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そんな日々を幾度となく繰り返し、季節はあっという間に移り変わった。
人間の成長は瞬く間で、少年はみるみる大きく立派に成長し、
美青年と呼んでも嫌味のないほど、綺麗なまま大きくなった。
知識を得ることへの努力も惜しみなかった。
1度教えて理解したことは決して忘れなかったし、
解らなければ理解するまで何度も反復、確認を繰り返した。
運動も剣技に磨きがかかり、国王の近衛騎士団と戦わせても遜色ないだろうくらいまで成長した。
文武ともに納得の行く仕上がりである。
しかしなんといっても、一番の躍進は料理の腕前だろう。
文字の読み書きができるようになったため、彼の遺品から料理のレシピを見つけたようで、
食事の内容は一気に彩りを増し、もう魔法の料理では全く敵わない領域まで来てしまった。
完全に胃袋を掴まれた状態である。
初めてその懐かしい香りを嗅いだ時、衝撃と共に涙が止まらなかった。
心の中に蓋をして閉じ込めていたものが溢れ出し、
悲しみや喜びといった感情の渦が意識を翻弄し、
一口も喉を通すことができなかった。
そんな私を、青年は始めは驚いた様子で見つめていたが、
やがていつまでも泣き止まない私の頭を優しくなでながら微笑んでいた。
かつて愛した彼がそうしてくれたように。
共に暮らし始めて幾年か経った頃、寝室を別にすることにした。
あの温もりは手放し難かったが、今度は自分が恥ずかしくなってきたのである。
私が抱きかかえていた体は、いつの間にか私を抱きかかえるようになり、
柔らかかった子供の肢体は、ゴツゴツとした男性のものに変わっていった。
彼以外の異性と寝たことなどない。
自分にも意外と初心な部分があったようで、
どうにも気恥ずかしく、いつかの少年のようにカチコチになっていく自分がいた。
このままでは心臓がもたないと思い、ある日さり気なく、寝るわねと一言あとにし、逃げるように寝室に入りドアを閉めた。
残した青年の表情は見なかった。
心なしか驚いていたような気はする。
怖くて、確認することはできなかった。
次の朝も何も言われることなく、変わらない青年にほっとした。
変わらない毎日が始まり、夜の心配もなくなって一安心と一息ついたとき、
窓からひらひらと一羽の蝶が舞い込んできた。
「あら。珍しいわね。」
エレインの発言に、少年は訝しげな視線を向ける。
蝶などそこらじゅうに飛んでいるではないか、と。
しかし確かに、その蝶は珍しい色合いと形をしていた。
薄く大きな翅は真っ赤な色をしており、体からは金色の尻尾が垂れている。
「あぁ、コレはね。魔女集会の招集合図よ。」
少年の視線に気づき、エレインが説明する。
「前に行ったのは何年前だったかしら?…思い出せないくらいには昔ね。とにかく滅多に行われるものじゃないのよ。なにか連絡したいことがあったり、誰かの気まぐれで開催されたりもするわね。翅の色が主催者を表すのだけれど…赤は母様…ハジマリの魔女の色だわ。」
「ハジマリの…魔女。」
いつかの説明でエレインから聞いたことを思い出す。
全ての魔女の母。
「魔女集会への参加は基本的には自由だけれど、母様の招集となれば話は別よ。行かなければならないわ。私達はそういうふうにできているから。
日程は…、急ね。今日ですって。」
一体どこにそんな情報があるのかはよくわからないが、
エレインはすらすらと情報を読み上げていく。
「すぐに支度をしなくちゃ。今日は多分帰れないから、一人ですごして頂戴。ごめんなさいね。
…内容によるけれど、明日か明後日には帰れると思うわ。」
「わかった。気をつけて。」
そそくさと正装に着替え、青年に見送られながら出発する。
母様の主催ということは、7つの王国の中心地、天の国へ行かねばならない。
天の国の王城の遥か地下深くに、母様の居住空間がある。
地下へ行くには、魔力が動力源となっているエレベーターを使用しなければならず、母様に招かれるか、魔女と共に入る以外に方法はない。
母様からの招集は滅多にないため、自然と足早になる。
誰が呼ばれているのだろう?
姉さまや妹達も来るだろうか。
皆に会えるならそれはそれで楽しみだ。
楽しみだと思える自分に少し驚きながら、エレインは空を飛ぶスピードを速めた。
*
天の国の王城につき、所在を明らかにするとエレベーターがある奥の間へと通された。
そこには一人の人影が立っており、エレインに気付くと優しく声をかけてきた。
「エレイン!久しぶりね。最後にあったのはいつだったかしら?」
「ウラニア姉さま!」
柔らかいウェーブがかかった黄金の髪をかきあげ、ウラニアが微笑んだ。
ウラニアは天の国に住む魔女で、姉妹の一番上、つまり長女である。
「記憶にないほどには昔です。姉さまも招集を?」
「というよりは門番のようなものね。下で母様がお待ちよ。お行きなさい。」
「?はーい。」
門番?
エレインがきょとんとしていると、遠くの方から凄まじい爆音が響いてきた。
「…やっぱり。」
ウラニアが呆れたようにつぶやくのと同時に、雄叫びが聞こえてくる。
「エエェェーーーーれーーーーイィいーーーーーーんンンンーーーーー!!」
「!!!!」
この声は…。
「あの子はどうしてこう落ち着きがないのかしら。」
ため息とともにウラニアが手を差し出し、魔力の渦が光る。
爆風と粉塵を巻き起こしながら、飛んでくる物体の勢いを収束させ、その場に拘束する。
「アイトネ姉さま!」
磔の形で宙に浮いている人影にむかって、エレインは名前を呼んだ。
楽しんでいただければ幸いです。