第六話 始まりのBAR
一人でBARに行くのは勇気がいるもの。しかし、一度入ってしまえばマスターは優しく出迎えてくれ、時間の流れは緩やかである。
HELIOSにはお気に入りのBARがある。親に連れていってもらった。BARデビューをした店である。初めて飲んだジントニックの味が忘れられない。それを超えるジントニックに出会えずにいた。
駅から少し歩くが、慣れてしまえば、それも味と思えてしまう。色々飲みたいタイプなので、何を飲もうか考えながら歩くのだ。今日は飲みたいものが決まっているので、この小説を書きながら向かっている。ぶつかるような人は周りにいないのでご安心を。
坂を登りきるとBARが見えてきた。ガラス越しにマスターと目が合った気がした。登ってきた坂は店から丸見えなのである。ドキドキ。
「こんにちはー」
実家のような安心感。二回目の来店まで、勇気が出なくて一年かかったとは思えない。
「いらっしゃいませ」
誰もいない。貸切だ。誰かいれば小説を書きながら飲むつもりだったが、誰もいないならマスターとお話ができる。後者の方が嬉しい。
マスターは七十歳くらいのベストが似合う長髪の紳士だ。葉巻を吸う姿がカッコよくて好きである。こんなキャラがいたら人気でちゃうよー! と思う。
「寒くなる前に来れて良かったです」
駅から歩くので寒いと辛いのである。
席は端っこが落ち着くので座らせてもらった。荷物を誰もいない横の席に置いて上着を脱ぐ。マスターが注文を優しく待っていた。
HELIOSにはブームがある。珈琲ブーム。紅茶ブーム。梅干しブーム。映画ブーム。エトセトラ、エトセトラ。そして、BARブーム。
ここのマスターにはBARブームのときお世話になったのだ。
YouTubeでカクテル動画を見た影響で、気になるカクテルを興味があるまま注文させてもらった。そのため、「今日はどんなカクテルを飲まれるのか」と待っていらっしゃるのだ。ワクワクと。
手当り次第に飲んでいると自分好みのお酒に出会う。同じくらい苦手なものにも出会う。HELIOSの場合は卵系。吐いたからである。肝臓強いのに吐いて本当に驚いたし、恥ずかしさで死んだ。土下座する気持ちで謝った。
バーテンダー界隈でも卵カクテルは二杯までと言われているらしい。
さて、飲みたいものを伝える前に……っと。
「すでに飲んできています」
理性が働くうちに、自分の状態を伝える。
そして、飲みたいのは……。
「ハイボールが飲みたいです」
そんなのがBARで飲みたかったの? と思われるかもしれないが、飲みたいのはマスターが提供するハイボール。居酒屋で飲むお酒と、BARで飲むお酒は全然違う。
「何でいきましょ」
マスターがウイスキーが並ぶ棚の前に立った。
「うーん、どうしましょう」
「えっ、振りますかっ」
笑うマスター。ごめんなさい。
ハイボールは好みのウイスキーをソーダで割ってもらえる。たまにしか来ないHELIOSの顔を覚えているマスターは、当然どのウイスキーが飲みたいか決めていると思っていたのだろう。
「今日特に決めていなくて。どういうのがあるんでしたっけ?」
久々のBARで、ハイボールも最近飲んでいない。マスターの案内で決めたいという我儘だ。
マスターは棚に並ぶウイスキーを見て腕を組む。
「スコッチ……アイラ……。甘い系が良いですか?」
「そうですね」
そんな気分。
「であればバーボンでいかがでしょう」
バーボン。甘めの香りだ。好みである。
「お願いします」
「では、メーカーズマークでいかがでしょう?」
キャップに個性がでる有名ウイスキーだが、それも味を忘れるくらいには飲んでいない。
「それで。あと、お水もください」
「さては結構飲んできたな?」
「ふふ、はい」
こういう切り返しができるのが素敵である。勉強になるなぁ。
先にお水をいただく。お酒を飲んだせいで、喉が渇いていたのだ。美味しくお酒を飲むためにも水分補給は大事である。
ハイボールが目の前に置かれた。完璧な仕上がりだと飲む前から分かる。飲むと「これだ〜」感。家で飲むとは違う。氷? 技術? 一番の有力説はマスターの人柄である。数時間、話していても楽しいのだ。
お酒ことを聞いたり、吸わないのに葉巻のことを聞いたり。過去には「あちらのお客様からです」って本当にあるんですか? とか定番ぽい質問もした。
他の客との会話を聞いていても楽しく、不快にならない返しをしている。素晴らしくて見習いたい。
「最近、クラフトビールにハマっているんです」
「ほう?」
「しじみのビールを飲みました」
「ハイー?」
この返しが好きである。丁寧な接客なのに、たまに砕けた返しがくる。
前回飲んだ、しじみビールの写真を見せた。
「ほーっ。どうやってしじみをビールに……」
味より作り方が気になるらしい。製造方法は分からないので、味の感想を伝えておいた。
「スムージーサワーエールも美味しいですよ」
「な、なんだって?」
初耳だったらしい。
本当にスムージーのようなビールである。飲む前に缶をひっくり返す必要がある。かなりオススメ。画像検索して、缶の中身を見てもらった。
マスターがお酒飲む人なら買ってくるのに。
その後も椎茸ビール、桃ヴァイツェンなどの話をした。
ビールでもそうだが、お酒というのは発想力が詰め込まれていて面白い。「何故それをお酒にするんですか?」と、突っ込みたくなる。ハブ酒とか、蜂酒とか。それが現代まで残っている。歴史を感じられずにはいられない。
マスターの作り上げるお酒は飲みやすい。ハイボールを飲み終えた。十分酔っているが、マスターともう少し話がしたい。
二杯目はデザート的な感じで甘いやつを……。
甘いお酒が並ぶ方を見る。チョコレートリキュール。コーヒーリキュール。紅茶リキュール。ふむ……。
目に止まったのは南国の絵が描かれた白い瓶。
「マリブ……コークください」
「ええと、レモンは無しで?」
HELIOSは酸味が苦手である。マスターはそれを覚えてくれている神だ。バーテンダーは技も、カクテルレシピも、お客様のことも覚えなくてはならない。お馬鹿な自分には務まらないすごい仕事である。
「基本はレモン入れるんですね」
「酸味がお得意でなければ、レモン無しで良いと思います」
圧倒的マスターへの信頼。
「レモン無しでお願いします」
「かしこまりました」
待っている間に水を飲む。お口の中をリセットだ。
会話中は優しい笑顔のマスターだが、カクテルを作るときは人が変わったように真剣な顔をする。少し怖いくらいなのだが、それがカッコイイ。リアルの推しキャラ。
「どうぞ」
マリブコークが出された。
コーラってなんでも合うよね。
鼻をグラスに近づけ、香りを楽しんでからゴクリ。コーラの香りに続き、甘いココナッツの香りが鼻から抜ける。うめぇ。
「マリブ苦手だったのに飲めるようになってしまった」
そう! HELIOSはかつてココナッツのリキュール、マリブが苦手であった! ドーナツもココナッツチョコレートよりゴールデンチョコレートを選ぶ。
「ああ、マリブ苦手でいらっしゃいましたよね!」
覚えているマスター凄い。
「何故か嫌いなものが減っていきます」
パクチーとか。
「まだホヤが駄目ですね」
「ホヤ? あの貝の?」
「洗剤っぽくて……」
一回目撃沈。二回目は少しマシに。平気になる道は長そうだ。
ホヤ関係でいうと夏ビールに苦手なやつがある。後の香りが似ていると思う。SNSで調べたら同士がいて嬉しかった。
まだ飲みたいし、マスターとお話していたいが……明日も仕事である。迷惑をかける前に帰りましょうね。
お会計を済ませ、水分補給だけして席を立つ。
「また来ます」
「お待ちしております」
お礼する姿も綺麗だのう。
気軽に立ち寄れるBARがある。思い出のBARがある。
えへへ、大人って楽しい。
お読みいただきありがとうございました!
お気に入りのお店なので紹介はしませんが、美女と野獣に出てくるキャラクターの名前の店とだけ。
ふつーに飲んで、エッセイ書いていたので読んでも面白くなかったかもしれません。すみません。
よく頼むのはオールドファッションド。
ピールじゃなくて、フルーツが入っている方の。
オレンジなどを潰して果汁を。底の砂糖を混ぜて甘く。味の変化をいくらでも楽しめるのが良い。
ショートカクテルも飲みたいのに、酸味があるものが多くて駄目です。酸味苦手族はカシスオレンジをショートグラスでいただくのオススメ。飲みやすくて美味しい。
どんぐりリキュールも好きなんですけれど、なかなか再開できずにいます。気になる人はスペインバルで探しましょう。
BARブームの話。
大阪の大きな水槽があるBAR。京都のジン専門のBAR。京都のオリジナル漬け込みリキュール(?)に特化したBAR。
探すとワクワクが止まりません。
その店でしか飲めないオリジナルカクテルも美味しいし、定番カクテルも店によって味が違って良き。
濃すぎる胡椒ジン。痺れる山椒ジントニック。また飲みたい……。
スイーツとのマリアージュを楽しめるBAR。
フルーツカクテルに特化したBAR。
お酒弱い友人とも行ける、モクテルが楽しめるBAR。
行きたい店がつきませんなぁ!
今度は別のBARも書けたら楽しそうです。
次話、辛い話。