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決意  裏タイトル:ビースト

 4月の第一日曜日。今日の友兼のスケジュールは、朝からとある社団法人の会合に出席し、10時に大阪城ホールで行われる全国都道府県警察対抗剣道・薙刀選手権の開会式に列席。お昼から3件の後援者の方たちの花見と宴会に顔出し、夕方から会議1件、夜に花見2件、同僚議員のパーティー1件に出席の予定となっていた。

 開会式へは9時半過ぎには到着の予定だったが、少し渋滞に巻き込まれた影響で、会場に入るのが遅れてしまった。

 11時前に開会式は退席するので、昼の花見の予定地へは車で45分かかる。昼食は、車の中だな、と考え、チキンバーガーのセットを秘書に頼みながら、大阪城ホールへ北側の橋の手前で車を降りた。


「やっぱり、カツサンドにすれば良かったかな……」


 全国都道府県警察対抗剣道・薙刀選手権の開会式へ向けて、橋を渡っていると、後ろから駆け足で来た10人ほど制服の警察官が集団に追い抜かれた。友兼と同じように公園を目指している。その目的が、大阪城公園の花見客の様子を確認しに来たのか、選手権の応援や警備目的なのかは不明だが、かなり若い顔ぶればかりだったのが印象的だった。桜が舞い散る中でもあり、新人さんかな? などと想像していた時だった。誰かが、「大阪城から煙が立ち上ってへん?」とつぶやいたのは。



 広場から橋へ続く場所には、移動販売車と屋台が連なって店を出していた。そのせいで橋へ続く通路が細く曲線状になっているために、騎馬突撃は橋の方へ向かっては来なかった。橋へ狙いを定めたのは騎士は少ない。


「いでたちは、中世の騎士。銃器が普及する前だな。よく訓練されている。

 でも、中世の騎士は投げ槍とか弓とか使わなかったはずだよね?

 それに、今の時代に、なんで騎士? 

 う~ん……。

 西川さん! 府警本部と連絡取れました?」


 友兼は、目の前で繰り広げられる戦闘を見ながら、無線で連絡を取っている制服警官に問いかける。


「はい、状況は伝えました! でも、途中から、向こうも混乱してるみたいで。なんか、大阪城周辺、府庁や府警本部、天満橋方面にも騎馬の集団が現れてるらしくて」


「了解です。ここだけじゃないのか……そのまま、状況確認をお願いします」


 上空から見下ろせば、広場の東南角に騎馬の集団が表れた南へ通じる通路がある。北西の位置に、友兼たちが立つ橋。広場は東に数百メートルほど広がり、その南北には、飲食店や雑貨の店などが連なり、東の端は駅に通じる。西側が大阪城ホールへ続く高さ10メートルほどを登る石の階段。

 橋からは右手に見える、その大阪城ホールへ向かう石段の上にも、警官が陣取り始めている。拳銃を持つ者は少ないが、木刀や鉄パイプ、警棒で武装している。外の異常を察知して、ホール内で試合を行っていた警官、警察関係者の多い観客たちだろう。

 騎馬たちの多くは、逃げる市民を追いかけて東の駅方向へ駆け、残りの多くは、石段の上で陣取り始めている集団に注意を払っている。友兼たちのいる橋の方へ来る敵の数は少なく、また屋台や銃弾を受けてひっくり返った馬や騎士が壁になり騎馬の突撃は散発的だ。

 橋の上では、逃げる市民を援護するために拳銃は打ち尽くした警官たちが片手に特殊警棒を握りしめている。生き残っている市民へ、必死に逃げるように叫びながら、騎士たちを威嚇している。


 橋の上まで、女の子を抱え、女性の手をとりつつ、友兼は戻って来られた。途中、兵士を一人蹴り飛ばし、一人の騎士のバランスを崩して落馬させて。


「ふう、死ぬかと思った」


(てか、生きてるのも含めて、色々不思議……)


 右手で、抱きかかえた女の子の背を撫ぜながら、自分の身に起こった事に疑問を覚える。

 友兼の横では、助けて手を引いてきた女性が四つん這いの状態で、ぜぇぜぇと荒い息をついている。


「せ、先生……」


 肩で大きく息をしながらながら、女性が、息も切らさず広場の戦況を眺めている友兼に声をかける。


「大丈夫ですか?」


「……」


 息を整えつつ、女性は顔だけあげると友兼をきつく睨みつけた。


「とも、友兼先生ですよね? 国会議員の!」



 友兼の仕事は、衆議院議員。まだ1期目の新人の42歳。年齢も、期数も、ぺーぺーの若造だ。所属は、政権与党の自由党。世間の評価は『やや右寄り』だが、本人的にはリベラルと自認している。日本のリベラルはイコール左であり、意味がおかしい、本来の意味と異なると考えているからだ。

 30才で市議会議員に当選し、その後府議会議員を経て、42才で国会議員に当選するという幸運に恵まれている。

 衆議院議員当選後の初登院で、ちょっとした炎上騒ぎを起こした以外は、つつがなく仕事をこなしている。

 志は、10代の頃から持っていた。

 世の中に憤りを持っていた。正直者が損をする世の中、不公平なシステム、努力が報われない社会を変えたいと願っていた。

 20才の時、大学の長期休暇中にひょんなことから府会議員の選挙にボランティアで参加することになった。それがきっかけだった。

 何が、心を動かされたかというと、まず、選挙が楽しかった。

 今、友兼は図らずも血で血を洗う戦場にいるが、選挙もまた戦場。

 議員本人や秘書、事務所スタッフにとっては生きるか死ぬかの大一番。

 なのだが、ボランティアスタッフや応援する人々にとっては、お祭り騒ぎでもあった。

 政治の『政』は『まつりごと』と読む、まさに『祭』だった。

 実際の選挙は、9月だった。本来であれば、選挙活動期間は、投票日の前9日間なのだが、その前から実質的な選挙活動は始まる。この時は、7月からだった。

 仕事としては、政策や実績などの書かれたチラシを各戸に配布したり、駅や街頭で、本人や秘書たちと演説や政策ビラ配りの手伝い、演説会の設営、車の運転など多岐にわたる。そんな仕事を昼の間は仲間たちと行い、夜は、会議に参加したり、雑談に興じたりした。

 世代の違う仲間たち、大学とは違い同じ年ごろから50代の人たちまでいるという環境も刺激的だった。2日に一度は、そんな年かさのリーダー格のおごりで飲み会が開かれる。昼間は身体を酷使し、夜は、今までの人生とは違う、色々な職業、学歴、考え方の人たちと話し、また色々な飲み方をする人たちと接する。疲れたけれど、人生で一番充実した日々を過ごした。

 もちろんそれだけではない。

 彼らから、政治に対する思いを聞いた。応援する議員へ託す思いを聞いた。

 議員によって助けられた人たちの話を色々聞かされた。

 議員本人からも、立志から、現在の活動、国会についての話も聞かされた。そして、議員の理想と現実の話も語ってくれた。

 理想は、苦しむ人を救い、少しでも良い世界を作れるようにしたい。

 現実は、その政策を行うためには、根回し、工作、協力関係づくりが必要で、そして、結果が出るまでに時間がかかる。お金もかかる。


「……私が世間から叩かれているのは知っているよ。金にまみれているとか。主義主張がブレブレだとかね。

 それでも、友兼くん、私は弱い人を助けたいという気持ちでやってきた。

 医療費の助成を行えた。駅にエレベーターもつけれた。渋滞の解消のために道も作ってる。

 まだまだ、議員になったころの夢は叶えられていないけどね。でも、もっとこの国を変えたい、変えられる、と信じている。

 だから、叩かれるのなんて、どうでもいいんだ。多くの人に嫌われている。道端で罵られたりもする。それでもいい。


 燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや、だ。


 私は、私の行動が、きっとより良い明日につながると信じて歩んでいる」


 何かの折、議員の移動の車を運転したときに、そんなことを語られた。


「……まあ、でも、こんな選挙やなんやらに金がかかるのは自分でも何とかしてほしいと思うけどね。

 でも、金かけないと当選できない。当選できなければ、理想が実現できない。

 ジレンマだね……」


 政治家は、当選することが目的では無い。手段だ。当選し、立法の場に立つ資格を得、その資格により法律を作ることにより、思い描く世界を作ることが目的だ。

 でも、現実には、地盤や看板、カバンを引き継いだ世襲議員や知名度の高いタレントでも無ければ、目的が当選となってしまう。

 手段が目的化する。その中で、理想を追うのは厳しいのが現実だ。


(けれど、それでも……)


 友兼は理想を追いたいと願う。

 自分がカルネアデスの板にしがみついていたならば、それを差し出せるように。

 幸福な王子になれるように。


(……夢だけれど)


 欲が捨てられるなら、政治家じゃなくて、神父か僧侶になっている。



「でも、今は、欲を捨てる!」


 逃げて、生き残りたいという欲を。

 必至で戦う警官や、逃げる人を助けようとする男や女性たちがいる。逃げ惑い、助けを求める人々がいる。


「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ!」


 政治の世界でも、今現在の戦場でも同じことだよねと、友兼は思う。


お読みいただき、ありがとうございます。

今回と前話のタイトルが、エヴァっぽいのは、書いてた時期に『序・破・Q』を見たせいではありません……ごめんなさい。見たせいです。

本日中に、あと2話ほど投稿させていただく予定です。

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