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マイフェアレディ  作者: 松尾うい
SIDE A
4/18

4

夢を見た。


優しく甘い、懐かしい夢を。

愛しい彼が笑顔で手をあげ、私はそこめがけて駆けていく。

彼が何かを囁いた。

私は……


*



目を覚ますと、寝室のベッドの上だった。

日が落ちたのか辺りはもう真っ暗だ。

確か食卓にいたはずだ。少年が運んだのだろうか。


エレインは視線をめぐらせ、少年の姿を探した。が、どこにも見当たらない。

目を閉じ、探知の魔法を発動する。自分の片割れなので、魔力を探しやすい。


(中庭にいるわね。)


自分と同じ魔力を持った生き物が、中庭でうごめいているのが確認できた。


のろのろとベッドから立ち上がると、ゆっくりと中庭を目指した。



*



「ふっ!!はっ!!!!」


中庭を覗くと、竹刀のような棒切れを持ちながら素振りをしている少年がいた。

月明かりに照らされ、暗緑色の髪が艶めかしく光っている。

まだ幼いがほどよい筋肉がついた体は美しい。


一瞬開きかけた口を閉じ、中庭に背を向け、調理場へと向かう。


昼間に遭遇した破壊力抜群の物体は綺麗に片され(ゴミ箱を覗いたがなかった)、

皿類も綺麗に洗われていた。

昼食を食いっぱぐれたため、さすがにお腹が空いている。


(魔法の料理が味気ないとか言っていられないわね。)


人差し指に魔力を込め、オート調理できるよう魔法を構築していく。


(メニューは、きのこのシチューとパン、トマトのサラダ、あとデザートにプティングも。)


人差し指を振ると、調理器具や材料たちが動き出し料理が始まる。

きちんと始まったことを確認して、調理場を離れ今度は居間にうつる。


お気に入りのソファに腰かけて、今後のことを考える。

今のところ少年は、魔女という存在に対して普通の人間とは捉え方が異なる気がする。

魔女に対する一般的な知識は持ち合わせているはずなのに、

自分を見て恐怖することも反抗することもしない。


(魔法をまだあまり見ていないからかしら?けれど、普通の人間なら、魔女とわかっただけですたこら逃げ出すか、恐れ慄いて固まっちゃうはずなのよね…)


思考を巡らせていると、ドアを開ける気配がした。

視線を向けると、申し訳無さそうにした少年が立っていた。


「その…すまない…まさかあんなことになるとは…」


しおしおといった感じで、ぽつりぽつりと言葉を落とす。

そんな少年に心のどこかが反応する。


「あら、まずいものを食べさせたという自覚はあるのね。」

「美味しくはなかった…けど、気を失わせるほどとは思わなかった…」


少し皮肉ってみたが、本人はそれほどまでとは思っていなかったらしい。


「まぁ気にしてないからいいわよ。汗をかいているようだから、

 体を洗ってらっしゃい。それから夕食にしましょ。」


本音を口にしたのだが、少年はまだしょんぼりとした空気をまとったまま、

浴場へと消えていった。



*



「さぁ食べなさい。」


食卓についた少年は、目の前に並べられた食事に目を見開いていた。

そんな特別なものを用意した気はないが、少年にとっては

どれも珍しいものだったらしい。


恐る恐るスプーンを口に近づけ、シチューを一飲みした瞬間、

凄い勢いの食事が始まった。


「お、落ち着いて食べなさい。おかわりはあるから。」


少年の食欲に圧倒されたが、空腹なのは自分も同じなので、

大好きなシチューを口に運ぶ。

まずくはないが、…やっぱり味気ない。

彼が作ってくれたものと比べるからいけないのか。

何百年たとうと、彼が作ってくれたものの味は、決して忘れることはなかった。


勢いに任せて食べていた少年だが、少しお腹が満たされたのか、

食べる手を止めこちらを見た。


「…こんな料理は初めてだ。エレインはすごい。」

「私が作ったんじゃないわ。魔法のおかげよ。」

「でも調理方法を知っているということだろ。それはすごい。」

「あら。今の人間の世界にはシチューすらないの?」

「しちゅう?というのか?この白いのは。少なくとも俺は、食べたことない。」


何百年かのうちにシチューがなくなるなんて。

世も末だ。

街におりて、レシピ本でも買いに行こうかと思っていたが、

断念することにした。


「それは悲しいわね。…私の知っている人間が作ったシチューは、

 それはもう美味しかったのに…。」

「調理方法は何か残っているのか?」

「どうかしら。…彼のものは、全て大切にしまってあるけれど。

 何が入っているのかはわからないわ。一度も開けたことがないから。」

「…それはエレインの大切な人のもの?」


不思議そうに少年に尋ねられ、一瞬言葉につまる。


「……そうね。とても……。とても大切な人よ。」


彼と過ごした日々をかみしめるように、言葉が出た。

大切な人と言える。言葉にできる。

私の心の中に押し込めた記憶は、少しずつ思い出となっているのだろうか。


「もし。エレインがいいなら、開けてみたい。

 俺もしちゅうを作れるようになりたい。」


少年から意外な言葉が出て、エレインは思わず息をのんだ。

あの人のものを見たい?箱をあけるの?さわる?


ざわついた心は、不思議と拒絶や怒り、悲しみといった負の感情ではなかった。

なぜだろう?魔力を分けた半身だからだろうか?


「…いいわよ。自由に見て。ただし、私のいないところでやってくれるかしら。

 彼のものは、2階の西の間にある、青い箱の中にしまってあるわ。

 特に魔法はかけていないから、開けられるはずよ。」


自然と許可の言葉が口から出ていた。

だが、彼が残したものを見る勇気は、エレインにはまだなかった。


「わかった。ありがとう。」


そういうと少年は再び食事に戻った。


「そういえば、おまえは今いくつなの?」


魔女は年齢に対する概念が非常に薄いため、すっかり忘れていた質問を少年になげかける。


「いくつだろう。10歳を超える辺りまでは数えたけど。

 …忘れてしまった。」

「そうなの。私の見立てでは13歳くらいかと思ったんだけど。」

「じゃぁそれでいい。」

「あっさりね。人間にとって年は大切なものなんじゃないの。

 じゃぁ誕生日もわからないの?」


少し呆れてしまった。この少年は一体どのような生を歩んできたのだろう。


「わからない。から、エレインが決めていい。」

「私が?…そうね、なら、今日にしましょう。改めてよろしくね。」

「あぁ。よろしく、エレイン。」


名前はきかなかった。

少年が、青年となり立派な自分の片腕に成長したら。

告げなければならないことがある。


そのために、自分はこの少年を拾ったのだから。


楽しんでいただけたら幸いです。

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