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決死行   

 橋の下に降りると、匂いの違いを感じた。

 血の臭いは、充満している。

 汗やほこり、恐怖の香りも満ちている。けれど、それとは違う、懐かしい匂いを感じる。微かな粒子として鼻から、肌から、全身から取り込まれることが感じられる。


「マナ……」


 うっすらとだが、空気中に魔力の源となる元素が漂っている。

 意識を集中して、手のひらに力を集めると、ほんのりと温かくなる感覚。そして、手の表面に薄い塗膜をまとったような感覚が広がってくる。


「ありがたい話だね~」


 深い呼吸とともに、魔素を全身で取り込んでいく。


 ……力がみなぎる。




 橋の下には、広場からの騎馬の直進を防いでくれていた移動販売車とトラックが止まっている。まだオープンの準備中だったために、何台かの車はエンジンがかかったままになっていたり、鍵がついたままの車もある。

 そのうちの1台にガソリンを入れたポリタンクを積み込む。

 友兼は、その車とは別のトラックに乗り込んだ。


「そろそろ、行くよ~」


「漢字が違うんですね。きっと”逝くよ”」


「緊張感無い奴……。さっさと戻れ!」


 ポリタンクを車に放り込んだ安藤は、一つ頭を下げると、太い体を揺らしながら、橋の方へ戻っていく。


「準備完了しました。続きます!」


「命大事にね~」


 友兼は、2台の移動販売車に乗り込んだ警官の声を聴きつつ、アクセルを踏み込んだ。




「車で、あいつらの前にバリケードを作る」


 橋の上で、友兼は集まった警官たちに説明した。

 決死隊の作戦は単純。

 歩兵が到着前に、その進行ルート上を車で塞いでしまう。そして、燃やす。

 具体的には、2台の移動販売車が先にせき止め、積んだポリタンクのガソリンに火炎瓶で火をつける。その後ろから、動かせるだけの車を並べてバリケードを築く。

 問題は、タイミング次第で歩兵の長槍に突っ込むことになる。火炎瓶による延焼の危険性。衝突の危険性。そして、歩兵の突撃や弓などによる攻撃。


「そのために、1台、兵隊たちの中に突撃させる」


 相手を混乱させることにより、バリケードとなる車への攻撃を防ぐ。ただし、その1台は、決死以上の必死未満の特攻。兵たちの集団を薙ぎ払い、駆け抜けることができれば命を拾うだろう。どれだけいるかわからない鎧姿の兵士から、槍や剣を叩きつけられ、弓を射かけられても車体が無事ならば。タイヤや駆動に異常を生じず、スタックしたり、段差に足元をとられず、運転できれば。


 そんな幸運があるのかは、神のみぞ知るだけれど。


「というわけで、あなたたち2人は、あの2台へ。エンジンはかかったままみたいですから、1台にガソリンを載せて、火炎瓶の用意も頼みます。

 他の方は、あの2台を動かせるように援護して、動かせる車があれば、追走願います」


 決死隊の話に手を挙げた警官たち。橋の上にいたすべての警官が、大きくうなずく。


「では、最初に飛びこむトラックは、ボクが運転しますので作戦開始と行きましょう」


「え!?」


 友兼は、当然とばかりに背を向けて、広場に向かおうとする。


「いや、待ってください! ここは、私たちが!」


「民間の方に、そんなことさせられません!」


 まだ若い警官たちが、口々に、そんな友兼を制止しようとする。


「まあまあ、議員なんて一人いなくても困らないけど、今、あなたたちには、あの建物に逃げている人たちを避難させる仕事があるんですから。あんな武装した連中から人を守る手段なんて、ボクは知りませんから。あとは宜しくお願いします」


「し、しかし……」


「それに、考えがあります!」


「考え?」


「ボクは魔法使いなのでね!」


 ニヤリと笑い、友兼は、指の先に炎を灯す、人差し指、中指、薬指と順次、火をつけて見せ、ぐっと芝居かがった動作で、手を握りしめると眩い光を一瞬閃かせる。


(……あ、受けなかったか)


 ぽかーんとする若い警官たちの様子に、頬が熱くなる。

 なので、ごまかすように秘書を呼び、ついてくるように言うと、橋の下に止まるトラックに向けて駆けだした。



 久しぶりに乗った、MT車のクラッチをつなぎ、アクセルを踏みしめる。荷物が積載された4tトラックの出足は重い。けれども、その自重が衝突時の衝撃になり、突破力に結びつく。交通事故や、またパリでテロに使われた実績も鑑みれば、車をコントロールできれば、中世風の武装した一団であったとしても大きなダメージを与えられるだろう。

 友兼の目は、100メートルほど先で長槍を上に向け、整然とした足取りで歩を進める兵士たちを見つめている。

 サイドミラーに目をやると、移動販売車が2台動き始めている。


「よしよし、ついておいで」


 速度が上がり、2速にギアを切り替える。

 整然としていた兵たちの間に、正面から見たこともない巨大な物体がうなりをあげて向かってくるのに気づき、動揺が走る。歩みが乱れ、前列の一部の兵士が右往左往し始め、その後方では怒声が飛び交い始める。けれど、それでも、最前列の兵士たちは、掲げていた槍を降ろし槍衾を作ろうとする。

 長槍の穂先が太陽光を反射して、キラキラと光った。


「刺さったら痛そう~」


 アクセルを踏み込み、エンジンが大きな音を立てるのを聞き、3速にギアを入れる。

 ぐんぐん距離が狭まり、兵士たちの表情もはっきりと見てとれる。歯を食いしばる者もいれば、きょろきょろと逃げ場を探す者もいる。そして、多くは気合を入れるため鬨の声を上げる。


『ウララァァァ』


 槍先が1メートルまで迫ったところで、友兼はハンドルを切る。


「いっけえ~」


 できるだけ槍がまっすぐに刺さらないように、車体に横方向の力を加える。

 ガツン! ガツン! ドン! ゴン! ゴン!

 槍の突き立つ音、人を跳ね飛ばす音、そして、悲鳴がほとばしる。

 槍が突きこまれフロントガラスにヒビが走る。槍の穂先が友兼の肩先を抉る。


「うおぉぉぉ」


 痛みをこらえ、直後、カウンターを当てながらハンドルを戻す。

 槍か、兵士の身体が当たったのか、サイドウィンドーが砕け飛ぶ。


『gyaaa!!』


『う、らあああ』


『くぁwせdrftgylp』


 悲鳴と車体の激しい振動を無視して、アクセルを更に踏む。

 兵士をはじき飛ばし、逃げ遅れた者をタイヤで踏みにじり、武器や鎧だったものやその持ち主を引きずりながら、ひたすらにトラックを走らせる。

 矢が射かけられ、ヒビの入ったフロントガラスが砕け散り、車体に、シートに、友兼の身体に突き立てられた。


(ぶ、武士道、とは……死ぬこととととって、痛ったああ……)


 友兼は、泣きながらハンドルにしがみついた。


裏タイトル:ようやく主人公活躍?

『奇跡の価値は』にすべきだったかな?


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