聖王国軍威風堂々
聖王国軍"王国討伐遠征軍"総指揮官補佐ローベルト・アーリンゲは、ようやく、トンネルを抜け、陽の光の下に出てきた。先を進むバサラ将軍から伝えられた陣を敷くに適した場所まで、馬を進ませる。
本体である第三軍5万の軍勢が徐々にトンネルを抜けて出てくる。
その中には、第三軍に従う竜騎兵、ヒポグリフを操る空騎兵たちが閉鎖空間から解き放たれ、次々と空へ駆けあがる。
そのうちの何騎かが、空をバタバタと不快な音を響かせながら飛ぶ敵兵の魔道具と思しき機体に近づいていく。
大阪城の上空を飛ぶのは、多くがマスコミのヘリコプター。聖王国には、馬車ほどの大きさを空に飛ばす技術は無いが、一兵士にとっては、王国の魔道具だと認識しているのだろう。
「り、竜!?」
「な、なんだよ、これ!」
「鷲? 馬? なんだありゃ!?」
ヘリコプターの中から、カメラマンや記者たちの驚きの声が上がる。
5メートルを超えるランスを抱えた騎士が騎乗して空を飛んでいる。乗るのは、小型の翼竜。それに、鷲の上半身に馬の下半身を翼のある見たことも無い生物。
不用意に近づいた最初の竜騎兵数機が、ヘリコプターのローターの回転により、首や身体を切り裂かれ飛び散った。
それを攻撃されたと受け取り、空騎士たちが抱えたランスで騎士の騎馬突撃のようにヘリコプターに突っ込んでいく。
『ウラアアア!!!!』
「うおおお……」
空騎士の中には、ヘリコプターの羽に巻き込まれローターを破壊する者やランスごとキャノピーへ突っ込んできて、衝撃で一緒に墜落するものなどもいる。
翼竜の口からは、火炎弾が吐き出され、ヘリコプターの機体を燃え上がらせる。
『他愛もない』
ローベルト公爵は、髭の先を指でもてあそびながら、上空での戦闘に一瞥をくれる。
『見たこともない魔道具でしたので警戒いたしまたが』
『この地は、王国ではないとの報告であったが、どちらにしろ。我が聖王国の敵ではないか』
『左様でございますな。まずもって問題は、魔素の薄さかと』
参謀の言に、髭をつまんでいた指が止まる。
『確かに、不快だの。まるで、沼にでも落とされたかのように体が重い。
これでは、いくらか術は使えても、魔法使いの出番はないの。
なにより、死霊どもが役に立たんのも合点がいった』
『クリスト卿の力を戦力から除外し、作戦の再立案を行います。また、都市背景も前提とは異なっておりますのでお時間を頂きたく存じます』
『仕方なかろう。地形の偵察、情勢把握を急げ』
ローベルトが空を見上げると、不快な音を響かせていたヘリはすべて墜落するか逃げていなくなっている。翼竜やヒポグリフたちに乗る者だけが、大阪の空を支配している。
その視線が動き、大阪城を見据える。
『ふむ。悪趣味な城だ』
この地に来てから、いや、軍が聖王国を出発するときから、ローベルトにとって不快な事しかなかった。
歴史ある聖王国が、宿敵である帝国と行動をともにすることも。名目上とはいえ、あのような小娘が自分よりも立場が上であることも。死霊の親玉クリストが同じ軍中にあることも。王国がこざかしい手を使ったことも。そのせいで、魔素も無い、訳の分からない場所に連れてこられたことも。
この腹立たしさを解消するためには、破壊衝動の解放が必須だった。
(出番だぞ。ばけもの)
ローベルトは、自分の馬について来る小柄な、ソレに目を向ける。
身長は小学生くらい。裸足に、ぼさぼさの白い髪、ただ肌は雪のように白い。けれど、目を奪われるのは、その異様な出で立ち。服と言えないような、ぼろぼろの布切れをまとっただけ……そして、目には黒い幅広の革で目隠しされ、口には同様に猿轡。首には、黒い宝石が埋め込まれた枷。腕は、首の枷と同様のもので二重に拘束されている。足首にも枷。その枷の先には、一抱えほどもありそうな黒い鉄球が引きずられている。
どれほどの重さがあるのか、歩を進めるたびに、鉄球が深い溝が刻んでいく。
けれど、その子は、馬の歩む速さにも、黙々と付き従っていく。
汗一つかかず、呼吸さえ乱すことなく。
(ばけものが……)
見るたびに、ローベルトはその存在に不快感を覚える。
『将軍閣下、お早いご到着なによりでございますわ』
本陣用の大きなテントの前で、バサラ将軍が、ローベルトと参謀たちを出迎える。
本来の指揮官であるアンネリース王女は、安全確保が出来ていないとの理由を付けて第三軍の最後方に控えさせている。
『バサラ、早馬より情報は受け取った。だが、戦況を改めて確認したい』
『かしこまりましてございます。こちらに。簡易ながら、地図を用意いたしました』
バサラは、天幕に将軍たちを導き入れ、床几とその前のテーブルへと案内する。
テーブルには、大阪城を中心とした手書きの地図が置かれている。簡単な地形が描かれ、兵の配置場所には、兵力の数を表すようにチェスの駒のようなものが置かれている。
城を中心にして北東と南西の箇所に、白と黒の駒が集中している。
バサラは、その駒を動かしながら、状況を説明する。
『北西と南東は、大した抵抗もなく浸透、情報収集並びに捕虜確保の段階に入っているわけだな?
北東は拠点を築いて防御中。で、この南西が敵騎士団の本部らしき場所か?』
説明を髭をいじりながら聞いていたローベルトが確認する。
『ええ、抵抗が激しいのは、この二か所でございますわ。ただ、第1軍は目標拠点の制圧並びに調査を第一義としておりましたので、積極的な攻撃は控えるよう指示しておきました』
『よかろう。消耗の多い戦域の制圧は、本来、クリスト卿の死霊どもの仕事だ。無理をさせる必要はない。
それで、この地は、王国ではなく、勇者と聖女の故郷とか?』
『日本、という国でございます』
『勇者と聖女より話は聞けぬのか?』
『残念ながら、お二方は自らの生まれた国に敵対はできぬとのお心で御座います。召喚の儀における契約では無理に戦わせることも、有為な情報を頂くことも、お二方のお心次第で御座いますので』
『ふむ。それで、挨拶にも来ぬか?』
『お二方の心情を察すればやむなき事かと思われますわ。今は、ご自身の天幕にて休まれておられます』
『ふむ。まあ、敵方に走らんだけ良かろう。魔族相手でなければ、このような蛮族、我らだけで充分。
駆逐してくれるわ』
そう言うと総指揮官補佐は、敵兵を表す白い駒の中で、一番大きな王冠を模した駒を指で弾いて転がした。
『ところで、バサラ。一つおかしな報告を受けた』
ローベルトは、転がした白い駒から指先を放し、バサラを見る。
『さて、どのような報告でございましょう?』
『将軍が、この異世界の政治に関わる階級の者を捕らえた、と。
……将軍からは、報告を受けておらんが?
なにゆえか?』
ローベルトの視線が冷ややかなものに変わり、天幕の中の護衛兵、側近の間に、緊張が漂う。
『ああ、申し訳ございません。そのことで御座いましたか』
ただし、その視線を向けられているバサラはといえば、普段と変わらぬ涼しい顔色。
『残念ながら、閣下にご報告する前に逃げられましたもので。失態の手前、報告できずにおりましたの』
『ほう。バサラ将軍にしては、珍しい失態』
『不手際に恥じ入る次第で御座いますわ』
バサラは、口元を手で隠し、恥ずかしがるように軽くうつむく。
『残念ながら、わが軍中より手引きした者が出ましたゆえ』
『ほう……よほど信用のおける者に手のひらを返されたか?』
『はい、副官を任せておりましたアステル子爵でございます。勇者と聖女と親しくしておりましたゆえ、この国への憧れが忠誠を上回ったようで御座います』
『……アステル男爵家の者か』
ローベルトの頬がわずかに苦々しく動きそうになり、意思の力で押しとどめる。
『はい、閣下』
『……そうか』
『されど、追っ手を差し向けております。向かっているのは、南西の敵陣・騎士団本部でございます。ゆえに、我が隊に敵陣撃破の任を与えて頂けますようお願いいたします』
『戦闘での勝利と併せて、逃げた捕虜と裏切り者を捕らえるか?』
『名誉挽回の機会を』
バサラは片膝をつく。アイラインを引いた目で総指揮官補佐を見上げ、妖しく微笑む。
『ふむ……』
ローベルトは、立ち上がると、バサラに背を向け、平静を保っていた顔を一度ゆがませる。そして、大きく息を吐きだすと、バサラを振り返る。
『残念だがバサラ将軍には、北東戦域の指揮を命じる。
南西には、敵主力がいるのであろう? ならば、我が第3軍で蹂躙してくれるわ』
『仰せのままに』
ローベルト公爵の指示に、バサラは、笑みを保ったまま応じる。