ミシェル・アステル
バサラは馬に乗り、4000の兵を率いて、大阪城公園内を進む。
隣では、真宮寺がスマホで友兼と会話している。そのスマホを、勇者は、バサラに向ける。
『はあい、ご無事そうで何より♪』
うなずいて受け取ると、バサラは明るい声を出す。
『そう……神使を確保したの、やるじゃないの。再会したら、チューしてあげるわ……なにか、失礼な反応ね。ミシェルなら、大喜びしてくれるのに。あ、ミシェルにも、よくやったって言っておいてね』
神使確保との言葉に、近くにいた側近が軽くざわめく。
『それで? ……聖王国軍の配置は、今はそんな感じに動いてるのね。ええ、ルーク━━ローベルトらしき一団、兵500ほど? が、天守閣に向かっている? へえ~』
バサラは、口元を楽し気に綻ばせ、ちょうどローター音を響かせながら上空に差し掛かったヘリという乗り物を見上げる。
『アンネリースさまにご報告かしらね。ご丁寧な事』
奇しくも、王女と同じ言葉をつぶやく。
『え、あたしはどこに居るか? 安心して、あたしの心はいつもあなたのそばに……って、そういうのは要らない? 残念。
アンネリース様のもとに向かうわ。神使を失い、兵にも損失、そして、目的と逸れた戦争。講和のタイミングでしょ? 名ばかりとは言え━━”玉”を頂くわ』
隣でその話を聞いている真宮寺が近づきつつある天守閣を見上げた。最上階に金色や白金の色をした鎧が光を反射しているのが目に入る。
『別に感謝されることではないわ。聖王国の被害も抑えられる。あたしの名声も高まる。ローベルトの評価はダダ下がり。あら素敵』
微笑み、バサラは、目を細める。
『あら、ミシェルに代わってくれるの。ええ、ありがと』
友兼が、ミシェルに電話を渡す。ミシェルは、飢えた獣が食べ物に飛びつくように奪い、バサラの声が聞こえてくるそれを掲げるように持つ。
『はい、バサラ様、ありがとうございます! はい、バサラ様こそ、さすがです! 素敵です、バサラ様! ああ、なんて神々しいお言葉、ミシェルは幸せ者です! はい……』
バサラのねぎらいとお褒めの言葉に、テンション高く応じて、頭を大きく上下させている。
しっぽが生えていたら、ブンブン振ってそうなその様子に、友兼は苦笑しつつ、席につく。
雛菊をロビーに残し、友兼は神使を抱えたまま、本部指令センター室へと総務部長とともに戻ってきていた。指令センターの職員たちの盛大な拍手と歓声の歓待をうけ、被害状況などを聞いた。自衛隊の進出状況、あわせて対戦車ヘリ部隊が聖王国空中機動戦力を駆逐し、制空権を確保している事と彼らが上空から確認している聖王国軍の動きなどを。
『何か飲む?』
友兼に、女性職員がコーヒーを持って来てくれたタイミングで、ミシェルと神使に聞いてみる。ミシェルは水を希望し、神使は、友兼の顔を見上げて首を振る。
『降りる?』
重くはないけど、ずっとしがみついたままなので聞いてみる。
やはり首を振るのみ。
『さて……このあと、この子どうしよう?』
調子に乗って、攫ってきたけれど……。
神使は、友兼を見上げると、コクンと首をかしげる。
……。
一時間ほど前、この場所で、クリストと雛菊に悪だくみと言って相談したことが思い出される。
『軍に対して混乱を巻き起こし、その隙に神使を無力化する、か』
「ええ、軍に対しては、ガソリン撒いて火をつけられないか、と考えてます。時間があれば、袋に入れて屋上から投げてもいいと思いますし、後で試しますが、先ほどお聞きしたクリストさんの亜空間収納に詰めて陣中に撒くとかね」
「……先生、ほんま火つけんのん好きやね~」
「やめて、そんな放火魔みたいに……」
『神使については先ほど申した通り、二つ方法がある。魔力を全部使わせて、その存在自体を消滅にまでもっていく。消滅せずとも、大きな魔法が使えぬ程度に弱らせるのが一つ』
「なかなか時間かかって、ボクが怖い目に遭いそうですけどね」
『ふむ、もう一つは、拘束を解く方法じゃの。言うたが、その後、どうなるかはわからんが、暴れたら暴れたで、混乱は起こすじゃろうの』
「問題は、どうやってシロちゃんのとこまで行くかやね?」
「ミシェルさんに頼もうと思ってる」
『ふむ?』
「バサラさんの陣から警察に来るときに、もしボクを脱出させたと味方に知られた場合、ミシェルさんのせいにするって言ってたんだ」
「ひどっ!」
「まあ、もしもの場合ね。秘密が漏れるとは限らないから……まあ、バレたらしいけど。真宮寺君からAINEで連絡来てた。だから、しばらく、ミシェルさんたちは、こちらに居るようにって」
「何してんの、バサラ……」
雛菊は、ミシェルの事を思い、頬を膨らませる。
「ミシェルさんに話したら、『バサラ様の礎となるなら本望です』って言ってたけどね」
「それはそれで、ムカつく」
「そこでだ。ミシェルさんは裏切ったと見せかけて、実は、バサラ将軍が日本と内通してる証拠を見つけましたー。司令官様、これが証拠ですー。お届けに上がりますー! という流れで、会えないかな?」
「……ローベルトの部下が会うて、終わりちゃう?」
「う~ん、そうなるかな?」
『いや……可能性はある』
「……?」
『もともとミシェルは、ローベルトのアーリンゲ公爵家に近い家柄。ミシェル自身も、騎士見習いとして仕えていたほどに近い。バサラと相談してみても良いかもしれんな』
「でも、そんな人がなんで、バサラの副官なん?」
『一度、ミシェルのアステル家は、公爵家の勘気をこうむり、没落した。そこを、バサラの家が援助しておる』
「ミシェルさん曰く、それもローベルトの策で、バサラのところにスパイとして送り込まれたらしいよ。今は、バサラ様一筋になってるけど」
「うっわー、ドロドロでイヤ」
雛菊は、心底嫌そうに顔をしかめた。
バサラは、電話を切り、真宮寺に返すと、初めて電話を使った時のことを思い返す。友兼から、神使無力化のために、ローベルトのもとへ行きたいのて協力してほしい、との話だった。
ミシェルをダシに使う作戦を聞いたとき、思わず、声を上げて高笑いしてしまった。
『面白い。面白いわ。ミシェルならば、無理に時間を作ってでもローベルトは会うわ!』
ミシェルが、ローベルトから埋伏の毒として送られてきたことは本人から聞いている。だから、ミシェルに切り捨ててほしいと泣きながら詫びられた時の記憶も鮮明に残っている。
『ミシェルは、奴の大のお気に入りよ』
(あたしのそばにいても、自分の事をミシェルは愛してやまないと信じている)
(あたしをライバル視するあまり、一つでも自分の方が優れていると思いたい……愚か者)
格好の人物をダシに使う方法を友兼は考えた。
(なかなか面白い)
友兼がミシェルに代わると言うので、待っていると、恐々《こわごわ》向こうの機械に触れている様子の声が聞こえてきて、おかしかった。
『ああ、愛しいミシェル、声を聴けてうれしいわ。……そう、ありがとう。ええ、友兼から聞いた? そう、お願いがあるの……えっ、命まで差し出してくれるの? いい子ね……』
(さあ、ミシェル、ローベルトの心を弄んでおいで)
解説回ですね。
友兼の悪だくみについての。