Knocker’s #3「リスの訴え」
サミュエルのマンションを出てすぐにマグノリアの元へ急ぐ。
自分の役割を放棄したいわけではないけど、良心がぐらつく。サミュエルの「怖気付くな」という言葉が頭の中を何度も巡っていた。
バスを降りて住宅地を抜け、道を挟んだ向こうに住宅地ほどではないが小さな家の集まりがある。そのうち1軒がマグノリアの家だ。
古びた木材や錆びた釘で打たれた家は今にも壊れそうだが、何故だか壊れない。玄関付近には砂がこびりついた浮き輪や色褪せたサーフボードが立てかけてあった。
錆びたライオンが咥えている輪をドアに叩き付ける。
が、3分ほど待っても返事は帰ってこなかった。
「…マグノリア?いないの?」
もう一度強くノッカーを鳴らす。普段はこんなに強く鳴らさなくても、足早にマグノリアがドアを開けてくれていたはず。
汚れを軽くはらい、耳をドアに当てると微かに呻き声が聞こえた。
「マグノリア!!!」
近所迷惑も気にせずに叫んだのも、ドアを蹴破ったのも人生で初めてだった。慌ててバックパックから護身用のリボルバーを掴み、ハンマーを起こす。前方に銃口を向けながら、いつも取引をしているリビングへ飛び込んだ。
カウンターキッチンとリビングに挟まれたスペースに、倒れて顔をしわくちゃにして苦しむマグノリアの姿があった。すぐにリボルバーを置き、マグノリアに駆け寄る。
「マグノリア!!しっかり!!」
彼の両肩を抱いて、自分の膝に沿わせる。左の脇腹を必死に抑えつけており、その指の隙間から血の線がいくつも垂れ下がっていた。苦しそうに両肩で息をし、固く閉じた瞼を懸命に上げて僕をとらえる。
「ベス…ここにいたら危ない」
「何があったの?誰がやった!?」
左手で彼と一緒に彼の脇腹を押さえる。すぐに血で滑り落ちそうになった。もう片方の手で携帯電話を取り出し、レスキューを呼ぶ準備をする。
「救急車は呼ぶな!じいちゃんに迷惑がかかんだよ!」
「でも…血が全然止まってない!」
番号を変え、サミュエルのプライベート番号を入力する。
姉の応答を待っている間、大きく深呼吸を繰り返しながらマグノリアは口を開いた。
「お前の鎌を見繕うために…冥土から使いを呼んだんだ…けど、おかしかった…悪魔の気配じゃなかった、だから構えたんだけど…遅かった」
「悪魔じゃない?じゃあ何だったの?」
マグノリアの額から汗が止まらない。段々と必死に空気を吸うようになってきた。携帯電話からは姉の呼びかける声がする。
「天使…」
彼はそこまでつぶやいて、一気に気を失ってしまった。
「冥土の使いだってのに、悪魔じゃなくて天使が来た…か」
サミュエルはソファの背もたれに腰かけながら考え込む。
メガロドンはマグノリアに丁寧な処置を施すと、抱きかかえてソファに横たえさせた。未だに意識は戻っていない。ブランケットをそっと胸までかけてやると、彼はどうにもやるせない表情を見せる。そのまま口を開く。
「市警から協力要請があった事件のことなんだが、人間の他にも悪魔が消滅させられたであろう痕跡を見つけた。フロストフェローやスカーレットフォレストをうろついているハンター達に確認を取ったが、今のところ近辺で悪魔を消滅させた情報はない…これは推測だけど、マグノリアを襲ったのも、マグノリアが呼び出した悪魔を襲ったのも同じ天使だろう」
「その可能性はあるわね…メグ、この家の周囲の動物に聞き込みをしてきてくれない?」
メガロドンは人間だけど、動物を仕えたり会話をすることが出来る。先天的なものか後天的なものかは本人も知らされておらず、物心ついたころからできていたそうだ。
彼は「わかった」というと、心配そうにマグノリアを見ながら外へ向かった。
僕もマグノリアを見つめていた。
「…友達を殺されかけたんだもの。あんたの気持ちはわかる。でも、」
「僕は何もできないって言いたいの?」
サミュエルは天を見上げる。面倒事が起きるといつもそう。
「父さんなら、サミーに任せとけって言うと思わない?」
「思わない。父さんなら…」
床の血痕と自分の服の袖を見る。僕がやったみたいに真っ赤。
「父さんは『友達は大切にしろ』って言ってた」
僕の言葉を聞いてサミュエルは吹き出す。男の人みたいに大口を開けて笑った。
「あんたが死神を選んだ理由ね、あたしはまだわかんないの。あたしはいつだって安全な方を選んでる。何故って、父さんがそうしろってあたしに言い続けてたから…自然とそういう選択をするようになったの。でも、父さんはあたしとあんたで話の内容を変えてるみたいね。まるで…」
柔らかい笑みを僕に向け、彼女は足を組んだ。
子どもの頃の記憶がよみがえる。怪我をして泣きじゃくる僕に、困ったように笑いながら駆け寄ってきてくれる小さなサミュエル。その背後には、大口を開けて笑う父さんの姿があった。
まだ歩き始めたばかりの僕を抱き上げて、母親みたいに僕のおでこにそっとキスする父さん。
「ベスがサミュエルを守るように仕向けてるみたい」
メガロドンが部屋の中へ戻ってきた。太い人差し指に、一匹の赤ちゃんリスをのせて。
「この家に子どもが入っていったのを見たそうだ。掠れた緑色の髪をツインテールにした子ども。黄色い服にスカートをはいてたって」
「やったわね、リスちゃん」
サミュエルがリスの下顎を指でくすぐると、リスは怒って歯を向けてきた。バツが悪そう。
「…メグ、提案があるの。今回の事件はあたしとベスに任せてくれない?」
「サムとベスに?」
メガロドンはサミュエルと僕、マグノリアを順番に見やる。最後に赤ちゃんリス。リスはメガロドンの指から降りると、マグノリアの鼻先にとまり小さな声で鳴いた。
サミュエルを見て小さく首を横に振る。彼女の手に自分の手を重ね、子犬のような瞳で訴えている。
「ベスも耐えていられないの。仕事仲間を奪われそうになってね。ベスに知りたいことが出来たのも理由の一つ。だから…」
彼は諦めたようにサミュエルを見るのをやめ、今度は僕を見た。
「マグノリアをお願い」
メガロドンは大きくため息をつくと、サミュエルに向き直った。子リスはメガロドンの手の中へと戻っていく。リスもまた僕と同意見のようだ。
「気を付けて」
彼は何か言いたげだったけど、息を止めるようにしていた。




