第九話 参鶏湯専門店
今日のランチは何にしよう。午後も体力仕事。こなすためにもしっかり食べなくては。
この辺りで気に入っていたカフェは二件とも閉店してしまったらしい。この近くだとラーメン、インドカレーなどがあるのだが……胃に優しいものが食べたい。スープとか中華粥とか。
マップ検索すると、徒歩一分で気になる店を見つけた。「参鶏湯専門店」だと? これでしょ! 見当たらないけど。
それらしい店は見つからないが、ハングル文字の看板を見つけた。あれか?
近くまで行くと日本語の看板を見つけた。これは素通りしてしまうな。中の様子は見えない。
行ったれ、行ったれ。ここには年に四回くらいしか来ないのだから。
扉を開けると雰囲気がいい。ゆったりとした時間が流れていた。
なんだろう?
まず気になった。テーブルの上に謎の台が乗っている。あれ何? 初めて見るものに戸惑っていると、お姉さんが受付してくれた。仕事できそうか姉ちゃんだなぁ。
席に着くと、謎の台を見つめる。長方形で、中は空洞だ。空洞部分に箸、おしぼり、紙コップ、巾着が置いてある。ハテナがいっぱい。韓国では普通なのかもしれない。
メニューをもらった。一ページ目に台の謎の答えが書いてある。なになに? 昔の韓国文化をアレンジしたお店のオリジナル。熱々のスープが飲みやすいようにしたらしい。この台はテーブルなのだ。
おっと、早く注文しましょうね。
あっさり、こってり、辛いやつ……他。どれも美味しそうだ。ナムルとキムチがセットらしい。キンパ、チャプチェなども追加で頼める。チャプチェ小学校の給食メニューで大好きだったなぁ。
「ふむ……」
手を上げてお姉さんを呼ぶ。
「これください」
こってりを頼むことにした。トロトロ系参鶏湯が好きなのだ。お粥もドロドロした方が好きである。中華出汁を加えた重湯とか美味しい。
さて、お料理が来る前にトイレに行きたい。午後はバス移動なので花を摘んでおかねば。夜まで行く機会がなくなってしまう。
「御手洗はどこですか?」
教えてもらいトイレに行くと、先客を知らせる鍵の部分が赤い。正確にはほぼ半分以上赤かった。誰か入っているのだろうか? ドアノブを回して急かすことになったら嫌だなぁ。
お店は見渡せるくらいの広さ。とりあえず振り返る。すぐ近くの四人席の家族と目が合った。なんでこっち見てるんですか!? わ、分かった!
四人席に座っているのは三人。そこの空席にいた人が使用中なんですね!? すみませんでした!!
ギャーッと自分の席に戻る。ヒィィィ。うへへん恥ずかしい。
数分後。トイレは空いただろうか。立ち上がって四人席の方を見る。
「どうされましたか?」
店員のお姉さんに聞かれた。もしかして不審者っぽかった?
「御手洗、空いたかな……と」
お姉さんは周りを見る。
「誰もご利用されていないかと」
「えっ」
ま、まじかーーっ!?
「あ、そうですか……」
ふぇぇん。気を使いすぎた結果がこれですか! あの家族なんなの!? そんなに不審者に見えましたか?
腰を低くしてトイレに行った。鍵の色は先程のまま。ガチャッ。開いたし! くそぅ。
誰かが同じ目にあわないよう、使用後は鍵の色が青になったことを確認してから席に戻った。
シュンとしているところに参鶏湯セットがきた。おお……。知っているビジュアルと違う。
スープに鶏肉、その上に他の具材が乗っていた。てっきり煮込まれた状態で提供されるものかと。
「当店は初めてですか?」
「はい」
スッとお姉さんが具材をさす。細い茶色の具材。
「高麗人参の蜂蜜漬けです。お先に召し上がってから具を混ぜてください」
蜂蜜漬けとな。木の根にしか見えないけど。牛蒡なんかより、よっぽど木の根っこ。こういうのなんか好きです!
「いただきます」
箸を割り、高麗人参を噛む。ほー。甘いイソジンだ。噛むと漢方の香りになる。美味しいかも。
中学生のときに食べたい高麗人参ガムは吐き出すくらい美味しくなかったのに。子供に与える土産のセンスがない父親である。
高麗人参を食べたので具材をスープに沈ませる。スプーンはないのかな? あっ。
巾着を触ると硬い。中に大きめのスプーンが入っていた。それか、金属製のレンゲ。なんで巾着に入っているのだろう。面白いからいいや。
早速スープからいただく。浮いているのは黒胡麻だ。一緒に飲む。テーブルが高いので器が近い。
「ん〜」
鶏の旨みぃ〜。こってりにして良かった。高麗人参と暖かいスープのおかげでポカポカしてきたぞ。
次は鶏肉をいただこう。結構でかいな。スプーンで簡単にほぐれる。ホロホロだぁ。葱と一緒に口へ運ぶ。柔らかい。スープとよく合う。食べに来て良かったな。
次はもち米。参鶏湯だけで足りるかと心配だったが、もち米の量があるので大丈夫であろう。柔らかいお米とスープ。美味しいです。
セットなので小皿がついている。モヤシのナムル、白菜のキムチ。
シンプルなナムルからだろう。ごま油の香り。他にも味がするけれどなんだろう。モリモリ食べれそう。
キムチはそんなに辛くない。優しい酸味だ。
もぐもぐしていると、隣に女性客が来た。友達同士だろうか。辛い参鶏湯を頼むらしい。
「辛さはどうされますか? 三まであります」
「どのくらい辛いですか?」
「一が辛ラーメンくらいです」
えっ。一でも辛くないか?
「じゃあゼロで」
それ辛いの? まぁ、辛いんだろう。本場の人は三を選ぶのだろうか。
スープを混ぜると、黄色くて丸っこいのが二つある。銀杏と栗だ。そろそろ頂こうか。
銀杏が参鶏湯に入っているの不思議。栗もだけど。調べてみると、入れる具材らしい。
母親にLINEを送っておいた。我が家の参鶏湯には入っていないからだ。しかし、我が家の参鶏湯も結構美味しい。遠慮なしのニンニクが入っている。このお店の参鶏湯にもニンニクは入っているが、午後の仕事には響かない量だろう。
スープに浮かぶもう一つの具材。黒い。なんだこれ。黒豆にしては大きい。シワシワ。柔らかそうだ。
えーい、と食べる。甘い。プルーン? 種が入っていた。
「…………」
これ知ってる。棗か? 黒棗だ。プルーン
と間違えるくらい甘くて美味しかった。
熱かった器も冷め、最後は器を傾けてスプーンですくいとった。器を持って流し込みたいところだったが、韓国のマナー的にどうなのだろうと止めておいた。
お会計はママさんがしてくれた。本場の方? 分からないけれど。
レジ横には高麗人参が漬け込まれたお酒らしきものがある。なんだか健康によさそう。試飲したい。
「ごちそうさまでした」
今度はチャプチェも食べたいです。
会釈をして外に出ると、いい天気であった。優しい風も吹いている。
「ととのいました」
なんちゃって。でも、そんな気分。気分がいい。
午後は元気に仕事できるだろう。
お読みいただきありがとうございました!
お邪魔させていただいたのは「参鶏湯専門店 ホジェ」さんでした。
次は辛いの飲んでみたい。あっさりも気になる……。
我が家の参鶏湯はニンニクと生姜が遠慮なしにはいっています。それが美味しいです。
家の参鶏湯が好みの味すぎて、外でいただく参鶏湯が物足りなくて……。
今回当たりをひけて書いちゃいました。
ディナーで再来店するならばキンパも食べたいですね。
エゴマの葉入のキンパが好きなんですが見かけませんねぇ。どこにありますか?
無印良品のキンパも美味しいですよね。ごま油に塩で食べます。
次話、冬に冷麺。韓国じゃないほう。