歪んだ皇太子夫婦の日常2 後編
ルオの相談相手は側近達である。
助言を貰って視察の帰りにルオはテトとサタの商会に足を運ぶ。
テトとサタがリーンの希望で立ち上げた氷菓子メインの店では装飾品や雑貨も売られていた。
テトが席に座らず、机の上に並べてある装飾品を見つめるルオに気付いて声を掛ける。ルオはリーンと共に足をよく運んでいたので常連だった。
「殿下、どうしたんですか?」
「リーンに贈り物をしたいんだけど、」
離宮に希望の冷蔵より小さい氷庫が仕上がりリーンは喜んでいたがルオはもっと喜ばせたい。
リーンは諸外国の貴族からの珍しい贈り物を満面の笑みを溢し受け取り、リーン自ら返礼を選び丁寧にルオが嫉妬するほど魅力的な笑みを浮かべ感謝を告げていた。
ルオは必要なこととわかっていても、おもしろくなかった。
サタはルオがリーンに惚れこんでいるのに、リーンに全く意識されていないことを気付いていた。
贈り物で気を引きたい気持ちはわかっても、リーン相手なら別だった。
サタから見てリーンは審査眼は持っていても物欲はない。人のために物を買っても自分のために買うのは研究したい物だけ。欲しがるのは人脈であり、コネと情報と伝手。
リーンは欲しいものは自分で手に入れる。そして平凡なルオが希望するリーンの喜ぶ物はルオに贈れない。
顧客の注文に応じた者を用意するのは商人には当然なので、初恋に悩む年下の少年のような皇子に一つだけ教えてあげることにした。ルオよりもサタのほうがリーンという人間をわかっていた。
「リーンって実は寂しがりやなんですよ」
サタは自分の言葉に目を見張って驚くルオを見て笑いをこらえる。
「は?」
「口に出さないでしょ?リーンは一人でいることが多かったから、ずっと誰かが傍にいてくれるの初めてなんですって。毎日顔を合わせて、ぬくもりをくれるのが安心するって。あの子、自分のことはあんまり話さないけどこないだぽつりと零したのよね。商人失格だけど、こんなこところで油を売ってないでさっさと帰ったら?なにかを贈りたいならリーンを連れて選ばせればいいのよ」
「感謝する」
ルオは口元を緩ませだらしない顔を慌てて手で覆う。
ルオはリーンが一緒にいたいと望んでくれている実感がなかった。ルオにとってリーンは特別でもリーンにとって特別ではないとわかっていた。
妃としての役割で傍にいてくれるだけだと。
脳裏に浮かんだのは自分の胸に顔を埋めるリーンだった。
サタはリーンを思い出してだらしない顔を赤らめたルオにこらえきれずに笑った。
サタにとって皇太子の一方通行のわかりやすい初恋は見ものだった。
ルオは楽しそうに笑っているサタの様子は気にせず焼き菓子と花を一輪購入して赤い顔のまま店を後にして、リーンに会うために駆け出した。
***
ルオが執務室を訪ねるとリーンは書類を真剣な顔で読んでいた。気配に聡いリーンが自分が目の前にいても気づかないことにルオの口角があがる。
避けられていた時のことを思い出すと死にそうになるが、あの頃と違うリーンの変化がルオには嬉しかった。書類を読む真剣な眼差しも美しいとしばらく眺めていたが、リーンの家臣の視線を感じルオは声をかけることにした。
「リーン、休憩しないか」
ルオの声に書類から顔をあげて、リーンは小首を傾げた。ルオの入室に気付かなかった自身に驚いていた。
「偶然見つけた」
わざわざ言い訳をしながら花を差し出すルオに何度か瞬きをして状況を理解したリーンは嬉しそうに笑って受け取る。
「ありがとう」
リーンは花を眺め、甘い香りを楽しみ、ルオは花を愛でる様子に見惚れていた。
リーンは目の前にルオがいることを思い出し花を楽しむのは後にして、椅子から立ち上がり窓際に置いてある花瓶にそっと手に持つ花を加える。
執務室にはルオが贈った花だけが飾られ、夫婦の部屋にはリーンが視察の時に民から贈られた野花が飾られていた。それ以外の花が飾られることはなかった。
楽しそうに花を生けるリーンの隣にほのかに頬を染めるルオは、嫌な記憶を思い出し気まずそうな顔で口を開く。
「花にこだわりあるのか?」
「こだわり?」
「今日、花束もらっていただろ?」
「うん。下賜したわ」
「なんで?」
「飾りたかった?」
「いや、なんとなく」
午前に面会した見目麗しい王子から贈られた豪華な花束は宮殿の若い侍女達に人気があった。
リーンは花は好きな人のもとにいくのが一番だと思っている。リーンの部屋にはいつも花が飾られており、王子の豪華な花束をわざわざ飾る理由もなかった。
リーンの部屋に民やルオから贈られる花が尽きる日は一日もなかった。長い冬を持つ小国の厳しい環境で逞しく育つ花はきちんと世話をすれば長持ちだった。
「貢ぎ物の献上品って心が惹かれないの。贈り物なんて思惑ばかりよ」
「あんなに喜んでるのに?」
「大事な社交だもの。相手の気分を良くするのは大切よ」
リーンは王子からの花束を嬉しそうに受け取っていたのでルオは面白くなかった。だから側近に相談し視察を早めに切り上げテトの店に贈り物を探しに訪ねていた。
「迷惑なのか?」
ルオが察しが良いことをリーンは評価していた。
リーンはルオの不思議そうな顔を見て、理由を話してもいいかと頷く。ルオはリーンの不利になることはしないと信じていた。
「正直ね。民やルオの純粋な贈り物は嬉しい。あと国の役に立ちそうなものは。ただ他はどうしても……。ドレスも装飾品も十分にあるわ。昔は義姉様達が嬉々としてもらってくださったけど、」
ルオは苦笑しながら話すリーンが、自分の贈り物を喜んでいることに安心し、他の男達の贈り物を迷惑という言葉に喜んだ。ただほっと息をつく前に聞き逃していけない言葉を拾った。
「もらうってどういうこと?」
「なぜか社交界デビューしてから、私への献上品が多かったの。でも義姉様がいうには、高貴な義姉様達に贈れない方々が私を通して贈ってるんだって。私にはよくわからなかったけど、献上品に興味もなかったから好きにしてもらったの。私のお母様は伯爵家出身だから身分が低いけど、お父様の寵妃だったから不自由はなかったわ」
ルオにはリーンのものを取り上げているようにしか思えなかった。
ルオにとって大国の王族の姫は高貴であり、手の届かない高嶺の花。生まれによる姫の差はルオには理解できないがリーンが何気なく話し、気にしていないので流すことにした。他国の事情に首を挟むべきではないから。
「それに、私が大事にすると無くなるの」
「どういうこと?」
「昔ね、視察で訪ねた村の子供から木製のオルゴールを渡されたの。一生懸命私のために作ったって、聞いて嬉しかった。同行していた者達は献上品に相応しくないって受け取るのを諫められたけど、お願いして持ち帰る許可をもらったの。よく庭に出てオルゴールを聴くのが好きだった。夜会から帰ったらオルゴールが粉々に壊れて、修理するほど見事なものじゃないから諦めるしかなかった。王族が大事にするほどのものではないっていう義姉様の言葉の意味はわかっていたわ。それからも何度かあって、欲しがることをやめたの。私が自身で選んだものは壊れちゃうから」
リーンは遠くを見ながら寂しそうに呟いた。
ルオにはきな臭い話だった。王族の姫の部屋に入れるなんて一部の人間だけである。そして護衛が止められない者も限られている。
「今度は俺と一緒に選ぼうよ。俺は自分のものが壊れることはほとんどない。それなら大丈夫だろう?」
「言ってることがおかしい。それに欲しい物ないもの」
「今度の視察の帰りに買い物に行くか」
「気をつけて、行ってらっしゃい」
「リーンも一緒だ」
「一緒の視察の予定はないし必要ないわ」
「行程見直してくる。これ、イナ達と食べていいから」
ルオはテト達の商会で買った焼き菓子を机の上に置いて部屋を出て行く。
リーンのためにできることを見つけたルオの行動は速かった。
リーンはルオの行動に不思議に思いながら椅子に座り、中断した頭を悩ませる書類に向き直る。
イナはずっと悩んでいるリーンの前にお茶を渡した。
リーンはイナに気付き、書類から顔を上げて休憩を決めた。椅子を勧めルオから贈られたお菓子で二人でお茶を始めた。主人と従者が同じ席に付くなど大国なら許されないが小国だから許される光景である。
リーンはルオのお菓子を嬉しそうに口に含むイナに笑い、相談することにした。
「外交相手が毎回贈り物を持ってくるのをやめてほしいんだけど、どうすればいいのかな。返礼品で予算が減っていくのがつらい。でも贈り物を換金できないわ」
最近の他国の王子や貴族達からの贈り物はドレスや装飾品ばかりである。
イナにとって主は美人で優秀で大国一の姫であるが一つだけ欠点がある。
唯一の欠点の増えた贈り物の理由に気付かない鈍い主に笑う。リーンは贈られた装飾品やドレスを贈り主に会う時にきちんと身に付ける。自分からの贈り物を身に付けるリーンに喜び、妃が他の男からの贈り物に身を包まれる姿をルオに見せつける。自分の見立てた物に身を包むリーンを愛で、リーンを手に入れた憎いルオに嫌がらせができ一石二鳥である。
「姫様が贈り物を大事にしてみせるのをやめればいいんです」
「え?」
「大事にされれば嬉しくなってまた贈りたくなります」
「私の機嫌をとって、油断させようとしているのよね……」
イナはしみじみと頷きながら、お茶に口をつけている主の鈍さを良く知っていたが害はないので指摘しない。リーンの求める解決策だけ口に出す。
「殿下の贈り物を着て、お会いすれば多少は献上品が減ると思いますよ。せっかくだから殿下に見立ててもらえばいいかと」
「頼めないわよ」
「喜んで見立ててくれますよ。お相手に殿下に見立ててもらったことをお伝えすれば効果は抜群です」
リーンはイナの言葉の意味がわからない。
ただ意味がわからなくても、いつもイナのアドバイスは的確で効果抜群だと知っていた。
これ以上ドレスや装飾品が増えてもいらなかった。そして返礼品を毎回用意するのも面倒でありこの不毛な贈り合いが終わるなら構わなかった。
リーンは試しにルオに話すと上機嫌で見立てられた。
ドレスを贈ろうとするルオをリーンは慌てて止めた。以前に贈られたルオからの贈り物も沢山あり、なによりドレスはもういらなかった。
会談のため訪問した王子は自分好みのドレスを着てないリーンに目を見張る。
リーンはいつも自分の贈り物を身に着けていた。挨拶を交わし会談が終った王子はリーンに軽口をたたくように尋ねた。
「リーン、気に入らなかったのか?」
リーンは皇子に探るように見られ、社交の笑みを浮かべる。
迷惑とは口が裂けても言えなかった。
「いいえ。とても素敵な物をいただきましたわ」
「それならなんで今日は違うんだ?」
「ルー様が見立ててくださいました」
リーンはイナにもう一つアドバイスを授けられていた。
ルオも会話に入れるようにと。確かにいつもリーンばかりが会話を交わし、ルオは隣で穏やかな顔で座っているだけである。
リーンがルオを見つめると、笑顔でルオが引き継ぐ。
「お恥ずかしながら、妃はどんなものも着こなすので。贈り物のドレスから私が選ばせていただきました。中々楽しいもので、これからも私に譲ってくれると」
「冗談でしたのに。まさか、本気で楽しそうに見立てるんですもの」
「美人な妃に恵まれて幸せだよ。明日もやらせて」
「お忙しいのに」
「自分好みに着飾った妃を目にするだけで、やる気がでるからいいんだよ」
自分の髪を一房取り、口づけた夫にリーンは曖昧な笑みを浮かべた。
「からかわないでください」
王子はいつもと違い親しい皇太子夫妻の様子に面白くなかった。
今までは自分がリーンと親し気に話しながらルオに見せつけていた。
「仲が良いんだな」
リーンは王子の不機嫌を隠して溢した言葉に向き直る。
「殿下には敵いません。私への贈り物も妃殿下のお見立てですよね。仲が良くって羨ましいです」
「え?」
「趣味の良い妃殿下をお持ちですわね」
「まて、リーン、勘違いしてないか、俺はお前の」
王子の戸惑った顔を見て、照れてると勘違いしたリーンが小さく笑う。
「配慮が足らず申し訳ありません。今朝の夫を見て気づきましたの。妃殿下と共に選ぶなんて。今度は私も妃殿下のためになにかご用意しますわ」
リーンは今までは王子への贈り物を自ら選んで返礼していた。それが王子を喜ばせていることにルオは気付いていた。ルオはリーンの頬をそっと撫でて視線を合わせた。
「リーン、それなら俺も手伝うよ」
「ルー様、そのお話は後です」
王子は自分を放っておいて良い雰囲気を作る二人に割って入る。
「俺はリーンの見立てがいいが」
「もちろん妃殿下にお似合いのものをお選びしますと言いたいんですが、私はお会いしたことがありませんので、自信はありません。妃殿下はどんな方なんですか」
リーンは楽しそうな顔で王子に向き直り、妃の話をねだる。王子は不服さを隠して笑顔でリーンの要望に答える。いつもはリーンと親しげにしている王子の余裕の顔が崩れていた。ルオは無意識に王子の恋心を木っ端みじんに砕いているリーンに小さく笑う。初めてのルオの勝利だった。
それからルオはリーンと一緒に返礼品を選ぶようにした。
リーンは皇太子が選んだほうが箔がつくと思いルオの提案を受け入れた。ルオは男達がリーンが自分のために選んだものを欲しがっていると知っていても一切口に出さない。
ルオはリーンと一緒の時間が増え、恋敵にも嫌がらせができ好都合だった。ルオは国益よりも私情を優先する男とはリーンは気付いていなかった。
リーンはイナのアドバイスのおかげで、ドレスや装飾品の贈り物が減り喜んでいた。
王子達もルオが見立てるなら、ドレスや装飾品の贈り物は無駄だと早々に切り替える。
リーンの好む珍しい品に贈り物を変えてきた。リーンは贈り合いは終わらなかったが、珍しい物が見られるのは歓迎だったので、おとなしく返礼品の用意を始める。
ルオはやられてばかりではいられなかったので、少しずつ反撃する。男達の攻防戦にリーンは全く気づかない。
***
ルオは予定を調整して、リーンの視察に同行した。
どこでも人気な妻に複雑だった。
残念ながら不愛想なルオよりもいつも笑顔で美人のリーンのほうが人気があり、民が話しかけるのはリーンである。ルオが複雑だったのは民にリーンが取られ自分が放置されいるからである。
リーンは子供に花かんむりを貰って、頭に飾っていた。
花が咲き誇り、子供と戯れるリーンはルオの目には、女神のように映っている。
「お姫様、僕と結婚してください」
花を差し出す少年にリーンは微笑む。
リーンが花を受け取る前に慌ててルオは抱き寄せてリーンの口を塞ぐ。
「リーンは俺と結婚してる。他をあたって」
リーンが手を叩くので、ルオは口元を抑えていた手を離した。
「子供ですよ」
「子供でもだめ。愛しい妻が他の男と結婚の約束なんて許せない」
リーンは不機嫌な顔をするルオに笑う。
子供にできない約束をするなと窘められるとは思わなかった。
リーンはルオの腕から抜け出し少年の前に膝を折り、視線を合わせる。
「ごめんなさい。私は貴方とは結婚できない。私より素敵な女の子はたくさんいるわ。でも、そのお花は頂いてもいいかな?」
少年はルオに邪魔され渡せなかった花を両手で持ち直し、リーンの胸の前に差し出した。リーンはニッコリ笑い花に手を伸ばし、受け取る。
「綺麗なお花をありがとう」
真っ赤な顔でうなずく少年の額にリーンはそっと口づけを落とし微笑み視線を合わせる。
「素敵な出会いがありますように。貴方の幸運を祈ります」
ゆっくりと立ち上がったリーンにルオは詰め寄った。
少年とのやりとりを邪魔しようとするルオをリーンの護衛騎士が止めていた。
「リーン!?」
真赤な顔で慌てるルオにリーンは首をかしげる。
「何して、さっき」
「花をもらっただけよ」
「違う、そっちじゃなくて」
「ルー様?」
「なんで、口づけを」
「祝福のおまじないだけど、この国はしないの?」
「しない。やめて。お願いだから」
「文化の違いは難しいわね。気をつけます。謝ってくる」
「いいから。もう帰ろう。視察は終わり」
ルオの様子がおかしいのでリーンは頷いた。
ルオに手を引かれ大国から医務官を呼び寄せようかと思いながら馬車に乗り込んだ。
馬車の道がいつもと違うことに気づき首を傾るリーンにルオが笑いかける。
「たまには寄り道を」
「ルー様、休まれたほうが」
「具合は悪くないから。少し付き合って」
リーンはルオの額に手を当てると熱はなかったので、民の様子を眺めるのが好きなリーンは快く頷いた。
ルオはリーンを貴族が利用する店が揃う貴族街に連れてきた。
馬車を降りて、ルオに手を引かれて歩くリーンはぼんやりと眺めているだけだった。
「あ、」
リーンの声を拾って、ルオは店に入ると画廊だった。
一枚の絵の前でリーンが足を止めた。
「おかあさま」
絵には美しい女性が赤子を抱いて描かれていた。
リーンの様子にルオは購入を決めた。店主に声をかけるルオをリーンは止める。
「ルー様、見ていただけです。必要ありません」
ルオはリーンの様子に苦笑する。
リーンの大事な物が壊れることは離宮ではおこらない。もし起こるなら、警備の見直しが必要になり、ルオも手段を選ばない。
「俺が欲しいから。俺達の部屋に飾ろうか」
「え?ルー様が?」
「そう。素晴らしい絵だから。飾ってもいい?」
リーンが静かに頷いたのでルオは絵を購入し侍従に預けた。
その後も手を繋いで散策し、冷たい風が吹き始めたので馬車に乗り、冷えたリーンの体を温めるためにルオは抱きしめた。リーンは静かにルオに身を預けた。
***
リーンはルオが購入した部屋に飾られた絵の前に立ち眺めていた。
描かれた女性の面影が母に似ていた。王族は国王と正妃しか肖像画を残さない。だからリーンは母の肖像画を持っていない。嫁ぐ祝いを聞かれ父の肖像画入りのペンダントを願った。父はリーンの欲しい物に驚いても快く贈ってくれた。
母からは髪飾り、兄からは薬湯、弟からは木箱を。
弟の木箱の中に全部を仕舞いこみ、壊れたら悲しいので隠していた。肖像画を見たら懐かしくなり、思わず木箱を取り出した。
椅子に座り箱を開けて中身を見つめるリーンをルオは静かに眺めていた。
ルオはリーンに色々事情があると察していたが無理に聞く気はなかった。切ない顔をしているリーンを背中からそっと抱きしめた。リーンは驚き、振り返るとルオと目が合い曖昧に笑う。
「嫁ぐ時にいただいたの」
金のペンダント以外は大国の姫の持ち物にしては質素なものだった。そしてルオは一度も見たことがなかった。
「リーン、うちの国では大事な物が壊れたり、なくなったりしないよ。ここは大国ではなく小国だ」
「ルオ?」
「もしもなくなることがあれば、俺が取り返してやるよ。だから大事な物も、欲しい物も口に出していい」
「別に大事じゃ」
「口に出さなくてもわかるよ。それに家族からもらったものを大事じゃないなんて言うなよ」
「本当に壊れないかな」
「ああ。大丈夫だよ。リーンが投げつけたりしなければ」
「しない!!」
「なら壊れないよ。リーンもリーンの大事なものも俺が守るよ。だから、怖がらなくていい」
リーンはなぜかルオの瞳に吸い込まれそうだった。
初めてだった。ただストンとルオの言葉がリーンの中に落ちてきた。
「大事なの。ずっと隠してたの。見つからないように」
「明日はその髪飾りをつけてあげるよ」
「そのうち着付けも出来そうだね」
「たぶんできる。ただ理性が保つ自信がないから無理だろうな」
「ルオはよくわからない」
「お互い様だよ。名残り惜しいけどそろそろ休まないとだな。俺の愛しいお妃様はご所望のものはありますか?」
お道化た顔で自分を見るルオにリーンが笑った。
「湯たんぽを所望します」
「かしこまりました」
ルオはリーンを抱き上げて寝室に移動した。
ベッドに降ろして抱き寄せると嬉しそうに胸に顔を埋めるリーンが愛しかった。自分の腕の中で寝息をたてはじめたリーンの長い髪を梳きながら眺めていた。
ルオはリーンに好かれたい。欲を言うなら愛されたい。
女神のようなリーンが自分を想ってくれるのは奇跡のようにも思えていた。
ただ、昔に諦めた初恋の少女が妻になった。
それなら足掻けば、希望はあるかもしれない。
どうすればいいかわからない。
それでもリーンが自分が側にいることを許してくれて喜んでくれている。
愛しい妻の心を得るためにどうしようかと悶々としていた。
ルオは気づいていなかった。リーンの中でルオの存在が大きくなっていることに。リーンが打算もなく我儘を素直に言えるのはルオだけだった。