私たちの文化、私たちの家族
先に述べたとおり昔、私は母子家庭で、五才の時に母は亡くなった。私を引き取ったのは父方の祖母で、それは同情によるものだったのだろう。感謝はしているけれど、祖母が私を愛してくれているかは別の話で、そこまで私は求めないことにした。今も私と祖母の間には、埋められない溝がある。
祖母の家で暮らし始めた私は、近所の彼女と仲良くなって。彼女も母子家庭で、彼女の家で遊ぶことが多かった私は、女神さまに出会ったのだ。すなわち、彼女の母親に。
彼女も母親を愛していることは傍目にも良く分かって、あんなに美しい人なら当然だと思った。高校生になってから、「いつから、お母さんを愛してたの? 一人の女性として」と、私は彼女に聞いたものだ。彼女は、こう答えた。「たぶん、最初からよ。ひょっとしたら前世から」。
通常、母子家庭で育った女子は、自分の父親と同世代の男性を好きになりやすい傾向があるそうだ。彼女の場合、自分の母親をそのまま愛するようになった。それをおかしなことだと私は思わない。私だって彼女の母親を愛していた。私たちの女神さまは、まさに理想の女性だったのだ。
彼女も悩みを抱えていて、「私、お母さんと愛し合ってるの」と、私に打ち明けたのは中学生の時だった。「素敵じゃない!」と、心の底から私は応えたものだ。
「本当? 本当に、そう思う?」
「もちろんよ! お互いに支え合ってるんでしょう。それは素敵なことよ。私も、お母さんを支えてあげたかったわ……」
母子家庭というのは大変なのだ。亡くなった母を想うと涙が出て、そんな私を彼女はハグしてくれて。そして彼女が、「私たち、家族になりましょう」と言ってきたのは、数日後のことだった。
「お母さんにも話したわ。私と貴女は姉妹になるの。そして、お母さんは私たちの母親になる。これからは三人で、あらゆるものを分かち合うのよ。でも世間からは認められない関係だから、そこは良く考えて。私たちは秘密を抱え続けることになるかもしれない。それでもいい?」
もちろん、答えは決まっている。私は週末、祖母に許可をもらって、彼女の家に泊まることとなった。祖母は自分の時間を持てることが嬉しいようで、私にとっても祖母にとっても都合は良かったようだ。
夜、私は、彼女の家で二階の寝室へと向かった。彼女の部屋ではなく、彼女の母親の寝室へ。ドアの前で私は立ち止まる。この中に入れば、全てが変わるのは分かっていて、一つ息を吐く。それから私はノックをすると、ドアを開けて中へ入っていった。
その時の室内は、明かりが殆ど無くて。枕元にベッドランプがあって、闇を紫色に淡く染めていたと思う。ふらふらと私はベッドに近づいて、そこには学校で決して見せない姿の彼女が居た。昼とは違う、夜の論理。私たちが太古の昔から築いてきた、女性同士による愛の形。
たとえ否定する者が居ようが、歴史から削除されようが、現実に存在する私たち。部屋の彼女と母親は、生まれたままの姿で居て、親子という昼の論理による分類など何の意味も無い。私たち人間が先にあって、文化とは、その後に生まれるものなのだ。
正しいかどうかなど関係ない。ベッドの中には二人の美しい女性が居て、家族の形があって、そこに加わりたいと心から私は思った。彼女の母親が、「服なんか脱いで、早く、いらっしゃい」と言う。私は、これまで纏っていた『文化』を捨てる。そうして、私たちは家族になった。