『武力の行使』と『武器の使用』
英語で言えば、どちらも、『Use of force』なのに、日本では、全く異なる意味となる。そんな言葉がある。『武力の行使』と『武器の使用』。
『武力の行使』ならば、憲法9条に違反する。
『武器の使用』ならば、憲法の範囲内。
外国では通用しない言葉遊びとも言えるけれど、日本政府が考え抜いた結果。
「どこが違うんですか?」
「極端に言うと、『武器の使用』は身を守る場合。『武力の行使』は、それ以外全部」
友兼は、聖王国軍、バサラ将軍直轄兵の赤い軽装鎧を着させてもらっている。着付けは、バサラ将軍の近習に任せている。服を脱がされ、異世界の肌着から、革の鎧下と準備されたものを付けていってもらっている。
話のきっかけは、副総裁との話の中で、友兼が聞いたこと。
「自衛隊の出動はどうなってるんですか?」
その質問に、副総裁はぶっきらぼうに答えていた。
「まだだ。知事から要請が来てねぇ。まあ、知事が行方不明で、判断権者は副知事二人なんだがな」
「責任取るのが嫌で判断できないと?」
「まあな。ついでに、知事が行方不明で、生死が判明してねぇからな。生きてたら、越権行為だとかなんとか言ってやがる……まあ、うちの総理も同じだがな。てめぇで判断しろってんだ!と言いたいが。
まあ、異世界からの侵略とか、誰が想像するかって話だわな」
「異世界の国の軍隊ですから、防衛出動でお願いします。武器の使い方に躊躇してたら、被害が広がりますよ」
「国内で、防衛出動か……とりあえずは、治安出動でも、早急な自衛隊の出動を目指すのが先だな。
防衛出動になるか、治安出動になるか。おめぇーさんの煽り次第だな。せいぜぇ、恐怖心と緊張感を高めてやってくれ」
「テレビカメラ担いで行きますんで、相手の指揮官に高らかに宣戦を叫んでいただきましょうか?」
「そいつあ、名案だが、まずは総理に説明してくれ」
スマフォのスピーカーの先から、副総裁に呼びかける声が聞こえてくる。
「車が来た。首相官邸に行ってくるから、お前も早く、警察本部へ行け。……まぁ、無事を祈っててやるよ」
電話が切れた後、聖女と勇者を通じて、バサラ将軍に会話内容を報告し、警察本部まで行かなければならないことを相談した。その結果、将軍の兵とともに強硬偵察の名目で兵を付けてくれることなった。指揮は、将軍の副官がとる。
『ミシェルです。バサラ将軍の命により、護衛いたします』
現れたのは、碧い瞳に、金色の髪をショートカットにした10代の少女とも少年とも見える美人。声も中性的で、副官なのか、小姓なのかと疑問を抱いてしまう。
『その前に衣装を整えましょう』
ということで、近習により、聖女やら勇者たちがいる前で服を脱がされ出した。
「防衛出動と治安出動って何ですか?」
天幕の中で、慌てて背を向けた聖女が、恥ずかしさを誤魔化す為か、先ほどの通話の中で出てきた言葉について質問する。
「防衛出動は、『武力の行使』が可能になるんだ。治安出動の場合、『武器の使用』のみの許可。なので、基本は警察と同じだけの武器の使用、正当防衛が基本となる。身を守る場合だね。
もし、重火器や戦車はもちろん、武器を使おうと思ったら、指揮官の許可がいる。それも、その使用が正当であったとしても、後々、過剰行為として裁判にかけられる恐れがある。
この状況で、そんな枷はめてたら、自衛隊はもちろん、市民にも被害が広がる。
だから、防衛出動にして! ってお願いした」
「へえ~。平和憲法ってやつですね」
勇者の真宮寺が腕を組みながら、頭を上下に振っている。
「でも、『武力の行使』は憲法違反って言ってませんでした?」
「侵略行為に対する国の自衛措置になるから、例外。
外国の武力攻撃のために、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置という奴だね。
自衛権は、国際上法の権利だからね」
「ほ、ほう……」
「だから、防衛出動の場合、外からの攻撃っていう限定があるんだけど。今回は、異世界とはいえ国だから、対象とはなる、はずだ」
「なるほどなるほど……」
真宮寺は、姿勢を変えることなく首を振っているけれど、額の汗からすると理解しているかは不明。
(もっとかみ砕いて説明できたらいいんだけどな)
易しい言葉を使って懇切丁寧な説明をするべきと友兼は思う。でも、ついつい小難しくなるのは、前世や前々世の職業柄か人格のせいか。
「自衛隊が登場から最大火力を発揮して見せれば、相手も撤退を選んでくれるかな~という期待もある」
「バサラ将軍同様、僕も無理だと思ってます。後ろから、帝国が来ています」
「督戦隊みたいなものか」
「督戦隊?」
「後ろから、戦え~って押し付ける奴ら。戦わないと、そいつらに攻撃されるってやつ」
「魔族たちに攻撃される心配はしてますね。ちょっと前まで宿敵ですし、人間と魔族との間の嫌悪感はすぐには消えません」
「それに、そんな相手だと先に手柄をあげたいだろうしね」
「ええ」
話している間に、胸甲の脇の革ひもが結ばれ、足甲、腕甲が留められてゆく。
『似合っているわよ』
外で指示を与えていたバサラが天幕に入ってくる。その口にした言葉を、葵が訳す。
「気恥ずかしいですね」
『あなたたちにとっては、変わった衣装だものね。』
友兼に近づくと、バサラは、手づから鎧の装飾の位置を整える。
『ミシェル。地図は頭に入れたかしら?』
『はっ、閣下。……それにしましても』
『なんだい?』
『よろしいのですか? この者を"目的地にて解放しても良い"とのご命令ですが、貴重な捕虜を手放すようなことをして。また、この者が約束を守らぬ場合……』
『些細なことよ。気にすることは無いわ』
『……』
『そんな心細げな目をすると……もっと不安にさせたくなるわね』
『伯爵様……』
『無事に戻っておいで。彼と聖女様を守ってあげて。そして、あなたも無事に、ね』
頬をポッと赤くする副官に、楽し気に見つめるバサラという共に美しい二人のやり取りに、勇者と聖女は目を背ける。