タヌキの徳利
ぽんぽんぽん ぽんぽこぽん
琥珀の月夜をタヌキが歩く。毛玉なお腹はしっとりふかふか。そんな自慢のお腹を鳴らす理由は簡単だった。機嫌が良いのである。夕方とっても素敵な物を見つけたタヌキ。なんと甘酒が沸く切株だ。タヌキは、徳利片手にぽんぽこるんるん山道の坂を降りて行く。
辛いお酒は苦手だが、甘いお酒は別腹だ。何を隠そう甘党だからだ。
浮かれに浮かれたタヌキはぴょんと跳ぶ。それがいけなかった。
太くて丈夫な木の枝を踏んだのだ。ツルンと足を滑らせて、タヌキは「わぁー!」と声を上げた。グルングルンと、タヌキの視界は何度も回る。色んな物にぶつかるけれど、全く勢い止まらぬタヌキ。
偶然木の上から目撃した梟が、「バターになってしまいそうだった」と後に語った。
お月様が見えては消えて、見えては消えてを何回繰り返した事か。
ぽふんっ! と。ふっくらモチモチした大きな物に、小さなタヌキの体は弾かれた。
「いったーい!」
茂みの中に落ちたタヌキはヒンヒン泣く。謎の巨体にぶつかった事が原因では無い。それは転がっていた最中、木の枝や砂利等で、体のあちこちに小さな擦り傷を作ったせいだ。
言わずもがな、タヌキは楽しい気分が冷めてしまった。プンスコプンスコ怒りながら、小さい体をくにゃりと曲げて、お腹や足の傷をペロペロ舐める。
そんなタヌキを、つぶらな瞳が捉えていた。
「おやおや誰かと思ったら、タヌキどんじゃないか」
その存在は、タヌキを上から覗き込む。上を見上げたタヌキは小さく、「あ!」と口を開けるのだった。
「獏どんだ。そっか、さっきぶつかったのは、獏どんだったんだ。ごめんね、痛くない?」
獏どんと呼ばれたその存在は、タヌキの友の1匹だった。
獏は人から隠れて生き、自分の好きな姿で夜な夜な夢を食べる生物だ。この獏は、大きなマレーバクの姿を真似ている。だが、もっちりしっとりした少し短い毛皮で体を覆うお洒落さんだった。
「痛くないよ。タヌキどんのが痛そうだ。……ちょっと待ってね。治してあげよう」
ほんのり長い獏の鼻。色んな何かを吸える鼻は、宙の何かを吸い取った。そして次には、プシュゥとタヌキに吹きかけた。
思わず、ピャッとタヌキは目を閉じる。モクモクモクモクと、周りを覆う不思議な煙。撫子色をしたソレは、数秒してから消え去った。すると、あら不思議! タヌキの体の傷達は、綺麗さっぱり無くなっている。
「わぁ、ありがとう獏どん」
「どういたしまして。それよりタヌキどん、何で此処に? ここはキミの住処から離れていない?」
「瑠璃唐草の原っぱで、甘酒の切株を見つけたの。今からこの徳利で汲みに……あれれ?」
タヌキの上げた右前足には、何も無かった。黒く縁取られた目がしばし見る。パチパチ瞬きし、よくよく見る。だが、何も無い事実は変わらない。タヌキは、耳と尻尾の力をパタンと抜いてしまった。
「徳利、失くしちゃった」
「徳利かぁ……」
獏は、また鼻を宙に向けた。何かの匂いを探るように小さく動かすと「ああ、そうか」と、何かに納得した呟きを漏らす。
「あのね、タヌキどん。キミの徳利は、どうやら夢の狭間に飛んでったみたい。ゴメンね、僕が食事に行こうとしてて、中途半端に路を開いていたものだから」
獏はショボンと顔を伏せるが、タヌキは当然怒らない。獏だって生き物だ。食べなければ死んでしまう。何よりも、事故とはいえ浮かれて転んだタヌキの方に非があるだろう。
「獏どん、気にしないで。新しい徳利、また作ってもらえば良いだけだから」
「うーん、でも甘酒が汲めなくなるよ? 他の生き物達が、先に取っちゃう」
獏は、タヌキの見つけたの甘酒が、とても良い仙薬だと確信していた。それに、タヌキの徳利だって特別な物だと知っていた。
故に、ここは一つ提案だ。
「タヌキどん、僕と徳利を探しに行こう。きっとすぐ見つかると思う」
「人間の夢に、私も入って良いって事?」
「うん。僕も少し食事もさせて貰うけど、夢を喰うのは一瞬なんだ」
「わぁ! 貴重な体験だ! 行く行く!」
タヌキは獏の背に乗り、獏は「落ちないように気をつけてね」と、宙に向かって息を吐く。
――キラキラキラキラ。
月明かりの宙に、青い煙と小さな星が沢山舞った。一つくらい掴めないかと、タヌキは小さな前足を伸ばしてみる。しかし、星はゆらゆら揺れて逃げてしまう。残念しょんぼり。
一方で、獏はキラキラ光る煙の中を、弾むように歩き出す。ピョン、トン、ピョン、トン、と。早くもないし、遅くもない。そんな不思議な速度で行き着いたのは、小さな小さな平家であった。
「今僕らが遠って来たのは「夢の狭間」と呼ばれる所さ」
唐突に獏が説明すると、タヌキは可愛く首を傾げた。
「そうなの? 徳利、無かったよ?」
「徳利は狭間を通って、この家の子の夢に入ったみたい。今からその子の夢に入るよ」
2匹はなんと、平家の屋根を擦り抜けた。目当ては少し狭い寝室である。3人の親子が川の字で眠っているのが見えた。
「今から小さくなるよ」
「え? ……わぁ凄い。私達の体、ジャガ芋と里芋くらい小さくなった!」
感動しているタヌキは置いておき、獏は真ん中で眠る子どもの枕元に座った。そして、ススッと鼻を近付ければ、「ひゃー!」というタヌキの悲鳴。
それは、タヌキもろとも子どもの夢に、吸い込まれるよう入っていった証拠であった。
「せめて、心構えはさせてほしかった」
「ごめんね」
疲れた声のタヌキと苦笑いの獏が来たのは、異国の地の夢。色んな肌の色をした人間が居るが、やや黒っぽい色が多い地域らしい。大きなテントの中である。一人の男性が、仲間と怪我人の手当てをしている。よく見れば、テントの外には列が出来ているのが分かった。
「ああ、タヌキどん。どうやら此処にはもう徳利が無いみたい。次に行こう」
「食事はいいの?」
「うん、こういう夢は食べないんだ」
――この夢は、あの子のなりたい将来の夢。
獏がそう言うと、タヌキは再び男性を見た。確かに、例の子どもの面影がある男性だ。手当てしたばかりの怪我人と、その家族から感謝され、また次の怪我人を診ている。
「あの子、きっと良いお医者さんになるよ。こういう夢はね、食べちゃうとスッカリ忘れちゃうんだ。下手をすると、将来の夢が無くなっちゃうから。だから食べないんだ」
「そっかぁ。お医者さんは、多い方が良いもんね」
その時だった。タヌキ達の元に、まだ未開封の包帯が転がってきたのだ。タヌキは獏の背から一旦降りて、包帯を短い足で届けに向かう。意外な届け主に医者の男性は、キョトンとした表情だったが、すぐに「ありがとう」とタヌキの頭を一撫でした。
「さぁ、行こう」
「うん!」
次にタヌキと獏が向かったのは、何処かの大きな病院内。
点滴の管と、呼吸器を付けた少女が横たわっているベッドのすぐ横である。先程と、同じ方法で夢に入ると、タヌキと漠の頭上に大きな影が差し掛かった。
「「ひゃーん!」」
どしーん! と、大きな何かに潰される危機一髪のところで2匹は逃げ出せた。
場所は、暗い雰囲気の洞窟の中。大きな影は、角を持った強そうな怪獣だった。離れた岩の陰から観察していると、2匹を狙っていた訳では無いらしい。別の何かと戦っている真っ最中のようだった。そして別の何かは、小さな姫騎士である。
「ねぇ、獏どん。あのゲームの姫騎士様みたいな子、ベッドに居た女の子じゃない?」
タヌキは大きな剣を振るう少女を、キラキラした目で見ている。タヌキの目には、物凄くカッコ良く見えているのだ。
「うん、頑張ってるね」
「……あ! 大変! 怪獣が光線はいた!」
怪獣が口から謎の光線を吐き出すと、咄嗟に少女は剣でソレを薙ぎ払う。しかし、剣が折れてしまった。これでは戦えない。ニヤリと微笑う怪獣と、悔しげに唇を噛む少女。それを見て、獏は「あまり良くないけど……」と、後脚で地面をトントン叩き……次の瞬間、ミサイルよろしく勢い良く怪獣の目に突っ込んでいった。無論、タヌキも添えて。
「ギャオオオオ!!」
凄まじい叫び声が響く。目に痛恨の一撃を受けた怪獣の叫びか、何の覚悟も無しに特攻ミサイルタックルに巻き込まれたタヌキの悲鳴かは区別がつかない。だが、それは苦境に立たされた少女にとって、またと無い好機だった。
少女はもう一本、細い剣を持っていた。それを構えて、高く高く跳び上がり、怪獣の脳天に突き刺した。
刹那、怪獣が金色の粒子となって霧散する。少女はクルリと地上に降り立ち、その光景を空中で浮きながら見届けた獏は、とても満足そうに頷いた。
「人間の生死に関わる事は、本当はしない方が良いんだけれどね。今回は特別だよ」
「ど、どういう事……?」
タヌキはぐったりしているが、それでも気になった事はちゃんと聞く偉い子なのだ。
「あの怪獣は病魔だったんだ。この夢は、夢であると同時に現実。だからあの子は、明日から元気になるよ。なんせ、ほぼ自力で病魔に打ち勝ったんだもの」
下で少女が手を振っている。タヌキもパタパタ、まだ調子が戻っていないため何処か投げやりだが、手を振り返す。
「ところでご飯は良かったの?」
「本当の夢じゃ無いからね」
曰く、とても薄味で軽過ぎるから、食べても元気が出ないらしい。
「徳利、さっきの所も無かったね。次はどこの夢かなぁ?」
タヌキが思わず呟くと、これまた狭ーい寝室に出た。狭いが一件目とは別。眠っているのは、痩せ細った初老の男だ。いびきをかいて寝ている姿だけならまだしも、何やら妙な腐臭を嗅ぎつけて、タヌキは顔を顰めた。
「この人の夢に入った徳利、もう要らないかも」
「意外とフローラルな夢かもしれないよ?」
「ソレはソレで嫌だなぁ」
夢に入った2匹はギョッとした。
いきなり見せつけられたのは、男の入浴場面であった。
丸々太った中年男が、大きなバスタブに浸かり、赤ワインを飲んでいる。尚、バスタブに入っているのは、湯では無く札束だった。悲惨なお風呂シーンである。
「獏どん、あのお金の使い方……」
「シッ! 見ちゃいけません!」
「でも」
「タヌキどん、アレは絶対真似しちゃいけない事です。「お金はオモチャに致しません!」はい、りぴーとあふたーみー!」
まるで母と幼子のようなやりとりをしていると、浴室の外から電話の音が聞こえてきた。 中年男が風呂から上がる。再度記すが、本当に悲惨な入浴シーンであった。
「もしもし。ああ、お袋? うん? 手術? …………そんな大金がいるの!? きゅ、急に!? わわ分かった! 直ぐに振り込む! お袋、死なないでね!」
中年男は、慌てて家中の金をかき集めた。バスタブの中の札束をケースに詰め込み終えると、慌てて家から出る。近所の銀行に、振込に行ったようだ。
「意外と、お母さん思いの良い人だったんだね」
「札束風呂で、第一印象台無しだったね」
だが、話はソレで終わらなかった。汗だくビッショリで戻ってきた中年男に、再び電話がかかってくる。
「え? お袋? 手術は……はぁ!? ピンピンしてるだって!?」
どうやら、典型的な詐欺に引っかかったらしい。本物の母からの電話が終わって、また別の場所から電話がきた。
「社長! お疲れ様です! どうされま……お、横領!? してません! 確かに私は、金使いが派手と言われていますが、全て真っ当に稼いだ物で……クビ!? まっ、待ってください! 信じてください!」
その後、中年男の人生はトントン拍子に転落した。騙し取られた金は戻らず、会社の金を横領した罪を着せられ借金地獄。そして母が、本当に病気にかかり死亡。離婚した妻と娘が居たようだが、其方も事故で死亡したと言う知らせが届き、挙句に妻は高利貸しから金を借りていたようで、其方も中年男が払うという話になった。
「獏どん、あの人不幸すぎる」
「うん。横領の件、今鼻で調べれたけど冤罪だったしね」
「余計に辛い。獏どん、この夢見てられないよ。此処、何の夢なの?」
「此処はあの男の人の過去だね」
「未来の夢に現在の夢、それに過去の夢かぁ。夢っていっぱいあるんだねぇ」
その直後の事である。2匹はピュンと夢から弾き出された。
どうやら男が起きたらしい。中年男から初老の男になった彼は、2匹を見て「まだ自分、寝てるんだな」と欠伸した。
2匹はどう反応するのが正解なのか戸惑う他無い。ヌイグルミだと思われれば良いが、万が一正体がバレればタダでは済まない。
「鼠ども、今日は駆除しねぇでおいてやるよ。代わりに、鍋の芋金団食って良いから……さっさと出てってくんな」
初老の男には、獏とタヌキが鼠に見えていたようだ。
獏はそーっと鼠の声真似をし、その場から離れようとした。だが、背中のタヌキは栗金団に飛びついた。甘党もここまで来ると恐ろしい。
「んまー!」
「タ、タヌキどん! 声、声!」
座卓の上にあった鍋。タヌキがソレに、躊躇なく頭を突っ込み大きな声を出す物だから、獏は生きた心地がしなかった。
「はは、鼠が喋ってらぁ。変な夢だ」
「オジちゃん、コレすっごく美味しい! 今まで食べた芋金団の中で1番!」
「嬉しいねぇ。和菓子屋やってた祖父の手伝いしてた甲斐がある」
タヌキは美味しい芋金団に夢中である。
「オジちゃん、和菓子作れるの?」
「餡を何種類か任されてただけさ……」
「じゃあ、最中もどら焼きも作れるね。でも、私の一推しは芋キンツバかな。焼くとカリカリくにっとした食感の! ああ食べたいな! オジちゃん、こんな美味しい金団作れるんだから、和菓子屋しようよ!」
よほど美味かったようで、タヌキの勢いは止まらない。涎まで出ている。
「簡単に言ってくれんなぁ……」
ふぁぁ、と。初老の男は再び欠伸をし、再びイビキが聞こえてきた。
「もう! 本当に美味しいのに!」
「分かった分かった」
怒るタヌキを、獏が疲れ切った表情で背に乗せる。これ以上話せば、流石に夢では無いとバレるに決まっている。撤退撤退と、獏は男から離れようとした。
だが、イビキに混じって呻き声が聞こえてきた。
――ちくしょう、ちくしょう……後ろ暗い事なんて、してなかったのに……。
悲痛な声に、獏は一旦戻ってくる。チョンと、初老の男の額に鼻をつけ、何かを吸った。
何を吸ったのか? 勿論、夢である。
「良い夢、見れますように」
タヌキが肉球で、ぽんぽん撫でてやれば、初老の男は、今度は気持ちよさそうにイビキを立て始めるのであった。
余談だが、この男は半年後に借金が綺麗に無くなった。またその2年後、芋スイーツが美味すぎる和菓子屋「たぬ屋」を開き、大成功する。
海越え山越え谷超えて、とまではいかない。
タヌキも獏も、そこまで歩幅は無いのである。次はとても大きな屋敷の中。小さな女の子の眠る部屋だった。
「あ、この子の夢の中だ。徳利ある! 今がチャンス」
「行こう!」
そうして夢に入る時、タヌキは「あれ?」と瞬きをした。
――何だかこの夢、今までの夢と違う気がする。
刹那、タヌキの体に下から軽い圧力が加わった。タヌキは獏に乗っているのだから、獏に何かがあったのかとすぐさま下に目を向ける。見えたのは、黄色いツヤツヤした物。重要なので再度記す。黄色いツヤツヤした物だ。つまり、獏では無い。
「獏どん何処!? 何処!?」
タヌキはキョロキョロ辺りを見回す。すると、お腹の辺りがひゅっと浮き上がるような感覚を覚え、見える景色がぐんと変わった。
「ふわぁあ」
思わず感嘆の声を上げたタヌキ。
夕と夜、どちらでもあり、どちらでも無い、濃紺と橙の空の上だった。その空一面を、色とりどりの風船が、埋め尽くさんばかりに飛んでいたのだ。今タヌキが乗っているのもその一つである。数の多い風船は、仄かに光っているようで、幻想的な光景だった。
――風船のお花畑みたい。
そして、更にそう思わせる光がタヌキの横をすり抜けて行く。
うふふ、と楽しそうな笑い声に振り返れば、声の主であり光の主は、白く光る小さな蝶々達だった。濃紺の空に今晩見た物よりも大きく、影の兎がペッタンペッタン本当に餅をついている満月を目指して飛んで行く。
「おーい、タヌキどーん」
「獏どん、良かった! 会えたー!」
ふよふよふよ、と。獏が宙を歩いて、タヌキの元へと辿り着く。白と黒の体には、まるで気球のように風船が3つ紐で付いていた。
「吃驚したよね、タヌキどん」
「本当だよ。どうして私達、バラバラになったんだろう?」
「ふふふ。きっと僕が、風船に乗れないと夢の主に判断されたからだね」
「合ったの? 夢の中であの女の子に?」
「いいや。あの子はぐっすり眠っているよ。無意識に判断したのさ。夢の中は自由だから。僕らを無意識に客として受け入れてくれたんだ」
獏は嬉しそうである。タヌキは獏の風船に飛び乗って、「何だか嬉しそうだね?」と理由を聞いてみる。
「うん。こういう夢を探していたからだよ。過去でも未来でも現在でも無い、浅い眠りになりかけている深い眠りの終わり頃。此処はその一時だけ繋がる誰もが自由な別世界なのさ」
後ろから風が吹いた。2匹は濃紺の夜の世界へ体が押される。
「わわわ、コレは流されて大丈夫なの?」
「勿論だとも。ほら、上を見て」
獏の言う通りにすると、上から青い粒子と一緒に何かの入った小瓶が降ってきた。
よく目を凝らせば、小瓶の中には白い光が入っている。その光はぐにゃぐにゃと動き、女の子の形を作った。
光る女の子は、瓶の中からふわり微笑む。
だがソレは一瞬の事。すぐさま、通常ならば細くて出られないだろう細い瓶の入り口からシュルリと抜け出し、彼女は光る大きな白鳥になった。
「どうやら背に乗せてくれるらしい」
「本当? ありがとう」
2匹は白鳥に乗り、蝶達の「行ってらっしゃい」という声を聞きながら、風船の花畑を抜ける。このまま行けば月にぶつかる。けれども心配ご無用。月はふわふわ柔らかかった。
「あ、このお月様、綿菓子だ。甘くて美味しい」
月の向こうの世界には、真っ青な空が広がって、次第に色々な物が見えてきた。
白亜に輝くタージ・マハル。長ーい長ーい万里の長城。碧く輝くグレートバリアリーフ。大時計とウェストミンスター宮殿。天空に広がるマチュピチュ遺跡。小島にそびえるモン・サン・ミッシェル。
他にもありとあらゆる場所に飛び、タヌキはとっても目が回りそう。獏は大丈夫かと見てみると、鼻で宙の何かを吸って、口をもぐもぐさせていた。
「もしかして、この夢食べてるの?」
「もぐもぐ……うん、所々ね。あのオジサンの夢は苦かったけど、この夢はとってもクリーミー。でも程良い辛味もあってたまらないね」
想像し難い味だった。
その時である。突如現れた自由の女神の冠に、タヌキの徳利が引っかかっていたのである。
「見つけたー! でもこれ通り過ぎちゃう」
「じゃあ、僕が吸い取るから、タヌキどんがキャッチする作戦で行こう」
「そのまま吸ってくれて良いのに」
「ソレすると、徳利が鼻にくっついた時、僕の鼻が突き指みたいになっちゃうから」
獏がゴォっと、徳利が自分たちめがけて飛んでくるように吸う。
夢の中は自由である。獏は、威力の強い魔法の掃除機になりきる。そんな獏の隣で、タヌキが葉っぱを一枚頭に乗せた。すると、タヌキのもふもふな尻尾がぶわりと大きく広がった。タヌキご自慢の変化の術である。これまで食いしん坊しか披露してこなかったタヌキであるが、実はできる子なのだ。
「右右ーもうちょっと下ー、はいキャッチ!」
タヌキは、無事徳利を回収できた。
「わーい! ありがとう獏どん!」
「お婆ちゃんから貰った、大事な徳利だもんね。もう失くさないようにね」
「うん!」
タヌキがギュッと徳利を抱き締めたのとほぼ同時に、世界に変化が起き始めた。
白鳥が小さくなり始めたのだ。ポロポロと、尾羽から光が溢れていく。
「獏どん、これ何事?」
「この夢を見ている女の子の目が覚め始めたんだ。僕らも早く出よう。オジサンの時みたいにいきなり追い出されたら、誤魔化せるか分からないもの」
2匹は、白鳥が消える寸前にそこから離脱する。タヌキを背に乗せた獏が、雲を足場に空高く上がり、蝶々や風船と共に、大きな綿菓子の月へと向かう。そうして月に飛び込めば、今度はドボンと音がした。
出たのは夢の狭間であった。再び青いキラキラ光る煙の中を、クルクル回って移動する。
「タヌキどん、僕はこのまま旅に出るんだ」
「旅? いつものお散歩とは違うの?」
「オーロラを見にいくのさ」
「ふぅん。……あれ? この前も見に――」
タヌキが「行かなかった?」と言い終える前に、沢山のシャボン玉が視界を覆った。
しかも、シャボン玉の一つがタヌキを包む。タヌキは慌てた。獏に聞きたい事があったからだ。けれども、シャボン玉はタヌキの体を獏から引き離し、そのまま遠のく。
手を振る獏が小さくなり、小さくなって点になり、そこでタヌキの瞼が開いたのであった。
「……え!?」
タヌキは仰向けで寝転がっていたようで、すぐさま飛び起きる。辺りを見回せば、場所に見覚えはあった。甘酒の切株を見つけた場所――瑠璃唐草の原っぱだ。時間は、東から日が登ろうとしているため、朝だと分かった。
甘酒を確認すると、切株は空だった。しかし、自分の持っている徳利からトプンと重たい音がする。
「私、いつの間に甘酒を……?」
「おーい」
大きな影が飛んでくる。タヌキは一瞬身を強張らせたが、声の主は知り合いだった。この山に住む梟だ。
「梟さん」
「全く吃驚したじゃないか、こんな所まで転がって来ているだなんて」
昨晩、転がっていたのを見られたタヌキは、少し恥ずかしかった。
「大丈夫。獏君が助けてくれたのよ」
「……は? 獏は随分前に山からいなくなっただろう。オーロラを見に行くって」
タヌキは思わず絶句する。そうなのだ。獏はもう何年も「オーロラを見に行く」と言ったきり、戻っていなかったのだ。
暫くして朝になり、梟は棲家へ帰っていった。
タヌキはというと、徳利を抱え、切り株に背中を預けてボーッと空を眺めている。
『お前さん、獏に懐いてたからなぁ。よっぽど会いたくて、夢でも見たんだろう』
飛び去る前に梟が残していった言葉が、何度も頭の中を過った。
――もしかして、もう?
思わず、タヌキは嫌な想像をしてしまう。獏がこの世から居なくなっているという想像だ。だが、すぐ首を左右に振った。
「獏どん、会えないならちゃんと「バイバイ」って言うもん」
タヌキはフンスを鼻息を荒げ、キュポっと徳利の蓋を開けた。
コクコクと、徳利から直に甘いお酒が喉を流れる。
「だから、その内また会えるもん。寧ろ、今日の夢が会える予兆だよきっと」
タヌキの声は明るい。そんなタヌキの言葉に、切株の周りに咲く瑠璃唐草達が同意しているかのようだった。水色の花達は、綺麗な朝露をまとい、キラキラと揺れていた。
<終>
読んでいただきまして、誠にありがとうございます。
とあるコンクールに提出しようと考えて生み出した作品だったのですが、文字数が多く、かといって削ると描きたい雰囲気が消えてしまうため、提出は断念致しました。
不思議な世界を通して前向きになりたい、そんな想いを込めました。




