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皇太子夫妻の歪んだ結婚   作者: 夕鈴
おまけ

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22/33

皇太子夫妻の日常6-2

初代の洞窟の調査も終わり宮殿に帰参するための準備を整えられルオの役割は荷馬車に積んだ宝を護送しなが帰るだけである。ルオは宝にも初代の日記にも興味がないため、サタに初代の日記の模写が欲しいと頼まれても、帰りの行程にさえ影響がなければ好きにしていいと伝える。皇帝の命令さえなければ宝を持ち帰るつもりもなく、盗まれても関与する気はなかった。最愛のリーンとラディルの側を離れたくないルオは余計なものを残した初代に恨み言を呟き、敬意のカケラもなく、報告書さえ書ければ研究者達の調査結果に耳を傾けなかっただろう。

サタはリーンとラディル以外興味を持たないルオに呆れながらも、有り難くデジロを借りる許可も取りつけ、初代の日記の原書と翻訳したものを書き写す。リーン達に会えずに不機嫌なルオと違いデジロはサタを手伝いながら穏やかな馬車の旅を満喫していた。デジロにとって行きの馬での早駆けも、到着した途端に洞窟に潜入するのも、無茶な行程。デジロが今まで一緒に旅を共にした兄王子は旅慣れしており、無理な行程は組まず迷宮巡りさえ穏やかな足取りだった。文献を読み漁る速さ以外はルオよりも全てにおいてまともと思え、デジロは自分のことは棚にあげて、無能なのに非常識な人間と評価をつけた。ルオは早く帰るために手段を選ばず、自分の欲のために、権力を躊躇わずにつかうのは双子の兄とそっくりと幼馴染の護衛騎士に言わればがらも、自重しなかった。


帰りの道中は不機嫌なルオが少しでも早く王宮に帰るために檄を飛ばす以外は順調だった。今日も護衛騎士に宥められたルオの命のもと野営の準備がされていた。ルオは王宮の方向を見つめ、馬なら一日で帰参できるのに馬車を使うと三日もかかる現実に打ちひしがれる。見かねたサタにリーンへの花を贈ることを提案され、笑顔のリーンを思い浮かべながら花を探すため森に足を踏み入れる。ルオ好みの花はなく、歩き回っているとふと気配を感じ、剣を抜き音もなく斬りかかるローブを着た男の剣を受け止めた。ルオよりも長身で細身の男は口元を緩ませ、剣戟を繰り返す。


「筋がいい。俺には敵わないが」


ルオは敵意も殺気もない男から凄まじい速さで振り下ろされる剣を必死で受けとめる。


「その剣は駄目だ。大剣はお前には合わない。小国には大剣しかないのか、」


男はルオから三歩ほど距離を取り、腰にさす細身の長剣をルオの足元に投げる。


「見てやるよ。その剣でかかってこいよ」


ルオは自分より明らかに実力のある敵意のない男に従い剣を手に取ると確かに剣は手に馴染み振りやすい。剣を抜くと男に剣を振り降ろされ、慌てて受け止め、見知らぬ男の指示を受けながら剣を交えていると、ルオの護衛騎士が襲われている主を見つけ、剣を抜こうとすると男が口を開く。


「死にたくないなら手を出すな。殺すならすでに首を落としている。」


ルオはオルよりも剣の腕は優れているがリーンの護衛騎士はその上をいく。ルオは自国の騎士より強いリーンの護衛騎士に指導を頼み、最近はようやく互角に戦えるようになった。ただリーンの護衛騎士は大国では強くないと聞いていた。

一度リーンの兄王子と剣を合わせるとあっさりと負けたが、目の前の相手は義兄よりもさらに強いと肌で感じていた。兄王子から決して戦うなと言われた相手、会うことはないだろうが、剣を向けられたら逃げろ、思考している間に首がなくなると忠告された存在が。

まさか・・・。ルオは目の前の男の正体にありえない考えが浮かんだ。

でも大国王子の義兄も突然現れ、小国には大国の王族の滞在記録はない。兄王子の正体を知るのは大国ではルオ達だけである。ローブの男の髪色は見えないが、大国の王族は紛れるのが得意と話すリーンと同じ瞳の色を持っている。ルオは剣を抜こうとする騎士に声を掛ける。


「剣を抜くな。無礼はやめろ。指導はありがたいんですが、ご挨拶させていただけますか」


男は剣を止め、察しの良いルオにニヤリと笑う。


「その剣はやるよ。大国ならもっと合うものを鍛えられるがな。無駄な挨拶はいらない。私は二人で話したい」

「ありがとうございます。私でよろしければ。場所を移しましょうか」

「ここで構わない」


ルオは護衛騎士に離れるように視線を送る。大国の王子の望みに小国の皇子は逆らえない。

旅立った義兄はルオに忠告を残した。大国の王族の対応はリーンに任せて決して二人で会わない。もしリーンが傍にいなければ国に関わることは了承せずに全部濁せと。


「義妹とはどうだ?」


ルオは義妹という言葉に目の前にいるのは大国の王子と確信を持つ。


「妃としてよくしてくださっております」

「不満はないか?」

「ありません」

「義妹を愛しているか?」

「はい」

「リーンがお前を愛していなくても?」


ルオは目の前の男、大国の第一王子の意図がわからず、急に体が脱力感に襲われたので、慌てて力を込めた。


「はい。」

「リーンは大国のために生きる女だ。一心に自分に愛を傾けてくれる女が欲しくないか?自分や自国のことを想ってくれる妃が」


ルオはリーンに疎まれようとリーン以外の妃はいらない。リーンにも立場があるので、リーンに関することを話していいかわからない。ルオに内緒ねと無邪気に笑いかけながら、対談相手が現れた瞬間に綺麗な笑みを浮かべて交渉するいくつもの顔を使い分けるリーンが大国でどんな顔で生きてきたか知らない。


「何を抱えようと俺はリーンと添い遂げたいと思っています」

「小国をリーンが支配し、大国の属国としても言えるか?」


第一王子はルオのことをわかっていなかった。ルオは大国出身者の有能さを知っており自分が敵うとは思っていない。ルオよりもリーンのほうが民のことを思っている自覚もある。ルオにとってリーンが母国の大国民を大事に想うのは美点でありルオにはないものである。リーンは両国民を慈しんでいるがルオとしてはリーンさえ傍にいてくれるなら何でも良かった。国を捨てて一緒に逃げようと言われれば即答しただろうルオは皇族としてのプライドも愛国心もなかった。矜持も誇りも支配欲も大国の王族と比べれば微々たるものしか持っていない。横暴なオルに鍛えられたこともあり、リーンとラディルさえ関わらなければ、全てを流せる人間だった。


「俺はリーンと話し合って、決めていこうと思います。」

「いずれ殺されてもか?」


ルオは手の痺れを感じるが目の前の王子に動揺はなく剣は握れるので、気にしない。


「俺は最期に見る顔がリーンなら幸せです。泣かせたくないので、できればリーンより長生きしたいです」


第一王子はルオを理解できなかった。第一王子は籠妃の裏切りに怒りや嘆き、大きな動揺を与えられると思っていたがルオは全く動揺しない。ゆっくりと一人の男が近づき、ルオは見覚えのある姿に緊張が抜け、体がふらつき、膝が震えて座り込む。全身に痺れを感じたが剣だけは手放さない。


「義兄上、いい加減にしてください。オルに揺さぶりは効きません。リーンも貴方の手を取りません。」

「なぜ、お前が!?」


第一王子は他国を飛び回っている義弟である第七王子に驚き目を見張る。ルオと話しながらも周囲の気配は伺っていた。義弟は武術の腕は平凡であり自分が気配を読めずに接近を許すのはありえなかった。


「俺も研究に集中していたかったですが王族の務めが優先です。一応言いますがオルに新しい妃を差し出して、皇国にリーンを送っても後ろ盾は得られません。皇国から王太子である義兄上が妃を迎えます。またリーンにそっくりなうちの弟も皇国の心を掴んでおります。俺達は国王陛下の命令に従います。義兄上が正妃様のことで心を痛めていても俺達を巻き込まないで下さい。」

「お前は妹の幸せを願わないのか!?」


第七妃の実子のリーン達兄妹が仲が良いのは王族内で有名だった。幼い頃は二人はずっと一緒で第一王子が声を掛けても、義弟は礼をして病弱な義妹の部屋に行った。変わり者の王子が関心があるのは本と実妹と囁かれていた。


「うちの妹は生きてるだけで、十分です。義兄上の考えていることはどこの国もやってますよ。特別ではなく、貴方の母君は失敗しただけです。」


兄王子は何もわかっていない義兄に丁寧に教える。王太子が見たら無駄なことをと失笑しただろう。


「母上はそんなことをされない」


第一王子は幼い頃から優しい母がどんどん弱っていくのを見ていた。母国を大国の姫に乗っ取られたと悲しむ母を。国王である兄は妃の言いなりで、母国民が憐れと嘆き心を壊してしまった。母を守るために強くなっても間に合わなかった。大国の姫の縁談は悲劇を生む。母のように苦しむ民や姫を生まないように、夢うつつな世界で生きる母を見て第一王子は決意した。


「純真な義兄上には見せない顔もあるでしょう。」


第一王子は単純な人間である。正妃の息子は他の王子とは待遇が違い第二王子をはじめ他の王子も形だけは長兄を敬っていた。第二妃が後宮を王妹が正妃の母国を掌握するまでは特に。


「馬鹿を言うな!!お前、わかっているのか!!」


いつもは剣を抜く第一王子が剣に手をかけない姿に兄王子が小さく笑う。外見で全てを判断する武の天才と言われる第一王子はそれ以外は無能だった。


「母上は殺されたりしませんよ。大国の寵妃は愚鈍なものは務まりません」

「俺は第一王子だ。」


第一王子の母の国は長子が王位継承権第一位。だが大国は生まれた順番に価値はなく王に指名された優秀な者が選ばれる。

睨みつける義兄に失笑する兄王子にはずっと隠していた本音があった。第一王子に未来はない。第二王子は気付いていても都合が良いので好きにさせてくれることはわかっていた。


「優秀な者が王位を継ぎ、俺は国王陛下の命令に従います。ただ俺は貴方にだけは膝を折る気はありません。オル、邪魔したな。リーンに片付けたと伝えてくれ。これ、飲めよ。」


第一王子は座り込むルオに渡される丸薬を見てようやく気付いた。


「よくも毒を」


睨みつける義兄に兄王子は笑う。ルオと剣を合わせているときから睡眠薬を自分の護衛に持たせ二人の周囲にまき散らさせた。二人が人払いして話をするだろう場所に気化性の痺れ薬も仕込んだ。第一王子に武術は敵わないが、気配を消すのは兄王子の方が得意だった。第一王子は剣の指導をするときは殺意や害意には気づくが無防備な気配には気づかないことを知らない。自分の力を過信している第一王子は小国には自分よりも優れた者がいないと確信している。油断している第一王子に近づくのは忍びこむのが得意な兄王子や腹心にとって簡単だった。



「単なる痺れ薬ですよ。俺は斬首なんて楽に死なせるつもりはありません。」

「俺はお前に恨まれることは・・」


第一王子は良い兄として振舞っていたつもりなので弟に恨まれる心当たりは一切ない。父が義弟を王太子に任命したのは気に入らなかったが斬らなかった。ただ王太子に任命されても即位するまではわからず、正妃の子である第一王子がふさわしいと言う家臣もいた。第二王子よりも操りやすい第一王子をと囁く声もあり、一番厄介な第二王子を第一王子が殺してほしいと影で願う声もあった。捨て駒やお飾りの王にしようとする貴族達の声や甘言に耳を傾ける王子は陰で無能の烙印を押されていた。第一王子にわざわざ説明するほど親切心はない。兄王子が妹を大切にしていることを知った上で、わざわざ妹の幸せを壊し、利用するために近づいたことは目を瞑った。充分恨まれることをしている自覚がないどこまでも愚鈍な義兄に言っても無駄だとわかっていたが、正妃の幻想だけは壊したい兄王子は冷たい笑みを浮かべた。


「筋違いとも八つ当たりともわかってます。リーンの病の治療方法どこで見つかったか知ってます?正妃様の母国です。しかもリーンにとって必要な貴重な薬草の入手制限を巧妙にかけて大国に持ち込ませなかった。正妃様は病も治療方法もご存知でした。寵妃の母への嫌がらせのためだけに、父の願いを見て見ぬフリをした。悲しむ母上や苦しむリーンを見てさぞ嬉しかったでしょう。またリーンの医務官に手を回し薬湯と言う名の毒を飲ませた。リーンは毒に耐性があったから効きませんでしたが。」


リーンが産まれたばかりの頃は正妃も健在だった。生死の境を彷徨うリーンに嘆く母である第七妃を正妃は慰めていた。弱った第七妃に国王の籠が傾いたが正妃以外の妃は王子を産んでいたので、後ろ盾がない第七妃に寵が傾いても気にとめず、国王を愛していない正妃以外の妃達は家の力の強い妃よりも、いつでも消せる敵にならない寵妃は歓迎した。第七妃はリーンのことに父親として心を傾ける王に心を開き、次第に愛情を抱いた。第七妃と国王の心を結びつけたのはリーンの存在だった。後宮の中で国王を愛しているのは第七妃と正妃だけだった。

正妃は平等に妃を愛した夫の変容が許せなかった。兄に不遇を訴えても聞き届けられず、寵妃も二人を繋いだリーンも憎らしかった。ただ国王はリーンや籠妃を大事にする者には関心を向けたため正妃は憎い籠妃を大事にするフリをした。

正妃はリーンの病を知っていたが、リーンの病とは違う未知の症状を記して兄に力になれないと手紙を書かせた。王達に兄からの手紙を見せて、力になれないと悲しむフリをした。

兄王子は大国に資料のない小さい国を調べに回っていた。ある時、母から手紙に正妃の母国を調べて欲しいと綴られたので、母国に行き王族図書館に忍び込み医学書を読み漁るとリーンの病気が記されていた。正妃の母国の医学書は全部取り寄せ目を通していたはずだが、見たことのない医学書の数に兄王子は驚きすべてを察し薬を調合してすぐに帰国した。大国から船で1週間の国に答えがあるとはデジロも兄王子も思わなかった。兄王子は帰国の船で後悔していた。大国の医療を過信せず各国の医務官を呼び寄せリーンを診察させればすぐに治っていた。そんな簡単なことに気付かなかった自分の視野の狭さに。


兄王子が旅立ってからはリーンは一度も治療を嫌がらなかったが一人の医務官の薬を飲みたくないと泣いて嫌がる娘を不審に思い第七妃が動いた。極秘で調べると娘に飲まされていたのは治療効果のない毒薬。王は第七妃からリーンの初めて嫌がる医務官の話を聞き、任を解き調査すると、愛娘の暗殺未遂に怒り医務官を斬ったが裏にいた正妃は立場上斬れなかった。第七妃は正妃の思惑に気付いていないフリをして傍にいた。この頃から愚かな自分を反省し第二妃の機嫌取りだけでなく、自分の子供達が生き抜けるように暗躍し勢力的に動き始めた。



「母上がおかしくなったのは・・・」


呆然と呟く義兄に兄王子は笑う。今回の第一王子の罪の連座で正妃も裁かれる。

リーンは3種類の書状を侍従に託していた。1つ目は妹として義兄の第二王子への私的な相談。2つ目は小国の皇太子妃として第一王子の大国の改革への賛同を強要され断ったことへの釈明。3つ目は大国の姫として国王陛下に王太子の変更を持ちかけるように頼まれたが、国王陛下の命に異論はないため、姫が王子に逆らったことの謝罪。

国王に逆らい、反逆を目論むことは大罪である。第二王子はリーンの書状を有効活用するが、小国の皇太子に剣で斬りかかるのも良い土産になった。小国の皇太子夫妻を脅し後ろ盾にしようとするなど大国の王族の威信に関わる。大国の王族の十八番は暗躍であり、王族として動くなら失敗は決して許されない。


「お幸せそうですよ。夢の世界で。憎んだものを友と呼び、愛されたいと願った人を憎み」

「まさか」


第一王子は正妃がもっとも信頼をおく第七妃が母を壊したことを悟った。第七妃は優しく穏やかな人柄で人を陥れるようには見えなかった。実母がリーンに非道なことをするとも。薄れていく意識の中に思い出そうとしても母達の顔は靄がかかり、思い浮かばない。


「義兄上と話すのもこれが最後でしょう。連れて行け」


兄王子の護衛騎士が音もなく現れ、薬の効果で力の入らない第一王子を縛りあげ連れ去ると兄王子は毒が体に回って座り込むルオを見つめた。


「他言無用だ。リーンは知らない。今日のことは忘れてくれ。巻き込んで悪かったな。」

「義兄上、一つだけ教えて下さい。皇国にリーンを差し出すって」

「薬、効きにくいんだな・・。皇国の王子はリーンを気に入っているから側室に差し出したら便宜を図ってもらえると思ったんだろう。うちの妹は留学中に男を拐かし過ぎたんだよ。父上はリーンが幸せそうだから今は離縁させる気はないよ。でもリーンは取引には絶好の駒だから、リーンにそっくりなラディルも喜んで受け入れられるよ。じゃあな」


立ち去る兄王子の背中を見送ったルオはリーンに無性に会いたくなった。第一王子の言葉が頭から離れず、時々自分の腕の中で悲しそうな顔をしているリーンが思い浮かんだ。

ルオはリーンが大国のために生きてもいい。ルオはリーンさえ傍にいてくれればいいのに、優しいリーンは罪悪感に苦しんでいるんだろうか・・・。

リーンと一緒にいるために力がいる。女神のようなリーンを妃に迎えた宿命。どんどん頭の中がごちゃごちゃになっていくルオはリーンの顔が見たくて堪らなかった。


兄王子にルオの迎えを頼まれた護衛騎士は目が虚ろなルオの様子を見て慌ててデジロを呼んだ。ルオの顔を見たデジロは口に薬を放り投げ、反射で飲み込んだルオは眠気に襲われ意識を失った。


***


ルオは目を開けると馬車の中だった。疲労が溜まっていたルオにデジロの薬は効きすぎ二日間眠っていた。ルオの護衛騎士にとっては早く帰りたいルオを宥めるのは面倒だったし休息はありがたかった。

目が覚めたルオは地図で現在地を確認すると、王宮まで一晩で往復できる距離だった。リーンに会いたくて堪らないルオは馬車を抜け出し、愛馬に乗って駆け出した。

宮殿の門を守る衛兵は一人で馬を疾走させるルオを見た。ルオは開門させずに、近くの木に登り塀を飛び越えて中に入る。声を掛ける前に通り過ぎるルオを見て、兵は上司に指示を仰ぎに走った。


ラディルをスサナに任せて、執務室にいたリーンは飛び込んできたルオに驚き目を丸くした。帰参の予定は明日と聞いていた。ルオはリーンを抱きしめようとしたが自分の汚れに気づいて寸前で止まった。リーンは止まったルオに笑って伸ばしている腕の中に飛び込んだ。


「お帰りなさい。」


ルオはリーンの背中に手を回し、腕の中にいるリーンに泣きたくなるほど安心した。抱きしめてしばらくするとゆっくり口を開いた。


「どうしても会いたくて。ただいまは明日なんだ」


気まずそうに野営地を抜け出したと言うルオをリーンが顔を上げて見つめる。

急ぎの執務は全て片付いていたが、目が冴えて眠れなかったので執務をして時間を潰していた。

明日の予定はルオのために空けていた。第一王子を警戒してずっと気が抜けなかったリーンは無性にルオの腕から離れがたく、ラディルには申し訳ないが譲って貰うことにした。


「せっかくだから連れてって。帰りは馬車の中に隠れてるわ」


ルオは真面目なリーンらしくない言葉に満面の笑みを浮かべた。


「リーンはずっと俺の腕の中にいればいい。」

「うん。今日は離れたくない」

「大歓迎」


ルオは楽しそうに笑う妻を抱き上げる。リーンは護衛騎士に出かけると告げ、ラディルに付くように命じた。

ルオは愛馬にリーンと相乗りして、開門させ野営地を目指した。リーンは夜空の星を見ながら夫の温かい熱を堪能する。第一王子に会ってからずっと不眠だったリーンは心地よさに負けて目を閉じ、ルオは眠ったリーンに気付き速度を落として、馬を走らせる。野営地に着くと馬をリーンの護衛騎士に預けリーンを抱いて自分の天幕に入り、腕の中の愛しい温もりを胸に抱いて眠りについた。

リーンの護衛騎士は忍んで護衛につき、ルオが抜け出しても気付かない小国の平和ボケしている面々への突っ込みはいれるつもりはなかった。


****


騎士達はいつも一番早く起き、出立を迫るルオが起きないことに不審がっていた。医務官は昨夜には起きていると断言する。声を掛けても反応のないルオの天幕に入った護衛騎士は固まった。

人の気配にリーンが目を覚まして、ルオの護衛騎士と目が合い羞恥で一瞬固まり、慌てて動き出した。


「ルー様、起きて下さい、ルー様」


ルオは潤んだ瞳で自分を見つめるリーンを抱く腕にさらに力を込めて抱き寄せた。


「寝ぼけないで。お願い、目を覚まして下さい」


リーンはルオの腕の中の胸を叩く。ルオは真っ赤な顔のリーンに口づけようとすると口元に手を挟み拒む様子に不満そうに見つめた。


「起きるから、離して、ルー様、」


リーンの護衛騎士が天幕に入り、主がルオの腕から出ようと必死な姿に笑った。


「殿下、場所を思い出してください。俺は寝起きの姫様に見慣れてますけど」


ルオは聞こえるはずのない声に視線を向けて状況を思い出した。

リーンは力の抜けたルオの腕の中から抜け出し、起き上がり慌てて服と髪を整える。


「ルー様、私は」


退室の挨拶をしようとしたリーンは机の上に置いてある剣を見て固まった。ルオが持っているはずがないものだった。

リーンは平静を装い微笑んだ。第一王子がルオに接触する可能性は考えていたが、まさかと思っていた。詳細は帰ってから聞くことを決め、馬車に移動するため天幕を抜け出そうとするリーンの腕をルオが掴む。


「リーン、食事は?」

「お湯をもらえば平気。」


リーンの朝食は薬湯だった。第二王子に使いに出した侍従は帰国せず、第一王子を警戒しながらルオのいない生活を送るのは大変だった。いつもはルオに任せていた皇后の相手が全部リーンに回ってきたのが一番辛かった。


「姫様、そろそろ移動しましょう」


呆然とリーンを見るルオの腕を護衛騎士が外したので、リーンは案内されるまま馬車に移動する。馬車に乗り込みリーンは護衛騎士が用意した薬湯を飲んでいると馴染みの薬の匂いに馬車の中を覗いたデジロが笑った。


「隠れていたかったのに」

「姫様、無理です。上機嫌な殿下の所為でバレてます。自由な人ですね」

「お兄様よりマシよ」


デジロはリーンの顔色を見て、荷物を取りに離れ薬湯を入れたコップを渡した。


「こっちを飲んでください。それは平常用です。弱った時は駄目です」


デジロはリーンのコップを取り上げ交換する。両方飲みたくてもリーンのお腹は1杯が限界なので

新たに渡されたものをゆっくり飲み始めた。


「残りはあとで、飲むから置いておいて」

「これは駄目です。昼には別のものです」

「貴重なものをもったいない」

「いくらでも調合しますよ」


不服そうに見るリーンにデジロは苦笑した。


「俺が飲みます。少し薬で眠りますか?」

「ううん。帰ったらすぐに話さないといけないことがあるから起きてる」

「調整します」

「いた!!」


サタが荷物を抱えて馬車に入ってきた。


「殿下の顔見たら絶対にリーンかラディルがいる気がしたの。デジロを譲ってくれない?」


リーンは隣に座って薬湯を口につけるデジロの腕を抱いた。


「絶対嫌です。念願ですもの。デジロ様が出ていきたいって言っても譲りません」

「リーンがそこまで執着するの珍しい」

「デジロ様は私にとって魔法使いですから。私の医務官は渡しません」

「医務官・・?」


サタはデジロを学者と思っていた。


「はい。医務官です。今回は特別です。普段は医務官兼ラディルの教師です」

「リーン、勿体ないわ。そんな」

「私は大国の姫ですもの。我儘です」

「時々貸してね。せっかくだから報告するわ。」


デジロは眠る気はないリーンは放っておくことにした。当分は薬湯生活が続くだろう・・。自分の薬湯を幸せそうに飲むのはデジロの人生の中できっとリーンだけである。

一向に進まない馬車の中でリーンは打ち合わせを進め、洞窟の利用価値に笑みを溢した。洞窟の近くに小国産の名産品の土産物と氷菓子の店舗を、いずれラディルに足を運ばせ一筆書くことなど詳細をつめていく。冒険の話が好きなラディルは迷宮に行く時にもし同行できるならリーンは近くでお茶をして待つことにした。いつか3人で視察に来るのも楽しいだろうと現実逃避しながら妄想を膨らませ、打ち合わせを進めていたていると気まずい顔のルオの護衛騎士が馬車を覗いた。


「リーン様、すみません、殿下を・・」

「リーン、俺も同乗したい」


皇帝陛下の命を受けた指揮官が理由もなく馬車で移動するのは駄目である。それにルオが持ち帰ったという功績のアピールも必要だった。拗ねた顔をしているルオにリーンはニッコリとラディルとそっくりな笑みを浮かべる。


「護送任務中です。ラディルは馬で帰ってくる父を見るために門の近くで待ってますよ。私もラディルもルー様のために今日の予定は空けてあるんですが・・・」


ルオは自分にあまり甘えてくれない息子のことを思い浮かべ、顔つきが変わった。


「出立する。リーン、具合が悪くなればすぐに言って」

「デジロ様がいるから大丈夫です。ではルー様、お役目頑張ってくださいませ」


にっこり笑ってリーンはルオに手を振る。

しばらくして馬車が動き出した。

宮殿の門を通るとイナとスサナと一緒にラディルが待っていた。

ルオはラディルを見つけて手を振った。ラディルは手を振ることが得意なのでにっこり笑って振り返す。ルオは馬から降りてラディルを抱き上げた。


「お帰りなさい。宝はいっぱいありましたか?」

「ただいま。俺にはリーンとラディル以上の宝はないのがよくわかったよ」


馬車からそっと抜け出したリーンが二人に近づいた。


「ルー様、お帰りなさい。皆様もお務め御苦労様です。」


リーンはルオや騎士達の前で綺麗な礼をした。


「妃殿下!!」

「ただいま帰りました」


威勢のいい騎士達にリーンが微笑みかける。


「おかえりなさいませ。広間にもてなしの用意をしてあります。お時間があればお立ち寄りください。無礼講ですわ。」

「光栄です!!」

「ありがとうございます!!」


リーンは慰労会の用意を命じていた。最初だけ顔を出して、労いと感謝の言葉をかけたあとはルオとラディルとゆっくり過ごす予定だった。

騎士達にリーンを捕られたルオが開いている手で後から抱きしめた。


「ただいま。この後は俺との時間だろ?」

「おかえりなさい。ルー様を皇帝陛下と皇后陛下が首を長くしてお待ちです。」

「父上は息子を労わるべきだろう」


不服そうなルオの様子にリーンが日に焼けた頬を優しく撫でそっと口づけた。上機嫌な笑みを浮かべ機嫌の直ったルオにリーンが微笑む。


「終わったら私とラディルが労わりますよ。早く帰ってきてくださいませ。今日は久しぶりに3人で眠れますね」

「お母様、イナの部屋?」

「ううん。離宮のお父様のお部屋に帰りましょう」

「イナのところがいい。」


ショックを受けているルオにリーンが笑った。


「お母様はお父様のお部屋で寝るわ。寂しくなったらいらっしゃい」

「うん。明日はお母様と寝るけど、今日はイナと寝る。」

「ラディルの親離れが・・・・。」

「子供の成長は早いですね。」

「お父様、僕は妹がほしいから頑張って。イナはお母様に似て欲しいって」

「ラディル!?」


リーンが目を丸くしてラディルを見るのに反し、ルオは上機嫌な顔でラディルの頭を撫でる。


「任せろ。俺はラディルとリーンの願いは叶えるよ」

「報告に行きましょう。中に入りますよ」


リーンはルオの腕を解き、ラディルを抱き上げ宮殿の中に足を進めた。

ルオは皇帝に報告書を出して、すぐに退室するつもりだったが両親が解放してくれなかった。


「罠は解除しました。興味があるなら、ご自分でどうぞ。宝は宝物庫に運ばせます」

「せっかくだから宝を見ながら話を聞きたいわ」

「俺は忙しいので、随行した学者に頼んでください」

「たまには付き合いなさい。リーンを見習って」

「は?」

「リーンは貴方がいない間、ラディルと一緒に毎日お茶に付き合ってくれたわ」

「母上、リーンは忙しいんです。俺のいない間は一人で」

「私が手伝うって言っても、将来のためって・・。もう少し頼りにしてほしいわ」

「リーンが頼りにするのは俺だけでいいんです。失礼します」

「晩餐は3人でいらっしゃい。」

「いえ、俺達は離宮ですませます。疲れてるんで休ませてください」

「リーンとラディルは私に任せて、休んだら?」

「俺は二人と離宮で過ごすのが一番休めるんで失礼します」


ルオは引き留める両親の声を無視して強引に立ち去った。皇后が苦手なリーンは毎日お茶に付き合っていたなら心労が貯まっているかもしれない。即位するほうが一緒にいられるか?両親にはいつでも譲位すると言われていたが皇帝に即位しリーン達との時間が減るのは嫌なので譲位の話は引き伸ばしていた。ルオは悩むのは後にして宝物を探すことにした。その頃リーンが持ち帰った文献を夢中で読んでいると知らないルオはこの後のことを思い浮かべ上機嫌で足を進めていた。

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