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警察本部前 攻防戦3

 友兼の腕に抱かれた少女の身体と拘束具から強烈な光が放たれる。

 その目を焼くような光の中でも、友兼は目を開け、神使の様子を見つめている。強烈な光からさえ、魔法による防御力が身を守ってくれるらしい。

 強烈な光と共に、拘束している枷から錆びた鉄がポロポロはがれていくように崩れていく。ゆっくり崩壊していく。


「もうちょっとだからね」


 何の反応も示さない少女に、そっと語り掛ける。

 クリストに、神使の力をどうにかできないか、と相談した時の事が思い出される。


 ……。


『魔力を使い切らせる以外にか?

 ……おぬしの魔法を無効化する力、拒絶する力。あれならば、神使を拘束から解放できる可能性はあるの』


「へえ~。あの拘束、あれ魔法なん?」


『ほぼな。物質ではある故、金属は使われておるが、構造の主体は魔力となる。じゃから、破壊できよう。無力化だけで出来ぬとも、魔法を除く金属部品が残るだけじゃから、聖女ならば叩き壊すことも出来よう』


「え~、うち、か弱いのに?」


『ま、できぬとも、神使の身体を捉える事ができれば、王杓と王族の支配については遮断出来よう。ならば、力づくで担いで逃げて来ればよい。その後は、ずっと遮断しておけば、神使の力の行使は防げよう』


(問題は、会う方法と逃げる方法だったわけだけど。後は、どうやって逃げるか……まあ、力押しだね)


 そんなことを考えていると、ヒュッと風を切る音が聞こえた。

 肘に痛みが走る。


「痛っ……」


 左腕が切り裂かれた。鎧と手甲の間の革のシャツに覆われていた肌がパックリ割れている。魔法の防御と強化された体を上回る技巧。


(バサラクラスの剣の使い手って奴か!)


 間を置かず、2、3度と剣戟が叩きつけられる。より深く、肉が切り裂かれ、血が勢いよく噴き出す。腕の外側の細い動脈が断ち切られた。


「クッ……」


 友兼は、少女を抱いたまま、動くことができない。

 5度目の衝撃。骨に衝撃が走る。どんな技術を持っているのか、寸分違わず、同じ箇所を深く切り裂き、骨にまで達した。


(痛てぇぇぇ……)


 痛みに涙がこぼれそうになる。

 このままでは、次に骨が断ち切られ、その次には、腕が切り落とされるか。

 ガッ、キィーンと、甲高い音が響く。

 嫌な音に、友兼は首をすくめたが、腕への衝撃は届かない。

 代わりに、友兼の背中に人の温かいぬくもりが伝わる。


「うちの相手が先やよ!」


 雛菊は、少女を抱きしめまま動かない友兼をかばうように立ち、まばゆい光に目を細めている老騎士を睨みつける。

 老騎士も、光を背負う雛菊を前に動きがとりづらい。


(……ありがとう。……葵ちゃん、ヒロインぽいよ)


 出かける前の、緊張を解くために行ってくれたミニコントが思い出される。

 その間にも、光は輝きを放ち続け、拘束具はその形をボロボロと崩れさせていく。

 そして……

 パリーン!というガラスを砕くような高い音が響き渡る。

 手枷が、光の微粒子となり、空気に消えていく。

 続けて、首輪が消え、足かせ、口枷が消えていく。

 目を覆う黒が消え、少女の透き通るような白い肌が露になる。


「ほ……」


 これで、神使を縛るモノは消えた、とホッと一息をもらす。

 そこで、少女の閉じられていた目が開かれる。

 光を放つような赤色が露になる。

 本来、白目の部分さえも赤い、赤い宝玉を埋め込んだような瞳。


『グルルァァァァ!!』


 獣の咆哮が口から紡ぎだされる。

 少女が逃げようとするかのように、友兼の腕の中でもだえ、暴れだす。


『な、何が起こっておる!』


 光は、徐々に収まってきている。

 それでも、まばゆい光の中、友兼の背の向こうで何が起こっているのか、ローベルトたちにはよく見えない。

 少女の頭が振られ、友兼のあごに、横顔に頭突きが叩きつけられる。ボクサーにでも殴られたような衝撃が繰り返される。


「痛っ! グっ! グエッ!」


「……?」


 雛菊も後ろで上がる友兼の短い悲鳴と鈍器のような音が気になるが、老騎士に、隙は見せられない。

 友兼は、左腕に力が入らないので、腕の隙間から徐々に少女の身体が離れそうになる。

 一段と激しい頭突きが、友兼の顔に突き刺さり、グシャリと頬骨が砕ける。


「うぅぅぅ……」


 涙がこぼれる。

 ただ、頭突きはそれで止み、代わりに、少女が口を大きく開き、肩に噛みつく。長く伸びた犬歯が、魔法の覆いをあっさりと破り、革鎧に突き立てられる。歯が鎧に食い込み、バリバリと引きちぎられる。


(やばい……や、ば……)


 バリバリ、バリバリと何度か食いちぎる音が響く。


「せ、せんせ……?」


 さすがに雛菊もその音に心配になってくる。

 左肩を覆う鎧から友兼の肌がのぞく、その肉に、歯が突き刺さる。


「……!!!」


 脳天につき抜ける痛みに、歯を食いしばり耐える。

 グチュ! ブチッ、ブチブチッ!

 肉が噛みちぎられる。

 血を滴らせる筋肉繊維が糸を引き、少女の口の中に続いている。

 グチュグチュグチュ。

 女の子の口から、咀嚼音が聞こえてくる。

 ゴクリ。

 喉を鳴らし、肉が飲み込まれる。

 少女は、暴れるのを止めている。その白目さえ赤く染まった眼球が、友兼を見つめる。

 血にまみれた唇が、三日月のように歪む。


「あ……」


 避ける間もなく、その牙がノドを貫く。頸動脈にかぶりつく。


(死ぬ……?)


 咽喉に食い込む歯と唇に力がこめられる。

 頸動脈の分厚い血管に歯が刺しこまれ、引き裂かれる。傷口から勢いよく、血が溢れ出す。流れ出す血とともに、体内から命が零れ落ちていく。

 意識が黒い闇のとばりに覆われる。

 少女を抱いていた友兼の腕から力が抜け、だらりと地に落ちた。





『ふむ、そろそろかの?』


 クリストは、首から下げた腕時計を見て、首を傾げる。

 後ろでは、剣戟や、拳銃の発砲音、怒声に喚声、悲鳴と騒がしさが広まってる。


『”戦闘が始まる”か、”本陣で騒ぎが起こってしばらくする”か、”アラームが鳴った”ら作戦開始と言っておったが……しばらくというのは、何刻後じゃ?』


 よっこいしょと言いながら、花壇のへりに腰掛ける。


『50年程度の寿命の人間と永遠を生きるわしとでは時間感覚が違うであろうにの。それに本陣の騒ぎというのも遠ければ、わからぬこともあろうに……あれじゃな?』


 東の空が虹色に閃光を放っている。見落とすかもしれないという心配は杞憂に終わる。


『いったい何をやっておるのじゃろうの?』


 弟子たちの様子は気になるが、とりあえずは自分の定められた仕事をしようと、出かけに渡された小さな道具を取り出す。


『あとは、このスイッチを押すだけじゃが……堅かったからの、大丈夫かの……』


 渡されたときに試しに使ってみたが、なかなか苦労させられたのを思い出される。


『ふおーい、っと! ふぉーいな、っと!』


 小さな体全体を使い、スイッチを押そうと頑張る。


『うーむ、下が安定せぬな。もっと地が堅い場所で……ふぉぉぉーーー』


 場所を変えようとしたところで、辺りが急に明るくなった。時を同じくして襲ってきた、猛烈な勢いの空気の流れに巻き込まれ、小さな骸骨は100円ライターと共に吹き飛ばされた。





「退避! 退避!」


「援護しろ!」


『ウラァ!!』


「玄関口のバリケードまで退け!」


 警察本部前の攻防は、圧倒的に、大阪府警側に不利な状況。聖王国軍の兵士たちは、損害を恐れず突き進み、放水を受けても、撃たれても、仲間の死体を踏み越えて襲い掛かる。拳銃は装填されている弾を撃ち尽くせば、入れ替える暇はなかった。あとは、手にした警棒や警杖での格闘に巻きまれ、そうなれば、一人と戦っている間に、その兵を乗り越えるように現われる聖王国の兵士たちの数の暴力にあらがえない。

 防衛線は、各個に分断され、包囲され、叩きのめされる。

 最後まで、抵抗する本部前のバリケードにまで逃げることのできる者も少ない。


「これは厳しいな……」


 さすがに、屈強な男たちの口からも弱音が漏れ出る。

 銃器対策部隊の隊員が、逃げる機動隊員に援護射撃を行う。その隙に、別の隊員が弾倉を手際よく入れ替え、迫る兵士に斉射を加える。


「泣き言は聞きたくねぇよ!」


「自衛隊がそこまで来てる!」


 短機関銃が火を吐くたびに、死体が積み重なり、聖王国軍の足をとめる障害物となる。


「ああ、やれるだけやるぞ」


 ヤケクソ気味に叫んだ瞬間だった。


「……!!!」


 轟音と共に、周囲が燃えさかる朱に染まった


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