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アンネリース

 ローベルトは、目を閉じ、その時が来るのを待った。

 

 ……。


 痛みも感じず、あたりの喧騒も徐々に静かになっていく。

 目を開けてみる。

 視界いっぱいに金色の輝きが飛び込んでくる。金色の輝きを放つ鎧に、長く風に揺れる黄金色の髪。


『アンネリースさま……』


 ローベルトの身をかばうように立つ王女。

 バサラは、一歩身を引くと、剣を地に置き、膝をつく。


『バサラ、何のつもりです?』


 静かな感情の混じらない声が、王女の声から紡がれる。


『すべては、聖王国の未来の為』


『説明を、聞かせて頂けるかしら?』


『この遠征軍の目的は、聖王国討伐。攻められた相手方には罪は無く、逆に、この遠征軍さえ壊滅させうる力を持ちます。まずは、相手国、並びに帝国との交渉が先決。

 されど、ローベルト閣下は、己の功名心の為、無謀な戦いにより兵に、また聖王国に危害を及ぼしております。

 いえ、相手国━━二ホン国と戦うは、聖王国を危急存亡の秋に追いやる所業』


 アンネリースは、考えるように青い瞳を瞼でとざす。


『それは、私も恐れています』


 憂うようなため息を一つこぼし、アンネリースは微笑みを保つ美しい将軍を見上げる。


『ありがとうございます、アンネリース様。では、そこをお退きいただけませんか、殿下?』


『論理は正しかろうと、手段に問題があります』


 見るたびに心ときめかせた将軍を、アンネリースは、静かな表情のまま睨み据える。


上下定分の理じょうげていぶんのことわりを知りなさい。バサラ』


『……』


『大義のための行いであったとして、すべての手段が正当化されるわけではありません』


 バサラは、うっすらと笑みを顔に張り付かせたまま、王女を見上げる。


『殿下のためでもございます』


『あなたが、私を推していただいていることは知っています。それでも、いえ、だからこそ、このような暴挙は望みません。聖王国軍の内部で争うなど、許しません!』


 顔色を一切変えず、少女は言い切る。

 二人の間に沈黙が流れ、周りの兵士たち戦いを止め、行く末を見守る。


『殿下、バサラのすることをただ黙ってみておられれば良いものを……』


 沈黙を破ったのは、ローベルト。


『……さすれば、第一王女派筆頭の我が失態を犯し、あなた方第二王女派が功をなす絶好の機会━━王位へも近づきましょうものを』


 尻もちをついたまま二人のやり取りを聞いていたローベルトは、立ち上がり、土に汚れたマントを払う。


『私は、功など、ましてや、王位など望んでおりません』


 背後で立ち上がるローベルトへ軽く視線を流し、アンネリースは、懐刀を抜く。


『聖王国の者同士で争うさまを見るくらいならば……』


 アンネリースは、抜き放った薄い刃の先を喉へ向けて両手で持つ。


『下がりなさい。バサラ。そして、ローベルトも、指揮権を手放し謹慎すると誓いなさい』


『……』


『……ふむ』


 その決意に、バサラは目を細め、ローベルトは髭に手をやり、唸る。


『私が直接指揮を執ります』


 淡々とした王女は宣言する。


『仰せのままに』


 バサラは、一度頭を下げると、地に置いた剣を鞘に納める。


『ローベルト?』


 ジャリッ、と砂を鳴らし、ローベルトがアンネリースの背に近づく。

 そして、そのまま後ろから覆いかぶさるように、王女の身体を抱え、右手で白く細い指を上から握りしめる。


『グ……!?』


 喉に押し付けられていた刃先が、グイっと差し込まれる。

 刃を血が伝う。


『で、殿下!!』


 兵士たちが叫ぶ。

 短刀を握った王女の手を掴んだまま、切っ先を突きこんだローベルトが酷薄な笑みを浮かべる。


『どちらにしろ。我から指揮権を奪うつもりではないか! 主従そろって下手な役者よ!』


『か……かは……』


 王女の口から血の塊が零れる。

 気管が塞がれ、王女の呼吸が止まる。


『下がれ、バサラ!』


 王女を抱きかかえたまま、ローベルトは、後ずさりしていく。


『早く手当をせぬと、王女殿下が息絶えるぞ!』


『みな、天守閣への道を開けてあげなさい』


 ローベルトの怒鳴り声に対し、静かにバサラは兵士に指示する。ザっと音を立てて兵士が移動し、天守閣への道が開ける。


『誰か、シューベルトの手当てを。連れてまいれ』


 ローベルトの命令に、とどめの手を止めていた勇者の前から、倒れ伏していた老騎士が運ばれてくる。


『かっ……は……』


 刃を突きこまれたままの王女の顔が青ざめ、目が虚ろになる。胸元をかきむしろうとする左手が宙を泳ぐ。


『許さんぞ、バサラ……』


 最後に、ローベルトはバサラをにらみつけ、天守閣へと消えていった。


『……さてさて』


 バサラは、ローベルトたちが天守閣の中に消えていくのを見送り、指先で頬を叩く。


『男の子の気持ちはよくわかるんだけど、女の子の気持ちは難しいわね。……アンネリース、あんなにおバカな子とは思わなかったわ』


 口の中でつぶやき、心配そうな顔で集まる真宮寺や部下たちを見渡す。


『ローベルトめ、なんという不敬な!!』


『王女殿下に対し、ありえぬ所業!』


『将軍、どうなさいます?』


 バサラは、天守閣を見上げると、ポツリとつぶやく。


『ま、傷痕がのこらなければいいけれど……』


『閣下?』


 呼びかけに、いつもの微笑をたたえた顔で部下たちを振り返る。


『真宮寺? 兵500を率いて、大手門と天守閣の間を守ってくれる? もしローベルトを奪還に来る部下がいた場合、防いでほしいの?』


『了解です!』


 勇者は、バサラに頼まれると、即座に南に向けて走り出す。


『マルタンは、この場に残りなさい。後の者は私についていらっしゃい。予備隊の第4軍、輜重隊の第5軍を抑えるわ。祐筆は傍へ、口頭で伝えるから、移動しながら各指揮官への手紙の準備をしなさいな。トモカネへの連絡を……あら、真宮寺に電話を借りておくべきだったわね。魔道通信士を呼んで。事態を雛菊に伝えなさい!』


 バサラは指示を出しつつ、今一度、天守閣を見上げると、聖王国軍掌握のために歩き出した。





「せんせぇ! せんせぇ!」


 指令本部センターで、モニターに映る状況を眺めていた友兼は、部屋に飛び込んできた雛菊が、入口の扉から、事務机を飛び越え、10メートルを二歩で近づいてきた少女の突進を躱す。


「ぎゃっ!?」


 後ろで、椅子をひっくり返す雛菊の悲鳴が響く。


「せんせぇ、避けんでも……」


「いや、あの突進ぶりを見たらね……」


 人をはじき飛ばしながら、陣中から警察本部に戻って来た光景を思い出す。


「ちゃんと加減したよ~。まあ、エエけど。あ、バサラから連絡あったよ!」


 そう言い、天守閣で起こった事態を説明する。


「おお、バサラ将軍やったんだ……思い切ったことを……」


「聖王国の軍を出来るだけ、支配下に入れるって」


「うーん、詳しく話を聞きたいところだね。わかった。ありがとう」


 雛菊の頭を撫でて、友兼はお礼を言う。

 モニターには、1時間前と違い、自衛隊を表す緑の表示が大阪城公園の北西と南西に表示されている。聖王国軍の約半分が大手門を中心に集まり。残りが、北西の京橋口から西へと分布している。自衛隊は、それを包囲するように展開している。

 南西は、大手門内に聖王国軍を押し込められることが出来れば、そこで進軍を停止する。メインの戦場は、北西に移る。


「バサラが、軍を掌握できれば、戦わずに済むかもしれないけど……」


 できれば早く連絡を取りたい。


「ちょっと走って、携帯届けてこうか?」


 雛菊が気楽に言う。


「それもいいけど……下のケガ人は?」


「死にそうな人はやっつけ(・・・・)といたよ……そやけど」


 そこまで言った雛菊の眉が曇る。


「葵ちゃん?」


「……聖王国の人も死にかけてる人多いと思うんねん」


 これまで味方だった人たちだ。明るく振舞い、友兼や日本に協力してくれているが、心の中は複雑なのだろう。


「もうちょっと待ってね……向こうは、もう聖女じゃなくて、敵と見なしてるかもしれないから。安全の確認がとれたら、ね」


「うん、待っとく」


 雛菊は、仕方ないといったような感じで返事をする。

 あとは、バサラと自衛隊の頑張り次第。両者が、どれほど聖王国を抑え込めるか。

 ひと段落はつきそうだった。


「ま、帝国についても考えないといけないけどね……」


 戦いは、まだ前半戦。


とりあえず、起承転結の承部分、序破急の破くらいまで終了です。

しばらく執筆のため、更新停滞いたします。

ご迷惑をおかけいたします。

また更新の際には読んで頂ければ幸いです。

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