雛菊縦横無尽《≒好き勝手する》
「こ、この力!」
『ふむ、神使の魔力か』
魔力を感じ取ったらしいクリストと雛菊が叫ぶ。
「先生方は、しばらくここに居てください」
担当と監視役として扉の脇に控えていた警察官が慌てた様子で言い置き、部屋を飛び出していく。
『いきなり神使を使うとはの』
「せんせ、どっか外の見えるとこある!」
雛菊が友兼の手を取り、性急に部屋の外へ出ていこうとする。
「あの子らの力やったら防げるん、うちだけやから!」
友兼にはよくわからないが、どうやら、先ほどの地震のような揺れは『神使』と呼ばれる者の力らしい。
「わかった。行こう」
案内が戻るのも待たず扉を開ける。外には、警官が二人立っていた。
「あ、出ないでくださ……」
「何! 何が起こってるの!!」
警官が部屋から出る友兼を制止しようとした言葉は、2つ先の扉を押し開けて出てきた女性の声に遮られる。
20代前半のハンドカメラを握った女性を先頭に、ICレコーダーやパソコンを抱えた男たちだ。皆、報道を示す腕章をつけている。
「え!? テ、テロリスト……?」
「せんせぇ、早よう」
扉の前で、警官に押しとどめられそうになっていた友兼は、雛菊の意外な大力に押し出されるように廊下に出る。
「日本人!?」
カメラ片手の女性後ろで、髭面の男が驚きの声をあげる。
テロリストと同じ中世の鎧を着た一団の出現に驚愕し、それも黒髪の男と女であることに更に面食らう。
「や、やっぱりテロリストたち? え、でも、日本人も?」
雛菊に続き、どうしたものかという顔をしながらもミシェルたちも廊下に出てくる。
「おら、南、どけ! すいません、インタビューお願いします!」
「あ、え……毎経の南です、ちょっとお話を!」
髭面に怒鳴られ一瞬たじろぐも女性記者も、友兼たちに迫ってくる。
「すみません! テロリストの方々ですか!? なぜ、このような犯行を!!」
ICレコーダーを剣に見立てたように友兼たちに向けて、女性記者を先頭に男たちが駆け寄ってくる。
「日本人ですよね!? 後ろの方は、どこの国の人なんですか!?」
レコーダーをぐいぐい友兼の顔に近づけ、記者たちが迫ってくる。友兼と男たちの間で挟まれて、女性記者がつぶれそうになりながらに友兼に密着する。余りの至近距離に、友兼の全身に冷や汗が噴出し、気持ち悪くなってくる。
(ああ、女子アナとか、女性記者って、こんな強引な子しかいないのかな?……キレイな子だね。でも離れてぇー)
「目的は何なんですか! どうしてこんな事を!?」
後ろから男たちに潰されながらも、南と呼ばれた女性記者が迫ってくる。カメラの先が、友兼のほっぺたを抉らんばかりの勢いで押しつけられる。
その南の切羽詰まった勢いが、友兼の顔をまじまじ見ていたかと思うと、ふと緩む。
「あれ? あなた、どこかで見たような?」
(顔見ても、記者にも気づいてもらえない。笹見さん、知ってくれてただけありがたいよ。もっと知名度欲しいな……)
突撃取材中、そして、敵の攻撃が迫る危機。加えて、テロリストとして顔を写されているにも関わらず、友兼の意識は別のところに飛んでいた。
そんな友兼と記者たちとの間に、雛菊が割り込む。
「邪魔!」
ぽいっ、とばかりに南の首根っこを掴むと放り投げる。
「キャッ!?」
続けて、男たちもポポぽいと投げ捨てる。
「ぐへ!」「ぐほ!」「痛っ!」
「せんせぇ、行くよ~」
放り投げられ床に尻や腰を叩きつけられのたうつ記者たちを無視して、雛菊は友兼の手を取る。道端の石でも退けただけかのよう。
さっきまで押しとどめていた警察官も、その怪力にポカンと口を開けて動けない。
「せんせぇも、これくらい出来るよぉ。てか、本気で押してたら、あの人ら、壁に叩きつけられてペッチャンコになってたと思うよぉ」
『力加減に慣れておくようにした方が良いぞ』
「は、はあ……」
力を込めなければ大丈夫だと思うんだけど、と友兼は、手を開いたり閉じたりしながら思う。
後ろでは、投げ飛ばされた男たちに部屋に戻るよう警察官が指示している。指示された部屋の前には、投げ飛ばされたのとは別の記者が、友兼たちに向けてフラッシュを光らせている。
「写真、まずいか?」
撮影されているのに気づき、鎧姿の自分を顧みる。
「光、魔法で歪めてるから大丈夫やと思うよ。うちも、写真とか撮られたら、後が面倒くさいし」
雛菊はサラリと言ってのけ、友兼に腕を絡める。
「さあ、行くよぉ」
廊下の先を指さし、友兼を引きずるようにズンズン歩き出す。と、そこに後ろから、友兼たちの部屋の前にいた警察官が声をかける。
「友兼先生、お待ちください。指示が来ました」
警察官が無線へと受け答えしながら、友兼を呼び止める。
「指令センターへ戻って頂きたいとの事です。ご案内します!」
「そこから、外の様子見えるん?」
「はい! 屋上からのカメラ映像があります」
「それやったらエエか。せんせぇ、行くよぉ」
「あ、はい……」
友兼は、雛菊に引っ張られるまま、警察官の後をついていく。
『女に弱い奴じゃの。死を越えた涅槃に至れば、悩まずに済むぞ』
「言ってる意味がちょっと分かりにくいけど、とりあえず、それはイヤです」
意味不明のクリストの言に断りを入れ、友兼たちはエレベーターを目指した。
東西の大地に、巨大な氷壁が具現化し、山ほどある氷塊が地を穿つ。
大きな地揺れに、兵士たちが慌てふためき、馬がいななく。
バサラは、天幕の外で部下と共に、その様子を確かめると、うっすらと微笑を浮かべたまま、天幕に入った。
『閣下、この揺れは?』
天幕内には、集められた北東陣地を守っていたヘンケルを筆頭に士官たちが勢ぞろいしている。バサラ直卒の士官たちは、彼らに遠慮するように後ろに控えている。
『公爵閣下が、神使の御力をお使いになられました』
『おお~』
天幕内が、安堵のどよめきに満たされる。
『これで勝利は揺るがぬ』
ヘンケルが、代表して、皆の思いを口にする。
これまで、アンデッドの援軍が役に立たず、敵は王国とは思えず、地形も建物も見たことの無い場所、魔素が無い、など予定外のことばかり。表には出さずとも皆、不安を抱えていた。
『さて、そのことなのだけど……』
バサラは、戦場に不釣り合いな豪奢な椅子の上で、大きく足を組み替える。
『みな、ここが王国では無いことは気づいておられますでしょう?』
『……そ、それは』
ヘンケルが口ごもる。彼の部下たちは、お互いに顔を見合わせ、うなずきあう。
『このまま戦う事が良いことなのかしら? と、あたしは疑問に思ってしまって、それで、戦場の勇者である、あなたたちに集まってもらったの』
『ば、バサラ将軍?』
『王国と戦うために来たのに、関係ない国と戦って、どうなるのかしら?』
『しかし、ローベルト閣下のご命令は?』
『ごめんなさい。閣下のお気持ちではなく、皆の気持ちを聞きたいの。わだかまりを抱えて戦えば、徒に兵を損なう恐れがあるわ』
バサラは、そっと憂鬱気に顔をうつむかせ、ため息を一つ零す。その様が、部下を深く思う気持ちの表れに見える。
『皆、忌憚のない意見を聞かせてくれる?』
そうして、バサラは、序列の低いものから順に、考えを話すように促した。
相槌を打ち、時に同意を言葉にし、時に声をあげて笑い、悲しみ、時に直卒の部下に指示をしながら。
会議の終わりが近づくと、バサラは、部下に酒をふるまうよう指示を出す。
『皆の思いはわかったわ。さあ、盃を掲げましょう。ローベルト閣下とアンネリース王女殿下へ勝利を捧げんために!』
高く陶器の器を持ち上げ、バサラは、一気に満たされた液体を飲み干す。その様子に、天幕内の士官たちも次々と杯を空にしていった。