歪んだ皇太子夫婦の日常4
無言でずっと悩んでいる心酔する主の前に護衛騎士が跪く。
「必ずお守りするので、願いを聞かせて下さい」
リーンは護衛騎士の顔をじっと見て覚悟を決め小さな声で呟く。
主の決死の願いに護衛騎士は笑顔で頷く。
「お任せください」
丁度リーンを諌める良識的な護衛騎士は席を外していた時だった。
もちろんいけないことはわかっていた。
それでもリーンは耐えられなかった。そして頼れるのは兄しかいない。信頼する護衛騎士に背中を押されて、飛び出した。
***
研究所に突然現れた皇太子妃を研究員は気にしない。
リーンは兄を探して歩きまわる。
研究員は研究第一の変わり者ばかりのため、皇太子妃の勝手な行動も目を瞑る。
自分の邪魔さえしなければ構わない。
どんなに身分が高くても研究の邪魔をするなら追い出すのが研究員である。
リーンはようやく兄を見つけたので、隣に座る。
兄王子は隣に座る妹の思いつめた深刻そうな顔を見て、研究を中断して手を繋いで来賓室に移動した。
「お兄様、私、おかしいんです」
「症状は?」
「一過性の心拍の上昇が…。激しい運動などしてませんのに」
兄王子は妹が本気で言っていることに違う意味で心配になった。
ふと妹の過去を思い出した。
自分の妹の一風変わった子供時代を。
幼い頃は自室で過ごし、元気になったら社交を叩き込まれ、留学して諸外国を回っていた。
父はリーンの部屋には許された者しか入れなかった。
母は伯爵家出身だが寵妃。
母に似たリーンは姫の中で一番気に入られていた。
家族の訪問を笑顔で迎え入れ、不満も言わずに病気と戦う妹は確かに健気で可愛かった。
他の姫のように我儘も不満も言わない。
誕生日に欲しいものを聞くと、「会いにきてくれただけで十分」と笑い、愛娘の病気が治らず悲しむ母に、「リーンは短い命でも優しい家族のもとに産まれて幸せです」と微笑みかける優しい妹だった。
兄王子はリーンが外の世界に憧れているのを知っていた。
窓からぼんやり、リーンに見せつけるように騒ぐ姫の様子を見ているときに「いいな」と呟いていた。
自分の呟きを聞かれたことに焦り慌てて笑ってごまかした妹が切なかった。
兄王子は小さい体で家族のために必死に強がり笑いながら病と戦う妹を死なせないために、世界を回ることにした。
国王は兄王子の決意を支援してくれた。
国王ではなく、父としてリーンに生きて欲しいと願っていた。
時間はかかってもリーンの治療法が見つかった。
リーンが元気になるに伴い母は生きぬくために知識と社交の技術を叩き込んだ。
リーンは優秀だった。
病弱だったリーンの世界は両親と兄と弟と忠臣だけ。
ただ部屋から出たリーンには義理の姉達からのやっかみが待っていた。
初めてリーンが視察に出ると、民達の歓迎に驚き、純粋に笑顔を向ける民達に嬉しそうに笑っていた。
リーンは頭の回転が早く母の指導のおかげで社交もうまかった。ただ義姉達はリーンを嫌い、リーンが国内での交友を広め、姫として認められれば認められるほど、向ける視線が冷たくなっていく。深窓のリーン姫は義姉達が王族なのに、なにもしないリーンを蔑んで広めた言葉だった。
リーンは負けずに王族としての努めを意識して行動していた。それでもリーンが部屋にこもっていた7年間は消えない。責任感の強いリーンにとっては負い目だった。
父がリーンの留学を許したのも、国内より国外のほうが気が休まると思ったから。
兄王子は今後リーンが生き抜くために伝手を増やせと宿題を出すと想像以上の成果で帰ってきた。まさか留学先から縁談の申し込みが殺到するとは予想していなかった。
国王はリーンを手元に置きたかったが、優秀な妹は有能な駒になってしまった。
リーンが婚約者候補の中で一番国の力が弱い小国の皇子を選んだことで義姉たちのやっかみはおさまった。
兄王子が珍しくぼんやりと過去を思い出す姿にリーンは心配になってきた。
「お兄様、聞いてますか?」
「聞いてるよ」
兄王子にリーンの言葉はきちんと耳に入っていた。
心拍が上がって、何も考えられなくなって、体が熱くなり、自分がおかしいと深刻そうに語る言葉を。
父が聞いたら悲しむだろうと思いながらも兄としては幸せそうな妹の姿は複雑だけど歓迎した。幸せそうな妹に免じて王宮で会った皇子とリーンの夫が違うことは目を瞑る。
そして兄として優秀なのに鈍い妹にかける言葉は一つだった。
「旦那に言ってみろ」
「嫌です」
「その病は治らなくても支障はない」
リーンの生活には支障があった。
だから離宮を抜け出してきた。ルオに話せるなら抜け出すなんてしなかった。興味なさそうな顔をしている兄をリーンは睨みつける。
「あります。困ります。公務にも」
バンと乱暴に扉が開く音がした。
ルオが駆け込み兄を睨んでいらリーンの肩に手を伸ばす。
「突然いなくなるから心配した。具合が悪いのか?」
リーンは自分を抱き寄せる夫の胸をそっと押して、兄王子を見た。
兄は妹を適任者に任せることにした。
「リーン、その症状が起こるときって、同じ相手といるときだろ?」
リーンは兄の見立てに驚く。
ルオを見ると自分がおかしくなることは伏せていた。
「お兄様、」
「症状ってなに!?義兄上、リーンは!?」
ルオはリーンの護衛騎士が主を探して訪ねてきたので不在に気づいた。
部屋に争った後はなく、リーンについていた護衛騎士は手練でリーンに心酔していた。
イナはリーンは自分で抜け出したと進言し、行き先の心当たりを聞いたルオは馬で飛び出した。
突然リーンが離宮を抜け出し、義兄を訪ねるなどルオは嫌な予感しかしなかった。
ただイナは全く心配していなかった。
落ち着いているイナの様子にルオの側近は寵妃に振り回されている主を待つことにした。
兄王子は妹に振り回されている真っ青な顔で自分を見ている義弟に笑う。
「誰かさんといると心拍が上がって、何も考えられなくなって、体が熱くなるらしい。俺は妹のこの病を治したほうがいいのか?」
ルオは力が抜けて、リーンの肩に顔を伏せる。
「ルー様!?」
悲鳴をあげたリーンの声にルオはゆっくりと顔をあげた。
心配そうに自分を見ているリーンに笑いかける。
「俺のほうが重症ですから必要ありません。お騒がせしました。帰るよ。勝手に離宮を抜け出さないで。護衛がいても心配だから。その病は俺が教えてあげるよ」
ルオはリーンの肩を抱き、膝の裏に腕をいれて優しく抱き上げる。
「え!?いえ、私はお兄様にご相談を」
「その病は専門外だ。俺は研究したいからさっさと帰れ」
「お兄様は妹よりも研究なんですか!?」
「探究心をとめることは死ぬことと同じだ」
ルオは兄王子に助けを求めて騒いでいるリーンを馬に乗せて、離宮を目指す。
研究所を出た途端にリーンは人目を気にして静かになった。
リーンはルオの馬に相乗りさせられ、寝室まで運ばれベッドに降ろされた。自分はおかしいが、具合は悪くなかった。
「執務に戻らなくていいのですか?」
「リーンが愛しすぎて無理。集中できないから、明日から頑張るよ」
リーンの心拍がまた上がった。
最近、ルオを見ると起こる症状だった。
ルオは胸に手を当てているリーンを抱き寄せて、耳を自身の左胸に当てさせた。リーンの耳に聴こえる心臓の音がいつもより速かった。
「俺はリーンを見つけると目で追うし、いつもリーンのことが頭から離れない。リーンのことしか考えられない。ずっと俺の腕に閉じこめていたい。リーンが他の男といると嫉妬で狂いそうになる。リーンが腕の中にいると幸せでたまらない。まだまだ止まらないけど大丈夫?」
リーンはルオの言葉に、目を潤ませて顔を真っ赤に染めている。
ルオは欲望に負けそうになるが、理性を総動員していっぱいいっぱいのリーンに手を出すのを我慢した。
「ルオは顔、あ、赤くならない」
ルオは赤面しそうになると、顔を見られないようにリーンを抱きしめてごまかしていた。
むしろ最初の頃は赤面していたのはルオだった。ルオはリーンの記憶に残っていないことを喜ぶべきか悲しむべきか一瞬迷った。
「時々なるけど、必死で抑える方法を習得したから。俺はリーンのその病との付き合いは長いから。死ぬまで付き合うつもりだよ。」
「なんで」
ルオはリーンが鈍いことはよくわかっている。いっぱいいっぱいのリーンの長い髪をすきながらゆっくりと言葉をかける。
自分で説明するのは照れくさくても、腕の中の妻を誰にも見せたくなかった。
「幸せな病だから。それに嬉しいよ。俺はリーンに思われなくてもずっとリーンを愛するつもりだけど、まさかな。願いが叶うなんてな。俺にとってリーンが特別なように、リーンにとって俺は特別なんだよ」
「特別?」
「リーンの症状は世間では恋と言われるものだよ。一緒に祭で踊った夜は俺はリーンのことが頭から離れなくて眠れなかった。相手のことしか考えられなくなる。一緒にいると幸せでたまらない。どうすれば伝わるかな。俺はリーンを誰よりも愛してるし大切に思っているよ。リーンのためならなんでもしてやりたくなる」
ルオの言葉でリーンは自分がおかしくなっているのがわかっていた。
体は火照り、さっきから心臓の動きもどんどん速くなり収まらない。
「ルオといるとおかしくなる。でも腕の中にいると、安心する。会いたくてたまらなくなる。公務に支障が」
瞳を潤ませ、真っ赤な顔で悩んでいるリーンにルオは笑う。
一番心配するのは公務ということにも。
「それなら会いにくればいい。リーンならいつでも歓迎するよ」
「どうすればいいのかな」
「そのままでいいよ。俺としてはもっと重症化してほしいけど。でもどんなリーンも愛しすぎてたまらない」
「ルオはおかしい」
リーンは自分の深刻な悩みをそのままでいいと笑う夫に戸惑っていた。
「嫌?」
「ううん。どんどんおかしくなってルオから離れられなくなったらどうしよう」
「大歓迎だけど」
リーンはルオに見つめられ見惚れていたが、しばらくすると思考する余裕がでてきた。
「公務に支障がでます。でも、病気じゃないんだね。良かった」
一人納得して頷いているリーンの顔にそっと手を添えてルオが覗き込んだ。
「どうした?」
「病気になると、皆が悲しい顔をするの。私はそんな顔は見たくなかった。本当は苦い薬も苦しい治療も、嫌だった。私が辛い顔すると皆のほうが痛そうな顔するの。それが一番嫌だった」
ルオはリーンを強く抱きしめる。
凛として気高く慈悲深い妃が、寂しがりやで怖がりなことに気付いていた。悲しいほどに、人のために無理をすることも。
「リーンらしいな。もし病気になったら、泣き叫んでいいよ。俺はリーンが生きるためならなんでもする。俺が泣いたらリーンが慰めてくれればいい。弱音もどんな感情も俺が受け止めてやるから。生きるために頑張ってくれって頼み続けるけど。俺の前では無理しなくていい」
無茶を言う夫にリーンが小さく笑う。
「どうせ死ぬならルオの腕の中で死ねたらいいな。一人の部屋は寂しいから」
「縁起でもないことを。でも俺はリーンを一人にさせたりしないよ」
「ルオは不思議。ついつい甘えたくなる。そのうち、一人で立てなくなったらどうしよう」
「そしたら俺が抱き上げるよ。リーンは俺の側にいればいい。それに愛しい妻に甘えられて、喜ばない男はいないよ」
「ルオはすぐにからかう」
「全部本気だから。でもリーンのその病気は俺だけにして。他の男は駄目だ。甘えるのも」
真っ赤な顔で潤んだ瞳で見つめる妻にルオの理性が負けた。
「ごめん。リーン、愛しすぎて我慢できない」
リーンは甘さのこもった視線にたえきれず、目を閉じると口づけられた。
そのまま二人は互いの熱に溺れた。
空気の読める家臣は呼ばれるまで二人の邪魔をすることはなかった。
***
リーンは自分の中の感情を認めた。
イナに貸してもらった本の症状と同じだった。
イナは恋を知らない主のために幾つかの小説を渡していた。
自分を求めて抱き寄せる腕は気持ちが良かった。
ルオはどうしてリーンを大事にしてくれるかはわからない。
それでも、宝物のように大事にされているのはわかる。
「美しい」
「愛してます」
「この抱えきれない想いをどうお伝えすれば―――」
他の男に囁かれる愛の言葉も称賛も何も感じなかった。
ルオの言葉も同じ。それでも最近は違った。
最初はルオの言葉に胸がじんわりとあたたかくなり、最近は体が熱くなり、恥ずかしいけど嬉しくてたまらなくなる。
ずっと一緒にいたくて、離れる時に手を伸ばしてたのはルオだけだった。
大好きな家族や民とは違う感情。
リーンにとって自分の体が制御できないのは初めてだった。
イナは窓を見ながらぼんやりしている主を見ていた。
イナの主は鈍い。
皇太子が妃に惚れこんでいるのは有名である。
リーンへのルオの態度を見れば誰でもわかる。
自分が夫に恋してることがわかり、溺れたらどうしようと不安を抱えるリーンは、すでに自分の夫がリーンに溺れていることを知らない。
時間が空けばすぐにリーンに会いに来ているルオに気付いてない。会いたいのに、会いにいくことを思いつかない主に笑う。
「姫様、会いに行かれてはいかがですか?」
リーンはルオのことを考えていたことをイナに気付かれたことに慌てる。
「わかりやすいから無駄ですよ。会いたいなら行けばいいんですよ」
「理由もないのに行くなんて……」
ルオが理由もなくてもリーンに会いにきていた。リーンの手が空かないならただ椅子に座って眺めているだけのことも。
「大丈夫ですよ。行ってらっしゃいませ。今日はもうお仕事ないんでしょ?」
「だけど……」
ルオが研究所を作ったため、今のリーンは暇を持て余している。
時間ができるとルオのことを考えてしまう自分に気付いていて戸惑っていた。
「花でも摘んでいけばいいかな。お菓子でも焼けば、」
イナの主は研究と恋愛に関しては全く頼りにならない。
「行ってらっしゃいませ」
イナはリーンの背中を軽く押して執務室から追い出した。
リーンは執務室を追い出され、とぼとぼとルオの執務室を目指したが近づくにつれて足を止める。
理由もなく訪ねるのはやはりおかしいと迷っているリーンの様子に護衛騎士は苦笑する。
主の初恋はなかなか見ものだった。
廊下で立ち止まるリーンはルオの護衛騎士の目に止まっていた。事情を察した護衛騎士はルオを呼ぶことにした。リーンの初恋はわかりやすすぎて離宮内に知らない者はいない。
そしてルオが誰よりも喜んでいることも。
「殿下、リーン様が廊下で立ち止まってますけど」
ルオは護衛騎士の言葉に書類を置いて立ち上がり、部屋を出て行く。
護衛騎士はルオの行動の早さに、幼馴染が良い意味で変わったと消えていく背中を眺めた。
リーンはルオが執務室から出て来たので慌てた。
やっぱり邪魔だから帰ろうと踵を返そうとすると、肩を掴まれて顔を覗きこまれていた。
リーンは恥ずかしくて下を向く。
ルオは赤面しているリーンと後の護衛騎士の愉快な顔に察してニヤけるのを我慢する。
「会いに来てくれたの?」
リーンは迷った。
用もないため帰ろうとしていた。
「それなら物凄く嬉しいけど」
リーンが小さく頷いた。
ルオは愛しい妻の行動が可愛くて休憩を決めた。
「せっかくだから散歩に行こうか。俺もしばらく離れたくない」
リーンは執務の邪魔をしたくないため首を横に振る。
「ルオ、仕事は?」
「後ででいい」
「だめ」
「じゃあ俺の執務室に行こうか」
「邪魔したくない」
「邪魔じゃない」
ルオは真っ赤な顔で逃げようとするリーンの額に口づけを落として、ぼんやりして固まった体を抱き上げて執務室の椅子に座る。
リーンが我に返ると自分を抱き上げたまま仕事を始めたルオに戸惑い、降りようとするもお腹に回された腕が離れなかった。
ただ真剣に書類を読むルオの邪魔になってはいけないので声を出していいかわからなかった。
ルオは赤面しながら自分の膝で大人しくしているリーンに驚きながらも、せっかくなので満喫することにした。
ルオの侍従は主の行動に驚いたが主が幸せそうなので気にせず手を進める。
皇太子夫婦が人目を気にせず甘い雰囲気になるのは見慣れていた。美女が主の真剣な顔に見惚れているのも中々愉快な光景である。そして、リーンがいる所為かルオの仕事へのやる気があがり手の進みが早いのに気付き、思い直して歓迎した。
リーンは段々落ち着きを取り戻し思考する余裕ができた。
ふとルオの処理している書類が目に入り、サインしようとする手を掴んだ。
領地から作物の収穫が厳しいための税の免除と支援金の助成の申請書だった。
リーンは離宮にいても情報収集は怠らない。飢饉が怖いので不作や気象の情報は注意深く集めていた。
「これ、おかしい」
「リーン?」
「あ、越権行為、」
まずいことを呟きルオの手から手を放し焦っているリーンにルオは苦笑する。リーンがルオの執務に口出さないようにしているのは気づいていた。
「いいよ。話して」
リーンはルオの顔を見上げてしばらくすると頷いた。
説明を聞いたルオと側近たちがリーンを凝視した。
遠く離れた辺境の領地の情報を離宮からほとんど出ないリーンが持っているとは誰も思わなかった。
「リーン、その情報はどこで」
「商人達からの手紙です。必要なら臣下に裏を取らせます」
「もしかして小国に影を仕込んでますか?」
影は大国の隠密部隊。
名前は知られても誰も見たものはいない集団である。
「大国の影を動かせるのは国王陛下だけです。私の臣下と友人達が情報を集めてくれていますが」
「恐れながら……」
リーンは側近達から聞かれた質問に一つ一つ答える。
側近達が手に入れられなかった情報を話す様子に唖然としていた。
リーンは戸惑われる理由がわからなかった。
「殿下、リーン様に情報収集班と隠密部隊を預けませんか?うちの国で一番情報を持っているのはリーン様ですよ」
「リーン、一番手に入るのが難しかった情報教えてくれる?」
「難しい?」
リーンの首を傾げる顔に、妻にとって集めるのが難しい情報はないのかもしれないと言葉を変えた。
「一番知られたくないだろう情報は?」
リーンはルオの耳に囁く。
ある領主の後継問題。
後継者に指名されたのが夫人が愛人と作った子供ということを。おしどり夫婦と言われている家の実情はルオには初耳だった。
「リーン、どこまで情報集めているの?」
「え?密度の違いはあるけど、世界中。情報は命だもの」
「大国では常識?」
「私のはお遊び程度。」
「お遊び…。給金は?」
「個人資産。趣味だから小国のお金には手を出してないよ」
ルオは悩む。趣味として片付けるには惜しすぎる。
大国が強国なのは知っていたがリーンの遊びにも敵わない自国の部隊に切なくなった。
「国で金を出すから、うちの情報収集班に組みこみたい」
仕事の話なので、リーンは頭を切り替える。
「命令でなければご勘弁を。彼らは組織に属するのを好まない者たちです。礼儀も不十分です。国として雇うことはお勧めしません」
「リーンに危害を加えることは?」
「ありえません。彼らは私の価値をわかってます」
「うちの情報収集班を強化させたかったんだが……」
「それなら私の侍従をお貸しします。厳しいので、見込みのある方を選ばせたほうがいいと思います。人には向き不向きがありますから」
「リーン様、すみませんが……」
ルオに会いにきたリーンは質問責めにあっていた。
ただリーンの情報のおかげでルオの仕事が片付いた。
正しい情報があれば決断するのは簡単だった。
ルオは優秀過ぎる妻に言葉が出なかった。
側近達の強い希望で、リーンの力を借り翌日からリーンの侍従が情報収集班に出張することになった。
「リーン、ごめんな」
「何が?」
「会いにきたのに、全部仕事になっただろう」
リーンは申し訳なさそうにするルオに笑う。
「一緒にいられればいいの。ただルオに会いたかっただけだから。それに恥ずかしいけどずっと腕の中にいられるのは心地よかった」
「俺は毎日あのままでもいいけど」
「私がぼんやりして支障をきたすから駄目」
「途中から全然そんな感じはなかったけど」
「大ありです。緊張したり安心したり情緒が不安定すぎて仕事にならない」
「残念だ。でも二人っきりが一番だよな。」
ルオは二人っきりの部屋でリーンを愛でることにした。
リーンの初恋症状が落ち着いても、人目を気にせず甘い雰囲気になるのは変わらなかった。