第二十六話 煙を纏う夜
繁忙期を終え、連休を楽しんでいた。今日は昼まで寝ることができ、体力が余っている今夜。
「今日しかあるまい」
前々から計画していた一度はやってみたいこと! それを実行するのだ。
目的地へグングン歩く。ガラス張りのお店に人影はない。貸し切りだ。嬉しい。
店内に入る。そこはお気に入りのBARである。
「お疲れ様です」
と、声をかけてくれるマスター。今日の注文の予想ができているはずだ。先月二度、やりたいことを話している。それでも席に座るまで静かに待っていてくれるのはプロだからだろう。
席に着き、緊張をどうにか引っ込めて言い放つ。
「今日は葉巻を吸いに来ました」
ドラマ、漫画のシーンで登場する、BARで葉巻を片手に酒を楽しむアレがやりたいのだ!
事の始まりは一年前。
一人でお酒を楽しんでいると、男性客が葉巻、キセル、パイプについてマスターに質問をしていたのだ。遠くて聞き取れなかったが、ここのマスターは初心者に優しく教えてくれると知った。
色々聞きましたとも!
「葉巻は吸い込まず、口に含ませニコチンを摂取する」
知らなかった! 深く深く吸い込むものだと思っていた。そういう描写あるじゃない?
一応、喘息持ちの作者。いわゆる紙たばこの副流煙に苦しめられてきた。臭いも好きではない。しかし、マスターが吸う細巻き葉巻は酒に合いそうな香りである。燻製を思わせる。
肺まで吸い込まないなら嗜むことができるかも?
「……よろしければ」
しかも、ここのマスター。試し吸いをさせてくれたのだ!
関節キスなんて!
フツーにに好奇心が勝つ。
一吸いして確信する。い・け・る!
「葉巻と……ウイスキー? やりたいです! 休みの前夜に!」
それが叶う本日。こういう挑戦ができる年齢。大人って楽しい。
「お酒は……ウイスキー、シェリー酒が良いんでしたっけ?」
始めは聞け。分からないんだ。
「どんな感じでいきましょう?」
「どんな感じ? とは?」
甘いとか?
「言ってしまえば何でもいけます。ラムでも、ハイボールでも」
ううむ、それも良いのか。葉巻と楽しみたいものは? やりたいのは一般的なイメージ。
「シェリー、ストレートで」
キリッ。普段、ストレートで飲まないんだけど……今日はなんだかいけそうな気がするぅぅぅ!
「では、ティオ・ペペを」
少し黄みがかったお酒が提供された。
「葉巻は太いのを買ってきましたか?」
灰皿が置かれた。
「……あっ! いいえ! 買ってきていません」
事前相談のとき、葉巻持ち込みOKと言われていたのだ。太いのを持ってくると思われていたらしい。
「うちは細巻きしかありませんが……」
太いのは管理の難しさから置くのをやめたらしい。
「細いのが良いんです。最初から太いのを吸う自信がなくて……」
なるほど、とマスターは細巻き葉巻とライターを出してくれた。
「そのまま火をお付けください」
カットの必要はないらしい。シガーカットも太巻きならやってみたいところ。
葉巻とライターを手に取る。咥えて着火なんて、煙草と無縁だったのでできません。
ややっ? このライター。フリント式ではないか! 丸い部品を回して着火するやつ。チャッカマンか、百均の使い捨てライターしか使わないから久しぶりに出会う。子供の頃は苦手であった。今ならできるだろう。
問題なく着火。葉巻の先を炙る。ジリジリ……。どこまで火をつければよい?
「こんな感じですか?」
火から外しても赤い。大丈夫らしいので一吸い。初心者だから少しだけね。吸い込まないように、口に含む。人前なので鼻から出さないように気をつけながら吐き出す。香りいい。
葉巻の香りが残っているうちにシェリー酒をチビチビ。ん? なんだこの後味? イタリアの国旗が浮かぶ。何故!?
「イタリアンな香りがします……」
「え?」
葉巻の感想がそれではマスターもビックリだろう。
イタリアに驚いて余韻をぶち壊されたのでもう一度。先程よりしっかりめに煙りを吸う。
オリーブオイルを塗ったバケットのような香り。ニンニク?
「……これは。アヒージョ! 葉巻とお酒で、そんな香りがします」
マスターも、言っている私も意味が分からない。
結局そんな香りがしたのは最初の二回だけであった。しかも、アヒージョはスペインだったと飲んでいる最中に気が付いたし、調べたらティオ・ペペもスペインだった。
葉巻とシェリーの相性が良すぎて、すぐに飲み終えてしまった。葉巻は置いていると自然と火が消えるらしく三分の一も減っていない。こう見ると酒の共には素晴らしいコスパ。もう一杯いこうではないか。
「次はウイスキー、ストレートで」
「定番でしたら、カミュにしましょう」
銀魂で聞いたことがあるぞ。葉巻にカミュは、ハードボイルドなのでは?
チチッ。マスターが火をつけた。
「ウィスキーを温めるんですか?」
「うちでは簡単にこうするんです」
銀色の調理器具で温められたウィスキーに火がつく。これは! 見たことがある。フランベだ! など思っていると火がついたままグラスに注がれ、捨てられた。ふぁっ!?
「香りを楽しんでいただくためです」
温められたグラスにウィスキーが注がれた。シェリーに比べると少量だ。
「どうぞ」
ほんのり温かいグラス。なるほど。優しく香りが登ってきている。チビチビ。飲みやすい。
消えていたので葉巻に火をつけ一吸い。ウィスキーを飲む。シェリーのときのように国旗は出てこなかった。ウィスキーも葉巻あうね。
ハマりそうだけど……。すぅっ……長めに溜め込む。
「ゲホッ」
「大丈夫ですか?」
「喉の奥に煙をやると刺激が。舌もビリビリしますね。マスターは咽ないんですか?」
マスターも同じ葉巻を吸っており、口から出る煙の量は三倍は多い。
「僕らは慣れていますから。舌からニコチンがどんどん入っていきます」
こ、これがニコチンの刺激だというのか!
そこにウィスキーを流すと、軽く痺れているのが分かる。
痛みで分かる、摂取しているのだろうが、作用は体感できない。原因がお酒なのかニコチンなのか分からないのだ。ニコチン効くぜー! って気持ちを味わってみたいが、ニコチン中毒者にはなりたくないな。
すぅっ……ふぁぁぁ。
「痛ッ」
目が。
「煙が目に染みましたか?」
「刺激ですね」
何度か目に煙が入る。バーベキューで風下に立った気分だ。
「しみるッ」
「煙草むいてないな!」
マスター笑うじゃん。
「葉巻は煙を顔に纏わせるように楽しむので」
そうしたくて「フーッ」じゃなくて「ふわぁー」と吐き出している。結果、目に染みるのだ。
今日は貸し切り状態で、初心者と知っているマスター相手だから醜態を晒せる。かっこよく嗜むことは難しそうだ。
「香りはすごく良いんですけどね」
「誰か連れてきて隣で吸ってもらうとか?」
それはありだ。マスターが吸っている香りがよくて手を出したのだから。お香みたいに置く? いいや、部屋が臭くなるのは勘弁。外で吸う?
などなど考えているうちにウィスキーを飲み終えた。
「お会計で」
短くなった葉巻を見る。残り四分の一といったところ。
「……これはどこまで吸えるものなんですか?」
「フィルターが無いので吸えるところまで。限界まで吸われる人もいますよ」
ジェスチャーをするマスター。
「あー! 見たことあります」
そんな描写。
ってことはもう少し吸えるのか……。
「葉巻持って帰って良いですか?」
「どうぞ」
小さな袋をくれた。そこに葉巻を入れる。DNA鑑定に回す証拠品みたいだ。
会計を済ませ、上着を羽織る。
「今日は葉巻を吸うために、あまり着ない上着と鞄にしたんです」
絶対染みついている。明日臭い嗅いでみよう。
「今日はありがとうございました」
葉巻初心者を楽しませてくださって。
「またお待ちしております」
あまり酔っていないが、刺激的な夜に大満足だ。仕事関係者は喫煙者も多い。「この間初めて葉巻を吸ったんです」と話題にできる。
火は完全に消えているもののポケットに入れるのが怖かった葉巻の入った袋。開けて嗅ぐ。太巻きの葉巻の香りもちょっと気になる。二時間はもつらしい。
「そのうち機会があれば……ってね」
雨あがって冷えた夜、気分よく帰宅した。
お読みいただきありがとうございました!
葉巻のメーカー聞いておけばよかったですね。これなら吸えると基準ができますから。
それにしてもいい経験をしました。
葉巻はいけるが、紙煙草は苦手だと分ったのもいい。
挑戦してみたい人の参考になればと思います。
煙を乗せた? ハイボールとかあるじゃないですか。作者は飲んだことありませんが、好きな人は葉巻も行ける気がします。気が、します。
持ち帰った葉巻は一旦引き出しにしまったのですが……中の物がなんとも言えぬ臭さに!
あのいい香りはどこに!
気をつけましょう。
次話、フルーツ狩り。




