第二十話 ミシュラン蕎麦
明日から雨予報というのに、ポカポカのお昼。機嫌良く駅に向かう途中に見てしまった。蕎麦屋の看板に「新そば」の文字。
新そば……じゅるり。新そばの味を思い出して食べたくなる。
今日は美味しい蕎麦が食べたい。あそこしかあるまい。すぐさま営業時間を調べましたとさ。間に合うぞ。
本日狙うはミシュランをとったという蕎麦屋さん。存在は前から知っていたのだが、なんとランチ営業のみ。三時間半。なかなか食べに行けなかったのだ。
電車に揺られつつクチコミを見る。十三時頃に売り切れていることもあるらしい。マジか。到着予定時刻なのだけど。
それにしても、クチコミが割れている。低評価なのは接客態度が原因らしい。ふむ……。
蕎麦屋でバイト経験があるHELIOS。店長のオヤジは変人で頑固で喧嘩して辞めました。あんな感じか? いけるわ! 余裕だぜ。
というわけでクチコミ気にせずレッツゴー。
何度も利用したことがある駅から降り、初めて使う道へとマップ誘導される。
良さげなカフェも見つけてしまう。こういう発見があるのは楽しい。
到着十三時。営業中の看板に安心する。中学生くらいの大きな木の板に、人のことは言えないが程よく下手な字で「十割蕎麦」と書かれている。二八も美味しいが十割派である。しかも石臼挽き、自家製粉らしい。期待高まりますなぁ。
「まだやってますか? 一人です」
一応聞きます。だってお客さんいないんだ。
奥からでてくる優しそうな女性。
「こちらにどうぞ」
今日は接客担当大丈夫そうだぞ! 物腰柔らかい感じ。これはあれだな。店主は厄介。バイトさんは優しい。経験してきたやつ。イメージ通りだぜ。
長机の席に案内された。一人ってそんなもん。出入口と向かい合って座る。店内は落ち着いて暗めだが、外の太陽光が見えていい感じだ。平和を感じる。
和紙のメニュー表二枚目渡された。
うーん、何を食べようか。表に掲げられてはいないが時期的に新そばであろう。暖かい蕎麦で出汁を堪能するのもいいが、やはりせいろ蕎麦がいいな。
ランチ限定は季節の天ぷらせいろ。本日は海老とキノコの天ぷらか。十五食限定だと厳しいか?
メニュー悩むならコレを聞いてみよう。
「まだランチ限定ありますか?」
「はい」
っしゃ! 限定もの食べられるの嬉しいな。
限定に弱いわけじゃないよ。初めての店です限定を頼めた嬉しさだ。売り切れとか言われたら恥ずかしくて撃沈するからな。
布のおしぼりで手を拭き、お茶をいただく。この茶器いいぞ。茶色味で渋い。何焼きかな?
常連さんらしき白髪が美しい夫人が来店する。隣に案内された。迷いなくランチ限定注文している。やはり美味いのだろう。
「お蕎麦のお薬味お持ちしました」
バイトしてた時も先に薬味持っていってたなぁ。山葵と葱。山葵は皮も混じっている。すりおろしたてだな! 嬉しみ。
天ぷら塩も美味しそうなやつに見える。サラサラしている。
せいろ蕎麦と天ぷらが置きやすいように、薬味皿を移動させる。ここに置いてくださいませ、と。
厨房から天ぷらを揚げる音が聞こえる。揚げたて、できたて。
ハッ。今更気がついた。店内に流れているBGM。クチコミにあったぞ。本当にジャズが流れている。蕎麦屋で! 店主がジャズ好きなのだろうか。和の店内ではあるがマッチしている。気に入った。
ジャズを聞いていると料理が運ばれてきた。空けておいた場所にせいろではなく大皿に盛られた蕎麦と、別皿で天ぷら盛り合わせ。
おお。値段は二千円。ちゃんと価値ある量ではないか? というか食器渋い。箸置きですら。好き!
蕎麦は普通盛りなのに大盛りに見える。食べ足りない店が多いので嬉しい。
これは十割か? 白っぽい麺だな。食べたら分かる。
後に料理を受け取ったはずの夫人がズルズルと蕎麦をすすっている。父曰く遺伝によりむせやすい気管。蕎麦を掴み、つゆに少しだけ付け、すすることはせずに食べさせていただく。
この蕎麦……本当に十割!? と思うほどツルツルモチモチしている。二八みたいな食感。いや、二八だとしても美味いぞ。
もう一掴み、さらに一掴み。
新そば確定の香りと甘み。美味しい!
ミシュラン納得とかは分からないけれど美味しい。
何故分からないかというと田舎蕎麦、かけつゆを飲まねばね! バイトしていた蕎麦屋が美味かったんだ。そこより美味しいと断言できないとミシュラン納得できぬよ。
ああ、蕎麦ばかり食べてしまうな。温かいうちに天ぷら食べよう。
海老、舞茸、しめじ、エリンギ。秋っぽい!
舞茸からいただく。大きいな。塩につけて……サクサクッ。うめぇ! 衣で誤魔化していないやつ。
一旦、蕎麦を食べる。合うね。
エリンギはどうだ? これも大きい。厚みがあって……エリンギの天ぷらって美味しい! 我が家では揚げないよ。覚えておこう。
しめじは三本。ほんしめじ? これも大きい。そして、美味しい。
技術で旨味引き出してるなー。
つゆに山葵と葱を少々入れる。味変もしなくては。無しでも食べられるけれど試さないのは勿体ない。
ツルツル……。山わさびって甘みあって、あまり辛くないんだよね。優しい辛さが蕎麦の香りと合う。
つゆだけ飲んでみる。濃い。くぅ。一体どれだけの材料を使っているのだ。結構な量の鰹節がいるはず。
最後の天ぷらは海老だ。好きなんだよね。箸で持つとしっかりとしている。だが、切れ込みを入れて伸ばすことにより大きく見えるのがえび天だ。こちらはどうかな?
んぐ、んぐ。肉厚! 立派な海老を使っているのが分かる。尻尾の殻もなんか厚いし、誤魔化していないのではなかろうか?
「蕎麦湯です」
食べきる手前に運ばれてきた。ナイスです。
残りの蕎麦に集中……。
「──はぁーーっ」
満足の吐息。え? 隣の夫人もう食べ終わっている。元気だな。駆け抜けたんだな。
横目で美味しそうに蕎麦湯を飲んでいるのが分かる。
自分も蕎麦を食べ終え、猪口に少し残ったつゆ。そこに蕎麦湯を注ぐ。チョロチョロ。むっ。とろみが少ない。沈殿しているのだろう。
注ぐのを中断し、横に回す。零れる。おひとり様なのに結構たっぷり入ってた! でも、良かった。テーブルではなく、大皿に零れたのだ。
マドラーほしい。でも、洗うの面倒なんだよな。ヌルヌル取れにくくて。
混ぜた蕎麦湯を再び注ぐ。とろとろ。理想!
粘度があるため、つゆは混ざらず底にいるようだ。まずは蕎麦湯だけで飲みたかったので、一度で二度美味しい。
熱いお茶を飲むように蕎麦湯をいただく。とろみと蕎麦の香りが美味しい。蕎麦粉を買ってインスタントのように蕎麦湯を手軽に楽しみたいものだ。……これは商売になるか? 思考を散らし、蕎麦湯を飲む。蕎麦を食べたあとに飲むからこそ格別に美味しいのだよ。
つゆの茶色が底に見えてきた。このまま飲むと濃すぎる。蕎麦猪口を回し、適度に混ぜて蕎麦湯を追加する。うむ、混ざった。
こくこく。つゆの塩味が合うんだよなぁ。しかし、蕎麦湯を入れすぎたかもしれない。好みの味にするには、つゆを足したいところ。「足りなかったらどうぞ」と置かれている。
どうしよう。隣の夫人に蕎麦湯単体で飲めない若者とか思われないだろうか。変なところを気にするのである。
蕎麦湯単体も大好きなんですよ! ただ、今はつゆを足して飲みたい気分なの! 誰に言い訳しているんだ。恥ずかしいし諦め……。
「ご馳走様でした」
やった! 夫人はちょうどお会計らしい。唇だけつけて蕎麦湯を堪能するフリをしながら、夫人が会計を終えて店を出たタイミングでつゆを少しだけ足した。
うーん! 好みの味。今求めている香り!
大勝利である。満足、満足。
そのとき、店員さんが表の看板をひっくり返した。もう閉店だと!? 閉店時間まで一時間あるのに。早いな。今日食べられて良かった!
「お会計お願いします」
伝票を渡す。
「ちょうど二千円です」
普通に考えたら二千円のランチは高いのかもしれない。しかし、美味しいなら感謝を込めて支払える。
プラス接客態度悪くても、また食べに来よう。ここの蕎麦がまた食べたい。次は田舎蕎麦、もしくは暖かい蕎麦を。
「ご馳走様でした!」
大将に伝えようと厨房の方を見ながら言ったが、優しそうなおばあさんが笑っていた。もしかして奥様かな? あの笑顔見れるだけで接客態度良好ではなかろうか?
クチコミ信用しすぎるのもよくないね。
今日の来店に関しては、接客に問題はなかったと伝えたい。
すぐにクチコミを書くのは嫌なので、先に蕎麦好きの仕事仲間へ美味しかったと写真を送り付けておいた。
お読みいただきありがとうございました!
お邪魔したお店は「あんばい」さんでした。
二回目行きました。田舎蕎麦を食べましたが、接客も問題なく美味しかったです!
という話を蕎麦好きの人に言ったため、その人が目をつけていた別のミシュラン蕎麦屋さん行くことになりました。
そちらも美味しかったです。サラッとタイプの蕎麦湯が残念。
蕎麦屋バイト時代「新そば」の看板を見て店長に……。
「看板にある新しいメニューってなんですか?」と、盛大に無知さをアピールしてしまいました。
一年後、賄いを食べて。
「新そばだから香りがいいですね」と褒めたら。
「蕎麦って香りするか?」と衝撃発言。
なんで蕎麦屋の道を選んだのか聞き忘れました。
次話、外国の朝御飯。




