第八話 紅茶愛に溢れる店
仕事が終わった。まだ十七時台なのに外は真っ暗である。
「確かこの辺りに……」
マップを確認すると、やはり。以前立ち寄った店が近い。もう一度行きたいな。よし、行くか。
駅から近い場所、そのティーハウスはあった。
「……ん? やってるのか?」
そうだ、そうであった。窓はあるが、すりガラスで中が見えないのだ。営業中だよね?
営業時間を調べる。二十一時までだ。安心して入った。店内に流れるヴァイオリンの音。ここからセンスがいい。
十席もない小さめの可愛いお店である。席はあるだろうか。一席だけある。ラッキー。
「……? …………」
店員さんを待つも、これは気づいてもらえないやつだ。
背伸びをして、奥にいる店員さんに手を挙げた。店員さんはオーナーのおじいちゃんと奥さんらしき二人である。奥さんに気づいてもらい席に座る。
メニューをもらった。前に食べなかったスコーンにしよう。好きな紅茶とセットで割引になる。
紅茶どれにしよう。ミルクティーが飲みたいな。
名前と共に説明が書かれているので、ミルクティー向きの紅茶を探す。ニルギリにしよう。ストレートでも美味しいのが決め手だ。
顔を上げると、オーナーさんと目が合った。注文をとりに奥さんが来てくれる。
「クリームティーセットで……紅茶はニルギリでお願いします」
メニューをお返しし、フゥとお水を飲む。
ちゃんと「クリームティーセット」って言ったぞ。別の店でスコーンが食べたいあまり「スコーンセット」と言ってしまったことがある。
「〜〜、〜〜。〜〜〜〜」
ん? オーナーさんが厨房で何か言ってる。え? 歌ってません? お仕事楽しそう。リトルマーメイドのシェフっぽいな。
今日はスコーンの気分だったから見ていなかった。ケーキは何があったのだろう。
店内のショーケースには生ケーキが並んでいる。定番のショートケーキに、季節物のかぼちゃケーキ。前回は季節だったので白桃のケーキをいただいた。
紅茶を待っていると、店内半分のお客さんが帰られた。そして、すぐに中年女性二人と、若い女性が一人やってきた。その二組は近くに座る。
お客さんが絶えない。人気店なんだろう。こんなお店が家の近くにあったらいいのに。毎週通っちゃう。
「……お待たせしました」
小さめの声で言われ顔を上げた。わぁい。
紅茶はポット提供だ。手編みのティーポットカバーが可愛い。カバーがあるとお茶が冷めにくいのだ。
カップに紅茶を注ぐ。茶葉が紅茶と一緒に出てくるので、用意された茶こしを使って茶葉を受け止める。いい水色だ。あーーーーっ、好き。
まずは砂糖を入れず飲んでみる。うん、美味しい。色の着いたお湯ではない。高揚する高貴な香りがする。
けれど、砂糖を少し入れたい。仕事帰りだしね。砂糖をスプーンの三分の二入れた。
円を書くようにではなく、カップにぶつけないよう縦にスプーンを動かす。東京で執事喫茶に行ったとき、こうやって丁寧に混ぜてくれたんだよなぁ、と毎度思い出してしまう。うん、混ざったろう。
ゴクリ。美味しー! でも、思ったより甘い?
落ち着いたところでスコーンに手を出す。スコーンは半分に切られていた。手で割れないタイプのスコーンだからだろう。自家製っぽい。
スコーンにはクロテッドクリーム派のHELIOS。クロテッドクリームとはバターと生クリームの中間みたいなやつ。簡単に説明すると、爽やかなバター。これが美味い。スコーンを買うときは一緒に購入する。
しかし、残念ながら生クリームだ。お店の生ケーキと同じクリーム。エーッ。確認不足だった。
ジャムは季節によって変わるらしい。今日は林檎。トロトロ系ではなく、コンポートに近い。見た目から手作りだと分かる。この形は機械作業ではない。
二つのスコーンが半分に切られて四つある。生クリームとジャムを使い切るように塗らなければ。
スコーンを手に取る。
「わ」
外はザクザクなのに中はパンみたい。変わっている。そのまま食べてみた。この味。紅茶にあうぞ。
次に生クリーム。このスコーン、ジャム無しでも美味しいのでは? 生クリームたっぷり塗ってパクリ。
クロテッドクリーム派とか言ってすみません!! このスコーンには生クリームで正解ですわ。頭をテーブルに打ち付けて謝罪したい。めっちゃ合うー!
そこに紅茶を飲むと完璧。マリアージュ!!
ああ、ジャムも塗らねば残ってしまう。すくい取ってスコーンに乗せた。生クリームと林檎ジャム。食べる。うんめぇな。口が悪くなる。
作り手の優しさが詰まっている味だ。
この林檎ジャム、ほのかにシナモンの香り。嫌いな人も多いがHELIOSは大歓迎だ。
ん? このフローラルさは?
確かめるべくジャムだけ食べる。この甘みは……蜂蜜! 絶対に蜂蜜使ってる! すげー。
感動しながらティーカップを空にする。二杯目にいこう。飲むペースが早いな。気をつけよう。
執事喫茶でペースを間違えてスコーンが残り、紅茶を追加注文することになった経験がある。お腹タプタプになってしまう。
二杯目はミルクティーでいただく。少し渋くなった紅茶を牛乳がまろやかにしてくれるのだ。ミルクティーは甘い派なので砂糖を入れる。ホッとするなぁ。カバーのおかげでミルクを入れてもまだ暖かい。
「茶こし! 茶こし!」
んぐっ? オーナーさんが慌てた声を上げた。横目で見ると、中年女性二人組に紅茶の注ぎ方を伝えていたらしい。
「ポットの中に茶こしが無いんですよ。だから茶こしを使って注いでください」
優しいな。味で知ってたけど。
「なんで中に無いかというと」
あれ、まだ続いてる。
声量強めなので聞いてしまう。
「ポットの中で茶葉が……」
手で宙をかき回している。ジャンピングの表現だろう。紅茶はジャンピングさせると美味いのだ。
説明を終え、オーナーさんは厨房に戻ろうとする。
一杯目の紅茶を注いだ女性の一人がミルクを入れようと……。
「まずは! 何も入れずに!」
オーナーさん戻ってきた!?
離れた席で見守る。
「ご注文されたのはヨークシャーティーですね。まずはそのままで。美味しい紅茶なので、茶葉のストーリーを感じてください」
おん? 茶葉のストーリーとは聞きなれないな。
オーナーさんの弾丸トークは止まらない。
「それからお好みでお砂糖を入れてください。でも、美味しい紅茶は砂糖少しでいい」
ああ! だから砂糖少しで美味しかったのか。
「砂糖入れないと飲めない紅茶も、砂糖いれたら飲めない紅茶もある!」
「そうなんですか!?」
女性客が驚く。
「二杯目が渋ければミルクを入れてください」
あ、その紅茶が何か教えてくれないのね。
「三杯目は渋くなっているのでミルクをたっぷりと。差し湯もできますよ。すみませんね! 美味しく紅茶を飲んでほしくて!」
十分伝わりました。
ずっとニヤニヤして聞いていた。
「でも、牛乳苦手なんです」
女性が答える。
「残念! ヨークシャーティーはミルクが合います! ミルクを入れると茶葉の香りが引き立つんです」
ヨークシャーティーの説明が始まった。
多分、店内のお客さん全員が説明を聞いていた。これいつ終わるんだろう。面白すぎる。
「こちらの方が飲んでいるのはデカフェで━━」
隣の若い女性客まで巻き込まれた。
「デカフェ?」
「あれよね?」
「カフェインレスです」
紅茶をキッカケにして、女性客三人とオーナーさんでワイワイし始めた。
オーナーさんがフェードアウトしても三人で会話をしている。すごいな。ドラマみたいな展開。
三杯目をカップに注ぎ、ミルクを入れる。講義を生かしてたっぷりと……ハッ!? いつのまに!?
オーナーさんが見ていた。
「うんうん。入れすぎかもしれませんがッ。すこーし入れすぎかな? 紅茶とのバランスがね。牛乳臭くなっちゃう」
「は、はい……」
小学生に戻った気分。
「すみませんね! うるさくして」
「い、いえ。勉強になりま━━」
「美味しい紅茶を飲んでもらいたくて、このお店を始めたのでねぇ!」
おおっ……。キャラ濃いなぁ。前回来店時は分からなかったぞ。
「牛乳もなんでもいいというわけじゃないんです」
店の真ん中に立って話し始めた。
「加熱処理されたものとかではなく、牛乳! を使ってください」
これ、いつまでても聞いていられるな。茶も進む。
「茶葉はティースプーン二杯目! お湯はティーカップ三杯分!」
紅茶の淹れ方レクチャーまで!? 大丈夫? 追加料金かかりません?
その後も茶葉の地名。グレードの高さ。早口で説明してくれた。情報量が多すぎて覚えきれない。処理する時間ください。
「美味しい紅茶を飲んでほしいくてね!」
じゅ〜ぶんっ、分かりました。ありがとうございます。こんな熱量ある店に来れて良かったです。
そして、最後に名言を残す。
「紅茶が醸し出すストーリーを味わってください」
その場の全員が名言に聞き惚れた。誰かが拍手をした、そんな空気感。
オーナーは格好よく厨房に戻っていった。
決めゼリフなのかな。
紅茶愛を存分に味わった。落ち着いた頃、奥さんにお会計してもらう。
「すみませんでした! うるさかったですよね! 美味しい紅茶を飲んでもらいたくて!」
厨房からオーナーさんが顔を出す。吹き出しそうなんだけど。何度言うのそれ。
素晴らしいな。
「むしろ、ありがたかったです!」
お礼を言って店を出た。
面白かったー。ドラマの登場人物になった気分。
オーナーさんのパワーも貰えて元気になった気がする。また来よう。こんなに紅茶愛に溢れた店だ。来る価値がある。
それに、運が良ければ講義が聞ける。ニヒッ。
お読みいただきありがとうございました!
今回は「ティールーム リーフ」さんにお邪魔しました。
普通にティールーム行った話を書こうとしただけなのに面白すぎました。
紅茶好きの作者。身内の淹れる色つきのお湯は許せない。お店で出される色つきのお湯は論外。
アフタヌーンティーで美味しくない紅茶がでてくると、スイーツ美味しくても評価できない。
かといって自分で完璧な香りを引き出せるかと聞かれると何も言えません。納得する程度の味であればいい。
知識も浅いですし、美味しい紅茶はプロに任せます。
キッチンには茶葉が何種類も。買いすぎて親に怒られるくらい。
茶葉大事。インド産の高い紅茶試飲させてもらったとき叫びそうになるほど美味しったです。
再会したら、その茶葉絶対手に入れる。
次話、参鶏湯。