第八話 魔王の真実
「相思相愛になった二人じゃが、それでめでたしめでたし、というわけには当然いかん。かたや魔族を率いる仮初の魔王、かたや魔族を滅ぼし、世界の新たな支配者たらんとする人間族の王の娘。まして魔王である父上は魔王の徴をもたず、政権基盤の弱い自称魔王にすぎなかった。政権の求心力を高めるためにも母上を処刑するのは必須のことと言えたのじゃ」
一時は心が通じた二人だが、現実が二人を引き剥がそうとしていた。
しかし早く処刑してしまえ、という部下の声を魔王は素直に受け入れることができなかった。
この世界に、自分の孤独を癒してくれる女性は彼女だけ。
立場ゆえの孤独を知るからこそ、魔王は彼女を失うことを恐れた。
そして大々的な勝利によって自らの覇権を確立し、彼女を妻に迎えるため、魔王は危険な賭けに出る。
すなわち、乾坤一擲の総力をあげて人間族との会戦に臨んだのだ。
一進一退の攻防のなか、予期せぬ味方の裏切りによって魔族は無惨に敗戦した。
クロノスの絶望樽や思うべし。
彼は決して望んで魔王となったわけではなかった。
異世界に追放された父の名誉のため、魔族の未来のため、望まざる戦争にその身を捧げてきた。
命を懸けた最後の賭けに、まさか味方の裏切りによって敗れるとは。
ならばいったい自分は何のために戦っていたのか。
「恋と権力、二つながら手に入れようとしたが、果たせなかったか……。ならばせめて君だけでも守らせてくれ」
「それでよろしいのですか? わたしのような疫病神などより、貴方には大事なものがあるはずでは……」
「その大切な存在に裏切られた私に、残されたよすがはもう、貴女しかいない!」
敗北の最中行方をくらませた魔王は、人間族から脱走の手引きがあったように偽装して、捕虜の娘、イゾルーデとともに樹海の奥へ身を隠した。
「仲の良い夫婦であったよ。本来なら人間である母上は数十年しか生きられなかったはずなのだが、寿命を共有する禁呪を使って昨年の夏に二人で仲良く死んだ。誰にも祝福はされなかったが、間違いなく幸せであったはずじゃ」
懐かしそうにティータは空を見上げて目を細めた。
愛する妻の寿命を延ばすためなら、あらゆる労苦も厭わない万年新婚カップルだった。
夫婦としては最高の夫婦かもしれないが、親としてもう少し子供のことを考えて欲しかったと思うティータであった。
「皮肉なことにな。この樹海に逃げこんでしばらくして父上に魔王の徴が現われた。異郷の地でシヴァが死んだからであろう」
魔王になっていたら、この平穏な生活は手に入らなかった、と相変わらず母といちゃつきながら父は笑っていた。
「シヴァが討伐されたのは千年近くも前と聞いているけど」
「そうか。葉月の世界とこの世界では流れる時間の速さが違うのかもしれんな」
ここでふと葉月は思いついた疑問を口にした。
「――そういえば魔王の徴ってなんなのかしら?」
葉月の言葉にシェラフィータは口の端を三日月のようにあげてニンマリと笑った。
その深い笑みに不吉なものを感じた葉月は慌てて両手を胸の前で交差させて必死に否定する。
「い、いまのなし! いまのなし!」
「我が唯一の家族である葉月に隠し事は許されぬよなあ。では今から魔王の徴を見せるから湯あみに行こう! そうしよう!」
「ゆ、湯あみ? わざわざお風呂に行かなくてもここで見せればいいじゃないの!」
「少々ここで見せるには恥ずかしい場所にあるのじゃ。察せよ」
「なおさらいまのなしだってば!」
「よいではないか! よいではないか!」
「それ完全に悪代官の台詞~~~~!」
嫌がる葉月を引きずるようにして、意気揚々とティータは浴室へと向かうのであった。
なし崩し的に浴室へと連れてこられた葉月は、勢いよく上着を脱ぎ始めたティータの大山脈を見て格差社会を呪った。
(F……いえ、Gはあるわね。あれは……)
服の上からでもサイズは想定していたものの、初めて肉眼で見る敵の戦力はまさに圧倒的であった。
同性であるとはいえ、その脅威(胸囲にあらず)には無意識に吸い寄せられざるを得ない。
すでに毎晩以来あの胸に埋もれて眠るという魅惑に勝てなくなっている葉月である。
実はティータの作戦通りに、徐々にスキンシップに慣らされつつあるということに葉月は気づいていない。
最近は当たり前にティータを膝枕をしているが、最初のころは顔を真っ赤にして拒否していたはずであった。
葉月の視線に気づいたティータは、わざと恥ずかしそうにたわわな胸を両手で覆った。
「…………葉月のエッチ」
「ちちちち、違うわよ! 私はティータみたいに邪な目で見たりしないわ!」
身体ごとぐるりと背を向ける葉月に、ティータはころころと笑って告げた。
「先に入っておるよ」
いっそこのまま逃げ出してやろうか、と葉月は思う。
今日までティータといっしょに入浴しなかったのは、貞操に危機を感じたというのもあるが、あのダイナマイトボディと自分を比較するのが哀しくなるからだ。
しかし同時に、あのセクハラし放題のティータが、なぜか一度もいっしょに入浴しようと誘わなかったのも大きな理由であった。
なるほど、ティータなりに、魔王の徴を隠しておきたかったのか。
そもそも父親のクロノスが死んだ今、ティータこそが魔王なのだということに、今さらながら気づく葉月である。
「うう…………」
恥ずかしいし悔しい、のだが、好奇心に耐えきれず、葉月は自らも生まれたままの姿になるとタオルでボリュームの足りない胸を隠しながら浴室へと入るのだった。
この隠れ家のお風呂はまさかの天然温泉である。
なんでもティータの父が地脈を操作して作り上げたらしい。
風水師が湯脈を探し当てることはあるが、温泉を強引に引き寄せるとは、さすがに魔王ならではの豪快さであった。
湯舟はヒノキによく似た木材で加工されており、予想に反して純和風な印象である。
もっとも、サイズのほうはおよそ三メートル四方はある巨大なものだ。
ティータはすでに湯舟に肩までつかり、巨大な風船をふたつ、ぷっかりと湯舟の上に浮かべていた。
「おお、葉月、眼福じゃのう」
「もう、見ないでよっ!」
葉月はコンプレックスを持っているらしいが、きめの細かい肌やすらりと伸びた両手両足、特にヒップから太ももへのラインは絶品であるとティータは思う。
人の好みにもよるが、ティータより葉月が美しいと思う人間は決して少なくないだろう。
胸の大きさは女性が気にするほど男性は気にしていないものだ。
もちろん母性の象徴である胸が大きいほど人目を惹くことも確かなのだが、生憎とティータはそうした観念に囚われていない。
むしろ絵画的な造形美を感じさせる葉月のほうが、自分よりよほど美しいと本気で思っていた。
――――葉月としては、ティータの視線からそんな気配を感じるだけに、うれしいやら恥ずかしいやらで、浴槽に浸かる間もなく全身をピンクに染めていた。
「ふう」
湯のなかに浸ると無意識に葉月の口からため息が漏れる。
温泉好きな日本人の血か、この天然温泉の浴槽に浸かると思わず気が抜けた声が漏れてしまうのだ。
手際よく長い黒髪をタオルでまとめると、葉月はちらりとティータを盗み見た。
こうして近くで見るとそのエロボディの破壊力は圧倒的であった。
湯舟に浮かぶ巨大なメロン、そして透き通るような白磁の肌。葉月も日本人としては突出した肌の白さだが、ティータには到底及ばなかった。
さらに腰はきゅっと引き締まり、安産型の丸いお尻にかけて見事な魅惑のカーブを描いている。
ミロのビーナスでも、ここまでの完璧なプロポーションはしていないだろう。
どう頑張ってもBカップにすら届かない葉月には、うらやましさを通り越して呆れすら覚えさせるほどだった。
今までいろいろとセクハラを受けてきた葉月ではあるが、これほど間近でティータの素肌を見るのは初めてだった。
「魔王とは何だと思う? 葉月」
唐突なティータの質問に葉月は面食らった。
「魔族の王様、でしょ?」
「うむ、正確には魔王の徴じゃな。これがない限り魔族は魔王とは認めてくれぬ」
「魔王というくらいだから、何か特別な力があったりとか……」
「もちろん魔王に力は必須じゃ。確かに魔王の徴を得て力が増すことも事実、じゃが力だけなら数で賄えぬこともない。現に人間の数の力に我らは敗北を続けておるわけじゃしな」
「それは――そうよね」
テレビでもてはやされる格闘家がどれほど強くても、相手が武装していた場合、例えば槍や剣で武装した十人の敵を相手に勝つことはほぼ不可能に近い。
では魔王の徴とは魔王の持つ圧倒的な力ではないということなのか。
「…………そもそも魔王は神からこの世界の統治を任せられた管理者である、という神話がある。ゆえにこそかつては人間も無条件に魔王の威に服していた」
「ま、私の世界にも王権神授説があったけど」
「魔王の徴とは、神の似姿そのものよ。神が魔王に与えた統治権の証明であり、完全なる存在の証でもある」
「完全な存在、ねえ…………」
完全な存在なら敗北することもないのではないか。
というよりティータのエロすぎる父親が魔王であることを考えると、いまいち釈然としない葉月であった。
「完全な存在とは完全な肉体――完全な性であるという伝承すなわち――――」
ザバッと音を立ててティータが立ち上がった。
そしてなぜか興味津々なドヤ顔。
それまで湯舟に隠されていた下半身が露わになる。葉月の顔と至近距離に、あってはならないものがぶらさがっていた。
「ぱ、ぱお~~ん?」
その圧倒的な存在感、興奮に怒張した二十センチ砲が何であるかを理解した葉月の顔がみるみるうちに紅潮していく。
「男でもあり女でもある。両性具有体――――それが魔王たるの徴なのじゃ」
「乙女になんてもの見せるのよおおおおおっ!」
「へぶしっ!!!!」
葉月の遠慮なしの右ストレートがティータの股間の急所を捉え、一瞬にしてティータのドヤ顔を蒼白に変えた。
ぶるぶると震えながら股間を押さえてティータはのけぞる。
「こ、これは……さすがにきつい。母上がここぞというとき父上のお仕置きに使っただけのことはある……」
「お母さん何やってるの!」
「父上もたまに母上に無性にいじめられたくなる時期があるらしくてな」
「レベルが高すぎる!」
「見ての通り魔王は男でもあり女でもある。わりと母上もノリノリで竿役になって父上を啼かせるのがひとつの楽しみに…………」
「魔王の誇りはどこへ??」
「もしかして葉月もその趣味が?」
「ないわよっ! 私はノーマルよ! ネコの趣味もなければタチの趣味もないわっ!」
「ネコ? タチ?」
「あああああっ! 言わないで! 今の言葉は忘れてえええええ!」
全身を真っ赤に染めて葉月は両手で顔を覆った。
その様子があまりに愛らしすぎて、ティータの股間に血流が集中し、二十センチ砲はさらに膨張して仰角をあげる。
「…………葉月は男の方が好き?」
「恋愛をするなら男のほうだけれど、私より綺麗な女性と恋愛をする趣味はないわ」
「妾は葉月になら責められてもよいぞ?」
「そっちの趣味もありません!」
自分がいけない道具でティータを責めている様子を想像してしまった葉月は慌ててその妄想を打ち消した。
そんなシチュエーションに興奮してしまっているなど絶対に認めるわけにはいかなかった。
「そうか、葉月は責めるほうが好きか。大丈夫じゃ、妾はそちらも嫌いではないぞ?」
「だから違うって言ってるでしょ!」
巨大なメロンを葉月の背中に押し当ててくるティータを振りほどこうとして、葉月の手が巨大な肉塊にずぶり、と埋まった。
思わず無意識にぐにぐにと手を動かしてしまってティータが甘い声をあげる。
「あんっ!」
蠱惑的な蕩けるような美声。
股間のブツさえなければ天壌の女神すら凌駕しそうな美貌である。
そのティータの色気に、葉月の何かが反応した。
「ふわっ?」
「なんじゃとっ????」
葉月の股間にあってはならないものが出現する。
それはティータの二十センチ砲には劣る十五センチ砲であった。
しかし見た目の凶悪さはティータに勝るとも劣らない。ばっきばきである。
「ふにゃっ? ふにゃっ? これはなに? 私は誰?」
「たくましいのう……張り型ではなくこんな凶悪なもので葉月に責められると思うとゾクゾクするぞ!」
「しないで! お願いだから!」
羞恥心の限界か、はたまた単純にお湯にのぼせてしまっただけか。
葉月は目を回してばたりと湯舟に倒れこみ、大きな水しぶきを立てたのであった。
同時に、そそり立っていた雄々しいモノが、まるで水に触れて溶ける淡雪のように消えていく。
隠すことなく露わになった秘部を愛しそうに眺めてティータは口角をあげた。
「この気配……異世界に残留したシヴァの力の残り香か……」
葉月がいた地球という世界に追放されたシヴァは、その地の人間に倒されたと聞くが、その無念の気が怨霊となって残り続けた――らしい。
実のところ魔王となった父の力は前魔王であるシヴァに及ばなかった。
それはシヴァの力が完全にはアヴァロンに戻らなかったからではなかったか。
無念のあまりアヴァロン世界の生命のサイクルに戻ることができず地球に残留したシヴァの力が、魔王の子孫である葉月に宿ったという可能性はある。
騙し討ち同然に異世界に追放されたシヴァの怒りはそれほどに深かったということだろう。
だがこれは――――
「葉月にも魔王の資格がある、ということか…………」
ティータほどの血の濃さはない。意識がなくなれば消えてしまう程度の徴だ。
だからといって無視できるものでもなかった。
このようなことは長いアヴァロンの歴史のなかでも一度としてなかったことだ。
まともな魔王ならライバルの出現に恐怖したり、嫉妬したりするところかもしれないが、ティータはあらゆる意味で普通の魔王ではない。
何より今は魔族が人間に追い詰められ滅亡の瀬戸際にある状況である。魔王など貧乏くじ以外の何物でもないと思っていた。
「――――だが、魔王が二人いればどうなるかな?」
魔王とは突出した戦力ではあるが、いかんせん個人。
ひとつの戦場を支配することができても、それ以外の戦場で敗れれば結局戦争には負ける。
そう思っていたが、魔王が二人いたならば状況は全く変わるだろう。
二人いれば連携ができる。連携ができれば数の暴力に対抗することができる。
孤独のままに全てを諦め、残り少ない平和を楽しもうと考えていたティータの胸に、一筋の希望が見出された。
「本当に、君という娘は――――愛しくてたまらぬわ」
気絶した葉月の唇に何度も何度もキスをして、ティータは生まれて初めて得た、自分と対等な存在を味わっていた。
およそ半刻後――――全裸でティータとベッドで抱き合っていることに気づいた葉月は、硝子が割れそうな甲高い悲鳴をあげた。






