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皇太子夫妻の歪んだ結婚   作者: 夕鈴
番外編

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8/33

歪んだ皇太子夫婦の日常3

リーンは執務室に訪ねてきたルオの言葉に首を傾げる。

ルオはもう一度同じ言葉を繰り返した。


「明日、休みだから出かけないか?」

「視察?」

「違うよ。遊びにいかないか?」


リーンには急ぎの仕事はない。

だが皇帝から任される仕事が増えているルオは多忙だった。


「休みならゆっくり休んで」

「二人でベッドで過ごすのもいいけどさ。せっかくだからお忍びしよう」


リーンはルオの言葉通りなら休めないと知っている。

逆に体が疲れることをしている様子が脳裏に浮かび、ほんのり頬を染めた。ルオはリーンの頭に浮かんだことは全力で気づかないふりをして戸惑う妻に言葉を重ねる。

ルオは体力と剣には自信があった。


「俺さ外交はできないけど、腕なら自信あるよ。俺がいれば命の危険はない。視察以外で離宮を出たことないだろう?」


リーンは忙しいのに息抜きをさせようとしている夫の気遣いが嬉しかった。多忙な夫が心配でも熱心に誘われ断るのは気が引けた。それにリーンもすれ違いが多いルオと一緒に過ごしい気持ちはあった。


「旦那様の言葉に従います」

「決まりだな。また後でな」

「はい。いってらっしゃいませ」


リーンは満足そうに笑って執務室を出て行くルオを見送り、後で何か差し入れしようかと考え始める。

多忙なルオを休憩させるのはリーンの大事なお役目になっていた。どんな時でもリーンを嬉しそうな笑顔で迎えるルオに胸がくすぐったく、幸せそうな顔で差し入れを食べる姿を見ている時間も好きだった。

優秀なリーンの臣下はお忍びの相談を堂々とする二人に突っ込みはいれない。お忍びでも護衛せずに外出させる選択肢はない。堂々とか忍んで護衛するかの違いだけである。


***


翌朝、ルオの腕の中でリーンは目をさました。

ルオはリーンが寝てから帰り、目覚める前に出て行く日が続いていた。

リーンは久々の夫の腕を堪能しようと左胸に耳を当てる。リーンはルオの心臓の音を聴くのが好きだった。

しばらくするとルオが目を開ける。


「起きるか?」

「もう少しだけ」


ルオは抱きつく妻の髪を梳きながら、気がすむまで好きにさせることにした。

ルオはリーンに見惚れても平静を装えるほどの余裕はできた。リーンに面会を求める貴族や王子を見て腹を括り、格好つけるのはやめて、正直に生きることにした。

リーンが愛しく、可愛いくてたまらないことを口に出し抱きしめる。

心臓の鼓動は速いし、ぼんやりするけど、我に返ってもリーンが腕の中にいることが幸せだった。

最初は戸惑っていたリーンが段々甘えてくるようになったのもたまらなかった。

ようやく自分の胸から顔を上げた妻に口づけをおとすと、ふんわりした笑みに見惚れた。甘える妻に手を出さないように自制心を総動員してルオは起きあがる。

今日はどうしてもやりたいことがあった。




「これ、着てくれないか?」


リーンはルオに渡された簡素なワンピースを身に纏った。

ルオはどんな姿も可愛いリーンに頬を緩ませ帽子を被せ、王家の紋章のない馬車に乗る。人通りの少ない道で馬車から降り、人が賑わう街を目指すためルオは強引にリーンの手を繋いでゆっくりと歩き出す。

指を絡め合って手を繋いで歩くのになぜか頬が赤くなる自分が恥ずかしくてリーンはルオの腕に抱きつく。

ルオはリーンの様子に顔がニヤけるのを我慢した。

最近、リーンが向ける恋い焦がれた顔が堪らなかった。


「ルー様」

「今はルオでいい」


リーンは優しく笑うルオに頬を染めて頷く。

街は祭りのため人で賑わい広場では音楽に合わせて民が楽しそうに踊っていた。


「踊るか?」


首を横に振り、ベンチを指さすリーンの希望でベンチに座る。リーンはルオに寄り添いながら賑わう人々をぼんやり眺めていた。

ルオとゆっくりするのは久しぶりなのでリーンは離れたくなかった。ふとリーンの中で懐かしい記憶が浮かんできた。


「まさかまた見られるとは思わなかった」


リーンは大国に帰国してからは、王族らしく務めていた。

お忍びをする気はなく、立場上許されないこともわかっていた。

感慨深く零す言葉にルオは笑う。


「リーンが願うならいくらでも連れてくるけど」


ルオにとってお忍びなんて簡単である。

宮殿を抜け出すことも。

今は護衛を隠して連れていたが、皇族の身分を隠してお忍びを手配するのは容易いことだった。


「そういえばルオはお忍びが趣味だったね」

「よく宮殿を兄上と抜け出していたからな」


リーンは同じようなお忍び好きの兄を思い浮かべた。


「どこの王族も曲者ばかり」

「俺は大国の王族はリーンしか知らないからな」

「外見に騙されないでね」


リーンの外交や交渉手腕はルオには真似できない。

相手をのせて、気づくと契約をすませている手腕は詐欺のようだった。

ルオにとって相手が上機嫌で商談を終わらせているのが一番怖かった。リーンが外交を担ってからは国力が負ける国にさえ小国が不利になる契約を結ぶことは一度もなかった。


「情けないけど、会うときは側にいてほしい。カモにされる未来しかみえない」


気まずい顔のルオにリーンは笑う。

苦手なことを正直に口に出す所は好感を持っていた。ルオの苦手はリーンが補うつもりだった。

小国は大国と違って穏やかな国であり貴族同士の騙し合いもほとんど行われない。

大国王族なら簡単に操れる貴族ばかりで溢れていた。

リーンも時々貴族達の人の良さを利用している。このぬるま湯のような環境で育ったルオには曲者のいる他国とのやり取りは任せられず、大国の王族には会わせたくなかった。


「もちろん。お兄様達相手でも負けないように頑張るわ。私は皇太子妃だもの。それに笑顔を見ると力がわくから」


リーンは大国も家族も民も大事である。

大国の王族としては小国が大国のためになるように動かないといけない。

リーンは小国を豊かにして、大国に利のある同盟国とするつもりである。

大国は小国が友好国として、敵対しないことを示しているうちは牙を向けない。

小国が大国に刃向かうならリーンは内部から壊すか、間者として国王に報せなければいけない。

歴代の他国に嫁いだ姫の役割だった。

嫁ごうとも大国の王族としての役割が一番と大国の姫は教え込まれる。

他国の国主に嫁げるのは、国王が認める優秀な者だけであり、姫達は嫁いだ国に自分の役割を悟らせることはなかった。思惑を隠し嫁いだ国の正妃としての役目も全うしている。国王の御眼鏡に敵わない姫は自国の貴族か他国の王族以外に嫁がせられる。友好の証の駒として。

有能な姫を輩出するために、国王はたくさんの妃を娶っている。

姫の役割を知るのは国王と宰相と国主に嫁がされた姫達だけ。一部察している者もいるが決して口にすることはない。


昔のリーンなら躊躇いなくできた。でも今は嫌だった。

だからリーンは小国の民やルオのためにうまく動く。小国が大国とずっと友好国でいられるように。

ルオはリーンを騙さないと約束してくれた。

でもリーンはルオを騙して、手を回していくつもりだった。


「力?」


ルオの言葉でリーンは我に返る。

ルオの視線が目の前の民衆にあり、自身が冷たい顔をしていないことに安堵し、民に向けるための表情を纏う。


「うん。私達には権力がある。上手に使えばたくさんの人を幸せにできる。生きれることは尊いことだから。でも生きるだけでは幸せにはなれない」


慈愛に満ちた顔で民を見ている年下の妻は綺麗だった。

そしてルオにはない熱意だった。


「リーンはよくそんなに民の為に熱心になれるよな」

「民と国のために生きるのが王族のさだめだもの。今は皇族ね。それに私を生かしてくれたのは大国民とお父様達。いずれ恩を返さないと」

「大国にいたかった?」


リーンはルオが優しくて誠実なことは知っている。

大国の利が一番と育てあげられる大国の姫であるリーンをルオは知らない。

リーンはルオに表向きの言葉を伝える。


「ううん。大国にいても私は役に立たないから。王家の姫の役目は他国に嫁いで、両国に繁栄をもたらすことだもの」

「そうか……。俺はリーンほどの志は持てないんだよな」


リーンはしみじみと呟くルオが真剣に政務に取り組む姿を知っている。

ルオが自分の価値に気付かないから、リーンはルオのことはその分自分が大事にしようと決めていた。

それにリーンは自分の思い入れが強すぎることを気付いている。リーンは大国の他の姫たちと境遇が違った。


「私は大国の姫でなければこんなに生きられなかった。誰よりも王族として恩恵を受けてきた。お父様やお兄様が私のために病を治す薬を探してくれた。多大な時間とお金をかけて。」


リーンは自分の病を治す方法を父と兄が必死に探してくれたことを知っていた。王族なのに、務めを果たさない自分は姫としての価値はなかった。それでも父達はリーンに生きることを望んでくれた。


「え?」


リーンの言葉に驚く夫の声に小さく笑う。

大国では有名でも離れた小国には伝わっていなかった。


「聞いてないの?体が弱い深窓のリーン姫の話を。縁談相手のことはしっかり調べないと。でもルオは仕方ないか」


リーンはルオが大国に訪問した事がなく、自分達の婚姻の事情を思い出し静かに昔話を始める。

ルオは病弱だったというリーンと、子供時代のことを穏やかに話す妻とが同一人物に思えなかった。

自分と出会った時は元気そうに見えていた。ただリーンは色白で華奢であり、ルオは大国の人間の特徴なのかと思っていた。ルオは大国の女性貴族はリーンしか認識していない。

リーンの臣下が大国貴族ばかりで健康的な肌色を持つイナが伯爵令嬢とも知らない。


「今は大丈夫なのか?」

「うん。普通の人ほど強くはないけど。でもお兄様に死にやすいから病気になったら報せなさいって言われてる。変人だけど、私のお兄様は優しくて心配性なの」


笑いながら聞かされる内容はルオにとっては笑いごとではなかった。

自分の体に寄り添い微笑むリーンがいなくなるなど考えたくない。

ルオはリーンを貧困地域や病が蔓延する場所に近づけないことを決め、帰ったらリーンの視察の予定を組み直す予定を立てた。

そして医療整備を整えることも。

小国の医療は大国には及ばない。

リーンが病に罹って、薬が間に合わずに死ぬなんて耐えられない。

せっかく巡ってきた幸運な日々を手放したくないルオは皇太子の地位に初めて感謝した。

国を大きくすれば力が手に入る。リーンとの穏やかな時間のためなら……。リーンが民の様子に微笑みかける顔を見て、リーンの心を手に入れるためじゃなく自分のために皇帝になることを決めた。

リーンとの幸せな時間を作るためなら、権力はいくらあっても邪魔じゃない。リーンが笑ってくれるならなんでもできる気がした。

思わず抱きしめると静かに自分の胸に体を埋め、そっと背中に手を回すリーンがルオは愛しくてたまらなかった。


***


ルオとリーンのお忍びからしばらくして連日リーンは専用の厨房に籠っていた。

離宮を建てる際のリーンの要望で作ってもらった場所だった。

最近は視察の予定が減ったので空き時間が多く暇だった。

リーンは知り合いの商人達に小国でも育ちやすい作物と見慣れない作物があれば売ってほしいと頼み、芋という珍しい食材を手に入れた。

飢饉はいつおこるかわからない。

民が飢えないように、強くて育ちやすい食物を探していたリーンは離宮の庭に作ってもらった畑で芋を育て始めた。

離宮を好きにしていいとリーンは許可をもらっていた。

警備の関係上、人の出入りだけはルオの確認が必要だったが。

リーンは商人から芋を全部買い取り、栽培と同時に珍しい芋料理の研究に夢中だった。

芋はお腹にたまるので、リーンはルオと食事の席を共にしてもお茶しか飲めない。


「ごめんなさい。先に食べました」

「いや、いいんだけど……」


リーンは食事の用意はいらないとあらかじめ伝えている。イナが淹れたお茶を飲みながら料理を食べるルオに微笑む。

ルオは自分の前で全く食事をしないリーンの様子を不審に思っていた。

数日なら目を瞑った。

しかし半月も続けば心配になる。


「リーンはきちんと食事をしているのか?」


ルオは駄目元でイナに尋ねた。


「気配を消してお昼に厨房に来てください。失礼します」


イナは詳細は教えないが一言だけ伝える。

リーンの意向に添わなくても、リーンのために必要なことだった。

ルオが厨房に行くと、リーンと家臣達が食事していた。


「姫様、さすがに飽きたんですが」

「自ら試食しなくても。殿下も心配されてたでしょ?」


リーンは嫌そうな顔をする家臣に毎回同じ言葉を伝える。


「民に流行らせる前に調べないといけないの。どんな料理があるか、栄養価も。それにまだ試作の段階で、ルー様に説明するほどじゃない。最近忙しそうだもの」

「殿下も声を掛ければきっと召し上がってくれると思いますよ。姫様の手作りって言えばいくらでも」

「栄養価がわからない怪しい物を食べさせるわけにはいかない。この国の後継はルー様しかいないから大事な御身を危険にさらすわけにはいかない」

「考えすぎですよ」

「大国とは違うのよ。もしもがあれば手遅れよ」


ルオはリーンが畑を始めたことは知っている。

細い腕で農具を持ち、土を耕そうとする姿に慌てて止めて、庭師に命じて畑を作らせた。


「リーン!?待って!!持たないで。下ろして!!」

「ルー様?」

「畑が欲しいなら作らせるから。すぐに。危ないから」

「気にしないで。大丈夫だから」

「いや、庭師を呼んで、すぐに」


遠慮するリーンの農具を強引に奪った。

リーンは研究する時は場所の相談以外は話さない。

話を聞いても報告段階ではないと言われるだけだった。

研究は自身で動き、臣下を使う様子がなくリーンの臣下も動く様子はなかった。

畑の世話もリーンが一人で行い、ルオが手伝うのも笑顔で断られた。


ルオは不穏な会話を聞きながら、これからはきちんと問いただすことを決めた。

そして今まで放置したことを反省した。


「姫様、後ろ」


リーンは後ろに振り向くと、壁に背を預けるルオに驚き首を傾げる。

ルオが厨房に顔を出すのは初めてだった。


「ルー様、どうしました?」

「休憩中。不穏な会話がきこえたんだけど、どういうこと?」

「まだ報告する段階ではありません」


笑顔のリーンにルオは今回は引く気はなかった。

皇太子妃自ら、毒味なんて許すつもりは一切ない。


「リーン、離宮の責任者は?」

「ルー様です」

「今度から研究関係は全部俺に報告をあげて。案の初期段階から。俺はリーンのためならいくらでも時間は作るよ」

「え?」

「離宮を自由にする許可も撤回する。俺に報告してからにして。やっぱり研究班を作ろうか。前々から考えていたんだ。リーンは指示を出すだけでいい」


リーンは自分の研究をルオに口出されるとは思わなかった。

皇太子の立場で報告を求められたのも初めてだった。


「趣味ですし、成果があるか」


成果の見込みがあるかわからない研究は国として必要ない。わざわざ研究者を雇うほどではないという言葉をルオは最後まで言わせなかった。


「別に成果は気にしなくていいよ」

「予算が」

「予算は余裕があるよ。今はリーンの考えた氷菓子目当てに滞在する貴族が落としてくれるだろう?まずリーンが全然使わないから、俺達への予算も余っている」

「研究者が信頼できるかわかりません」

「宮殿に一室用意するよ」


リーンはルオが引かないことがわかり頷くしかなかった。

こんなに強情なルオは初めてだった。


「わかりました。よろしくお願いします」


一段落したのを確認し、イナはルオに芋料理を差し出した。


「殿下、よければどうぞ」

「イナ!?」


ルオは椅子に座り、目の前に置かれた料理を口に入れる。


「ルオ!?それは貴方が口にいれるものでは」


リーンの非難する言葉をルオは聞こえないフリをした。


「リーンが作るなら俺の分も用意してよ」

「はい?」

「愛しい妻が自分以外に腕を振るうなんて、面白くない」

「実験ですよ?」


リーンは鈍かった。

リーンが食事を共にしない数だけ、目の前の男達にも料理を振る舞っていたのはルオとしては不愉快である。


「リーンにとってはそうでも俺には違う。あと俺より体の弱いリーンにこそ栄養価の高い物を口にしてほしい。それに調べたいなら、兵舎の料理人に命じるよ。兵達に食べさせてデータをとればいい。あいつらの体は頑丈だ。料理の研究は料理人の本業だろう?」

「それは」

「俺は絶対にリーン以外を娶らない。リーンに何かあったら皇族の血が絶えるから覚えておいて。夜からは食事を共にしてくれる?」


「凄い。殿下が姫様に勝ってる」

「あんなに振り回されてたのに」


臣下達の称賛は二人には聞こえず、リーンはなぜか不機嫌なルオに戸惑っていた。

そして瞳を逸らさない譲るつもりのないルオに諦めて頷く。

論破はできても、皇太子が全権を持つ離宮で無理矢理進めるべきではない。それにルオの提案は効率的であり、予算に余裕があるなら反対する理由もなかった。


「わかりました。芋の研究からは手を引きます」

「俺のために料理するならいいけど、他は面白くない」

「ルー様のこだわりがよくわかりません。まさかと思いますが、公私混同してません?」

「さあね。俺これでも皇太子だから、ある程度の我儘許されるし」


悪びれもなく笑うルオの言葉に拍手が沸き起こった。


「さすが殿下。お見それしました」

「これで芋生活から解放される!!」

「俺はこのままでも良かったけど」

「お前みたいに姫様のために尽くすことが生きがいの人間ばかりじゃないんだよ」


リーンの臣下はこの件に関しては薄情だった。

リーンに心酔する一人の護衛騎士以外は毎日の芋料理に飽き飽きしていた。

大国貴族は美食家である。王族らしく頑固なリーンが譲らないので不本意でも付き合っていた。

リーンは自分の薄情な部下を睨みつける。

ルオは気にせず、イナに差し出される料理を黙々と食べていた。

目の前の芋づくしの料理を毎日リーンが食べていたとは違う意味で心配になった。腹は膨れても栄養価は低そうだった。

そしてリーンは食が細い。

今度からリーンの食事に気をつけようと決めたルオだった。

後日皇太子直轄の研究所が作られた。

宮殿に一室のつもりが、リーンの願いと聞いた貴族が寄付を出し立派な研究所が建設された。

この研究所では分野を問わず様々な研究がされ、小国に多くの富をもたらすことになる。民の暮らしを豊かにするために作られた研究所が皇太子の嫉妬が原因で作られたと知るのは一部の者だけだった。


***


リーンは研究所の視察にルオと共に来ていた。

ここはリーンのための研究所ではなく、ルオが医療の研究のために作った場所だった。

小国の医療研究所の設立を聞いた大国が設備投資を申し出、愛娘のために国王個人として惜しみない資金援助をした。

ルオは恐縮したが、リーンに説得されて甘えて受け取ることにした。ルオにとっては巨額でもリーンにはお気持ち程度の施し。なにより小国が大国の施しを断るのは無礼だった。

おかげでルオの想定よりも立派な研究所が建てられた。

リーンは一人の研究員を凝視し、ルオに頼んで別室に研究員を呼び寄せる。


「どうしてここにいるの!?」

「リーン、元気そうだな」


研究員に詰め寄るリーンと、親しげな男の様子にルオは眉間に皺を寄せる。


「お兄様もお元気そうで、違いますよ。なんでここに」

「おもしろい研究所の話を聞いてさ。研究員は出身国に関係なく有能で犯罪歴がなければ受け入れるなんてさ。しかも中々手厚い。大国と違って制約も緩いから自由気ままに研究ができる。そんなの知ったらいくしかないだろう?」


相変わらず自由な兄の様子に、リーンは兄の首元から手を離した。


「手紙をくれれば手配しました」

「一研究者として乗り込むことに意義があるんだ」

「お父様が心配します」

「父上は気にしない。俺が世界を渡り歩き成果を持ちかえれば何も言わない。この国にいることは言っていない」


ルオは二人の会話についていけなかった。ただルオの心配するような関係ではないことはわかった。

ルオは大国の王子に礼をした。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません」

「挨拶はいらない。単なる研究員だ。妹が迷惑をかけてすまない」

「私は迷惑なんてかけてません」

「どうだろうな。元気そうで安心したよ。義弟よ、これの扱いに困れば相談にのるよ」

「お兄様はどこにいるかわからないので、相談しようがありません」

「リーンなら探せるだろう?しばらくはこの国にいるよ。ここまで研究できる環境が整うとは」

「大国の王子が小国で研究員なんて」

「人生楽しく生きないとな。王族の務めは果たしているから安心しろ」


ルオは二人の様子に優秀なのに時々ぶっ飛んでいる感じがそっくりだと思っていた。

ルオはリーンが好きでも、変わっていることはよくわかっていた。

リーンの言う王国の王族は変人と言う言葉を思い出し、きっと弟も変わっているのだろうと思いながら二人を見守る。

オルの横暴に振り回されていたルオは穏やかで柔軟な思考の持ち主だった。

リーンは思慮深く、計算高かった。ただ計算しすぎて目論見を誤ることがあった。

正反対の二人はお互いに補い合っていくことで小国は徐々に力をつけていった。


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