戦況と焦燥
木を降り、友兼は両手を挙げる。
「武器は持ってません! 話をしたい!」
とりあえず、そう告げてみる。
少女は、同胞と知り、安堵と久しぶりの出会いに嬉しさが込み上げてくる。けれど、少年の方は剣を降ろさず、長身の赤い鎧の様子をうかがう。
白皙の面に映える紅唇。紫のアイシャドーは濃いが、それ以外は薄っすらとした化粧。腰まで届く豪奢な金色の髪を風になびかせる。年のころは、30前だろうか、キレイな顔だちに妖しい微笑みを浮かべている。
青年。
(男だった!)
赤い鎧を着た長身の青年将校。友兼より、頭一つ分背が高い。他の兵士とは違い、明らかに高級そうな鎧に、背には孔雀の羽を後光のように広げている。
(声は少し低いとは思ったけど、口調から女性と思うやん)
『彼、なんて?』
『話がしたいと』
『へ~え』
お姉系の青年は、値踏みするように友兼を見る。
「国会議員です! 政府との交渉を仲介できます!」
『え!?』
高校生くらいの少年には、国会議員だという人物はそれだけで驚きに値するようだ。
『なあに? 驚いたみたいだけど?』
『彼は、議員……政治を行う人、えーと……』
『ああ、前に言ってたわね。古代帝政の評議員ね』
『ええ、はい。それです』
『そう……それは使えそう、ね』
青年が目を細め、唇を意味ありげに舐める。
『色々と検討が必要ね。彼を連れてきて、天幕を張らせるわ』
青年は、背を向けると三人について来るように促す。
『お茶にしましょう』
「盾を掲げろ! 盾の無い奴は、車の陰から出るな!」
中条は、バリケードを築いているワンボックスの中から叫ぶ。
広場からは、すでに撤退し、橋の北側に改めて橋頭保を築いている。
広場では優勢な展開で騎馬武者を駆逐していたが、歩兵が、燃えるさかる車のバリケードからではなく、大阪城ホールから姿を現したときに情勢は逆転した。ホールの南側の入り口から、歩兵たちが強行突破したらしい。ホールが強襲され、突破されたのだ。
それに少し遅れ、機動隊が駆けつけてきた。
(もう少し早ければ!)
唇を噛んだが、広場からの撤退を決断し、命令した。大阪城ホールには、まだ多くの観客や来賓たちが居たと思われるが、断腸の思いで諦めることを決めた。
広場の市民はおおかた退避させることができたことだけが救いだ。
「これ以上は好きにさせん!」
決意を固め、矢が降り注ぐ中、大声で、また無線で、中条警務部長は警官たちの指揮を執る。
大阪府警本部の指令センターには、本部長をはじめ三役が、モニターに映し出される地図、状況分析を注視しながら指示を下す。
テロの発生した直後の時点では、全く状況を把握できず、混乱を極めた。
それが、現場の報告から徐々に事態を把握し、中条警務部長からの状況報告と『いち早く銃器使用の許可をすべし』との強固な要請から、発砲の許可、SATを初め銃器部隊の出撃を決断できたことにより、大阪城西側から南側にかけては、防衛線を築くことができ、逆にテロリストを押し返すことが出来ていた。
「ゾンビや骸骨だと!?」
にわかには信じられないような報告にも、機動隊が到着したことにより、混乱はあるものの均衡は保たれている。
「ヘリからの映像は?」
「回線戻りました。モニターに出します」
電波が途切れていた、大阪城上空を飛ぶ警察ヘリから映像がモニターに表示される。
「む……」
天守閣を中心に、群衆の姿が見られる。
数万という数の鎧姿の人の群れと白い影。白い影は、骸骨だろうと想像できる。
「他県への救援要請への回答は?」
「奈良県警、兵庫県警より、既に進発の連絡が来ています。京都府警、和歌山県警からも順次部隊編成が整い次第、との事です」
「急いでもらえるように伝えろ。警視庁は?」
「近畿圏含め、機動隊を中心に応援に駆け付ける。一部部隊は早ければ、3時間以内に到着予定、との事です」
「自衛隊は?」
「準備は整えているとの連絡は入っています! ただし、知事からの要請、総理大臣からの命令が無く、動けない。防衛大臣の指示を受けるまで、支えてくれるよう。武運を祈る、との申し伝えがありました」
「うむ」
本部長は、机に両肘を立てた、その口元を両手で覆う姿勢で状況報告を聞いている。
「その、知事は?」
「全国警察対抗剣道・薙刀選手権の開会式に出席予定で、大阪城ホールで待機されていたそうですが、テロリストがホールへ突入直後から携帯電話がつながらなくなったとの事です。……おそらくは、無事ではないかと」
「で、副知事では、自衛隊の出動要請は出せないわけか。
……これだから官僚は! ここに至っても責任回避か!」
「首相の決断を待つしかありませんね」
総務部長が、ため息とともに応じる。
「北西部分以外は抑えられていますが、これ以上増えると対応できませんね」
「そうだな……」
深く深く本部長は嘆息する。
「しかし、やれるだけのことはせんとな。市民の避難を急いでくれ」
「はっ!」