混乱と脱出と奪取
赤と黒の混じった炎が爆発的に広がり、轟音と共に、兵士たちを焼いた。一瞬の高温が、兵士たちを焼き、肌を焦がし、気管に熱傷を及ぼした。爆発の炎は、ほんの短い時間だったが、やけどと爆発の圧力が兵士を痛めつけ、服や装備に燃え移った火が広がる。
火が消えない兵士が、何人か水の張られた大阪城の掘りに飛び込む。
気管を焼かれた兵士が、胸をかきむしり、仲間に助けを求める。傷を負い、骨を砕かれた兵士たちが地面に転がり呻き、泣き叫ぶ。
生き残った兵士は、息のある仲間の手を引き、陣地へと引きずって下がろうとする。
被害を免れた兵士たちも後ろから駆け寄り、黒い煙が舞い上がる中で、息のある味方を探す。
『……なんて、魔法を使いやがる』
『おい生きてるぞ!』
ひどい火傷を負った兵士を二人がかりで搬送する。
『ツァィラー閣下! ツァィラー男爵閣下はいずこ!』
煤で真っ黒になった騎士が、動かない片足を引きずりながら、声を上げる。
兜についていた士官の房は根元が残るのみ。
『閣下を探せ! はやく!』
無事な兵士、後続の兵士に向けて、上司である現場指揮官を探すように命じる。
混乱は、爆発に巻き込まれたあちこちで起こっていた。
大気が赤く染まり、大地が激しく揺れた。
『な、なにが!』
吹き付ける爆風が、ローベルトたちのいる天幕を吹き飛ばす。
風自体は、雛菊の虹色の結界により遮られたが、その外では、砂埃や布や木の葉が激しく舞っている。
西の空を覆うように、黒煙が広く立ち上っている。
『ふーむ、まだ神使の魔力が身体に馴染まんな』
友兼が、コキコキと音をさせながら、首を回す。
『ま、まさか……』
側近の一人が、おびえたように腰を抜かす。
『神使は、王族にしか力を貸さんはず……』
ローベルトが、息をのむ。
『神使の魔力を、魔力の源とする方法はあろう? 大隧道をこの世界へとつないだように?』
友兼のゆったりとした芝居がかった話し方に、ローベルトたちはハッと息をのむ。
神使の魔力を用いることで、神話クラスの魔法を王国は使った。同じように、神使の魔力を引き出せるならば、どのような威力の魔術を使用することができるか。想像しただけで恐ろしくなる。
『さて、誰から砕け散りたい?』
『ひいぃぃぃ』
腰を抜かしていた男の悲鳴に、側近たちも腰を落としたり、頭を抱えてしゃがみ込む。唯一、老騎士だけは立ったまま、じりじりとローベルトを守る位置に立つ。
「葵ちゃん、返事はしなくていい。逃げるよ」
友兼は、頬を必要以上に釣り上げた笑顔のまま、雛菊に日本語で話しかける。動きづらい左手を上げ、抱きかかえた少女を支える。代わりに、右手は注意を引くように、掲げるように上にあげる。そして、ゆっくりと握りこぶしにして下ろしてくる。
「合図で走って。ミシェルさんを頼む」
雛菊は、黙ったまま左手を後ろに回し、Vサインをしてみせる。視界の端にそのサインを捉えつつ、魔王っぽい演技(友兼談)に戻る。
『想像してみるがいい。この小さな炎━━消えることの無い地獄の火炎が、ゆっくり身体を焼き尽くす様を』
クックックッとノドから笑い声を出し、目の前に下ろしてきた拳に力を込める。
シュッという小さな音とともに、5センチほどの炎が立ち上る。
『ヒィ!』
ローベルトを含め、老騎士以外が頭を抱えて小さくなる。
「今!」
友兼は、手にしたジッポライターをローベルトに向けて投げつける。
老騎士の剣が閃光を引いて走り、ライターは二つに切り裂かれる。瞬間、オイルが空に舞い、引火して小さな炎が老騎士の顔を炙る。
『む!』
その間に、友兼は走り出す。雛菊は、その一歩先を進み、ミシェルの首根っこを掴むと、その肩に担いだ。
老騎士も駆けだそうとするが、目の前に、虹色の壁が出現する。
逃げた二人を見れば、横顔を見せた雛菊が、目の下に指先を当て、あっかんべーをしている。
『若』
『……』
老騎士の呼びかけに、恐る恐るローベルトが顔を上げる。
『爺?』
『シューベルト卿?』
側近も顔を上げ、辺りをキョロキョロと見渡す。
『奴らは?』
『逃げました』
『は!?』
ローベルトたちはほこりを払い立ち上がると、老騎士の指さす先を見る。すでに、小さくなりつつある後ろ姿が煙の中に消えていく。
『な、なぜ……』
混乱に、口が自然と大きく開かれる。
『はったり……でございましょうな』
老騎士の答えに、ローベルトの目が吊り上がる。髪の毛が逆立つ。
『なぜ追わぬ、シューベルト!』
怒鳴られた老騎士は、眉一つ動かさず、剣で目の前の虹色の壁を数度切りつける。9度目の剣戟で虹色の壁がバリンと音を立てて崩れる。その後、足元を見る。軍靴が白く凍りつき、地面に縫い付けられている。
『……ばけもの《・・・・》のか?』
『ただの氷ではありませんので……神使さまのお力です』
答えつつ、7、8度剣で切りつけて、ようやく氷の束縛から解放される。
『ばけものが、あ奴に力を貸しておるのか?』
『そのようですな』
吊り上がったローベルの目が大きく見開かれる。
『な、なんと……』
『王家の血を引くもの以外に力を貸すとは……』
聞いていた側近たちも、改めて驚きの声を上げる。
天幕が無くなり、虹色のドームが消えことで、周りに控えていた兵士や参謀たちがローヘルの周りに集まって来る。
『閣下、ご無事でございますか?』
『何事でございましょうか!?』
ローベルトは、目を見開いたまま立ち尽くしていたが、呼びかけられてハッとする。
『じょ、じょうきょうは?』
『敵の集団詠唱魔法と思われます』
『前線指揮の、ツァィラー男爵が行方不明!』
『前線の兵士に死傷多数。混乱が起こっております』
『原因不明の爆発が頻発しております』
頭が混乱し、うまく情報が整理できないが、ローベルトは細かくうなずく。
『指揮官閣下に水を!』
老騎士が近侍に命じると、あわててローベルトに水をたたえた杯が用意される。
一口含み、ノドがカラカラになっていることに気づき、ひと息に飲み干す。
『所詮、最前線だけの被害だ!』
前線は混乱しているが、総兵力は3万を超える。力押しに捻り潰すことは出来る。
そう思い、前線に目をやると、小さな爆発がいくつも巻き起こり、爆発音と兵士の悲鳴が耳に届く。
『あれは……?』
『原因不明の爆発でございます。南の方より、何か飛んでくるようだとの兵の証言がありますが、蛮族の魔法ではないかと?』
『蛮族は魔法を使えぬのではないのか?』
口々に幕僚が疑問を述べる。
『閣下、ゾンネ男爵より魔道通信がございました!』
背後で、ローブをまとった魔導士が声を上げる。
『なんだ?』
『第1軍第5大隊先遣隊と蛮族兵と接敵。壊滅。橋を中心に防御陣を構築する、とのことでこざいます』
『壊滅?』
幕僚たちが報告に眉を寄せる。これまでの蛮族の戦いぶりからは想像できない言葉。
そこに砂塵にまみれた伝令が馬で駆けてくる。
『伝令! 伝令!』
参謀の一人が、伝令に駆け寄り、すぐにその伝令に肩を貸しつつ戻ってくる。
『どうした?』
『敵騎士団本部東側の道を南より、蛮族の別部隊が北上中』
『数は?』
『2~300くらいかと思われます』
『その程度叩き潰せ!』
伝令の報告に、幕僚が思わず叫ぶ。
『申し訳ございません。我が隊、全滅にございます……』
伝令は、がっくりと肩をおとし、そのまま地面に倒れこむ。
うつむきに倒れた鎧の背中に、大きな穴がいくつも穿たれて、血があふれている。
慌てた参謀が駆け寄るが、ローベルトを見て、首を左右に振る。
そこに、東の空がわずかに陰った気がした一人が、『あっ!』と声を上げる。
皆がつられて目を上げると、翼をズタズタに切り裂かれた竜が、よたよたと斜めになりながら近づいてくる。ローベルトたちの集う北側に、竜が墜落のような勢いで降り立つ。乗っていた竜騎士が地面に投げだされる。
『助けてやれ!』
兵士が駆け寄り、魔導士が、回復の呪文を唱える。
一人の兵士が、竜騎士の口元に耳を寄せると、ローベルトたちのもとに駆け戻ってくる。
『竜騎士殿よりご報告がございます!』
やや青ざめた兵士の様子に、ローベルトは悪い予感しか浮かばない。
『申せ』
『聖王国軍航空部隊、総崩れにございます……』
『な……』
耳にした全員が息を呑む。
『閣下、ルドルフ閣下より魔道通信がございました!』
その場の時間が停止したような雰囲気を切り裂いたのは、先ほどとは別の魔導士。
『ル、ルドルフは無事か?』
ルドルフならば騎士団の西側を南北に通る幅30メートルほどの大通りに出て指揮を執っていたはずだとローベルトは思い出す。
『は。ルドルフ閣下より報告です。南方向より、蛮族の別部隊が北上。魔道兵器と思われる武器により、死者多数。不可視の矢を携えた兵士、また不可視の矢を備えた鉄板で囲まれた荷馬車が進んで参ります。不可視の矢は、盾で防ぐことができず、鎧を簡単に貫くとのことで御座います。また威力も絶大。一撃必殺。矢の比では無し。注意されたし、とのことで御座います』
『ルドルフは引かぬのか?』
『撤退の求めはございませんでした』
沈黙が流れる。
時折、爆発音が響き、その音が気のせいだろうか。近づいてくるような気がする。
『有り得べからざる事態にございますな』
老騎士が、一同の思いを口にして、ため息をついた。
友兼 「ふぅー、中学の時の魔王キャラの練習が役に立つときが来るとは……」
雛菊 「……せんせぇ、、、」
クリスト『あれじゃの、最初『誰から砕け散りたい?』と言っておきながら、『消えることの無い地獄の火炎』で焼くんじゃの?』
友兼 「あ~~~(∩゜д゜)アーアーきこえなーい」
主人公の活躍……一瞬