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マイフェアレディ  作者: 松尾うい
SIDE A
9/18

9

柔らかい朝日が窓から差し込み、エレインはゆっくりと目を開いた。

自分を包む温もりがあることを感じ、まだ寝ぼけている頭をゆっくり覚醒させながら昨日起きたことを思い出す。

昨日のような動揺はなかった。

決意したことがあるから。

翻弄されてなどいられない。むしろ自分が翻弄しなくては。


隣を見るとまだ気持ちよさそうに眠りの中にいる青年の顔があった。

腕は昨晩と変わることなく自分の体に絡みついている。

凄い執念だ。


エレインは苦笑すると、青年の前髪をかきあげ、優しく口づけた。

こそばそうに少し身じろぎした青年が、ゆっくりと瞼を開ける。

彷徨っていた視界がエレインの顔にピントをあわせていく。


「おはよう。」

「!!!??」


妖艶な笑みでエレインが声をかけると、青年は目を見開き、がばっっっっと上半身を起こした。


「!!!!!?????ここは??俺はなぜエレインのベッドに………」


視線をぐるぐるさせながら、顔がゆでだこのように真っ赤に染まっていく。

どうやら極度の睡眠不足で、トランス状態に陥ってのあの行動だったらしい。

エレインは安堵し、昨日の自分のように動揺する青年に


「あら?もう起きるの?まだこうしていてもいいわよ。

 なんなら昨日の続きでもしましょうか。」


余裕たっぷりに声をかけた。


「つ、つづき!!????お、俺は一体何を………まさか!!!!!!」

「昨日のおまえは凄かったのよ?とても積極的で…」


引き続き混乱する青年の姿が可笑しくもっといじめたくなり、含みを持たせた言い方で青年を惑わす。


「……!!!!お、覚えてないなんて……!!!!エレインが帰ってきて抱きしめたところまでは思い出せるのに…。」


力なくがっくりと肩を落とす青年の反応にエレインは驚いた。

え?そこなの?

呆れた顔で青年を見ると、いきなり顔をあげた青年が目をキラキラさせ迫ってきた。


「もう一度再現させて欲し」

「ああぁーーら、もう起きないとだめな時間ね!!」


身の危険を感じ、青年の言葉が終わらないうちにするりと青年の腕から抜け出すと、エレインはベッドから飛び降りた。

青年の腕が虚しく空をつかむ。


「二日酔いとかは大丈夫なのか?」

「大丈夫に決まってるじゃない。私を誰だと思っているの。お風呂に入ってくるから朝食の準備をしといて頂戴。」


青年の問いに顔を向けず返答すると、エレインはそのままそそくさと浴場に向かった。



*



食卓には焼き立てのくるみパン、サラダ、目玉焼きとカリカリのベーコンが用意されていた。

くるみパンはエレインの好物である。

上機嫌で食卓につき、食事を始めるエレインを少し恨めしそうに見ながら、青年も食事を開始する。


「そういえば、明日は何の日か覚えている?」

「明日??何かあったか…。食料の定期収穫は来週のはずだし。うーん、特に何でもない日のような気がするが…。」


この人間は、魔女である自分以上に生誕のことや暦上のなにがしかに頓着しないらしい。

エレインはため息をつき、まだぶつくさ言っている青年にむかって言い放った。


「明日はおまえの誕生日でしょう。何かお祝いでもしましょうか。」

「!!誕生日…」


まだいまいちピンとこないらしい。

まぁそれも当然といえば当然かもしれない。

出会ったときにその日を誕生日と決めたものの、それから今まで一度も誕生日を祝うということをしたことがなかった。

お互いに忘れていたのである。

人間として彼と生活していたときは毎年お祝いしていたが、そもそも魔女には誕生日を祝う習慣などない。

青年も自分の誕生日を知らないといっていたし、祝われたことなどないのだろう。


「でも今まで一度も祝ったことなんてないだろう。なんで急に?」


当然の疑問である。


「たまたま思い出したのよ。魔女の気まぐれってやつね。」

「そうか?まぁ俺はどちらでも構わない。エレインがやりたいようにすればいい。」


適当に誤魔化す。嘘は言っていない。

祝われる者の返答とは思えないほどあっさりしているが、この生い立ちでは仕方がないだろう。


「何か欲しいものがないか考えておいて頂戴。」

「欲しいもの…」

「えぇ。何か1つ、用意するわ。」

「!わかった。」


一瞬青年の眼がぎらりと光った気がしたが、見なかったことにする。

自分の方が優位なはずなのに、とって食われそうな気がするのはなぜだろう。


「じゃぁ明日はパーティの御馳走を…、用意してくれるかしら。誕生日の人に頼むのもなんだけれど。」

「まかせろ。そういうレシピも残っていた気がする。ちょうど2段重ねのホールケーキに挑戦したいと思っていたところだ。」

「何それ素敵ね。楽しみだわ。」

「そうと決まれば今日は準備に専念してもいいか?足りない材料の調達や、料理の仕込みをしたい。」

「もちろんよ。任せるわ。」


急に職人のような顔つきになった青年は、許可を得ると素早く朝食の後片付けをし、生き生きした足取りで出かけて行った。


エレインは居間のソファに腰掛け目をつむり、気を抜くと臆病になりそうな自分の心に語り掛けた。

大丈夫、うまくやれるわ。かつての自分と今の自分は違う。


一切の容赦なく残酷に告げて見せる。

人間たちがつくりあげた魔女像そのままに。

楽しんでいただけたら幸いです。

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