(仮)後日談
大阪事変より、5か月後。
大阪地検刑事部部長室には、部長の木村のほか、3名の検察官が会議用のソファに座っている。
木村は、手にした書類をため息とともに閉じる。
「それで、結論は?」
書類をテーブルに投げるように置くと、木村は、部下二人を見ながら、低い声で問う。
向かいに座る3人の検事は、硬い顔のまま、口元に力を入れる。
「火炎瓶の作成については、起訴する方針です」
「それで?」
「トラックを暴走させて行った殺人罪については、被害者の特定、また証言がとれません」
「彼ら━━異国の兵士の言葉を、きちんと通訳できる人間が、友兼議員本人と未成年の2人だからな。厄介な話だ」
若い検事の苦々し気な発言に、部長はうなずきつつ応じる。
「火炎瓶も、トラックも過剰防衛です。できれば、起訴したいのですが、警察官からの証言も、正当防衛を主張する者の方が多い状況です」
「警察官も救われて、仲間意識があるからな。で、本人からの調書は、その後取れたのか?」
「……いえ。友兼議員は、『信念として、すべて裁判所で一切を説明する。検察は、私の話に惑わされず、証拠を集めてください』と言って証言を拒否しています。また、国会会期中ですので、逮捕も出来ません。任意の出頭を願う事しかできないのが、現状です」
「マスコミを使って焚きつけては? 証言拒否してるって言って」
「……友人の記者に話を振ってみましたが、記事にするのはいいが、友兼議員については未だに話題が多すぎて、出頭を促すほどに反応が出るとは思えないって話です」
「ふむ……だろうな……」」
木村は、テーブルに置いたファイルを数枚めくり、友兼の履歴の書かれた用紙を表にする。そして、トントンの指先で友兼の写真を軽く叩く。
「法務省の方からな……毎日、質問が来る」
部長の発言に、若い検事が息をのむ。
「圧力ですか?」
「直接は言ってこんよ。まあ、『これほどに上は気にしてる。そこのところを忖度しろ』 ってことだろうがな」
「……腹立ちますね」
3人の中でも、一番若い検事がつい声にしてしまい、はっとして口もとに手をやる。
その様子に年かさの男が、軽く笑みを見せる。
「世間も注目していますからね。自分の命も顧みず、あれだけの功績を出した。なのに、その結果、犯罪になるのであれば、誰も人助けなどしなくなるという意見もわかる。けれど、そのせいで法を曲げるのは、オレたちの仕事じゃない」
年かさの男。最上《もがみ》主任の言葉に、若い二人がうなずく。
「理想はそうだ……だが、火炎瓶以外は、公判維持が出来ない。起訴猶予が妥当であると、オレは思います」
部長は、最上の言葉に首を縦に振る。
「火炎瓶だけでは、有罪を得られたとしても、執行猶予だな。……だが、あと1週間ある。立件可能な余罪について、改めて調査しろ」
「はい」
「それで、神使の方は?」
木村は、テーブルの書類から白い髪の少女の写真が入ったファイルを取り出しつつ、中年の検察官に尋ねた。
テレビ画面には、独特な解説で有名な池下という元アナウンサーが司会をする解説番組が流れている。テーマは、大阪事変について。
「というわけで、魔法については、まだどのような仕組みで使うことが出来るのか判明していないわけですが、使えたとしても、人により才能があります」
「あの氷山みたいなのも魔法によるものなんですよね?」
「そうです。ただ、神使と呼ばれる者によって魔法が使われています。人間で、あのクラスの魔法を使う事は、ほぼ出来ないそうです」
司会者の言葉に、パネラーたちがホッとしたような言葉をそれぞれ発し、スタジオがざわめく。その中で、一人が手を上げる。
「それで、あの、その時に、たくさんの人が亡くなられている、と思うんですが……」
「ええ、死者行方不明あわせて10万人と言われていますね」
改めて、スタジオ内が悲鳴のようなざわめきに包まれる。
「それで、その子……写真を見たんですが、小さい子みたいでしたが。罪には問われるんでしょうか?」
「いい質問ですね」
司会者は、その質問に指を立て、用意されたフリッブを指し示す。
「神使が、殺人罪に問われるのか? という点を考えてみましょう」
「はい」
「少し難しい話になりますが、犯罪には、構成要件というものがあります。殺人罪では「人」を「殺す」ということが構成要件です。そして、殺人とは、殺意をもって他人の生命を絶つということです」
「……」
「ただ、この事件当時、神使は、王国軍の指揮官に命じられて魔法を行使しています。戦争であれば、また別の問題が生じるのですが、政府は国内での事件であり戦争ではないという立場です。ですので、神使が殺意を持っていたかどうかが殺人罪の要件となります」
「殺意の確認、って難しくないですか?」
「ええ、難しいです。操られていたと言っても、ずっと共に過ごしていますので、ストックホルム症候群のような状態にあった可能性もありますし、まず、日本語が通じませんので、その辺りを詳<つまび>らかにする事からして難しい」
「あ、あと見た目からすると、子供ですよね?」
「そうですね。実際の年齢は明らかになっていませんが、少年法の範囲かもしれませんし、14才未満であれば、刑罰を与えることは元々出来ません」
「へえ~」
「加えて、別の問題があります」
「どんな?」
「彼女が、人間なのかどうか、という事です」
「人間じゃないんですか!?」
「最初に申し上げたように、神使と呼ばれる存在です。人ではない存在と言われています」
「人じゃない場合は?」
「さて、そこが問題です」
司会者は、パネルを一枚めくる。
フリップには、宇宙人とUFO、そして、UFOにさらわれる人の様子が描かれている。
「みなさんは、宇宙人が地球人を誘拐した場合、どのような罪になると思いますか?」
「え?」
「……やっぱり、誘拐罪?」
司会者は、パネラーたちの反応に何度もうなずき、別の質問をする。
「では、逆に、地球人が宇宙人を殺してしまった場合は、どのような罪に問われると思いますか?」
「それは、やっぱり……殺人罪?」
「殺人なのか? 殺宇宙人罪?」
「語呂悪ぅ~」
一人のツッコミに、小さく笑いが起こる。
「殺宇宙人罪は、今のところ有りませんね~」
その笑い声に笑みを見せながら、司会者は、フリップを更に一枚用意する。
「どちらも、罪に問われません」
「ええ~!」
「先ほど、殺宇宙人罪とおっしゃられましたけれど、そう人ではありません。なので、殺人罪の構成要件の「人」では無いわけです。そのため、宇宙人を殺しても、罪には問われません。逆に、宇宙人による犯罪も裁くことが出来ません。人ではありませんので」
「池下さん。では、この神使の場合も同じという事ですか?」
「そのような存在━━宇宙人と同様の存在であれば、罪は問えないということです。ただし、神使が指揮官の所有物であった場合は、管理者責任が所有者に問われることになります」
「今から、新しい法律は作れないんですか? こんなに被害者が出ているわけで?」
「う~ん。基本、法律は遡及しませんので、その法律が作られる前の行為については裁かれない、ということになると思いますよ」
「俺は納得いかないな!」
「でも、あんな小さな子ですよ」
「それに操られていたっていうし」
ご意見番のような老俳優の言葉に、パネラーたちが好き勝手に喋り出した。
司会者は、その意見を聞く役に回り、そこで番組はCMに入った。
ご無沙汰して、すみません。
本文の続きが書けていないので、後日談の一部です。
友兼や神使が犯罪に問われるのかについてのお話。
本編に影響しませんし、硬いお話ですが、ここまで読んで頂いた方なら好きそうかな~? と。
あ、あと本文で友兼とかが亡くなったら、この文章は削除の方向で!
コロナによる非常事態宣言解除により、忙しくなってしまい、6月頭から、2か月弱ぶりに戻ってまいりました。
他の物語も書きたいので、頑張って、このお話を書き上げますね……て、久しぶりに書くと書き方忘れてもうてる……。