死の王クリスト
死の王クリストは、自らの精鋭を投入できるよう、第2軍本陣を先に進めていた。本陣を守るのは、竜牙兵やグール、デスメイル。
『もうすこし、この子らを用意しておくべきであったな』
愚痴が出る。
味方になったとはいえ警戒を怠れない後続の帝国軍に備え、殿である第6軍に重点を置きすぎた。強力な兵たちは、そちらに集中している。敵国・王国の兵士であれば、自らがいれば、どうとでも対応できると考えていた結果だったが……。
『魔素が薄いのお……まさか、王国めがこのような手を取るとはの』
新たな下僕を作り出すどころか、動かすことで精いっぱいだ。
クリストは、王国がトンネルの先を、魔素の無い場所。おそらくは、異世界につないだのだろうと想像している。
そのようなことが出来るか?
理論的には可能だ。ただし、莫大な魔力を必要とする。人間には到底及ばぬ。そう神に近い力が。
『引き返すべきなのじゃが。ローベルトは聞かぬだろうて。魔族めらがおるしの。さてさて厄介なものじゃて』
愚痴が絶え間なくもれる。
体内の魔素を、アンデッドたちに分け与え、新たに取り込むことも出来ず、数百年生きた中で最低の状態だ。
そのせいか、近づいて来る兵士たちにもようやく気が付いた。
『やれやれ、本来ならば、千里を見渡すといわれるわしが、目の届く範囲にしか注意を払えんとはのぅ……』
自らを取り巻くデスメイルの陣の後方から、真紅の鎧たちが近づいてきていた。
『聖女様、いざという時は、我らで道を切り開きますゆえ、そのお方を連れ、先に進んでください。
申し訳ござません。本来であれば、あのお方は、全軍をどこからでも見渡せる存在。このような場所にまで出てこられるとは思っておりませんでした』
『クリスト様?』
『左様でございます』
『それやったら、うちの力の方が役に立つはずやよ?』
『だからこそです。そのお方、トモカネ殿をお守りください』
会話はそこまでだった。
それまでと同様、友兼たちが歩みを進めると、黒い巨兵たちもゆっくりと道をあけるため、波のように左右に割れてゆく。
それがいきなり、ぱっと空間が開けた。
力ずくで壁が割られたように、黒い死神たちが空間から押しのけられ、開けた空間が出来上がる。
その先には、禍々しい黒い影が、揺れる。
目を凝らせば、その中心に紫のローブをまとい、王冠を被った骨が立っている。
(あ、やばい奴だ)
ただの骸骨は、ここまで来るまでの間に見慣れていた。遠目からでも、それらとは一線を画すのが分かる存在。大きさや威圧感は、今は周りを囲む形となった漆黒の巨兵の方が大きい。
ただ存在感が違う。
死がそこにある。
魂が吸い込まれそうな虚無がそこにある。
『バサラ将軍の親衛の方々とお見受けいたす。このような場所で、どのようなお役目かの?』
いつのまに、そこにいたのか。近づいてきたのか。
ずっと見ていたはずなのに、気づけば、数メートル先にローブが立っている。
薄い皮膚をまとった中に浮かぶ黄色の炎に、友兼たちは射すくめられていた。
『伯爵の指示のもと、偵察の任務を与えられております。
ローベルト公爵の指令により、バサラ将軍麾下に情報収集ならびに伝達の命を受けております』
『ほう……あやつめ、ならば、余計な結界を張らねば良いものを。わしの使う伝達魔法では遮られるではないか……。
で、どこへ向かう?』
『前線の様子を確認いたしたく、南西方面が激戦と聞いておりますので。その様子を確認に参ります』
『ふむ。なぜ、馬を使わぬ? 急ぐのではないか?』
『はい。戦前の予想と異なる地形となっております。そのため、兵士たちが密集し、逆に馬では進みにくくなっております』
『そうか、すまぬことをしておるな。わしの子らが邪魔になっておるからの』
『いえ、それだけが原因ではございませんので』
ミシェルは、動揺を声に出すことなく、淡々と、死霊の姿をした老人に答える。
薄い皮を張っただけの骸骨の顔。炎のように揺らめく眼の中の光以外は、表情が動くことは無い。
声は口から聞こえてくるが、あごの骨がカタカタと動くわけではない。
『お役目ご苦労な事だ』
どうやって発声しているかは不明だが、声には、感情がこめられ、今は労わるような気配がある。
指ごとに大きな宝石のはめられた指輪をかざすように、左手を上げる。
その動作に応えるように、背後に整然と並んでいた漆黒の騎士たちが道を作る。
ほっと深紅の兵たちの間に、緊張が緩和される気配が感じられる。
と、背を向けかけた骸骨の頭が、古びたロープで顔を隠している雛菊に向けられた。
『はてさて、なぜ、聖女殿が偵察隊の中におられるのかな?』
背が凍りつきそうな緊張感が場に張り詰める。
『それは……』
『う、うちがお願いしました!』
応えかけたミシェルより先に、雛菊が声を出す。
『ここ、うちの生まれた国やったから、バサラ将軍に無理言うて、外に出させてもろたんです』
『ほほう。ここが聖女殿の生まれた国か……なるほどのう』
聖女の回答に、クリストは感慨深げに大阪城を見上げる。
『偵察も兼ねて、うちの知ってることお知らせしてます』
『左様か。聖女殿にとっては懐かしいことでありましょうの。では、何体か護衛を付けましょう』
『あ……』
クリストの提案に、聖女とミシェルが顔を合わせる。
『い、いえ、偵察ですので、目立つのは……』
『偵察は建前であろう。それより、聖女殿の安全の方が大事ではないか?』
『は、はあ……』
抗弁をやんわり返され、ミシェルは、仕方なくうなずく。
『感謝いたします』
クリストが、手を振ると、たたずんでいた漆黒の巨兵の群れから4体が進み出て、友兼たちの隊列の前後に2体ずつが並ぶ。
『時間が出来たならば、この国の事について、教えておくれ。聖女殿』
その言葉をきっかけに、前に並んだデスメイルが歩きだし、つられて隊列も動き始める。
デスメイルたちが道をあけ、その中を進んでいく。
50メートルほど歩みと、漆黒の騎士たちの群れから、竜牙兵の集団に景色が変わろうとしている。
ミシェルが一度隊列を離れ、はるか後方で佇む死の王へ敬礼する。
敬意と感謝、そして、確認の意味を込めて。
彼女が、列に戻ると、軽く顎を引き、問題がないことを伝える。無事通過できたことに雛菊がほっと胸をなでおろす。
友兼も吐息をつきかけた……
『で、この異邦人の説明はしてくれんのかの?』
無機質な言葉の直後、硬い指が、友兼の肩を掴んだ。
最後、ドキッとしてもらえたかな?