ばけもののちから
第3軍がトンネルを抜け、竜騎士と空騎士が空に飛び出した。そのうちの一匹、ひと際大きな竜が、ゾンゲの兵たちの上を舞った。赤い巨体の竜。
その竜が、建物の上や、敵兵の上へ炎のブレスを吐いて回る。
『おお、竜騎兵リヒトホーフェン殿。援軍ありがたし』
しばらくすると、透明の楯と鉄の盾を持った敵陣が浮足立ってきた。
さらに、竜騎兵が何騎か舞い降り、炎を吐く。敵の掲げた盾が溶け、さらに空騎士が投げた手槍が引力を味方にした勢いで降り注ぐと、堅固だった敵陣に混乱を巻き起こす。
ゾンゲ男爵は、この機会に敵陣へくさびを打ち込むべく、何度目か突撃準備として、騎馬と兵たちに隊列を組ませる。
被害も増えている。
ただし、敵もかなり統率が乱れている。敵陣さえ崩せば、包囲殲滅が可能だ。
アンデッドの援軍が無く、往生していた戦いだったが、ようやく勝ちを掴めそうだ。そう思い、自ら、突撃部隊に指示を出そうとしていた時。
『隊長! バサラ将軍の兵が見えます!』
傍らの兵が、南の方に顔を向け、ゾンゲに注意を促す。
見れば、特徴的な真紅の兵たちが隊列を組んで進んでいる。先頭に立つのは、ひと際鮮やかで煌びやかな鎧姿のバサラ将軍。
『援軍ありがたい、と思うべし』
ここまでくれば、己が手で決着をつけたかったが、援軍があった方が味方の兵たちの損害も少なくて済む。
『ゾンゲ伯爵、奮戦ご苦労さま』
先頭を進んでいたバサラは、この地の指揮官を見つけると、一人マントをはためかせて馬を寄せてくる。
『バサラ将軍、援軍感謝いたします』
『親愛なるローベルト将軍閣下より、この場所の指揮を執るように命じられました。ここは、あたしに任せてくださいな』
『かしこまりました』
『手柄は横取りしませんわ。しばらく、休んでおいて』
『差し出がましくございますが、即今ならば、敵は浮足立っております。好機かと存じます』
『そう、ありがとう』
バサラは、にこやかに礼を述べると、自らの兵たちが到着するのを待ち、士官たちに、第一軍の兵たちとの配置の入れ替えを指示する。
『すぐにでも突撃できます』
しばらくして側近が、兵の配置が整った旨を告げる。
『そうね……』
バサラは、彼らしい妖しい笑みを浮かべうなずく。
『お茶にしましょう』
『は?』
『真宮寺を呼んで。一緒にお茶を飲みましょうって』
『は、はあ……』
側近は、予想外の返答に不承不承、命令を飲み込んで走り出す。
『……この世界のお茶も飲んでみたいわね。冷たいものがいいわ。キレイなグラスに氷をたくさん浮かべて』
立てた指を口元に這わせながら、バサラは、一人微笑む。
ローベルトは、城の北西の門を過ぎ、自らの軍を率いて橋を渡る。
建物が迫り、その巨大建築物の精緻さ、材質の不思議さが目に付く。
間近で見る石とも思えぬ建造物たち。
不快感を覚える。
聖王国の王都の王城よりも大きいという事自体が気に食わない。
聖王国より栄える地があってはならない。
聖王国より進んだ世界などあってはならない。
聖王国より強い国などあってはならない。
我が聖王国と我こそは、最強の存在である!
『我が聖王国の力、蛮族どもに見せつけてやらねばなるまい……化け物よ』
馬を止め、トコトコとついて来ている咎人のように幾重にも枷をはめられている少女に目をやる。
『化け物よ。神の子の住む永遠の都、聖王国の力を見せてやれ』
ローベルトは、右手に持つワンドを掲げる。こぶしより大きな透明な宝石を埋め込んだ、豪奢な彫刻が施された金属の光沢を放つ魔法具。
『閣下、味方へ被害が出ませぬように』
『わかっておる。そうだの。
化け物よ。わしの示すこの先に境界を刻んでやれ』
ローベルトは、まず東を指差し、次いで、西を指さす。
『城や味方を疵つけるで無いぞ』
ワンドの先の宝玉が、うっすらと白い輝きを放つ。
すると、襤褸を着た少女の足が、地面から離れ、浮かび上がる。ぐんぐん、スピードをあげ、あっという間に数百メートル上空に達する。
手を上げたりすることもない。ただ彼女を中心に魔力が渦巻くように立ち上り、見ている者は身体から何かを吸い込まれる感覚を感じた。渦の中で、周囲の空気がキラキラと細かな石英をまいたように輝きを帯びる。
突然、レーザーのような光の帯が伸びた。ローベルが指さした2方向へ、放射状に広がる。
その光が地面へ向けられる。
光が地に触れた瞬間、白く耀う。
地面が、車が、ビルが、そこに立っていた人々が凍り付いた。白く氷結し、氷雪に閉じ込められた。
光が消えると、放射上に伸びた光の跡そのものの形で氷の壁が出来上がっている。東は山を越え、西は海の向こうまで。おそらく20キロ以上の、距離が遠いほど底辺が広い三角柱。高さ300メートルほどの氷壁として屹立している。
先ほどまで動いていた列車が、その中の人々が、高速道路を走っていたトラックが、空を飛んでいた鳥たちが、氷像と化し、氷の中で時間を停めた。
『ふむ、良いぞ。
化け物、駄目を押せ』
ローベルトの声に、ワンドが輝く。
それを受け、改めて、少女を中心に魔力が渦巻く。
大空に、数十の白い塊が生まれる。
長さ100メートルほどの円錐形の氷塊。
錐の先のような氷の塊が、音もなく、大阪城を中心とした直径20キロほどの円状に降り注いだ。
氷塊は、時速400キロ弱で地面に叩きつけられ、弾けるように爆発を巻き起こした。
白い氷塊の数だけクレーターを作り、衝撃波が直撃を免れた建物を吹き飛ばす。大地が揺さぶられ、地震のような大きな振動が日本列島を揺るがした。
テレビ画面の中で、光が走り、直後に巨大な氷壁が出来上がっていた。
「なんじゃ、こりゃ!?」
テレビ局の中で、退去の準備をしていたスタッフのうち幾人かが悲鳴のような声を上げた。
テレビ画面の一つは、自局の屋上から撮影されている映像が映し出されている。他局の映像には、地面から氷壁を見あげるように映し出しているもの、カメラが地面に転がり動かないままの映像、さっきまで映っていたのに砂嵐になり通信が途絶えたのだろう絵が映し出されている。
画面を見ていなかった職員も、モニターに映し出された光景に口が空いたまま塞がらない。
そして、建物が激しく上下に揺れた。
ドンと突き上げるような揺れに、テーブルの上の荷物が吹き飛び、人も吹き飛ばされる。
「な、なにが起こっ……」
自局のカメラが映し出す映像には、立ち上る土煙が映し出されている。
揺れは、すぐに引いたが、職員たちの動揺は収まらない。
「外に出ているスタッフは!?」
「田村の班が府警本部、片岡の班が街に出てます。市川がヘリで出ましたが、たぶん、墜落にまきこれたって……」
「連絡とれ!」
上司らしき人物がいち早く気を取り直し、部下に命じる。
画面の向こうで、ありえないことが起こっている。
自分たちが作っている番組だ。作りモノでないことはわかっている。それでも、フィクションだと、映画などと間違えて映してしまっている。そう信じたい。
「日本終わりじゃねぇか……」
誰かが、皆の思いを代弁する一言を発する。
皆、一様に黙り込むしかなかった。