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へたれ侯爵は幼なじみのあの娘と恋したい

へたれ侯爵は幼なじみのあの娘と恋したい【番外編2】~痴話喧嘩からのキス騒動~

作者: 工藤 でん

番外編2が書けたよ! やったね!


極甘、砂糖味になっております、。

口の中じゃりじゃりするので、ご注意ください。

~ 人物紹介 ~



ローレイ・ヴァン・カリキス


通称、レイ。子爵令嬢。十七歳。

激ニブの男装女子である。黒髪黒目の絶壁女子である。当小説の主人公。

養子縁組で子爵令嬢になったが、生粋の庶民である。子爵とは名ばかりで貧乏でもある。

王国に稀な召喚士の能力を持つ。王国陸軍勤務。

アルとは幼なじみであり、婚約者でもある。



アルフォンソ・オード・ローフィール


通称、アル。侯爵。二十歳。

黒髪にブルーグレイの目をした、きらきらの美貌の持ち主。実際にきらきらが出てしまう困った体質である。以前よりマシになったが根本的に、へたれ。

剣・魔法共に優秀。王国陸軍小隊長を勤める。

ずっとレイに恋し続けている。



※ ※ ※



王国陸軍には、定期的に技術強化の期間が与えられる。兵士の実力を底上げすることと、体力向上などが主な目的である。

いわゆる、戦闘訓練である。



わたしは武闘家(モンク)であるために、体術の指南役を任されている。

魔術師や剣士であっても、体術に頼らなければいけない局面に会った時、対応できるようにしたおくためだ。例えば、魔術師が背後からの奇襲で魔法が間に合わなかった時や、剣士の剣が折れた時などが想定される。体術の訓練を受けている受けていないで、その場での動きがかなり変わってくる。



もちろん、わたしはちっさくて胸は絶壁であっても、女子である。長い黒髪を後ろに括っているだけなので、大概少年に見られる。それでも性別としてはちゃんと女子なので、女性兵士への指南が担当である。

襲いかかってきた奴の腕の取り方とか、膝に体重をかけて入れる膝蹴りの仕方とか、男に一番有効な金的の効果まで、懇切丁寧に教えているつもりだ。



だがしかし。

一定数の阿呆な男性兵士はいる。

最近再編された第十二小隊の新人兵士三名が、にやにやとこちらを見ているのが分かる。剣や魔法の訓練と違って、体術は体を密着させての指導となる。

それがなんだか妄想がかき立てられるようで、男たちは口の当たりが歪んでしまっている。三人とも顔がエロに寄っていた。


思った通り、小休憩の時に新人三人が近づいてきた。

一応、エロ顔は仕舞っている。



「カリキス副官!」

「……はい?」

「我々もカリキス副官のご指導をお願いしたいのですが!」

「わたし?」

「カリキス副官は、体術のエキスパートと聞きました」

「ぜひ我々もその技を盗みたいのであります!」

「技を盗むねえ」

「ローレイさん、相手にしなくていいですよお」


女性兵士の一人が、三人を睨みつけながら口を出してくれた。あんたたち、下心しか持ってないじゃん、とその目が言っている。

うん、わかってる。そうなんだけどねえ。


三人の阿呆は期待に満ちた目でわたしを見ていた。

わたしは年齢的にもまだ未成年で、同年代の女性と比べても小柄で華奢である。簡単に制圧できそうな見かけではある。

だけど一応、指南役ぐらいできる立場なんだけど。



その三人を、ケダモノを見る目の女性兵士たちが取り囲んでいるのだが、こいつら気づいてないのかな。

わたしは辺りを見回して、上司がいないのを確認した。バレるとうるさそうだからだ。

うん、とりあえずいないな。



「いいよ、かかってきな」

「マジすか!」

「やりぃ!」

「どうぞ、本気でお願いします!」

「うん。三人まとめておいで」

「いいんすか?!」

「うお、誰かは絶対触れる!」

「言っとくけど、わたしの本気、魔力込みだから、割と痛いよ」

「「「? ? ? ……え?」」」

「死なないでね」



――結果的に、彼らはわたしの身体に指一本触れることはできなかった。

一人は鳩尾に拳、一人は首筋に踵、一人は足払いして鳩尾に肘。

ちょっと魔力を込めて蹴ったり殴ったりしただけなんだけどね。白目むいて倒れちゃったね。それにしても、動きが遅いなあ。こいつら、ちゃんと訓練受けてるのかな。


倒れた三人を平然と見下ろすわたし。

女性兵士の皆さんが、わたしに惜しみなく拍手をしてくれていた。


「ローレイさんに触れると思うなんて、馬鹿もいいとこよ」

「実力差もわからないなんて、兵士失格」

「下半身でしか物を考えられない下衆」

「さいてー」


……皆さん、容赦ないね?

わたしもフォローする気ないけどさ。


女性兵士たちの罵詈雑言を苦笑いで聞いてたら、わたしの頭にこつんと拳が落ちてきた。

なんだ?

隣に背の高い、黒髪の青年が立っていた。

甘いオーラと華やかなきらきらが舞ってきている。

それだけですぐにわかってしまった。

アルだ。



「レイ。目を離した隙に、やったな」

「アル、いたの? もうばれちゃった。

でも、最初に捻っておかないと、あとあと面倒でしょ」

「わかってる。何もこんなに人目のあるところでやらなくても」

「向こうから来たんだよ。わたし悪くないもん」



ぷくっと膨れて見せると、アルは綺麗な顔を仕方なさそうな笑みに結んだ。透明なきらきらが降ってきた。

アルにとっては通常営業だが、女性兵士たちのハートは鷲づかんでいる。アルを見る目がほわっとなっていた。

相変わらず、面倒な体質である。



そんなきらきらを飛ばしながら、アルは片手を倒れた三人にかざした。途端にバケツ三杯分くらいの水が、三人にドバッと降りかかった。

アルは水魔法が得意である。だけど今、無詠唱だったよな?

慌てて起き上がる阿呆、三人。



アルは、王国陸軍第十二小隊隊長の顔で、三人の兵士に向き合った。美形が威厳を込めて顔を作ると、それだけで迫力が増す。


「新人兵、姿勢を正せ。

お前らが邪な思いで女性兵士に近づくのであれば、それはお前らの除隊を意味する。厳しい訓練期間を経て、せっかくここに立てたというのに、もう職を失う気になったのか」

「い、いえ……!」

「そんなつもりは……!」

「以後、兵士としての職分を理解し、全うせよ。

罰則として、本日の訓練終了まで腕立て・スクワット・五十メートルダッシュをエンドレスで続けること。さらに、一週間の宿舎の便所掃除を命じる」

「「「げっ」」」

「レイ、通達頼む」

「はいよー。

あんたたち、わたしの仕事も増やしてんじゃないよ」



わたしはアルの副官なので、通達や文書作成はわたしの仕事になってしまう。邪な目を早めに摘んでおくのは大事だけど、面倒は面倒だよな。やれやれ。


事務所に向かおうと歩きかけたわたしの肩を、アルが抱いた。

びしょ濡れの三人に冷たい目を向けた。

ブルーグレイの瞳が、一瞬本気の色になる。

攻撃色を伴ったきらきらが舞った。



「ちなみに、カリキス副官は私の婚約者なんだが」

「「「!!!」」」

「彼女に手を出そうって愚かな考えを持っているなら、俺がいつでも相手になってやる。

生き延びられると思うなよ」


きっちりと釘を刺すとわたしの肩を抱いたまま、アルは踵を返した。

阿呆三人は顔面が蒼白であった。

女性兵士たちからは、きゃあーっと悲鳴が上がった。もちろん、アルの言葉にだ。

くそう、わたしが恥ずかしい。



歩きながら、わたしの肩を抱くアルの腕を、ぺいっと捨ててやる。アルが、なんで? って顔で見てくるが、当たり前だっつーの。ここ、職場だぞ。


「……あそこまでやる必要ある?」

「ある。

あいつらのレイを見る目が、ひじょーにイヤらしい」

「からかいに来ただけじゃね? こんなちっさい体術エキスパート見た事ないでしょ」

「レイだって叩きのめしたじゃないか」

「からかわれていい気はしないもん。もちろん叩きのめすよ」

「ああもう、レイってば相変わらず、ニブい」

「なんだよ、他にイミなんてある?」



陸軍屯所の、建物の影に入った。

アルが唐突にキスしてきた。

人目を忍んで、口に触れるだけのキス。


……ていうかさあ。

なんで陸軍駐屯地(こんなとこ)で、キス(そんなこと)、するかなあ!

唇が離れると、ブルーグレイの目が甘やかに揺れていた。


「……レイ。

そろそろ自分が可愛いって、自覚してくれないと、俺が困るんだけど」

「……あんたねえ。ここ、職場だよ? 何やってるの」

「レイの自覚を促してるの」

「アルにも、ここが仕事場だって自覚してほしいんだけど」

「仕方ないよね。俺はレイといつでもキスしたいし」

「何言ってんの?」

「結婚するまでキス以外お預けという、厳しい制約を守っている俺は、どこででもキスする権利があると思う」

「それってさあ、さっきの三人組と根本は一緒じゃね?」

「男なんてそんなもん。

だからこそ、きっちり釘を刺す」


きっぱりと言い切ったアルは、ある意味男らしかった。

男を見せるのはそこなのかと、わたしはちょっと思ってしまった。






訓練の日程も終盤に入り、魔法や剣技の訓練が中心になってきた。

アルは魔法も剣も一流なので、指南役として忙しい。今日もあちこちを飛び回っている。



わたしは体術指導がなければ、自由の身となる。わたしの使える魔法は付与魔法ばかりで、しかも訓練不要を言い渡されているし。剣は一応腰にぶら下げているが、戦闘になったら剣を使うより拳の方が強い。てことで、剣技も磨く必要がない。



わたしは給水所兼救護場所で、救護係の子達とのんびりお茶をしていた。

救護係の子の一人が、手作りクッキーを持参してきてくれていた。ココアのやつがうまい。至福。


「おいしいねー。

これが手作りできるって、すごいねー」

「割と簡単ですよ。ローレイさんも作ってみたら?」

「ムリムリムリ。思うようにいかなくて、調理器具叩き壊して終わりだと思う」

「そこまで大変なことではないですよ。

そもそも子供の頃、そういうお手伝いしませんでした?」

「わたし、基本外にいたからなー。親の手伝いっていうと、薪割りとか材木運搬とか」

「……男の子が任されるようなお手伝いですね」

「小さい頃から魔力をなんとなく操れてたから、力はあったね。アルにも手伝わせてたな」


あの頃はアルは非力だったから、あんまり役に立ってなかったけど。何度か材木の下敷きになったアルを助けてるし。

救護係の子達の目がキラリと光った気がした。

ずずいと、わたしに近づいてくる。


「ローレイさんとローフィール小隊長って、幼なじみなんですよね」

「う、うん。みんな、顔近くない?」

「子供の頃のローフィール小隊長って、どんなお子さんだったんですか?」

「アルの子供の頃?」

「ローフィール小隊長って、全てにおいて万能で、しかも美形っていう、すごい方じゃないですか。

子供の頃から、神童と呼ばれるような感じなのかなと」



わたしは宙を睨んで昔を思い出した。

アルの子供の頃でしょ。

どんな感じって……。

ぼんやりと当時のアルを思い浮かべる。



へたれでボッチでパシリで、無駄なきらきら発してたチビ。



うん、子供の頃のアルってそんなもん……いやいや待て待て。

そんなに正直に言わない方がいい。それくらいの分別はついてるぞ、わたし。

アルってば、今はそれなりに威厳とかついてきて、割と憧れの対象みたいになってきてるんだから。みんなの憧れをぶっ壊すわけにはいかない。


えーと……へたれ、はダメだな。ボッチとパシリも伏せておこう。

そしたら、残ったワードは……



「きらきらしたチビ」

「?

……誰のこと指して言ってます?」

「アルだよ!

あいつ子供の頃、わたしと身長変わらないくらいだったんだもん!」

「うわ、意外……」

「再会した時、見下ろされて腹立ったな」

「男の子って、急に伸びるから」

「それにしたって、でかくなりすぎじゃない? 見上げると首、かくんてなるしさ」

「私たちにしてみたら、ローフィール小隊長は常に高身長なので」

「今でも横から見下ろされると、たまにムカつく。自分だけでかくなっちゃって」

「……何の話してる?」


わたしの背後からぬっと影が現れた。

噂の、元チビだ。

訓練服は薄汚れているが、相変わらずきらきらがまぶされている。訓練の合間に立ち寄ったのだろう。

アルがわたしの手元から、お茶を奪って飲み干した。おいおいおい!

救護係の子達が、ひゃあと声にならない悲鳴を上げた。


「ちょっと、元チビ! それわたしのお茶!」

「誰が元チビだよ。

喉が乾いてるんだ、わかれよ。

な、現在暇そうなおチビさん」

「てめえ、喧嘩売ってんのか? そのままさらっと買ってやろうか?」

「はいはいはい。いい子だから、ひがまないの。

レイは小さくても態度がでかいから、バランス取れてちょうどいいってことで」

「バカにしてるよね? ちょっとでかいからって、バカにしすぎだよね?」

「そんなことないよ。レイを見下ろす優越感なんてほとんど誰も感じてないよ。陸軍のほぼ全員だし」

「そうだね。わたしは陸軍の中で一番小さいからねーって……ぶっ飛ばす」


拳を叩きつけると、きっちり手のひらで受けてきた。更に肘を入れてやろうとすると、それも軽く防御される。

……くそ、前より反応よくなってやがる。

わたしの攻撃を受けながらアルの顔が仄かに笑っているのは、軽いやり取りを楽しんでいるからだ。

周囲には分かりにくいが、仕事のストレスをここで発散させているんだろう。



救護係の子達は唐突に始まった喧嘩にわたわたしている。わたしたちの普段のやり取りを知らないので、どうやって止めていいかもわからないようだ。

いや、喧嘩じゃないんだよ? たわむれだよ?



ただ1人、ちょっとぽやっとした子が、なんとなくと言った風情で私たちを見ていた。


「単純な疑問なんですけど。ローフィール小隊長とローレイさんが本気で喧嘩したら、どっちが強いんでしょうね」

「は?」

「ん?」



わたしはアルをシバく手を止めて、アルと目を見交わせた。

アルと本気で喧嘩なんて、したことがない。

大体わたしが一方的に怒って、アルが宥めるという構図になる。

アルがポンポンとわたしの頭を叩いた。



「殺し合いなら、レイの圧勝。召喚術使われたら、俺に対抗できるすべは無いな」

「うーん、確かに。

わたしがアルの立場だったら、神の眷属(あいつら)相手に勝てる気はしない」

「召喚術無しだったら、どうでしょう?」

「戦闘中に、タラレバは無意味だけどねえ」


わたしはちらりとアルを見る。

鍛え抜かれた身体に加えて、剣の訓練は欠かさずやっている。魔法の取り扱いの器用さは軍の首脳部からも折り紙つきだ。



「……単なる喧嘩なら、アルじゃね?

魔法と剣どちらも使える卑怯者だよ。しかもどちらも腕は一流っていう、言ってて腹が立つ実力だよ?」

「レイの卑怯ぶりに比べたら、俺なんてまだまだ。

レイの無尽蔵にある魔力全身にまとって、持てる付与魔法全部かけたら、ダメージ与えられる気がしない」

「アル、四属性魔法全部使えるじゃん!

受ける方からしたら、同時に違う属性の魔法に対抗するとか、すっげえ大変なんだからな」

「そもそもレイは動きが早すぎて魔法が当たらない。もともとの俊敏性に速さ付与つけたら、魔法詠唱が間に合わないし。

その素早い動きで重たい魔力込めた攻撃繰り出されると、防御で手一杯になるだろうな」

「んー。

こりゃ、やってみなきゃわからないね」



何気なくそう言うと、隣にするっと褐色の肌をした少女が現れた。面白そうに目をくりくりと輝かせている。

……え?

おい、召喚してないのに土のノームがいるんだけど!


「ノーム! お前、なんでいるの?!」

「は? ノーム?」

「アル、ノームがいる!

わたし、召喚してないのに!」


アルも瞠目している。

わたしが召喚する神の眷属たちは、私にしか姿は見えず、声も聞こえない。

アルにノームは見えないが、ノームの存在は認識している。

すぐに救護係の子たちを退避させた。

なんでいるんだかわからないが、相手は神の眷属だ。何が起こるかわからない。

ノームはニヤつきなが、わたしに一歩近づいてきた。


「おい、ローレイ。喧嘩か? 痴話喧嘩か? 今からおっ始めるのか?」

「なんでそんなに楽しそうなんだよ、ノーム!

しかも、わたし召喚してないじゃん。普通に来んなよ!」

「ちょっとごたつきそうで、面白そうだから来た」

「全然ごたついてないし。邪魔だ、帰れ」

「アル坊、ローレイがわしを邪険にする~」



アルの綺麗な顔が大好きなノームは、アルの首にぶら下がる。ノームのことが見えないアルは、まったく気づいていないが。

アルが気づいていなくても、わたしはちょっといらっとした。


「ノーム、毎回言ってんだろ。アルから離れろ」

「お、嫉妬か? ニブいながらも妬くという感情をようやく覚えたか?」

「違うし!

アルにはノームのこと見えないんだから、余計なことすんなっての」

「余計なこと、ねえ。

例えばこんなこと、とか?」



ノームはピラっと一枚の紙を取り出した。

ノームの姿は見えないが、アルにもその紙は見えるようだ。アルは目の前に現れた紙を、そのまま受け取った。



「……『某月某日 ローレイ、某男性兵士の書類の指導をする。肩が触れるほど近づいてくる兵士の意図に全く気づかない。ニブい』」

「……あ、あの時か」


わたしは先日の新人兵に書類の書き方を教えたことを思い出した。確かにあいつ、ちょっと近かったかも。

アルはそのまま紙を凝視して読み上げる。

きらきらがちょっと刺さるような気がしてきた。


「『某月某日 ローレイ、部署違いの班長から黒髪を褒められる。愛想笑いを浮かべていたが、髪を触られ続けていた。ニブい』」

「ああ、この前の演習の時かな」


ちょっと馴れ馴れしいなー。でも先輩だしなーと思っていた。

アルの表情筋がピクピクしている気がする。気のせいにしたい。


「『某月某日 ローレイ、手相を見ると某小隊長から手を執拗に触られる。手相なんぞ興味ないくせに、しょうがねえやこれも仕事だと割り切る。ニブい』」

「あ、第五小隊長……」

「レイ!」


アルのきらきらがビシビシと刺さって来る。痛い痛い。


アルは怒っていた。明らかに怒っていた。

何だか知らないけど、見ただけではっきりと分かるくらい怒っていた。

美貌から発せられる怒りの形相、というのを想像していただきたい。


怖い。


わたしは後ずさりながら、ひきつり笑いを浮かべた。



「アル、落ち着こう。ちょっと冷静になろう」

「ニブいにも程があるだろっ!

なんでそんなに簡単に触らせるの? いつもそうなのかっ?!」

「気づくとさあ、なんか近いなーとか、なんでこの人触ってんだ? とか……たまに、あるよね?」

「ねーよ! マジで、激ニブだな!」

「しょーがないじゃん、まさかそういう目的で近づいてくるなんて思わないし」

「だから、自覚しろって言ってるんだろ! 俺の話聞いてんの?!」


やーん、アルが怖いー。

アルが間合いを詰めてくる。

きらきらの温度もかなり下がっている。

……寒ぅ。


「前から言ってるよね! レイは男からしたら、ものすごく可愛いく見えるんだって!」

「この地味顔絶壁に何を言ってんのやら」

「だ・か・ら!

そう思ってるのはレイだけだから!

思わず守ってやりたくなるような、君はそういうビジュなんだってば!」

「戦闘力、そこらの兵士より並外れてるんだけど」

「見た目が正反対だって、ずっと言ってんだろ!

黙ってれば、儚くて壊れそうな、庇護欲そそられまくりの顔と身体してんの!」

「そんなこと言われてもさ、実態これだよ?」

「男の妄想力ナメんなよ。

囲いこんで誰の目にも止まらないようにひっそりと自宅で愛でていたい……って、レイはそんな見かけしてんだよ!」

「……アル、まさかそんなこと、普段思ってないよね?」

「悪いか!」

「うわーあ………………キっモ」

「今、なんつった!」

「なんでもない。妄想キモい、とか言ってない」

「レイー!!!」



さらに後ずさったわたしの肩を、背後から誰かが押さえた。なんだか、背中が熱い。

振り返るとむきむきの筋肉と、金色の瞳が目に入った。

げ、なんでこいつまで。


「……イフリート?」

「イフリート?!」

「あーっはっはっはっ、私のローレイよ。

アルフォンソと喧嘩か? 加勢するぞ」

「いや、召喚してないから! なんでイフリートまで勝手に来てるの?」

「ふーっふっふ。

喧嘩とあらば一肌脱ぐしかあるまいっ」

「いや、頼んでないし! お前が出てきたらアルなんて死んじゃうし!」

「なーに言ってんだ、ローレイ。イフリートはわしが相手してやろう」



ノームが嬉しそうにくりくりの目をきらきらさせながら身構えた。途端に地鳴りが始まった。

地面が躍動し、みるみると巨大なゴーレムを誕生させた。ゴーレムの光る目がイフリートを捉えている。

イフリートがいくつもの火球を生み出した。白い光、かなり高音な火力であることが察せられる。

周辺の気温が一気に上がった。


「はーっはっはっは。ノームとやるのは何時ぶりだ?」

「さあな。少なくとも千年以上前だわな」

「くーっクックック。手加減せんぞ」

「望むところだ。久々でうずうずするわい」

「ちょっと待てー!!!」


神の眷属が手加減なしで戦ったら、王都壊滅するわっ!

わたしはイフリートの手を引っ張って叫んだ。



「イフリート、止めろ! 街が壊れる! 全部燃えちゃう!」

「かーはっはっはっ! 知らぬわ」

「知らぬわ、じゃねんだよ! お前、ただ喧嘩したいだけじゃん!」

「何言ってんだ、ローレイ」


ノームがいきいきと手を開いて何かを招いている。狼型のゴーレムがノームの周辺にボコボコと現れ始めた。鋭い牙をむき出しにしてイフリートを威嚇している。


「そもそもはお主らの痴話喧嘩が発端だろが」

「煽ったの、ノームだよね?!」

「喧嘩の種がなければ煽りようがなかろ?

お主らが仲違いしているようでは、気になってしょうがないわ」

「そもそもアルと喧嘩してないし!」

「そうは見えんがな」

「はーっはっはっは。見えんな」


ノームとイフリートが揃ってわたしとアルを見ている。

その間にもイフリートの火球は大きさを増し、ノームのゴーレムは数を増している。

まずい、本当にマズイ! 本当に街が壊滅する!



わたしは立ち尽くして状況を見ているアルに飛びついた。アルの襟首を引っ掴んで顔を近付ける。

そのままアルの口に自分の口を押しつけた。

誰が見てもディープキスに見えるように、濃厚にキスをする。アルの膝が砕けて座り込む形になる。わたしはそれにまたがって、それでもキスは止めない。

長々とキスしてからアルの頭を胸に抱え込んだ。

わたしとアルを凝視している神の眷属たちに、わたしは指を突きつけた。



「ほら、見たか!

わたしたちなんて、アイシアッてるんだからな!

お前らが余計なことする必要なんて、これっぽっちもないんだからな!」

「「ほーう」」

「ほーう、じゃねえ!

イフリート、火しまえ!

ノーム、ゴーレムを土に返せ!」

「なんだ、もう終わりか」

「つまらんのう」


イフリートとノームは、渋々の体で矛を収めた。

火球がなくなり、気温が徐々に戻っていく。

ボコボコだった地面が平らに戻された。

元には戻ったが、わたしの怒りは収まらない。



「二人とも。二度と、二・度・と、勝手に来るなよ。すげえ迷惑! 気分も最悪!」

「んふふふふ、私は面白かったぞ」

「イフリート! 今度勝手に来たら、お前とは二度と遊んでやらん! もう召喚してやんないからな!」

「おい、私のローレイよ。それはないだろう」

「だったら呼ぶまでおとなしく待ってろ!」

「はあ、つまらん人間になったもんじゃ、ローレイよ」

「ノ――――ム、お前は海よりも深く反省しろ! なんだ、あの報告書は!」

「事実じゃないか」

「いらんことすんなってことだよ!

しかも今回のお前のゴーレム作成で地盤も緩くなったかもしれないんだぞ! そこから被害出たら、お前に尻拭いさせるからな!」

「対価は?」

「出すか、阿呆! タダ働きに決まってんだろが!」



ノームはやれやれと手を広げ、首を振った。

イフリートのごつい顔が、ちぇっという風に尖っている。可愛くは無い。

二人はわたしに背を向けてごにょごにょやり出した。


「かははは。今度、ウェンディーネとシルフにも声かけよう」

「そうだな、やつらの結婚式とかいいな!」

「やるか! 派手に、唐突に!」

「ぷ、想像するだけで笑える。ローレイの花嫁間抜け面」

「くはははは!」

「ノーム、イフリート! 聞こえてっからな!」


わたしが怒鳴ると、神の眷属どもはにやーりと似たような顔で笑い、するんとその姿を消した。


……マジか。

最悪だ。

結婚式、奴ら来るかもしれない。



「アル、まずい。あの頭のおかしい神の眷属どもが……」


わたしは胸の中に抱いていたアルの頭に向き合おうとした。

アルと目を合わせると……普段は凛々しい美貌が、完全にふやけてとろけていた。ブルーグレイの目がとろんとして口が半開きである。うっとりわたしを見つめているが、確実に心はここにない。てか、誰だ、お前。


同時に甘いオーラがどさーっとわたしに降りかかってきた。

極甘砂糖味である。口ん中じゃりじゃりである。

わたしは慌ててアルの頬を軽く叩いた。



「アル、おい。どこ行った? 戻ってこい!」

「……俺、レイと結婚する」

「うん、するよ? 貴族の結婚て調整が大変で、今その真っ最中なんだろ?」

「今結婚する。今、すぐにする」

「お、おい。ちょっと……」

「すぐさま教会に駆け込んで結婚の宣誓する」

「……アル、無茶言うな。てか、ちゃんと起きろ」

「はあ……レイ」


アルがギュウギュウに抱きしめてきた。

アルは筋肉質である。筋肉質の締めつけは、とても痛い。

痛い痛い痛い!

アルの甘いため息が耳元で落ちてきた。


「……俺たち、愛し合ってたんだね」

「……あのさ、見えてなくても状況分かってたよね? ゴーレムと火球は見えてたよね?

わたしは神の眷属(あいつら)の暴走止めようとしたんだよ?」

「レイからキスしてくれるなんて、何時ぶり? しかもあんなに激しいキス」

「だぁかぁらぁ、あのままじゃ王都(ここ)が壊滅しちゃうとこだったんだってば! アルにキスしたのは、国を守るためなんだって!」

「今日は記念日にしよう。レイからキスしてくれた記念日。

毎年この日は有給取って、一日イチャイチャする日にしよう」

「アル、頭もとろけたのか? ほざくのもいい加減に……」

「レイ、愛してる」



アルがディープなキスをかましてきた。

……ちょっと待て、ちょっと待てよ!

続々と人が戻ってきてんだよ!

みんなこっち見てるんだけど!

気付け、目ェ開けろアル! ついでに心の目も開けろ!



……あ、マズイ。橙色の頭見えた。

あれ、カン中隊長じゃね?


わたしはアルの背中を叩き続け、それでもキスが止まらないので軽く魔力を込めて殴りつけた。

さすがに痛かったのか、アルが口を離してくれた。辺りはピンクのきらきらまみれである。



そのピンクのきらきらが全く似合わないアルの直属の上司が、アルの背後に起立した。口元が渋く結ばれている。

さすがに一瞬で状況を把握したアルの顔が、みるみる青くなっていく。


……ここ、職場だってば。

自覚しろって、言ったじゃん。



「……ローフィール小隊長、ちょっと私の部屋まで」

「………………はい」





アルはあの後、カン中隊長に洗いざらい吐かされたらしい。小隊長室に戻ってきた時には、完全に顔が死んでいた。机に突っ伏したまま、身動きできないでいるアルからは、きらきらなんて一粒も出てなかった。



後日、私はカン中隊長に、呼び出された。

なんだかアルに同情するようなことを散々言われた挙句、「少しは男の気持ちも考えろ」と怒られた。



うーん、なんでだ?

最後までお読みいただきありがとうございました。


わーい、番外編2も書き終えた!

本編の方もたくさんご来場いただき、感涙にむせんでおります。えっぐえっぐ。

ブクマ、評価、ありがとうございます! 嬉しいです!

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