ピアノ独奏曲『銀世界』 最終楽章
『ウィントリア・ヴォン・ローマン』──今から約200年前に、この異世界で活躍していた有名な音楽家です。
ローマンは音楽家の両親の間に生まれ、その影響もあって幼い頃から音楽の世界に身を投じていたようです。
ピアノ独奏曲『銀世界』は全3楽章からなる曲で、彼が17歳の時に作曲したと言われています。雪国の故郷を思いながらその曲は作られており、その儚くも美しい曲調に多くの人が感動し、世界的な名曲となりました。
ローマンはその後も曲を出し続けましたが、『銀世界』を超える曲はおろか、『銀世界』に並ぶようないわゆる名曲を生み出すことができませんでした。次第にローマンは世間から一発屋などと揶揄されてしまいます。
ローマンが27歳になる年、彼はぱったりと音楽活動をやめました。とはいえ、当時の彼の引退は大した話題にはなりませんでした。『銀世界』による音楽業界の盛り上がりにより、新しい世代の優秀な音楽家たちが数多く台頭し始めたこともあって、ローマンは完全に過去の人になってしまったのです。
それからさらに月日が流れ、とある大国で世界中の音楽家を集めたクラシックコンサートが開かれました。そして、コンサートの終了直後、音楽界を揺るがす歴史的事件が起こったのです。
コンサートは大成功に終わり、観客の鳴りやまない拍手がホールにこだましていたその時、ステージ上にみすぼらしい姿をした1人の老いた男が上がってきました。その男はピアノ奏者を突き飛ばし、いきなり演奏を始めたのです。
その男が弾いたのは、名曲『銀世界』でした。しかし、それは誰もが知るあの『銀世界』とは一線を画した異様な『銀世界』だったのです。その特異性に、その場にいた全ての人が心を奪われ、動けなくなりました。微妙に曲がアレンジされていたのです。
第3楽章終盤に差し掛かり、曲が終わりに近づいた頃、突如として曲調が大きく変化しました。それは本来の『銀世界』にはない曲調でしたが、その自然すぎる変化に、その場にいた者は誰一人として違和感を覚えなかったそうです。まるで、元からそういう曲であったかのような、そんな感覚だったと言われています。何よりその無駄のない完璧すぎる音色にその場の者全てが心を奪われました。そして、彼らはやっと気づいたのです。その新しい楽章は、かつてウィントリア・ヴォン・ローマンが『銀世界』の後に作った駄作と言われる曲の数々を、一つにまとめたような構成になっていたことに。
こうして、全く新しい楽章が追加された『銀世界』の演奏が終わると、世界が終わったかのような静寂にホールは包まれました。演奏者の男は立ち上がり、虚ろな目で辺りを見回して、軽く微笑み、会釈をしてホールを後にしました。
以降、その男が姿を現すことはありませんでしたが、当時の記録では、その男の正体はウィントリア・ヴォン・ローマンであったと誰もが口を揃えて言ったそうです。しかし、ローマンはその後、姿を現すことは無く、二度と彼の演奏を聴くことはできなかったのです。しかも、楽譜も残されていないため、音楽家たちは頭を抱えながらコンサートの時の記憶と残存するローマンの発表曲をかき集めて、改訂版ピアノ独奏曲『銀世界』の楽譜を何とか再現しました。
ローマンと思われる男が追加した『銀世界』の第4楽章は、ピアノ独奏曲『銀世界』最終楽章と呼ばれ、今でもこの異世界で圧倒的な人気を誇っています。
──以下、現在の音楽家たちのローマンに関するコメントです。
41歳男性 「彼は『銀世界』という一つの曲を完成させるために、想像を絶するほどの時間と労力を費やしたんだ。努力のできる天才って感じで、頭が上がらないよ」
33歳女性 「もう200年早く生まれてたら、彼の生演奏が聞けたのになぁ」
28歳男性 「己の実力のみでバカにしてきた民衆を分からせるその生き様……最高っす」
20歳女性 「嘘、待って。ローマン様の肖像画、超イケメンなんだけど!?」