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この世界は、七つの国でできていて、ここは水の国だ。
王族はそれぞれの国におり、五年に一度各国会議が開かれる。
魔女は、国の数と同じ七人、ハジマリの魔女を合わせて八人存在する。
一人一人が長命なため、入れ替わりは滅多にないが、誰か一人が生を終えれば、
ハジマリの魔女がまた新しい魔女を生み出すと言われている。
ハジマリの魔女がいつ生まれ、いつ入れ替わるのかは誰も知らない。
そんな数しかいないものだから、そもそも人間が魔女に会うことは滅多にない。
ただでさえ八人しかいないのに、住居を魔物が住むといわれる高い山の頂きや、
海獣がいるといわれる深い海の底など、
普通の人間では到底たどり着けない場所にかまえることが多いため、
会おうと思っても会えないのが現状だ。
ただし、ごく一部の人間を除いては。
とにかく普通の人間にとっては、魔女は絵本や伝承の存在でしかなく、
そこに描かれる姿が真実となる。大抵のお話では、
魔女は人間を襲い、生活を脅かす存在として語られる。
魔力のない人間は、魔法を恐れ忌み嫌う。
自分たちがいつ襲われ、殺されるかもわからないからだ。
「愚かよね。私達はそこまで人間に関心などないのに…。
あったとしても、魔女と気づかれることなく、人間の世界に入り込むことなど容易だわ。」
遠い目をしながら、エレインは言葉をこぼす。
本当に簡単だった。彼がいた生活に溶け込むことは。
小さくため息をついてから、気を取り直し少年に声をかける。
「さぁ、この世界のことについては大体わかったかしら?」
「わかったと思う。…一つ聞いていいか?」
「ええどうぞ。」
「一部の人間ていうのは、誰のことだ?」
人間の中にも、労せず魔女に会える存在がいる。
もちろん、頻繁に会うわけではないが。
「王族よ。各国会議には、魔女も出席しなくてはならないの。」
エレインは、少し冷めた目をしながら答える。
「毎回の出席は強制ではないけれど、自分たちが所属する国が議長になる年は、
必ず出なくちゃいけないの。
この世界ができたときからの決まりだから、破れば重い罰が課せられるわ。
まぁでもその年以外は、ほぼ誰も出席しないけれどね。」
会議で姉さまや妹達に会ったのは、いつのことだろう?
思い出せないぐらいには、遠い昔のことだ。
「王族…。会ったことないな。」
「特に会う必要もないわ。
そろそろお昼の時間ね。昼食を食べてからは、運動しましょうか。
おまえ、料理はできる?」
王族の話をあっさり終わらせ、少年に尋ねた。
料理は魔法を使えばなんてことないが、どうしても味が均質化してしまい、おいしいとは言えない。
自分の調理能力は…諦めている。
「できる。一人で生きてきたから。」
「そう!じゃぁ調理場はあそこ、材料はこの箱に大体あるから作って頂戴。」
少年にさくさく指示を出し、自分は高見の見物をきめることにした。
誰かが作るものを食べるのは本当に久しぶりで、最後に食べたのは…。
溢れ出そうになる絶望に蓋をする。
今の自分にとっては、愛しい思い出もまだまだ危険な毒物となる。
考えることをやめ、視線を少年に向ける。
《ドゴ!!!!ガンガン!!!!!》
「??」
《ズブシュッッ!!ガガガガガ!!!!ズドドドド!!!》
「!!!???」
それは、自分が調理と思っていたものとは程遠い姿だった。
(あの赤黒い物体は何?ドロドロの液体は?光っているものがあるのはなぜ?)
恐ろしくて声をかけることもできない。
魔女を怖がらせるなんて…この少年は一体何者だ?
*
小一時間ほどして、調理という名の殲滅は終了し、
食卓にその成果が並べられた。
「一人で作って食べていたから、誰かに食べてもらうのは初めてだ。」
少し照れながらいそいそと席につく少年を尻目に、
意識を食卓の上に集中させる。
そこには見たこともない「何か」が、皿の上にのせられ、食されるのを待っている。
(人間はこんなものを食べていきているの??この数百年で一体何があったの?)
声には出さず、ひたすら思考する。
視線をあげると、控えめに、けれど確実に期待を込めたまなざしを向ける少年が鎮座していた。
「これはなに?」
「特に名前はない…。大抵は素焼きとかにするけど、今日は材料や調味料が
たくさんそろっていたから、俺流にアレンジしてみた。
だから、エレインの感想を聞きたい。」
「そ、そう。」
尋ねた言葉には、食べ物なのかとかそういう次元の意味合いも含まれていたのだが、少年にとっては料理以外の何物でもないらしい。
一向に口へ運ぶ気配がなく固まっているエレインを見かねて、
少年が口を開いた。
「…その…、魔女が食べるものとは程遠い、とか、嫌いなものとかあっただろうか?」
確かに魔女が、というか人が食べるものとは程遠い。数百年前の知識だが。
好きとか嫌いとか以前の問題である。
「いえ、そういったものは何もないわ。あまりに自分の想像と違うものだったから、少し戸惑ってしまったの。…いただくわ。」
もしかするとものすごく美味しいのかもしれない、と、
ありえないだろう理由で自分を鼓舞し、スプーンを口にはこんだ。
「!?」
目の前が真っ暗になる。
何か遠くで声がする。
誰の声だろうか。ひどく懐かしい。
「…イン……!…レイン!!エレイン!!」
「!!!」
はっと我に返る。
目の前には、心配そうに自分を見上げる少年がいた。
どうやら意識を失っていたらしい。すさまじい威力、いや、味だった。
「…料理も特訓が必要ね。」
なんとかそれだけつぶやいて、エレインの意識は再び闇へと落ちていった。
楽しんでいただければ幸いです。