歪んだ皇太子夫婦の日常 1
皇太子夫妻の別居生活が終わりを告げた。
ただ人は欲深い生き物である。執務室ではルオが悩んでいた。
「殿下、リーン様と喧嘩ですか?」
「違う。リーンの態度が日に日によそよそしい。俺より行政官とのほうが親しそうに話すのは・・」
ルオの幼馴染の護衛騎士は頭を抱えている主に笑う。ルオが他人のことをここまで気にするのは、初めてだった。幼馴染は人に深入りしたり評価を気にする人間ではなく、リーンが嫁いでからルオは色んな意味で変わった。
「ご本人に聞いたらいかがですか?」
「聞けるか!?格好悪すぎる」
「今更、格好つけても仕方がないと思いますよ」
別居期間中のルオは情けなかった。高熱でフラフラした足取りで花を摘みに行こうとするルオを止めたのはリーンだ。リーンに避けられ続けて落ち込む様子に臣下は同情していた。
そして臣下は皇子の初恋を応援していた。
何かのきっかけになればとリーンを呼びに行った侍従の判断は正しく、おかげで別居生活の終わりを告げたがこの上なく情けない醜態をさらした事実は消えない。
目の前で思い悩むルオも情けないが、幼馴染は良い変化だと思った。
睨むルオのために護衛騎士は友人として一肌脱ぐことにした。
***
護衛騎士はリーンの訪問先を訪ねた。ルオは剣が得意なので護衛はいらない。護衛騎士がついてるが形だけである。だからお忍びしようと護衛は追いかけない。もちろん連日花を探しに出かけていたルオを追いかける騎士も咎める臣下もいなかった。
リーンは行政府に差し入れを持って訪ねていた。
ルオの護衛騎士は行政官に差し入れをして親しげに話す様子を眺めていた。リーンの護衛騎士は視線に気づいても危険がなければ気にしない。最近のリーンはルオへの態度は誰よりも丁寧だったが臣下には気さくに話しかけていた。話を終えて立ち去るリーンに護衛騎士は近づき声を掛けた。
「リーン様、離宮までご一緒しても」
「はい。」
リーンはルオの護衛騎士の言葉を笑顔で了承する。
「いつも差し入れをご用意されてるんですか?」
「時々です。いつもありがたいお話を聞かせていただくお礼です。」
リーンは行政官に自分の心象をよくするためと、もう一つ目的があり差し入れを贈っていた。
頭を使うと甘いものが欲しくなるのは万国共通である。
「たまには、うちの殿下にも差し入れをいただけませんか?」
「殿下にですか?お好きなものを召し上がられてるのでは、ありませんか?」
「殿下は食事以外は召し上がられません。無頓着なんです。放っておくと休憩もせず、執務にあけくれています。」
最近のルオは執務を終わらせてリーンと過ごすために必死で働いていた。
執務に飽きて抜け出すこともなくなった。
リーンはルオが真面目なことは知っていたが、そこまでとは思っていなかった。
自分の留学中はルオはきちんと休憩をとっていたように見えていた。
「休憩も大事ですが、私が口を挟むわけにはいきません。」
「どうしてですか?」
「妻が夫のことに口出しするのはいけません。立場をわきまえなければ殿下に失礼です」
「うちの国なら問題ないですよ。嫁が夫に差し入れを持ってくるのは日常茶飯事です」
リーンは目を丸くした。自分達の文化の違いを失念していた。無意識に大国の文化で動いていた自分に気付き反省した。皇帝陛下より小国では好きにしていいと言われており皇族としての指導を受けていなかった。皇族用の礼儀作法には目を通しても細かい慣習までは知らなかった、もともとつい最近まで離縁するつもりだったので学ぶ気がなかった。
「ご忠告ありがとうございます。殿下がお気に召すものがあればお持ちします」
「殿下はリーン様の手料理喜びますよ」
「殿下のお口にいれるほどのものでは」
「リーン様の手料理なら丸焦げでも泣いて喜びますよ」
リーンには理解できなかったが、ルオの護衛騎士が言うなら信じることにした。さすがに休憩もせず執務にあけくれているのは心配だった。ルオは甘いものが好きではないので、甘さ控えめの果実を用意しで氷菓子を作った。
翌日まだ雪が積もっているので、温かいお茶と一緒に差し入れとして用意した。
リーンが差し入れを持ってルオの執務室に向かうと、騎士は扉を開けて中に招き入れる。リーンは入室許可もないのに入ることに戸惑いながらも微笑みを浮かべた。王族は感情を顔に出すのは恥とされ常に穏やかな顔と笑顔で渡り合うものだった。
ルオはお盆を抱えて入ってきたリーンに驚きながらも、歓迎した。
「リーン、どうした?」
「殿下、入室許可も取らずに申し訳ありません」
頭をさげるリーンにルオは嬉しそうに笑う。
「リーンなら勝手に入ってきて構わないよ。」
「寛大なお心に感謝致します。差し入れを持ってきましたので、よければ」
穏やかな笑みを向けるリーンを見てルオは休憩することを即決した。リーンが執務以外で訪ねたのは初めてだった。
「ありがたくいただくよ。」
「殿下と皆様の分です。ご迷惑でなければ」
「妃殿下、有り難く頂戴します」
侍従はリーンからお盆を強引に受け取りルオの分の差し入れとお茶を机に置いて退室した。
すごい速さで立ち去る侍従にリーンは不安になる。大国には妻の差し入れの習慣はない。
「殿下、私、お邪魔を」
ルオは侍従の気遣いに甘え、戸惑うリーンの手をとった。
「気にしないで。どうぞ、座って」
リーンはルオにエスコートされ、応接用のソファに座る。
ルオはリーンが自分に触れることを許してくれることに思わず笑った。リーンは突然笑いかけられて驚いたが微笑みかえした。ルオはリーンの笑顔に目を奪われて、顔に熱がこもるのがわかった。
ルオは必死で平静を装いながら向かいに座り小皿に盛られた桃色の塊にスプーンで掬って口にいれた。冷たさに目を見張り、次第に広がる甘酸っぱさを堪能する。リーンはルオの様子を見ながら、気に入ってることに安堵し微笑んだ。
ルオはリーンのやわらかな笑みにぼんやり見惚れていた。リーンはルオが食べ終わったので、食器を下げて礼をして立ち去る。
侍従は執務室に戻るとルオが固まっていた。何度か肩を叩くとルオは我に返った。
「殿下、どうされました?」
目の前にリーンはすでにいなかった。
「リーンが差し入れを持ってきてくれた気がしたんだけど、妄想?」
侍従はルオが婚姻してから妄想癖があることを知った。
最近はリーンに避けられることがなくなり、余計に現実か妄想か混乱を招いていた。主の初恋は中々見ものだった。
「リーン様の差し入れは美味しかったですね。甘さ控えめで殿下でも食べやすかったのではありませんか?」
「ああ。初めて食べた。冷たくて驚いたけど、中々の美味だった」
「リーン様、自らご用意してくださったそうです」
「は?」
「聞いてないんですが。リーン様は最近は冷菓子作りにご熱心なようで。言い方をかえましょう。手料理です。リーン様がお一人で作った」
侍従の率直な言葉にルオは嬉しそうな顔をし、しばらくすると侍従に不機嫌な顔をむけた。
「お前も食べたのか?」
侍従はルオに睨まれても怖くなかったので、笑顔で返す。
「はい。有り難く頂戴しました。嫉妬はやめてください。ご自分だけにしてほしいなら、ご本人にお伝えください」
ルオには難易度が高かった。そしてリーンが料理をしていることは初耳だった。
「なんでリーンの手作りのことを・・」
「すれ違ったときに、感想を聞かれました。愛らしい笑顔で逆にお礼を言われてしまいました。」
ルオはリーンに見惚れた後の記憶がない。
お礼も言えたか微妙でルオはまた頭を抱えた。リーンに見惚れてうまく話せなかった。留学中も時々あったがあの頃以上にリーンは魅力的に成長してしまった。目が合うと微笑み返されて思考が止まる。そして一人になり、冷静になるとリーンのよそよそしさに切なくなる。向けられる視線に親しみがこめられてるのはわかっていても複雑だった。なにより自分よりも親しい男に嫉妬していた。
リーンは執務室に戻る侍従に話しかけられた。差し入れに感謝を告げられ自分が邪魔してないことがわかり安堵した。また是非お願いしますと頼まれたので時々差し入れを用意することにした。
ルオの様子がおかしかったけど、差し入れは気に入っていたので気にしないことにした。
リーンは自分の作った氷菓子の評価に満足だった。行政官やルオの側近達の様子を見て、小国民にも受けがよさそうと満足した笑みを浮かべていた。
***
リーンはルオに頼んで、友人や商人との面会を調整してもらっていた。
リーンの一存で招ける相手ではなかった。ただルオとの関係が修復したので、これからは面会しやすくなるのはありがたかった。
護衛の兼ね合いもあり、宮殿の一室を借りて面会していた。
ルオはリーンの面会の様子が気になっていた。相手は男ばかりだった。
朝食の席でルオはリーンに頼むことにした。
「リーン、今日の面会は俺も立ちあっていいかな?」
「殿下が立ち合うほどのものではありません」
「俺、その時間予定が空いたんだ」
「ゆっくりお休みくださいませ」
「見学をさせてもらえないかと」
「見学ですか?」
「ああ。」
「お恥ずかしながら今回お会いするのは友人です。はしたない姿を殿下に見せられません」
「はしたない?」
「商人とは距離感が大事です。できれば」
明らかにリーンが拒む様子がルオには気になって仕方なかった。
はしたない姿や距離感などと言われたら余計に引くわけにはいかない。
「じゃあ皇太子ではなくルオとしてなら構わないか?」
「かしこまりました。その時だけは、無礼を不問にしていただけますか?」
「俺がリーンに無礼で物申すことはないよ」
「寛大なお心づかいに感謝申し上げます」
リーンはルオには見られたくない。妻は夫の前では礼節をつくさなければならないものである。決して見ていて楽しい物ではない。意図はつかめないが、面会を許してくれたのはルオの頼みを無理やり断るのは気が引けた。
ルオを連れて部屋に入ると二人の商人が礼をして待っていた。
リーンが留学中に出会った商人であり、商売の基礎は目の前のテトとサタの父娘から教わった。
「頭をあげて。公式の場ではないから。結婚した途端によそよそしくなったら寂しい」
娘のサタが顔をあげ寂しそうに笑うリーンに勢いよく抱きついた。
「久しぶりね。会いたかったわ。リーン」
「私も。今日は相談と見込みがあったら手伝ってほしいの」
「ふふ、それは話を聞いてから」
「わかってる。容赦なくお願いします」
父のテトは楽しそうにリーンと話す娘のサタの頭に拳を落とす。
「おい。サタ、礼儀を」
「テトさん、かまいません。これからも変わらずお付き合いをお願いします。今まで通りリーンで構いません。二人共座って。」
テトは変わらないリーンの様子に笑い、サタはリーンから腕を離して椅子に座る。
「まさか宮殿に呼ばれるなんて」
「ごめん。中々自由に出歩けなくて。会いに来てくれて嬉しい」
「お貴族様とは知っていたがまさか皇太子妃殿下とはな」
「似合わないでしょ?」
「想像つかないな。さて弟子のお手並み拝見といきたいが、挨拶は必要か?」
ルオは見たことのないリーンの表情豊かな様子に茫然としていた。拗ねた顔も得意げに笑う顔も知らない。
リーンがルオの顔を一瞬だけ見てため息を飲み込む。こうなるから嫌だった。ルオへの弁明は後にして、テト達にごまかすようにニッコリ笑う。
「夫です。でも今日は単なる見学だから気にしないで。とりあえずこれを食べて感想を聞かせてほしい。」
テト達も深くは聞かない。商人は空気が読めないとやっていけない。
リーンの言葉にイナが数種類の氷菓子を並べる。
行政府やルオの側近に差し入れをして、評価の高かったものだった。
サタとテトが吟味しながら食べはじめた。
「面白い」
リーンは二人が興味を持ったので氷菓子の資料を渡す。
「冷やして作る氷菓子。最近、外国からの来客が増えたから、接待の際に出そうと思うの。ただ凍らせてつくるものだから、」
リーンのにんまりした顔を見て、テトが引き継ぐ。
「リーンが宮殿で貴族達に流行させるから、俺達には町でと」
「うん。私はほとんど動けないから、二人に動いてほしい」
リーンは一年中、雪を保存しておく冷蔵の設計図を渡した。
「蔵を作って、1年中ね。凍らせれば保存もきく。悪くはない」
「利率は?」
商人は情報もお金としてやり取りする。
「1店舗目の設備投資は全て私が出す。条件が二つ。責任者はテトさんの商会の者でいい。ただ雇う人間をできるだけ小国民にしてほしい。あと最初は小国産の食べ物のみで氷菓子を作ってほしい。うちの名産品にしたい。」
「小国を潤わせたいって、ちゃんと皇太子妃やってるじゃない」
「まぁね。できれば、冷蔵設置の際の簡単な作業はうちの貧民に与えてあげてほしい。無理のない範囲でいいから」
「できるだけでいいのか?」
探るような目で見られてリーンは躊躇いもなく頷く。実際に動くのはリーンではなくテト達であり現場の指示は現場に任せる。
「うん。その辺りのさじ加減はテトさん達を信じてる。重要なところは他国民でも構わない。この国は目玉となる名産品が少ない。私はいずれは大国に負けない貿易都市を作りたい。そして初めの一歩は二人と踏みたい。乗ってくれる?」
「父さん、お金の匂いがするわ。」
「でも私の名前は出さないで。私は貴方達の商会の新商品として売り出してほしい」
「リーン?」
「目立ちたくないの。それに、他の理由もわかるでしょ?」
サタが首を傾げて笑うリーンを見て笑う。テトよりもサタのほうが融通がきく。テトの義理に厚い人柄をリーンは好んでいた。サタの調子の良さとずる賢さも。父娘なのに正反対だからこそ、この商会はうまく回っていた。
「まぁね。私達が考え出したとすれば周りの商人達も動き出す。負けず嫌いだから。」
「テトさんどう?」
テトはリーンが自分の手柄を自分達に譲ろうとしているのがわかった。
そして利益も全くいらないということも。
発案者の名前を隠して、自分は裏方に徹したいなんて人物は怪しすぎるがテトはリーンのことを知っている。飢饉の村を救うために陰で動いた少女のことを。
「俺が反対してもサタが動くだろう。リーンはまずは他国の富裕層から金を巻き上げるか」
「お金があるなら使ってもらわないと。」
自分達の前向きの姿勢に嬉しそうに笑うリーンが皇族には見えない。それに命令ではなくお願いである。しかも、リーンから提示された金額は多額であり、設備投資と人件費をひいても余りがでる。事業が失敗しても採算がとれるように計算されていた。
皇族だろうとリーンは変わらない可愛い弟子であり、師匠として弟子を助けるのは当然である。テトはリーンの資料を見て頭の中で再度計算した。
「資金援助はいらん。店ができたら、皇太子妃殿下が訪ねてくれないか?妃殿下御用達なら箔がつく」
リーンはテトの高評価に満面の笑みを浮かべる。テトは採算のないことには決して手を出さない堅実な男だった。リーンはルオを見つめる。
「殿下、よろしいですか!?」
ルオは護衛さえつけるのならリーンの行動を制限するつもりはない。それにリーンのお願いは叶えたい。
「構わないよ」
リーンはお許しがでたので、ルオの目を見てにっこり笑う。
ここでルオに礼節を尽くしたお礼を並べれば空気が壊れるので、お礼はあとにすることにした。
ルオはリーンに見惚れて赤面していた。
ただリーンは視線をテト達に向けていたので全く気づいていない。
テトはルオの様子に気づいても、見て見ぬふりを、サタは獲物を見つけニンマリと笑う。
「もちろん。公にはできないけど、言葉で広めてもらっていいわ。皇太子妃殿下のお気に入りって。ただし、不正や礼節は気をつけて。皇族御用達として」
「任せろ。この資料はもらっていいか?」
「うん。いつ頃からできそう?」
「来月」
「店の用意ができたら報せを。それと同時に売り込む。」
「先に売り込んでいい。噂だけ流し始める。」
「貴族相手の商売だからよろしくね」
「皇太子妃殿下の夢への第一歩に立ち合えるとは光栄の極みだ。」
テトのノリに合わせて、リーンは王族の姫の優雅な笑みを浮かべた。
「期待しています」
「リーンが皇族って」
笑い出したサタにリーンが拗ねた顔をして睨む。
「せっかくのったのに。ひどい。」
テトは二人の様子に気にせず帰る支度を始めた。
やることは山積みである。リーンが目指すものは興味深く皇太子妃のお気に入りの商人になればまた名が売れる。テトはリーンの直感や目利きを信頼している。リーンが本気で貿易都市を作ると言うなら夢物語でないと思えるほどに才能を買い、大国出身の皇太子妃なら力もある。
「忙しいからこれで。文はいつも通りか」
「うん。いつもどおりで。今日は来てくれてありがとう」
リーンはサタとテトと別れの抱擁を交わして出て行く二人を見送った。二人っきりになり隣で黙っているルオにリーンは頭をさげた。
「お見苦しいところをお見せして申しわけありません。また許可をいただき、ありがとうございました」
ルオは格好つけるのをやめた。
行政官よりも親しい友人達とのやりとりは心を抉られた。自分に頭をさげるリーンが余計に切なさを誘う。
「リーン、頭をあげて。気にしなくていいというか、俺にもあんな感じで接してほしい」
「はい?」
照れた顔で言うルオにリーンは困惑する。
「さっきの商人達みたいに。よそよそしいのは勘弁してほしい」
「無礼では?」
「ないから。夫婦の間に礼儀は必要ない。」
「夫をたてて、常に貞淑に。夫にはもっとも礼節をもち接するべきでは?」
「ない。うちの国にそんな考えはない。だからその礼儀正しいのやめて。正直に言うなら殿下呼びも嫌」
あまりに必死なルオの様子がおかしくリーンは肩を震わせて笑い出した。
「子供みたい。雑に扱われたいなんてありえない」
「そう。そんな感じでいい。公式の場は我慢するけど、離宮や二人の時はそれがいい。」
「我慢って・・。ルオが望むなら構わないけど、」
ルオは久々に呼ばれた自分の名前に嬉しそうに笑う。リーンは最近は殿下としか呼んでくれないのも寂しかった。
「あと、手料理の差し入れ・・」
言葉を濁したルオにリーンは首を傾げた。
「やっぱり迷惑だった?」
「違う。嬉しいけど、俺だけにしてほしい」
「ルオにだけ差し入れしたらおかしい」
「平気だから。リーンの手料理を他の男が食べるのが面白くない」
「そんな大層なもの作ってないけど、既製品の方がいい?」
「俺はリーンからもらえるものはなんでも嬉しい。ただリーンは俺のためだけに」
さらに赤面して言葉を濁すルオにリーンは頷く。
「わかった。差し入れはルオのためだけに用意する。他の方の分はイナに任せる」
「ありがとう」
上機嫌なルオをリーンは変わっているなと思い眺めていた。
「変なところにこだわるね」
「男には色々あるんだよ。リーン、欲しい物ないか?」
「欲しい物?」
「ああ。俺、リーンに差し入れのお礼何もできてないから」
「そんな大層なことしてない。それに贈り物ならたくさんもらったから、待って、ある、ものすごく欲しい物」
リーンは断ろうとして、一つ思い出した。
「離宮に戻らないと、」
目を輝かせたリーンはルオの手を引いて執務室に向かう。初めてリーンから手を引かれたルオの顔が赤いことは気づかない。皇太子妃に手を引かれて赤面している皇太子に目を丸くした家臣達がいたことも二人は全く気づいていなかった。
リーンは執務室の引き出しの中から書類を取り出してルオに見せた。冷蔵の許可証だった。
「吟味したあとで、いいからサインがほしい。あと一時的に人の出入りの許可を。さすがに蔵は私は建てられない」
ルオは書類を受け取りがっかりした。初めて妻が目を輝かせて頼まれたものが蔵、欲しい理由が国のためだった。
「建設するのはいいけど、これから貴族に出すんだろう?」
「うん」
「毎回、リーンが作るの?」
「うん」
迷いなく頷くリーンにルオの頭が冷えてきた。
先程、差し入れはルオのためにしか用意しないと言っていた。
リーンにとって、氷菓子は商品であり、差し入れと言う認識は全くない。
書類を読みながら、ルオは珍しく思考をめぐらせた。
「宮殿の外庭の日当たりの悪い場所に用意するよ。料理人に作らせればいい。俺達は社交シーズンになれば忙しくなるよ。それに夜会で大勢に振る舞うことも考慮するなら離宮だと人手が足りないし運ぶのも大変だよ。俺は頻繁に離宮に人の出入りを許可するつもりはない。」
離宮はリーンの安全に配慮して用意されていた。大国でなくても暗殺者が送られない保証はない。護衛騎士はついていても、もしもがある。ルオはリーンの護衛騎士より過去の暗殺未遂のことを聞かされていた。リーンには全て気づかずに処理されていたものを。
「うまくいくかわからないから」
「小国の名産を作り出すのは大事な事業だ。それに蔵が潰れたくらいで貧困するほど、財政難じゃない」
「でも離宮にも欲しい」
リーンの呟きにルオは笑う。
「リーンの個人用にも作ってあげるよ」
「許可だけでいい。あとは自分で」
「贈るよ」
「材料は一番安いものでいいから。最高級とかやめて。お金が勿体ない。見栄えも設計図通りでいい。最低限で」
「せっかくだから」
リーンは嬉しそうに笑うルオに任せたらいけないと思った。
一時期の贈り物だけですごい量であり、品質もよく高価なものばかりだった。ルオは皇族らしくお金を派手に使うとリーンに思われていた。
ルオは浪費癖はなかったので個人資産が貯まっていた。島国では小国のお金の価値は低いため個人資産は全て置いていくつもりだった。リーンと兄が有効活用してくれればいいと。
ルオはリーンが喜ぶならいくらでも贈るつもりだったのである意味リーンの懸念は的を得ていた。
リーンはルオの顔を見て、妥協案を出すことにした。
「いらない。うん。わかった。お金はルオが出して。でも手配は私にさせて。そうすればルオからの贈り物。とても嬉しいよ。」
ルオはリーンの言葉に頷く。あんまりしつこくしてリーンの機嫌を損ねるのは怖かった。
二人はともに昼食をとり、互いの執務に戻っていった。
リーンは馴染みの商人に手紙を書き他にも色々準備をはじめた。
まだまだやりたいことはたくさんあった。
ルオはリーンの面会にはできるだけ付き添うことにした。商人との距離の近さは心配だった。そして、リーンが自分の知らない所で、どんどん動いていくことも。
面会に立ち会わなければ氷菓子のことも大国に負けない貿易都市を作ろうとしていることも気づかなかった。
ただルオはまだまだリーンについて知らないことがたくさんあることに気付いていなかった。