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政争の具

「伊藤さん、治安出動の準備をお願いします」


「私は、反対です」


 桂が声をかけたのは、防衛大臣。

 けれど、伊藤防衛大臣の反応に、桂の眉間に皺が寄る。


「一つは、今現在、『治安出動下令前に行う情報収集』を命じたばかりです。まだ確たる情報が寄せられておりません。

 二つは、治安出動を発令した場合、日本国の治安崩壊を公的に宣言するものとなります。海外からの渡航に関する制限が課せられ、経済に多大な影響を及ぼします。

 三つに、近隣府県の機動隊が到着し、徐々に包囲を行っています。また明日には、2万人以上の機動隊が全国より大阪に到着予定です。

 現状、警察力での対応が可能です。

 以上より、自衛隊には警護出動を命じるのが適当であると考えます」


 首相の不快感をあらわす表情を一切無視して、防衛大臣の声がスピーカーから流れる。


「警護出動?」


「はい、自衛隊の八尾並びに伊丹駐屯地に対する警護を名目に、大阪市を上下に挟む大河、淀川と大和川、このラインに防衛線を設定。警察官職務執行法を援用し、大阪市内の市民の退去誘導を行う名目で、大阪市内も法適用警護区域と定めれば、暴徒へも警察力として対応可能です」


「無理矢理ですね」


 モニタの中で、桂は大きくため息をつく。


「……君は賛成してくれると思っていましたが」


「防衛出動なら賛成いたします。ことは自衛隊員の命にかかわりますので」


 友兼は、伊藤防衛大臣の人物について思い出す。

 防衛族ではないが、右寄りで、これが他国からの侵略であれば、真っ先に防衛出動を要請するタイプ。二世議員だが、国家公務員一種の財務官僚を経験し、父親の地盤を継いで当選。要領よく出世を重ねたエリート。水面下で、次の自由党総裁候補に名乗りを上げているとも聞く。


「どうしてもかね?」


「どうしてもです」


「……罷免されても」


 桂の「罷免」という言葉に、モニターの向こうがざわつく。


「総理のお考え次第です」


 画面越しでも、空気が冷たくなるのを感じる。


「隊員の命のために進言してんだ! って言いてぇんだな。伊藤よ」


 その雰囲気を破って聞こえてきたのは、江戸弁。


「だがよ、俺には、言い訳にしか聞こえねぇぜ。

 おめぇさんは、治安出動に反対した。そして、自衛隊が戦った結果、多くの隊員に死傷者を出した。やっぱり、オレの言ったように防衛出動にすべきだったんだ、って後から言いたいだけじゃねぇのか?」


 歯に衣着せぬ吉田副総裁の言葉に、思わず、聞いている者が息をのむ。


「なっ……失礼ですよ。副総裁と言え!」


「失礼なのは生まれつきだがよ、せこい生き方はしてねぇよ。

 これから、合わせて50万って大軍が押し寄せてくるんだ。2万や3万の警察でどうにかなるわけねぇだろ!」


「まだ情報の裏はとれていない!」


「その待ってる時間がねぇ、と総理が決断したんだ。

 ……今大事なのは、生命いのちの危機にある国民をどうやって守るかだ!

 あとから、警察だけでよかった、ってことなら、総理や俺たちの判断ミスだった、って腹を切ればいいだけだ。

 警護出動だあ! そんなもん、兵隊がばらけちまって余計被害が出らぁ!

 人の命を政治の道具にすんるんじゃねぇ!

 次の総理の椅子が欲しけりゃ、足を引っ張るんじゃなくて、正々堂々とした政治家の生きざまを見せな!」


「議論のすり替えだ!」


(毒舌で、言い方が悪い人だけど、やっぱり好きだな、この人……)


 画面の向こうの会議室は、吉田の言葉を皮切りに喧々諤々の状態になっている。

 静めたのは、もちろん、総理。

 彼が手を上げ、伊藤防衛大臣を指さす。


「議論の余地はありません。

 すでに、私は治安出動を決意し。命じました。

 それに反対という事であれば、伊藤防衛大臣、あなたを罷免し、私が防衛大臣を兼任します」


「……お力になれず、申し訳ありません」


 伊藤の丁寧だが、心のこもっていない言葉が流れる。桂首相の視線が動き、扉の音が聞こえたので、彼は退席したのだろう。


「吉田さん、言いすぎです」


 硬い表情を副総理に向け注意をするが、すぐに、笑顔を取り戻す。吉田が、お茶目な態度で注意を受け流したのだろうか。


「さて……」


 改めて、桂がモニター越しに友兼を見つめる。


「防衛省については、防衛副大臣の日下君に代行してもらいます。そのため、新たに1名副大臣を設けようと思います」


「はい」


「友兼君、副大臣になってくれますか?」


「はい……?」


 桂は、さらっと爆弾を投げ込んだ。


「なに、友兼くんは、現地にて情報収集とバサラという将軍の折衝に当たっていただきたいのです」


「え、いや、それは別に副大臣じゃなくても」


 緊急事態とはいえ、二世でも何でもない1期目の若造が副とはいえ大臣職など、青天の霹靂といえる。ただし、今日だけで、同じくらいのショックは何度も受けている気がするが。


「あと、お願いしたいことがあります」


(……ああ、なんかあるのね)


 モニターに映る総理の表情は変わらないが、その瞳の変化に、友兼の中に警戒心が生じ、冷静さが戻ってくる。


「副大臣に就任し、自衛隊に対し、一つアナウンスをしていただきたい」


「どのような?」


「刑法第35条の正当行為にて、法令又は正当な業務による行為は罰しないとあります。今回のテロ事件において、自衛隊員にこの旨を、副大臣の指示で伝えたいと思っています」


(なるほど。隊員の武器使用を助けたいんですね。その代わり……)


「腹切り要員ですね?」


(責任は、ボクがとるから、武器の使用をためらうなと言わせたいわけですか)


「……事態がおさまれば、私も責任をとるつもりです」


「いえ、ボクの首で、少しでも命が救えるなら本望です。好きに使ってください」


「君の赤心に感謝します。

 通達はこちらで用意します。後日サインをもらう、ということでよろしいですか?」


「その時は、大臣室で写真でも撮ってもらいます」


「ありがとう。

 バサラ将軍の件については、現時点で提案できることは吉田さんに伝えてあります。それ以外は、出来るだけ好条件を用意できるよう検討させます」


 総理は、軽く頭を下げると、席を立つ。

 ざわざわとモニターの見えないところで声がして、扉が開く音と人の声が遠ざかっていく。


「貧乏くじ引いたな」


 しばらくして、モニターの前、吉田副総裁が首相の座っていた椅子に着席する。


「次の選挙通るかな……」


「さあてなぁ。まあ、おてんとうさんは見てくれてるって、な。信じて進むしかねぇわな」


「……落ちたら、借金返せないっす」


「金持ってない奴ぁ大変だねぇ~」


 財閥と言えるような金持ちの家に生まれた吉田副総裁。育ってきた感覚が違うので、失礼に感じられたり、庶民からは共感が得られにくい。


(毒舌で、言い方が悪い人だよね……やっぱり好きじゃないかも、この人……)


 友兼は、疲れたようにテーブルに倒れこんだ。


ローファンタジー部門、日間56位に入らせていただきました。

ああ、やっばりランキングに入ると、読みに来て下さる方がどっと増えますね(2000人くらい)。

(……なのに、堅い話の回という巡りあわせ ;つД`))

どれだけ続けて読んでいただけるか分かりませんが、ありがたい話です。


ブックマーク等頂けた皆さま、また読んでいただける皆さまに感謝申し上げます。

おやすみなさいZzz

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったからなろうスレで宣伝しといた 即効ステマと呼ばわりされました。
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