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クリスト先生

 マントを翻し、天幕を出ていくバサラを見送り、ローベルトは難しい顔で床几に腰を下ろす。


『アステル子爵が裏切りとは驚きましたな』


 側近が、近侍の運んできた飲み物を差し出しながら、指揮官の顔色をうかがう。


『バサラめ。この事態に何を考えておる』


『……子爵、切られましたかな?』


『ふむ。……今は、よかろう。ただ、警戒は怠るな。”奴の笑顔”と”結婚の儀の永遠の愛の誓い”ほど信じられぬものは無い』


 そこでローベルトは、その話を打ち切り、地図に黒い駒を並べだし、空いた手で参謀を呼び寄せる。

 参謀から、新たな作戦分析を聞き、いくつか質問を繰り返した後に、指示を与える。


『バサラは、8000を率い、北東に向かう。バルツァーに兵6000を与え、第一軍と協力し南東に進ませろ。北西はゾンネ男爵が陣を構えておるな。リンデンベルクに、兵6000を与え、ともに陣を構え、拠点構築をさせよ。

 残りは、我が直卒する。バサラより先に敵陣を落とすぞ』


『かしこまりました。差配いたします』


 ローベルトは大きくうなずくと、一つ思い出したように尋ねる。


『捕虜は出来るだけ集めるよう、伝えよ。王国人の戦争奴隷を商人どもが見込んでおる。その需要に応えねばならぬ。王国ではないが、この国の方が捕虜は捕らえやすそうだ。放っておけば、どうせ帝国の妖魔、魔族どもの餌か、子を孕む袋にされるだけだ。

 我らが捕らえてやった方が温情だろうて』


『申し伝えます』


『王女殿下は、もうそろそろ隧道を抜けられる頃か?』


『は、予定通りであれば』


『あの屋根の青い城に御在所を設け、姫にはご滞在いただくこととしよう。眺めが良かろう』


『オオサカジョウでございますね。用意いたします』


『うむ。第4軍は、その周囲に控えさせよ。輜重隊も、問題ないな』


『かしこまりました。そちらも順調でございます』


『よかろう。では、蛮族を蹂躙してくれるか!』


 ローベルトは、飲み物を一気に煽ると、床几を蹴倒すように立ち上がった。




『魔法を打ち消そうと思えば、圧倒的な魔力で打ち消すか、体内の魔力やオーラを高め身体自身を強化するのが一般的だ』


 なぜか、友兼の肩の上にミニチュア骸骨が座り、魔法について語っている。


『だが、そなたの魔力はわしより極端に劣る。それに、魔力を高めた場合の術の消え方では無かった。


 あれは、同じ術を反転させてタイミングを合わせて、打ち消す手法だ』


「イヤホンのノイキャンみたいな感じなんかなぁ?」


 骸骨の語りに、隣を歩いている雛菊が友兼に尋ねる。


「ノイズキャンセリングも、雑音の音の振動に対して真逆の波を当てて相殺しているからね」


『だが、術の威力、タイミング、魔素の量、使い手による揺れや術式が少しでもズレれば効果は得られない』


 おじいちゃんの長い話に、聞いているような聞いていないような二人。けれど、クリストは気づいていないのか、自分の話に夢中なようだ。


「それを思うと、耳の中に入れるのんとか、あんな小っちゃいのに凄いねぇ」


『従って理論的に可能ではあるが、現実的には術が効果を発するまでの刹那の間では不可能というわけじゃ』


「確かにね」


『じゃろう?

 為に、思わず隠れていることも忘れ、叫んでしまったのじゃ!』


 友兼は雛菊に答えたつもりだったが、クリストは、同感を得られたと思い、話に力がこもりだす。


『異空間収納術により回収だけが目的のこの体だ。回収が済めば、とっととこの身も収納するつもりじやったが、あのような話を聞かされては、お前を研究したくならずにはおれんだろうて?』


「いや、そんな当然みたいに言われても……」


『なあに、対価は用意しよう。わしが師となり、お前さんには魔道の深淵なる回廊へと導いてやろう』


「え? あ、いや……」


『時間はある。弟子たちと同じように不死者という”人を越えた”新たな段階に進むがよい。

 食や性への欲も、睡眠も必要とせぬ身体を与えよう。

 悠久の時を、魔道の神髄追及の為、一意専心できる環境も整えてやろう』


 小さな骸骨は、友兼の肩の上に立つと、両手を広げ、狂信的な発言を行う。


「……なんか賽の河原で石を積んでは崩すことしてる未来が浮かぶ」


「せんせぇ、なんか大変やねぇ~。餓鬼に憑りつかれた感じかなぁ」


 前を行くミシェルは、意味は分からないが日本人二人の呑気そうな会話とクリスト卿の演説じみた話に頭が痛くなっている。

 そろそろ聖王国の兵士たちが散見され、前方には陣が構えている様子が見て取れるというのに、緊張感が無さすぎる。そのうえ、小さな骸骨を肩に乗せている友兼の姿は、聖王国でも異様な姿だ。前と後ろを歩くデスナイトが居なければ、目立ちすぎていただろう。

 そう思っていたところへ、騎士が一騎、馬を寄せてくる。


『止まれ!』


 制止の声に応じて、ミシェルが右手を上げる。それに、デスナイトも含め、赤い鎧の一団が歩みを止める。


『どこの隊だ? 所属、姓名、目的を名乗れ!』


『我らは、バサラ将軍親衛兵。私は、将軍の副官ミシェル・アステル子爵。将軍の命により、敵国との交渉の任につく』


 ミシェルは口上を述べ、部下の兵に持たせていた命令書を掲げて見せる。


『第1軍第4大隊隊長殿にお伝え願いたい!』


 騎士は視線を動かし、命令書、ミシェル、デスナイト、そして、友兼の肩上の骸骨に目をやり(ぎょっとして)、首を縦に振る。


『よかろう。ついて来られよ』


 騎士が馬首を巡らせる。


『さて、しばらくはおしゃべりを控えようかの』


「墓場まで黙といてくれてもエエんよ」


 口調は柔らかいが、雛菊の言葉がきびしい。


(ネックレスのせいで負けたことが悔しいんだろうな……)


 騎士についていきながら、ミニチュアクリストが同道すると言い出した時、引きちぎるように雛菊がネックレスを外していたのが思い出された。


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