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リーンの側近 初めての補佐官

リーンの侍従であり筆頭補佐官ディオンとの昔話です。

社交デビューが終わったリーンは宰相に補佐官を選ぶように言われていた。

補佐官の役割は姫の政務管理と補佐、パーティ等へのエスコートを務めるため貴族から選ばれる。候補の書類を渡されてもリーンは誰を選べばいいかわからない。社交デビューしてから多忙なリーンは緊急性がないので後回しにしていた。

姫の降下に補佐官が選ばれることもあり姉姫達は良家の見目麗しい少年や青年を選んでいる。

国王の愛娘で病弱なリーンは他国に嫁ぐ可能性は低く淑やかなリーンならたやすく操ることができると侮り補佐官に立候補する貴族も多かった。

リーンは新たに追加された補佐官候補の書類を抱えてため息を溢す。


「イナ、宰相閣下はそろそろきちんと補佐官を選びなさいって。義姉様達は断りなさいとおっしゃるけど・・。相談したいのにお兄様はいらっしゃらない」

「ゆっくりでいいですよ。姫様の予定管理はイナにお任せください」

「イナがいるからいらないんだけどな。それに候補は公爵家や侯爵家ばかりで私には過ぎた方達ばかり」


リーンは人の気配を感じてイナとの会話をやめる。王宮なので姫の仮面を被り、第三王子に目を止めて礼をして道をあける。高位の者に礼をして道を譲るのは大国の常識であり王子より姫は立場が低い。


「リーン、体は大事ないか?」


足を止めた第三王子にリーンは顔を上げて微笑む。


「はい。お気遣いいただきありがとうございます」

「そうか。任せたいんだが、」

「お任せください」

「返礼品の手配を。予算は任せるよ。私の名で注文を」

「かしこまりました」

「助かるよ。また」


リーンは書類を受け取り礼をしてポンと肩を叩いて立ち去る第三王子を見送る。王子は姫よりも多忙であり適材適所で仕事を振る。リーンは王子の中で最も多忙な第二王子と第三王子から頼まれることが多かった。第三王子に頼まれた贈り主の情報をイナに調べるように頼み、後宮の自室に戻り護衛をしているラセルを呼ぶ。リーンの身近で一番身分の高い侯爵子息のラセルに相談するために。


「ラセル、この方達を知ってる?」


宰相に渡された補佐官候補の書類をリーンはラセルに渡した。


「一応は」

「情報収集が得意な補佐官が欲しいんだけど」


ラセルは計算高く陰湿な男の名前が詰まった分厚い資料をサラっと見てリーンに要望に合う存在を探す。


「ディオンかな。話が長いんだよな」

「ありがとう。ディオン様にする」


ラセルは書類を見ずに即決するリーンに一応忠告した。


「姫様、せっかくですから面談されては?」

「ううん。いらない。内密にディオン様に聞いてくれる?私の補佐官を引き受けてもらえるか。私が宰相閣下にお願いしたら拒否できない」

「姫様、俺らにとっては生母の血は」

「人それぞれよ。私のために将来の可能性を潰すのは…」

「わかりました。内密に聞いてきますよ」

「ありがとう」


ラセルはニッコリ笑うリーンの頭を撫でる。他の姫達がリーンに嫌な言葉を浴びせても庇えない。臣下にとっては王族の血は尊く母の生まれは関係ない。後宮という狭い世界で生きる一部の姫の常識がリーンの自己評価をどんどん低くしていくのがわかってもしがない護衛騎士ラセルは何もできない。王族として体を張って役目を果たそうとする大事な姫の願いを叶えるために勤務の終わりにラセルはディオンを訪ねる。


ディオンは突然の知人の訪問を快く受け入れる。ラセルが変わり者の第七王子からリーンに主を代えて仕えているのは有名である。


「夜遅くに悪いな」

「姫様の使いか?」

「ああ。姫様にディオンを補佐官に選んでもいいか本人に聞いてほしいと」

「父上の命だから受けるよ」

「だろうと思った。邪魔したな」


ラセルはディオンの答えはわかっていた。侯爵家の人間は当主の命令に逆らわない。侯爵がリーンの婿候補として送ると決めたならディオンに拒む選択肢はない。

それでも本人の意思を尊重しようとするリーンの甘いところをラセルは短所には思えなかった。

リーンはラセルの話を聞き宰相にディオンを選びたいと伝えるとすぐに迎える準備が整えられた。

王宮に与えられた執務室にイナに案内されたディオンが入るのでリーンは椅子から立ち上がる。

ディオンは驚きを隠して臣下の礼をするとリーンは上品な笑みを浮かべて、ディオンの前に立ち口を開く。


「頭をあげてください。リーンと申します。ディオン様ご指導よろしくお願いいたします」

「誠心誠意お仕えします。姫様、敬称は必要ありません」

「わかりました。予定管理は侍女のイナに任せていたので引継ぎをお願いします」


ディオンは自分を出迎えるために立ちあがり、敬称を付けて呼ぶ王族は初めてだった。リーンについて信憑性のあるのは情報は病弱で淑やかな姫だけ。

ディオンは補佐官の机に案内されイナから引継ぎを聞き、驚きで一瞬目を見張る。

もうすぐ8歳になる姫の予定は多忙すぎた。接待、視察、儀式と予定を確認しながら幼い姫がこなせるとは思えなかった。特に賓客のもてなしは、まだ早い気がした。


「姫様、全部こなすんですか?」

「はい。私は7歳までずっと公務を免除されてました。そのため当然です」


淑やかに微笑むリーンにディオンは何も言えなかった。リーンはディオンの様子を気にせず任されている仕事に取り掛かる。


「イナ、さすがにこれは酷くないか?」


ディオンはリーンには何も言えないのでイナに聞く。


「姫様が決めたなら、お手伝いするだけです。ディオン様が拒まれるならイナが代わりますよ」

「ディオン、姫様は社交は問題ない。問題なのは体力だけだ。そこだけ気をつけて予定を組んでさしあげればいい」


ディオンはリーンの希望第一で迷いなく言う二人に苦言を飲み込む。イナからはわずかな敵意を感じ取ったが申し出は断る。

リーンはディオンに代行を頼まず全部自分で公務をこなすため、ディオンに望まれるのは情報提供と予定管理だけ。多忙なリーンと違い補佐官は暇だった。


姫と補佐官の評価は同じ。幼い姫の公務の失態は補佐官の失態とされるので、ディオンはリーンの力量を知るため公務を見守っていた。リーンはイナに声を掛けられない限りずっとペンを持ちながら書類と向き合う。ふと書類から顔を上げたリーンにディオンは向き直る。


「ディオン、明日はお休みしてください」

「姫様、明日は視察のご予定が」

「はい。孤児院の視察に行ってきます。伴は不要ですわ」

「随行しますよ」

「侯爵家の方には」

「私は姫様の補佐官です。姫様が足を運ぶならどこまでもお伴します」

「ありがとうござます。よろしくお願いします」


ディオンは笑みを浮かべるリーンを掴みかねていた。内務は完璧にこなしているが、補佐官がいるのに連れずに視察に行くのはありえない。

現地でリーンが滞りなく役目を真っ当できるように指揮するのはディオンの役目である。


翌日、王都から離れた辺縁の孤児院に向けてリーンを乗せた馬車が出発した。

王族は慕われているので、王家の馬車は人目を集める。

馬車に乗ったリーンは窓からずっと笑顔で手を振っていた。


「ラセル、平気なのか?」

「姫様にはいつものことだ」


ディオンは時々窓から顔を見せ手を振る姫しか知らない。パレードの見世物用の馬車以外で常に手を振る王族は見たことはなかった。

四時間の移動中、一度も休まずに笑顔で手を振っていたリーンに馬車を降りても疲労の様子は見えない。ディオンは病弱で体力がないのは本当かと疑問に思ったが口に出さず、出迎えた村長と孤児院長に笑顔で挨拶をしているリーンの傍に控える。


「姫様、お花を」


リーンに近づく孤児の前にラセルが立ち花束を受け取り安全確認してリーンに渡す。リーンは美しい笑みを浮かべ花束を抱きして、孤児に近づく。


「ありがとうございます。大切にします」


ディオンにとって孤児一人一人に微笑み言葉をかける姫は初めてだった。


「姫様、あの」


リーンは震える手で少年が差し出す木箱を見て、視線でラセルに安全確認を頼む。ラセルは頷き少年と小箱の安全確認をしてリーンに渡す。リーンが薄汚れている小箱の蓋を開けると綺麗な音色が響き少年に微笑む。


「美しい音色ですね」

「これ、姫様に」


王族に献上されるものはあらかじめ申告されていた。孤児院で受け取るのは花束だけなのでディオンはリーンに薄汚いオルゴールを献上させるわけにはいかなかった。


「姫様」


リーンは咎めようとするディオンの言葉を遮る。


「ディオン、お父様には私が説明します。私は気に入りました」

「相応しい物ではありません」

「お願いします。宰相閣下にも私からお話します。こんなに心の籠った物を受け取れないなんて」


ディオンはリーンが少年の傷だらけの手を一瞬見たのに気付き、叱責を受けることにした。


「今回だけです。次は申告のあるものでお願いします」

「ありがとうございます」

「姫様………」


リーン達のやり取りに悪いことをしたのかと怯える少年の前にリーンが立った。


「すばらしい物をありがとうございます。私はこの贈り物に相応しくあるように努めます。リーンが気に入りましたと伝えてください」


リーンが背伸びをして少年の額に口づけをおとしてにっこり笑う。姫からの口づけは祝福である。選ばれた者しか与えられず祝福を受ける者にも規定がある。リーンの慣例を破りにディオンは心の中でため息をつく。


「姫様、そろそろ時間です」


リーンはディオンの声に頷き孤児達の未来に期待していると最後の挨拶をする。子供は大国の宝である。絶対庇護者である親のいない子達を慈しむのも姫の大事な務めであり、第二王子は姫の孤児院への視察や災害地への慰問に力を入れさせていた。王子の命令に姫は逆らえない。ただ献上品も少なく、実りの少ない視察や慰問は嫌がる姫も多くリーンは姉姫達から押し付けられていた。


ディオンはリーンをエスコートして馬車に乗せる。王族の命令は絶対だが、相応しくない行動を諫めるのも補佐官の役割であるため苦言は王宮に帰って伝えることを決めた。


リーンは馬車に乗ると花束を抱えたまますぐに笑顔で手を振りはじめる。オルゴールはディオンが預かっていたが何度見ても王族が持つのに、ふさわしい物ではなかった。馬車から降りたリーンは花束を抱いたまま執務室に向かう。


「おかえりなさいませ」

「イナ、これをお部屋に」


出迎えたイナに花束を渡すとリーンの体が崩れ落ちる。イナが支え、抱き上げ長椅子に寝かせると顔を真っ赤にしたリーンが意識を失っていた。執務室から出て行くイナと入れ違いにラセルが入りリーンの顔を見て額に手を当てため息をつく。


「隠してたな」

「ラセル?」


ラセルは乱暴に髪を掻き上げた。リーンの体調不良に全く気付かなかった。


「姫様、笑顔がやけに子供らしいと思っていたが熱の所為か。ディオン、そのオルゴールはイナに渡せよ。気に入ったのは熱の所為じゃない。王族は心のままに祝福を授ける。止める権利を持つのは王族だけだ」


ラセルは視察中のディオンの咎める視線に気づいていたので忠告をした。

ディオンはラセルにの言葉で気付いた。確かに正論だった。予定外の行動を諫めようとしたが役割は果たしていた。オルゴールを受け取った以外はよくできていた。ディオンはリーンの代りに報告書をまとめオルゴールがリーンの手元にいくように手を回す。重ねられた小さい手が熱かったのは子供だからと気にしなかった自分にできることはそれだけだった。

リーンは医務官に診察され、自室に運ばれ薬を飲み再び眠っていた。


***

ディオンは翌日執務室に現れたリーンになんて言葉をかけようか迷った。

リーンの兄王子が入室したので礼をして迎える。

兄王子はディオンに視線を向けずにリーンの額に手を当てる。


「リーン、今日は休みだ」


久しぶりに帰ってきた兄にリーンはにっこり笑う。


「お兄様、お帰りなさいませ。大丈夫ですよ」

「ただいま。午前の接待は母上が。午後の儀式は義姉上に返したよ。後の執務はディオンが代行する。明後日から執務に戻れ。まだ熱があるだろう?」

「リーンはお役目を」


兄王子は膝を折り強情な妹と視線を合わせる。


「明後日はリーンに任されたものだ。まずは自分に任されたことをきちんとやれ。昨日のお役目は満点か?」

「違います。いくつか間違えました」

「夜に行くよ。イナと休め」

「わかりました」


今の自分では役目をしっかり果たせないとわかったリーンは淑やかな顔で頷きイナと共に後宮に戻っていく。

リーンが出て行き、兄王子はディオンに視線を向ける。


「挨拶はいらない。リーンに仕えるの大変だろう。穏便な方法を提示するよ」


ディオンは兄王子が辞めても波風たたないように処理してくれると言っても、ここで頷いたら自分に未来がないことがわかっていた。自分は全て後手に回り無能と言われても否定できなかった。

王族の無能嫌いは常識だった。


「力不足で申し訳ありません。許されるならもう一度機会をください」


兄王子は頭を下げたディオンに何も言葉をかけずに立ち去る。ディオンは猶予がもらえたと判断した。

ディオンに任された仕事は急ぎのものではなかったので明日と明後日のリーンの予定を組み直し、勤務が終わったらラセルを尋問することを決めた。


リーンは目が覚めたので起き上がり、飾ってある花を眺めていた。まだまだ大国の姫とした相応しくなれなかった。体は重くても、熱は下がっていた。贈られたオルゴールを開けると美しい音色が響き落ち込むリーンを励ましてくれている気がした。姫として相応しくなるように明後日からまた頑張ることを決めた。兄が義姉への謝礼はいらないと言うので、訪問するのはやめリーンは久しぶりの休みを弟のラティアスと一緒にのんびり過ごした。

宰相がリーンに補佐官を付けるように何度も伝えたのは多忙すぎるリーンの予定管理のためだった。公務に追われ姉とほとんど過ごせなくなったラティアスが無邪気におねだりしているのにリーンは気づくことはなかった。


***

ディオンはリーンについてのラセルから聞き出せたのは病弱で体力がないことだけだった。取引を持ち掛けてもラセルは話さない。兄王子の信頼を得ない者へのリーンの情報を流すことは禁止されていた。兄王子は自身で情報収集もできない無能をリーンの傍に置くつもりはなかった。

情報収集が得意なディオンも有力な情報をイナとラセルと王族以外しか持たないリーンの私的な情報を集めることはできなかった。医務官からリーンの体調については根掘り葉掘り聞き、ディオンはリーンの予定を全て組み直した。できる仕事は自分で引き受け最終確認だけリーンに任せる。またリーンに押し付けられた公務も穏便に元の姫達に返した。病弱な7歳の姫が休みもなく公務に励めば倒れるのは目に見えていた。せっかく回復した姫が過労で倒れば王が自分も家も処罰するのは目に見えている。むしろ今回の件で斬首されないことが不思議なくらいだった。


「ディオン、自分でできます」

「姫様は最終確認だけお願いします。私の仕事を取らないでください」

「わかりました」


リーンは休み明けのディオンの変化に戸惑っていたが侯爵家で年上の補佐官が言うならと頷く。手が空いたリーンはディオンの仕事が自分よりも早いと気づきディオンをお手本に勉強をはじめた。

ディオンは自分の横に椅子を運び、座って興味津々な子供らしい顔で眺めはじめたリーンに苦笑した。気にしないでとニッコリ笑顔で言われそのままペンを進める。

リーンの素の顔をディオンが初めて見た日だった。


リーンはディオンの貴族とのやり取りをこっそり見ていた。気配の消し方はラセル直伝である。話が終わり一人になったディオンに気配を消したまま近づき袖を掴む。


「ディオン、情報収集を教えてください」

「姫様、私が調べますよ」

「いいえ。自分でできるようになりたいんです。私はディオンみたいにうまく情報を引き出せません」

「わかりました。少しずつ教えます」

「ありがとうございます。」


要領が良く、社交も上手いディオンはリーンにとって補佐官よりも教師だった。


姫の公務を調整する補佐官同士は情報交換し時に協力する。

ディオンはリーンは手がかかるが自分の主は当たりだと思っている少数派だった。王族として振舞うリーンは慈愛に満ちた淑やかな姫だが普段は好奇心旺盛で努力家で頑固な姫と知る者は少ない。

ディオンは勤務時間は補佐官室ではなく、常にリーンの執務室で控えている。補佐官の中で姫の側にずっと控える変わり者はディオンだけである。


「ディオン、頼む!!代わってくれ。姫様の怒りを買った。今の姫様には任せられない」

「見返りは?」

「情報を」


姫の評価は補佐官の評価。姫の失態は補佐官の失態であり、姫の失態の責任で首が飛んだ補佐官もいる。

ディオンは切羽詰まった同僚の話を聞くと丁度リーンの予定に空きがあり恩を売るのは悪くないので、友人の主の公務を引き受けた。リーンはディオンを信頼し予定管理を任せ、公務をえり好みすることもない。ディオンが管理するまでは多忙な日々を送っていたリーンは多少仕事が増えても何も思わない。


「ラティ、やめて。いけません」

「絶対にやったのは」

「駄目です。逆らってはいけません。私は大丈夫です。それに思い出があります。お願いだから忘れてください」

「姉上、いつまで」

「お願いします。姉様を思ってくれるなら忘れて。姉様は公務に行きます。夜にはお部屋に行くので良い子で待っててください」


ラティアスとリーンは人の気配がして、口論をやめる。リーンは自身の執務室に見知らぬ気配があったので王族の仮面を被り礼をしている男に微笑む。


「頭をあげてください。ご苦労様です。何か御用でしょうか?」

「姫様、もう終わりましたよ。お帰りなさいませ」

「ただいま帰りました」

「姉上、僕は失礼します」


リーンがラティアスを慈愛に満ちた笑みを浮かべて見送るとディオンの同僚は王族の中でも特に見目麗しい姉弟に見惚れていた。リーンの丁寧な公務姿は多くの者に喜ばれていた。そのため他の姫に物足りなさを覚えた者達のおかげで一部の姫達が荒れていた。当初は補佐官の中で病弱で偏屈な幼い姫に選ばれたディオンは運がないと言われていたが、今では羨望の眼差しを受けて立場が逆になっている。そして主の予定調整で困った時に頼るのはディオンとリーンの主従だった。

男はディオンの出て行けという視線を感じて礼をして退室した。


「姫様、何かありましたか?」


「ラティと遊んでいなかったので、」


にっこり笑うリーンを見て、ディオンは後で調べることにした。ディオンはリーンに予定を伝えて執務を始める。


リーンが9歳になると賓客への接待を任されることが増えた。姫の公務の管理は補佐官がしている。賓客への対応が増えた理由は王子からの指名だった。王子からの指名の公務は委譲できない。ただ事情を知らない接待から外されている他の姫達は補佐官の手腕と勘違いをしていた。

リーンの予定管理は全てディオンが行っているので、執務の交換等は補佐官を通さないとできないとリーンは他の姫達に伝えていた。予定も管理できない無能な姫と笑われたが事実なので静かに聞く。

リーンはディオンは自分にはもったいない補佐官だと知っていた。義姉達からディオンを引き抜きたいと言われていたが、家が関わるので安易に了承できなかった。


「ディオン、引き抜きの話がありますがどうしますか?」

「姫様、その話は任せていただきますか?」

「わかりました。決まれば早めに教えてください」


リーンはディオンが好きでも、引き留めるつもりはない。リーンと共にいるよりも優秀な義姉達のほうがディオンと国のためになると思っていた。

第七妃は久しぶりにリーンと晩餐を共にした。最近、リーンの周囲は物騒で愚かな姫達に補佐官の引き抜きを脅されていることも知っていた。

第七妃は自己評価の低すぎるリーンに諭すようにゆっくりと話す。


「リーン欲しい物は正直に言っていいのよ。貴方が生きるために必要な物を」

「お母様、私よりもふさわしい方がいらっしゃいます。貴重な時間を私に捧げてくださっただけで充分です」

「私はしっかり教育したわ。リーンが大国の姫として相応しいと私も陛下も思っているわ。リーン、誰のどんな言葉を信じるか見極めるのも大事なことよ。心のままに向き合うことも。きちんと自分の心の声に耳を傾けて」


リーンには母の言葉は難しかった。

きっといつかわかる時がくるかもしれないと胸に刻み込んだ。


***

リーンはいくら待ってもディオンから補佐官の変更の話がないので戸惑っていた。

すでに半年以上経っていた。ディオンは変わらずリーンの補佐官として務めてくれている。リーンの内務の日にディオンが休むことはあっても業務に支障がないように調整されていた。ディオンの留守はディオンの部下が臨時でリーンに付いていた。


「姫様、お時間をいただけますか」


真剣な顔をするディオンにリーンは静かに頷いた。最後に送る言葉を考えているとディオンがリーンの前に跪く。


「私はリーン様に忠誠を捧げます。この身が朽ち果てるまでお傍にいることをお許しください」


「え?」


リーンは予想外の行動に目を丸くした。


跪いて動かないディオンの前に膝を折りしゃがみこむ。


「ディオン、私には先がありません。私に気を遣わなくていいんですよ」

「姫様に私はいりませんか?」


国のためなら受け取るべきではないとわかっていた。悩んでいるとリーンは母の言葉を思い出しゆっくりと口を開く。


「ううん。ディオンがいないと困る。でも国や貴方のためには」

「姫様、いつもおっしゃってるではありませんか?恥じない姫であるように努めると。なら頑張ってください。姫様はまだ子供です。成長途中です。私の忠誠にはどうされますか?」


教師の顔をしたディオンを見てリーンはゆっくりと立ち上がる。年上で経験豊かな義姉に敵わないのは仕方ない。でもこれから頑張ればいい。ディオンに相応しい主になろうと決め、手を差し伸べる。


「貴方の相応しい主になれるように努めます。貴方の忠誠を受け取ります」


ディオンはリーンの手に口づけを落とした。


「姫様、隠していることありませんか?」


ゆっくりと立ち上がったディオンに見つめられリーンは首を傾げた。


「留学されると」


ディオンの言葉にリーンが目を丸くした。父に留学は願っても、詳細は決まっていなかった。ディオンはリーンの目の前には護衛騎士、従者等、様々な認定証を見せた。


「必要な認定試験は全て合格しました。留学にも嫁ぎ先も付いていきます」


大きく目を開けて驚いているリーンにディオンが笑う。


「ディオン、いつから?」

「それは自分で考えてください。次からは忠誠を捧げる相手の前に跪いてはいけませんよ」


確かにリーンの態度はディオンの言う通り王族としていけなかった。


「はい。これからもご指導お願いします」

「もちろんです。さて始めましょうか」

「ディオンが強いとは思わなかった」

「これでも大国貴族ですから。文武共に姫様をお守りするために抜かりはありません」

「優秀なディオンをもらって義兄様達に目をつけられないといいんですが」

「買いかぶりすぎですよ。次は陛下に相談する前に話してください」


静かに頷くリーンを見てディオンは笑う。

ディオンはリーンが気にしているのをわかっていた。時々物欲しげに見るのに笑いをこらえていた。頑固で意地っ張りで欲しい物を言えない小さい姫。それなら無理矢理掴ませるのも悪くないと思った。義姉達に意地悪されても、不満も言わずに笑顔で耐える姫。国のためを第一に生きる少女。王族の中で放っておけないのはリーンだけ。リーンに忠誠を誓ったと言えば父が激怒するのはわかっていたので、聞かれなければ口に出すつもりはなかった。

ディオンがリーンに一番最初に忠誠を誓ったと知られて嫉妬の視線にさらされるのはまだまだ先の話だった。

次回はルオ達のお話に戻ります。


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