Knocker’s #2「サムとメグ」
姉さんの家は僕の住んでいる地域から6つほど離れた「フロストフェロー」という都会の中にある。
都会の中と言っても、華やかな場所からは少し離れた住宅地で、いかにも流行好きな姉さんが好みそうな場所だ。そこで、いかにも田舎が好きそうな仕事仲間兼恋人と暮らしている。
ベージュと黒を基調としたマンションの4階。
僕が叩くドアに書かれている名前は「ドゥ」さん。僕達姉弟には苗字がない。父さんが死ぬまで違和感すら抱かなかったが、両親の苗字も知らないまま両親を亡くした。
姉さんは父さんが死んで以降、生きるために必死で。フロストフェローの市役所へ駆け込み、そこで両親を亡くしたホームレスの子どもとして新しく「ドゥ」という苗字をもらった。
「…どちらさん?」
「僕だよ。ベス」
ドアの向こうにいたのは白人の女性ではなく、白人の大男。
ドスの効いた声だけど、その実は姉さんよりも気が弱く、平和主義で、小動物が大好きな恥ずかしがり屋。
「久しぶり、ベス、会いたかったよ…」
「こんにちは、メガロドン。急に来てごめん、姉さんに話があるんだ。姉さんにも連絡はしてない」
「そうか、とりあえず入って。サムは今シャワーを浴びてるんだ」
リビングに入り、真っ白なソファに座って姉さんを待っていると、メガロドンがその身に似つかわしくない可愛いティーカップに紅茶を入れて持ってきた。
取っ手を大切そうに指でつまみ、もう片方の手の指3本にソーサーを乗せながら。いつもそのギャップに笑いを堪えるのに精一杯。
「紅茶…朝から紅茶はおかしかったか?」
「ううん、そんなことない、紅茶は好きなんだ。ありがとう」
フードを深くかぶり、安心したように笑うメガロドンは、スキンヘッドの大男のくせして中々可愛いところがある。
「メグー!紅茶の香りがするけど、あたしのぶんのコーヒーも淹れておいてー!」
廊下からバタバタと喧しい音が聞こえると思ったら、全裸にタオル一枚の姉さんが僕を見て驚いていた。
恋人のだらしない姿に、メガロドンは少したじたじする。
「あー…サム、ベスが来ている…」
「言うのおっそーい!」
姉さんが両腕を振り上げて怒った瞬間、バスタオルは地を這った。
「んんっ…悪いわね、ベス。だらしないとこ見せちゃったわ」
「ううん、僕こそ何も言わずに来てごめんねサミュエル。次からは気を付けるよ」
姉のサミュエルに会うのは久しぶりだし、前髪を編み込んでいない姿を見るのはもっと久しぶりだった。
隣でたじたじするメガロドンにイラついたのか、サミュエルは彼のフードを激しくおろす。スキンヘッドにおぞましい量の血管が浮き出て、今にも破裂しそうだった。メガロドンのコンプレックスだが、サミュエルはそれを隠そうとする彼があまり好きじゃない。
メガロドンは恥ずかしそうに視線をずらす。彼を横目に、サミュエルは僕に向き直った。
「で?どうしたの?」
「えっと…仕事で使う鎌が寿命が来ちゃったみたいで、使えなくなったんだ」
「なぁんだそういうこと?仕事仲間のマグノリアに見捨てられちゃったわけ?」
彼の名前を聞いて、胸がぎくりと動く。
「いや、彼は…新しい鎌を調達するために手配はしてくれているんだけど」
「じゃあいいんじゃない?鎌を持たない死神なんて、父さんみたいだわ」
「ただ…鎌の為に人が犠牲になるかもしれないと思うと気が進まないんだ」
サミュエルは目を丸くして僕の頭のてっぺんを見つめる。大目玉を食らう前触れだ。
「な…にみみっちいこと言ってんの、あんた!」
「サム、落ち着いて、ベスにも言い分が」
あわててサミュエルを止めたメガロドンだったが、彼女に肩を押し返されるとすぐに丸くなってしまった。僕より男気がないと思う…
「変なところ放棄するとか言わないでよ?!父さんも言ってたじゃない、あんたには素質がないって!死神よりも、人外として隠れて暮らす方がいいって!それを無視してマグノリアと死神として組んだのはあんたでしょ!」
「待ってサミュエル、僕死神をやめるなんて言ってない!」
身を乗り出すあまり、両肩をメガロドンに抑えつけられている。
完全な死神として生まれたわけではない僕らには、人外から見れば沢山の道を用意されていた。
死神として自分の寿命を迎えるまで魂を導き続けるか、
人間より優れていて、死神よりも劣る人外としてひっそりと暮らすか。
前者を選べば後者に戻ることはできない。
僕は父さんの汚名を払いたくて、サミュエルとは別の道を選んだ。サミュエルは家族を失った悲しみから逃れ両親が掴めなかった幸せを掴むために僕とは別の道を選んだ。
僕は死神を選び、サミュエルは人外を選んだ。それだけのこと。
「父さんはあんな感じだったけど、鎌を持って死神をしてたでしょ?優しすぎて『役立たず』なんて言われる父さんが、望まない魂の鎌を使うと思う?」
「それは…それは、そうね、確かに…考えにくいわね」
注目を集めるようにメガロドンが咳払いをする。
「逆に、死神の鎌になることを望む鎌があるってことかな」
「聞いたことないわ、そんなの…あんたが使ってた鎌も元はネズミでしょ?動物にそんなこと考えられるのかしら…人間だったら尚更よね」
ティーカップの匂いにつられて、紅茶を一口飲む。彼が入れる紅茶はどこか懐かしくて自然の香りがする。
「…人間でも動物でもない魂の鎌ってのは?」
メガロドンが頭の血管をさすりながら言う。
「動物達から聞いたことがある。天使や悪魔や、幽霊なんかは姿を変えることが出来るものもいるって。じゃあ、鎌の姿にだってなれるんじゃないか?魂を導く時は鎌になって、そうでない時は人の姿を保って過ごす。これならベスの心労も減るんじゃないかな」
「すごい…それだ!僕と契約してくれて、かつ姿を変えることが出来る上級の天使か悪魔を探せばいいんだ!」
僕の晴れ晴れとした気分とは裏腹に、サミュエルは大きなため息をついた。
「あんたら、考えが甘いわね。初対面で、自分より格上の死神に恐れもせずに従う悪魔天使がそこら辺にいたことある?そもそもこの世に住み着く悪魔天使なんて、ロクなのがいないでしょ。あたしに入って来る依頼のほとんどが悪さしてる悪魔天使だの幽霊だのの退治だってのに」
食卓テーブルの上に並べて置かれた携帯電話の内一つが着信音を奏で始めた。メガロドンが重い腰を上げ、携帯電話の着信に答える。何やら仕事の電話のようだ。
「…あんたがどうして居づらい世界に自分から入っていったかは知らないけど、父さんの二の舞はやめてよね。導いた後の魂は、良い方向にしか進まないのよ。怖気付く気持ちはわからないでもないけど…考えすぎはよくないわ」
サミュエルは何もわかってない。僕とは明らかに何かが違う。
「あたし、これ以上家族を失いたくないわ」
そう思っていたい。
メガロドンが電話を終えて戻ってきた。取っていたメモをサミュエルへ渡す。
「市警から、極秘裏に調査協力依頼。どうも人がやったとは思えない、未解決事件が野放しになってしまっているみたい。報酬は能力を見て決定だと」
「市警からなら、ハズレだったとして報酬はでかいはずよ、ありがとメグ」
当たり前のように目の前で恋人同士のキスをして見せる2人。
しばらくうっとりとお互いを見つめた後、僕を見る。
「ごめん、クセなの」
ここに来た収穫と言えば、2人がうまくやれてるって確認できたことぐらい…




