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「さてと…まずはその汚らしい体をきれいにしなくちゃね。」
魔法でそのまま浮游させながら家に運んだため、
少年はまだまだ夢見心地で気持ちよさそうに寝息を立てている。
先程まで彼を蝕んでいた死の気配は、嘘のようになりをひそめていた。
「全く起きないし…このまま落としてもいいわよね…。」
部屋を汚されたくないため、(もちろん魔法ですぐに綺麗にはなるが)
そのまま浴場まで運び、お湯をためた湯舟に一気に落とすことにする。
人差し指を軽くふり、魔力を発動させる。
浴場から、お湯が溢れ出る音がするのを聞いてから、
そのまま少年をふわふわと運んでいく。
(服は…とりあえずそのままでいいか。)
そして少年は、そのまま湯舟に叩き落とされた。
「!!!!?????」
湯船から大量のお湯が、飛沫をあげて流れ出る。
少年が、自分の身に何が起きたのかわからず、湯の中でもがくのを見ながら、優しく声をかけた。
「おはよう。気分はいかが?体に不具合はない?」
声がかかった瞬間、なんとか足が立つことを確認し、落ち着いた少年の体がビクリと跳ねる。
「誰だ!!!!!!!?????」
すごい形相で睨まれた。
「あら、威勢のいいこと。命の恩人よ。お話は綺麗になってからにしましょう。」
優しくにっこりと微笑んで、人差し指に魔力をこめた。
*
まだ理解が追いついていないのか、茫然としたままの少年を席につかせ、その正面に腰掛ける。
隅々まで洗い、シンプルだが洗い立てで綺麗な服を着せて、何なら髪も少し整えてやった。
抵抗は多少されたが、魔法の前では当然無力である。
「あらおまえ、割と綺麗な顔をしているのね。」
見違えた少年をまじまじと観察する。
短く切りそろえられた暗緑色の髪は、しっとりと輝きがあり、見開かれた灰色の瞳は大きい。
目鼻立ちがくっきりしており、中々の美形だ。
年のころは13歳くらいだろうか。
「ここは…どこだ?お前は…誰だ……?なんで俺はここにいる…?」
じろじろと注がれる視線におびえながらも、少年はゆっくりと口を開いた。
「声もいいわね。将来が楽しみだわ♪…まぁ当然の疑問よね。何をしていたか覚えているの?」
「……街で…、探し物をしていた。」
「??それはおかしいわね。あなたがいた場所には、街なんてなかったわよ?」
少年の瞳が一瞬揺れる。
「俺の記憶では…、街だった。探していたら、大きな音がして…、たくさんの瓦礫が降ってきたんだ。」
「ふーん。まぁよくわからないけど、どうでもいいわ。ここにいる理由は簡単よ。
私がおまえの命を救って連れてきたの。今日からおまえは私のものよ。」
何のことだと叫ばれるだろうか。
モノじゃないと反抗されるだろうか。
少年の反応をにやにやしながら見守っていた私の考えは、見事に打ち砕かれた。
「わかった。」
少年はそう一言だけ言うと、納得したように頷き、視線を私から部屋にうつし観察を始めた。
予想外の返答に少し驚き、少年を見つめてしまう。
少し大人びているが、特に変わったところのない普通の少年に見えるが、そうでもないのだろうか。
気を取り直して再び話しかける。
「やけにあっさりしてるのね。てっきりきゃんきゃん噛みつかれるのかと
思ったけれど。まぁ賢い子は好きよ。
私は魔女のエレイン。おまえの主人であり、命の責任者よ。」
エレインの言葉に少年は視線を戻した。
灰色の瞳にうつる私は、少年にとってどんな風なのだろう。
「おまえに望むことはただ一つ、私を退屈させないでちょうだい。
毎日毎日同じことの繰り返しでいい加減飽き飽きしていたの。
楽しみにしているわ。」
嘲笑うように、試すように言葉を落とす。
いまいち想像していた反応とは異なるが、まぁ所詮は人間。
そのうちおびえ、恐れ慄いて解放してくれと叫ぶだろう。
「わかった。具体的にはどうすればいい?」
「それは自分で考えて頂戴。私が指示したことをしてもらっても、何一つ面白くもおかしくもないもの。
あぁそうだ。おまえ、家族はいるの?」
家族がいるなら、最後に一度会わせてやってもいい。
ただでさえ辛い別離だ。なんの準備もしないのは辛すぎる。そう思っての言葉だったのだが。
「家族はいない。…いや、正確にはいるが、どこにいるのかもう知らない。」
返ってきた言葉は、また予想とは異なるものだった。
が、詳しく聞く気もないので、次の質問へとうつる。
「あら、そうなの。じゃぁ、魔女についてはどのくらいご存じ?」
「…人間を騙し、喰らい、あらゆる天災を起こし、国に災いをもたらす存在とだけ。
幼いころに読み聞かされた絵本なんかの知識しかない。」
「この国については?」
「王様が納めている、ということだけ。」
他にも二、三この国について聞いてみたが、あまり詳しい回答は得られなかった。
どうやら教養はそこまでないらしい。
「わかったわ。とりあえず、まずはお勉強ね。」
私のそばに侍るのだから、賢くいてもらわなくては困る。
これからどう育てていくか想像しながら、エレインはにんまりと笑みをこぼした。
楽しんでいただければ幸いです。