いが生まれたのは……元は悠緋……麻緋の弟の悠緋が罪の意識に(さいな)まれ、塔夜にそう頼んだからこそのものだ。だが……話はそれだけに留まらない。麻緋の話……聞いただろ。誰に、ではなくて、弟に、だと。塔夜は悠緋に共感を持ったんだよ。悠緋を守る為に麻緋が受け止めるのは分かっていた。麻緋なら……ってな。塔夜の麻緋に対しての思いは、蒼夜……お前に重ねられてもいるんだよ。それで自分に返ってくるなら塔夜にとって納得せざるを得ない、諦めになるだろうけどな」


「あはは……そう……だね……だけど僕には留められる力も、解放するにも自分の意思では出来ない……僕が死んだら自然に解放されるってだけだよ……だから自然っていうのは人の思いでどうにか出来るものじゃない。あり難い、って話だって、自分に無いものを得られるからって話にもなるだろ……それが神の力だって事だよ……神話ってさ……人という存在の概念でもある訳でしょ……だけどその存在は、神が持っているものを奪う事で、人である事を決定付ける差別にもなる。神と人という差別だよ。だから……供犠だって……元々神が持っていたものを返すってだけの話でしょ……」

 浅い呼吸を繰り返す蒼夜は、ゆっくりと目を閉じた。


「だからお前も無いものだと? それは人としての存在を、だ。蒼夜。お前が存在させた渾沌は、元々何も持ってはいない。奴は掴もうとする度に捨てていく、人とは掛け離れた存在に、だ。人という存在の概念を奴に准えるならそれは」

「違うよ……准えるのは僕の方にだよ」

 思いの全てを吐き出すように言葉を続けた後、左目を覆った手がパタリと力を落とした。



「境界者である事に……ね……」

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